まちカド木属性   作:ミクマ

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安心できないかなぁ

「ぼくの家に何か用かな?」

 

 千代田邸の門の前に現れた少女。

 那由多誰何と自称した彼女は、その『ぼくの家』という言葉が当然のようで有るかのように桃へと問いかけた。

 

「あ、あの……私、この家に住んていた千代田の親族です」

 

「桜ちゃんの〜……? ……あ! 例の施設の子か! ぼくのことおぼえてるかな?」

 

 理解の出来ない言葉を投げかけられ、人格の戻ったらしい幼い方の桃もその不安を募らせる様子が見て取れる。

 利き手である左手はシャミ子と繋ぎ、右手は空いてこそいるものの、腕と胴の間に小さな葵を挟むという著しく動作の制限される状況となっている桃だが、その不便さを考慮してもなおそうするだけの理由があるらしい。

 

(……これが、町の敵……?)

 

 正面を直視する以外の行動が取れない葵は誰何を観察して思考するも、読み取れることは少ない。

 話題に出した『例の施設』とやらについても、労りに近い心情の方が強く感じてしまった。

 

 戸惑う桃を見て安堵した様子の誰何は、詳しい話をするためにファミレスへと桃を誘う。

 夢の中とはいえ初めて入ったその店舗にシャミ子が気分を上げているが、当然過去の記憶はそれに構うことなどなく進む。

 

 テーブルに置かれた料理の数は少なく、それは誰何が自身の分の注文を行わなかったが故。

 それに桃は気遣いを見せるも、誰何から帰ってきた言葉はどうにも掴めないもの。

 

「ご飯が、かわいそうだから、食べないの」

 

 それこそが誰何にとって、一切口を刺し込まれる余地のない道理であるらしい。

 

「……いつから……? 食べて……ないんですか?」

 

「もう千年くらい液体以外の物は口にしてないかな〜」

 

 サラリと。それ以上の年月を過ごしてきた事を示される。

 

 魔法少女だからそうなったのか、それとも外的要因でそうなったのかは不明だが、同じような状態になる予定である葵にとって、誰何はある意味で“先輩”と言えるのかもしれない。

 ただ、誰何の口ぶりからして、完全な不老不死では無さそうに見える。

 千年間液体のみを飲んでいるとのことだが、一切を摂取しないという事は出来ないのだろうか。

 得体のしれないナニカを消耗することで、自らを……。

 

(何を求めているんだ……?)

 

 葵がそんな思考をしている間にも会話は進んでおり、誰何は桜の作り上げたこの町を讃え始める。

 

「“魔族と魔法少女が一緒に暮らす秘匿された町”……すてきだよね!! 

 でも、そういうのって不順な考えの魔法少女とか、魔法少女を飼ってる大人とかも寄ってくるから……そういう輩に見つかる前に、この町の全てを引き継ぎたい」

 

 不穏な言葉が次々と積み上げられて行くも、それに触れる素振りを桃が見せることはない。

 一方的に並べ立てられるその理屈に桃は辟易している様子だったが、続けて誰何が求めるものを語るとようやく表情を変える。

 

「一緒に桜ちゃんの所持品……“魔族の戸籍”を探してくれないかな」

 

「……やります!」

 

「……ウリエル! カードを使って。3枚」

 

 その桃の承諾を聞いた誰何が空中へと声を掛けると、そこに一体のモノが姿を現す。

 手足と耳に錠をされた、イノシシのように見える彼はどうやら誰何のナビゲーターであるようだ。

 

 桃を補助する為の『桃が求めている人に会えるように』という願いをスタンプカードを以て行使する誰何。

 彼女はそれが必要なことであると判断したらしいが、それ相応に魔族を倒しているという証明でもあり、葵はある程度の不信感を持つも、しかしまだ決定的な所作ではない。

 

「……スイカさん。姉は……どこにいったんでしょうか」

 

「分からないよ。あなたに幸せがありますように」

 

 縋るような桃に言葉を返した誰何の心境は、“敵”と呼べるものなのか、それとも──。

 

 ■

 

「いい人そうに見えましたけど……あの人が桃を襲うんですか?」

 

 ファミレスを出て、手を引かれて早足で歩くシャミ子は問いを出す。

 しかしその相手である桃は沈黙した後、一人で呟く。

 

「気づいた……。あの人……私との会話で一言も“嘘はついていない”んだ」

 

「……『自分が正しいと思い込んで、一人で勝手に暴走してる』」

 

「葵……?」

 

 葵はファミレスから距離が離れた頃に開放されており、桃の顔の真横を飛行する中で導き出された答えを聞き、それに同調するような推測を出す。

 しかしそれは無意識に口をついた言葉であり、桃は静かに頷くも、葵自身は困惑を隠せずシャミ子に心配されてしまう。

 

 何故今、()()()()で聞いた言葉が出てくるのか。

 その理由におおよそ思い当たりそうな葵であったものの、急ぐ桃に置いて行かれそうになった事でそれを中断する。

 

「ここから私はスイカと手分けして姉の手がかりを探して……まぞくの名簿を見つける。

 でも……ここから少し記憶が重たく……て……」

 

 たまさくら商店街の入り口でそう説明する桃だが、その足取りはおぼつかない。

 道を進み、たどり着いたそこは“さたんや”というらしい店舗。

 

「……あれ。杏里の……」

 

 店先に立つ女性を見れば、彼女が誰であるのはすぐにわかる。

 むしろ、葵の普段の生活を振り返れば分からない方がおかしい。

 それはシャミ子にとっても同様のようだ。

 

 商品であるコロッケと引き換えに、“まぞくの連絡網”を作っている人物の情報を教えようとしている杏里の母は、桃が代金を払うのを満足げに見ると、店頭から身を乗り出して周囲を観察する。

 

「ん〜……いつもその人の所に通ってる子が居るから、その子に案内してもらうのが一番早いんだけど……今日は見かけないかな。

 でも一人でも大丈夫だよ。お使い、頑張ってね」

 

「はい!」

 

 杏里の母が指す誰かはどうやら見つからなかったようであるが、応援の言葉をかけると幼い桃は元気に返事をした。

 

「……ここって、商店街だよね……?」

 

 さたんやを離れ、教えられた目的地へと向かおうとしていた一行。

 しかし唐突に葵が止まり、そんなおかしな疑問を口にした。

 

「なにか変なところでもあった?」

 

「昔の商店街なら、私より葵のほうが詳しいんじゃないですか? 

 私、ほとんど出歩けなかったですし……」

 

「……」

 

 桃による問い返しと、シャミ子による指摘を聞いた葵は黙り込み、歩いて来た道を振り返って眺める。

 

(……俺はずっとここで買い物してた。今更疑う余地もない。

 それで……ショッピングセンターマルマは10年以上前からある……)

 

 ■

 

「見つけた! グシオンさん!」

 

「あれ!? 急によく見えない!?」

 

 足を止めた甲斐はなく、覚えた違和感に決着がつかぬまま再び移動を始め、まぞくの名簿を持つ者が居るらしい場所、町の図書館へと足を踏み入れる三人。

 しかしその施設内は不自然な暗闇に包まれていた。

 

「あれ? 桃ちゃん、町に戻ってきたんだぁ……」

 

「どうしてそんな格好を……?」

 

 どうやら桃とは顔見知りであるらしい、一角にあるテーブルを占拠している人物。

 顔をマスクで隠した黒ずくめの少女と思しき彼女と桃は、深い事情を知っていそうな会話をしているものの、それらは謎のノイズにかき消されて詳細を掴めない。

 

「もしかして桃、調子悪いですか!?」

 

「……違う。この会話、知らない。この人は……この記憶は……一体……何?」

 

 自らの認識と食い違う光景に困惑する桃。

 この人物と会った時にしたことは名簿を貰っただけであると、そう桃は語る。

 

「忘れちゃったんですか?」

 

「流石にこの見た目インパクトは忘れないと思う」

 

「っ……だよ、ね……」

 

 濁った声を隠しながら同意する葵の、その素振りに二人は気づかなかったようだ。

 “人形”故に表情の変化の薄い顔であることが、幸運だったのかもしれない。

 

 この図書館で、このテーブルで、この椅子で。

 この黒ずくめの少女と対面して何度も会話をしていた者がいたとして、その様な状況を忘れるという事がどれほどに不自然か。

 

 ざわめく記憶の整理に追われている葵であるが、目の前の少女の動向も見逃せるものではない。

 何かに感づいたらしい少女は探りを入れた後、束ねられた分厚い名簿を桃へと差し出す。

 

「とりあえず〜光闇関係の人がこの町に住みたいなら、ここにFAXでお手紙を送ってねぇ。

 町のいろんなところにアクセスできるようになるよ。

 システム名は、暗黒役所!!」

 

 誇らしげな宣言のようなそれも、葵にとって強い既視感のあるものだった。

 少女は更に引き継ぎの為の書類を手渡し、『分からないことがあれば聞きに来て欲しい』という旨の説明を行うと、出入り口に向かう桃を見送……ろうとして。

 

「あ、そうだぁ……。桃ちゃんが帰ってきたなら、会って欲しい子が居るんだぁ……

 

 思い立ったように桃を呼び止め、要望らしき声を少女は出した。

 

会って欲しい子?」

 

「桃ちゃんは一回会ってる……でも微妙に()()関連だから覚えてないかなぁ?」

 

グシオンさん……?」

 

「ううん、こっちの話。……とにかく、桃ちゃんとはとっても仲良く出来るはずだよ。

 そこはよく見えるからぁ……」

 

「……でも、今はおねえ……姉に会わないと」

 

「……そうだねぇ。全部終わってからじゃないと、安心できないかなぁ……」

 

 何よりも優先しているソレを桃が表明すると、少女は肯定を返す。

 マスクの奥に隠れたその瞳は、一体何を見ているのだろうか。

 

「この会話も記憶がない……」

 

「あまり聞こえないですけど……名簿とは関係無さそうですね」

 

(……ああ、そうだ。俺は……)

 

 昔、葵は今の良子のように頻繁に図書館へと通っていた。

 その足が遠のき、好きだったはずの勉強に苦手意識がついたのは何時のことだったか。

 

 葵がもう少しだけ踏み込んでいたとしたら、より早く桃と再会できていたのだろうか。

 しかしそうなれば、これから見るのであろう事件へと巻き込まれ、桃に要らぬ負担を掛けていた事は想像に難くない。

 

 図書館から少し離れた道路にて、幼い桃とすれ違った誰か。

 ノイズがかかってはいるが、図書館のロゴが入ったトートバッグを片手に、纏まった長い毛先を揺らし、顔が見えなくとも感情が読み取れそうな程軽やかに走ってゆく子供を横目にしながらも、葵はそれに構うことなく桃の後を追う。

 

 ■

 

「すご〜い! やっぱりこの町、神話級の魔族がたくさん住んでる!!」

 

 夜になり、千代田邸へと戻った桃が手に入れた名簿を手渡すと、誰何は笑顔を綻ばせる。

 それは本当に純粋で、望みが叶う事を心の底から喜んでいるようで。

 ソファの隣に座る桃が顔を暗くするのとは実に対照的だ。

 

「……あの。桃……顔色悪いです。今日はもうやめませんか?」

 

「いや……大筋間違ってないのに、私も知らない記憶が出てきた。

 まだ何か隠れているかもしれない。続けよう」

 

 背もたれ越しにシャミ子は配慮を見せるが、桃はそれを差置く。

 帰宅する直前に再び請われ、現在は抱えられている葵にも、どうにか桃のその振る舞いは感知できたものの、ただそれだけ。

 

「二人とも、夢コロッケ食べる?」

 

「食べます食べます!!」

 

「……箱で買わせるあたり、商売上手だよね……」

 

 誰何にお土産として差し出すも拒否されたコロッケにシャミ子は食いつき、葵は苦笑を声だけに出す。

 穴のない飾りだけの葵の口に添わせたコロッケが無へと消失していくシュールな光景に、シャミ子と桃が愉快そうに笑うこの光景は、これから起こる惨劇の前のささやかな癒やしであるのかもしれない。


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