まちカド木属性   作:ミクマ

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なにか言ってよ……

「じゃあ、いってきます!! 桃ちゃんはお留守番してて!」

 

 桃と那由多誰何の同居は、数日間に渡り続けられていたようだ。

 誰何は毎晩のように、桃が手に入れたまぞくの名簿を見ては出かけてゆく。

 この町に住むまぞくの引き継ぎを行っていると説明をする誰何に、桃はその手伝いを志願するも、にべもなく断られてしまう。

 

「時々危ないことあるからっ!! 桃ちゃんが痛い思いしたらかわいそうだよ」

 

 そんな理由を上げた誰何は、桃が寂しがっていると思ったらしく、ウリエルを捨てるように放り投げると、桃と遊ぶように指示を出す。

 見た目のクセが異様に強い彼を見て不安を抱えながらも、桃は大人しく千代田邸に留まった。

 

 子供向けの、動物の描かれた札を取る簡易的なかるたを広げた桃は、共に興じようとしていたウリエルの四肢を見て声をかける。

 

「ウリエルさん……手のやつ、外した方が遊びやすくないですか……?」

 

「イエスマム!! 自分も外したい気持ちはあるのですがッ」

 

 桃の問いに勢いよく同意をするウリエルだが、次にそれに反する言葉を出そうとして言葉が途切れる。

 ウリエルの身体に強い電流が走り、それが原因で大きな悲鳴をあげたからだ。

 

「諸事情で『イエスマム』と『ハイ』しか言えないのです!! 質問しないで!!!」

 

 見た目だけには留まら無さそうな、自身に課せられた“縛り”を説明するウリエル。

 苦痛に悶絶する姿を見て引く桃は、シャミ子と葵も同じ様な感情を得ている中で、湧いた考えを口にする。

 

「もしかして、なんですけど……スイカさんに、何か……されてます?」

 

「イエスマム……」

 

「……助けてほしかったり、とか……」

 

「イエスマム!! イエスマァァァム!!」

 

「感情豊かって言ってもこういうのはちょっとなあ……」

 

 囁く様な桃の問いに答えるウリエル見ながらも、電撃攻めという一点において被虐趣味の同輩とスタンガン使いの顧問を思い出した葵はそう呟くが、続く二人のやり取りを見て振り払う。

 

「……私にできることはありますか?」

 

 せめてもの献身からか、申し出る桃。

 それを聞いたウリエルは床に置かれたかるたの札を震えながらもつまみ、最終的に七枚を選んで桃の目の前へと差し出す。

 

 妙な図柄に気を取られるも、重要なのはそれぞれの右上にある平仮名のようで、そこから桃は“こうえん”と“さくら”という二つの単語を導き出した。

 

「桜の公園に行くといい……? スイカさんにはばれないほうが?」

 

「イエスマムっ、イエスマム!! イエスマァァァム!! イエスマァァァム!!」

 

「わかった、わかりました……」

 

 何度もひたすら頷くウリエルに、桃は困惑しながらも従うこととし、家を飛び出し暗い寒空の下に己を曝す。

 

(……あの場所に、どれだけの……)

 

「待って、ください……!」

 

「……優子、ごめん。今の状態だと押すのも背負うのもできないし……」

 

「……」

 

 思っていた以上に重要な土地であるらしい公園へと向かう道のりの中、グロッキーなシャミ子へと葵が謝罪を入れると、シャミ子は葵を抱き寄せて進む。

 息を切らして走る幼い桃の複雑な表情からは、誰何に関する思考を行っているのであろう事が読みとれ、シャミ子の腕の中で葵も静かに思案に沈む。

 

 空気感と言ったものが読み取れなくとも、行動として観て聴いたものならば、今の葵にも感じ取ることは出来る。

 外見も、態度も、言葉も。

 それらから得た違和感を、葵はどうにか記憶に叩き込むべく集中する。

 もっとも、桃が感じているソレに比べれば、実に矮小な物なのだろうが。

 

「……桃?」

 

 そのまま桃は高台に設けられた階段を駆け上がって行っていたのだが、最後の段を登って広場に両足をつけた所で動きを止め、振り返る。

 周囲の雰囲気がどことなく変化しており、どうやら記憶の再現が一時的に停止しているらしい。

 

「……“ここ”は、まだ本題じゃない。だけど……見られるのが怖い。

 シャミ子にも……葵にも。──さんの事が、大好きなんだってわかるから」

 

「何を……?」

 

「……嫌わないで」

 

 成長した方の桃が弱々しく嘆願をすると、幼い桃は再び広場の中央にある桜の大樹へと向き直す。

 桃の意図する所が読めずにいた葵とシャミ子は何も言えず、そしてすぐさまに重々しい声が響く。

 

『時は来た。この木の周りはこの町で一番結界が強い場所。あの魔法少女は近寄れぬ』

 

「メタ子……!! 無事だったんだ、良かった……!! どうして、こんなところに」

 

『ウリエルとは旧知の仲。我々ナビゲーターは天の記憶を介し、薄く情報を分かち合っている』

 

 強く光る樹の袂、そこに座る小さな影。

 今まで見えずにいたその姿を視認して安堵の声を漏した桃が問うと、メタ子は立ち上がり根本の近くのとある場所を指す。

 

『急げ、時が来る前に。ここ掘れにゃんにゃんである』

 

 そんな指示に桃は戸惑いながらも杖を使って土を返し始め、横で見守るメタ子は続けて語る。

 

『那由多誰何はどこにでもいる賢く、優しい子であった。

 まこと、光の一族の愛する子らを導き助けるに相応しい巫女であった。

 だが──神話の時代から時はすぎ、徐々に、徐々に……我々とスイカの関係は歪なものになっていった』

 

(……)

 

 現況の彼女が、どんな意志でどんな行動をするのかはこれから知ることになるのであろうが……。

 少なくとも、最初は真っ当な精神を持っていたらしい誰何は、それを保てなかった。

 それよりも著しく心の弱い葵が同じ様に長い時を生きたならば、やはり同じ道を経る可能性の方が遥かに大きい。

 グシオンの賛成が消極的なものであった事を思い浮かべる葵だが、その意識は何かからの一際強い光が眼に入った事で戻る。

 

『それはこの町の結界の礎となる(まな)の壺。今は桜が託したへそくりが入っている』

 

 桃が抱える壺を覗きこめば、そこには桜の花が描かれたカード、大量の硬貨や宝石などが入っていた。

 

『それは、千代田桜がある大まぞくを封印した時の物』

 

「……!」

 

 図書館の時ですら些細な変化であった葵の表情は、ここで驚愕に染まり、息を詰まらせる。

 夕方に聞いたばかりの情報と、メタ子の言葉を照らし合わせれば、否応なくソレが脳裏に浮かぶ。

 

『桜はある目的で討伐カードを切り、なおその量のカードが余った。時が来た時に使え』

 

「お姉ちゃんがまぞくを封印……!? 

 お姉ちゃん、まぞくを守りたい人だよ……? そんなことするかなぁ……!?」

 

『時が来た!! 隠せ!!』

 

「も〜もちゃん」

 

 桃の言葉を遮り、焦りを見せるメタ子。

 そこから間髪入れずにまた別の、桃を呼ぶ声が届く。

 

「心配したよ。沢山、探しちゃった。……あれ! メタ子だっ! 

 『ふたりとも、こっちにおいで』」

 

 公園にいながらも、大樹から距離を取って立つ那由多誰何。

 桃以外の存在を覚った彼女は、あまりにも自然な動作でカードを取り出して願う。

 その望み通り、桃とメタ子は出入り口である階段へと歩を進める。

 抱き上げたメタ子に指を噛まれている事には構わず、誰何は桃とメタ子への気遣いの言葉をかけるが、桃はそれを良い意味では受け取れなかったらしい。

 

 途中、誰何はまたも何やらカードを使い、帰宅した桃がメタ子に詰め寄るが、メタ子はまともにものを言えぬ状態になっていた。

 貴重である筈の“手札”の消費に一切の躊躇を見せない様子も含めれぱ、幾ら鈍かろうと彼女が町に歓迎されぬ“敵”である事を悟れるだろう。

 

 ■

 

「葵……気付いてるんだよね……?」

 

 また別の日。桃が一人で外出する光景を追いかけていた所、その途中で葵は震えた声で問われた。

 前を歩いているが為に伺えない表情を態々覗く様な事もせず、葵はどう答えるか思考を巡らせる。

 

「……桜さんがそれをした事はずっと前から知ってた。

 何があったのかは分からないけど、どうしてもそうせざるを得なかった事は確信してる。

 今言えることはそれだけ」

 

「私が持ってなかった理由も、今まで言わなかった理由も、分かってるんでしょ……」

 

「……」

 

「どうして、何も言ってくれないの……」

 

 その声はあたかも、先程見たメタ子との意思疎通が取れなくなった瞬間のようで。

 そうこうしている内に桃は目的地へと到着してしまい、葵に対するそれ以上の追求は叶わず。

 桃を不安にさせる事に罪悪感を抱くが、それでも、今のタイミングで己がそれを言うべきなのかと、葵は悩んでいた。

 

 ■

 

「あの……お面をかぶったまぞくの常連さん、居ませんか?」

 

 辿り着いた図書館で、桃は司書へと“彼女”の所在を聞く。

 相談したい案件が出来たか故のその行動は、誰何から隠れるようにして行われていた。

 

「……そのような方は見たことがありません」

 

 確かに居たはずの彼女の存在は、あっさりと否定される。

 

「そ、そんなはずないです!! 

 ここに勝手に住んでる、黒ずくめのコスプレまぞくがいましたよね!? 

 ほんの数日前です!! そこの机椅子を勝手に占領してて!!」

 

 言葉を並び立て、彼女が使っていた椅子へと近づいてゆく桃。

 しかしその椅子を凝視すれば、その異様さに気が付く。

 

「……この椅子、なんか焦げてませんか!?」

 

「あれ? 焦げてますね。片付けないと……」

 

 真っ黒になったボロボロの椅子と、その前にある机の天面にへばり付いた謎のシミ。

 不自然という言葉では収まらないその状況を桃は訴えるも、司書はとりつく島もなく業務に忠実だった。

 

 その後、桃は名簿を持ち出して町を彷徨う。

 名簿に綴られた籍を頼りにして各地を巡るも、得られた情報は無く。

 何もかもが消え去ってしまった痕跡は、桃の抱いていた疑念を急速に確信へと変貌させるには十分すぎるもので。

 

「スイカさん。この町に住んでいるまぞくを封印していますね」

 

 これ以上様子を見ている一刻の猶予も存在しないと判断した桃は、簡潔なその答えを誰何に対して突きつけた。

 

「今飲んでいる物は何? ここは姉が命がけで作ったセーフティゾーンです。

 ……貴方は、この町に何をした!?」

 

 水筒を片手に持つ誰何はぶつけられた怒りを受けて最初はキョトンと呆け、続けて汗を流して狼狽え始める。

 

「あれ? あれれ? 何か……桃ちゃん、誤解してない? 

 最近は魔族だって人間とたいしてかわらないんだよ……? 封印なんてしてないよ」

 

 桃が何を問い詰めようとしているのか、何故に感情を荒げているのか心底解せないといった様子の誰何。

 優しく、にこやかなその笑顔は桃と仲良くしたいと、純粋な。

 

「大丈夫。ちゃんと、苦しまないように殺してるよ」

 

 間違いなど存在しないと確信しているその“善行”を、誰何は淡々と呈してみせた。

 

 

 

 暗転。

 視界が途切れ、数瞬の後に差し込んだ光は、月と星の弱いそれがかき消されそうなほどに激しい物。

 

「……! 場所、変わった!」

 

「公園まで逃げてきた。……対応を間違った。話し合えると思っていた私がバカだった」

 

 再び、舞台は高台の公園へと移る。

 町で最も安全な場所であるらしいそこで、桃は後悔の念を紡ぐ。

 

「ごめんね、大切な知り合いが居たんだね。

 町の人が悲しまないように記憶を消してるんだけど、桃ちゃんは対象外だったみたい」

 

 草を踏む軽い音と共に届く、背後からの声。

 それすらもやはり当人的には優しいものなのだろうが、今シャミ子と葵が注意を引かれているのは別のモノ。

 

「桃!! 腕が……!!」

 

「これは自分でやった。あっちに脳みそ干渉される前に……お腹はこれから……」

 

「桃、まだ怪我するんですか!? せめて……せめて回復の杖で治しましょう!!」

 

「これ回想シーンだから話がおかしくなるからやめて!!」

 

 右手で左肩を支える桃と、消えたその先を見て提案をするシャミ子。

 そんな二人を見て、今の今まで黙りこくっていた葵はこの場に付いて来た事を悔やみ始めていた。

 

 桃の足元に貯まる液体の匂いも、誰何が発する重圧も感じ取れず、如何に自分が“力”に影響を受けた五感に依存していたかを知らしめられ、それならばやはり“外”から見ていた方が幾分かマシだったのではないかと。

 

「さっきのじゃ記憶が消しきれなかったよ。

 痛そうだよ。痛くなくしてあげるから、おいで」

 

 そんな事を考えながらも、軽い“負担”の()()()小バエのようにチョロチョロと飛び回りながら、誰何の一挙一投に怯える桃を直視するしかやる事はない。

 

「ぼくは、桜ちゃんみたいに牧場を作るほど根気がないんだ。

 ……時々、桃ちゃんみたいな目で見てくる子が居る。

 誤解されたくないからちゃんと説明するね。

 ぼくの願いはこの世全ての“かわいそう”を根絶すること! 

 そのために見かけた魔族(エサ)は全部食べていきます」

 

「……何もかも間違ってる! お姉ちゃんはそんなことのために町を作ったんじゃない……!」

 

 次々と消し去られた痕跡の中で残った、姉に関する数少ない物品を残った全身で守ろうとする桃はその暴論を必死に否定するが、誰何は目を閉じて諭すように続ける。

 

「間違っているのは世界の方だよ?」

 

「世界……?」

 

「あ、ここ聞き流していいよ。この人全体的に変だから」

 

「富む人がいれば貧する人がいる。食べる人がいれば食べられる人がいる。

 ……人だけじゃないよ。素敵な出会いがあれば、悲しい別れがある。何もかも、始まるから終わる。

 ぐるぐるぐるぐる同じことの繰り返し。一か所の不幸を止めるだけじゃ駄目なんだ。

 だから──」

 

 そこで誰何は言葉を切ると、瞼を開く。

 

「──この世に、感情がなかったころまで世界を巻き戻したい。

 具体的には、原始海洋って知ってるかな? あそこまで……」

 

「あぁ聞きたくない聞きたくない! 聞きたくないっ!!!」

 

 誰何を認識出来てしまうモノをがむしゃらに遮断させながら叫ぶ桃。

 その姿を見て誰何は何処までが本心かは不明ながら、一応は得心したかのように見える。

 

「短い目で見れば……うん。確かにぼくは悲しみを量産しているね。

 昨日行ったお店の人も泣いてたし……だから何周目かのご褒美で“忘れさせる力”を手に入れた。

 忘れてしまえば一旦かわいそうじゃないよね? 

 他にもいろいろ出来るよ。誰も苦しまず、誰も悲しまず。

 静かに、終わらせてあげるのが……ぼくのこだわりです」

 

 手のひらに何かの力場を広げながらの語り口は、実に誇らしげで。

 誰何は大樹の影に隠れる桃を透視したかのように真っ直ぐな視線を向けた。

 

「だから今、桃ちゃんが苦しんでいることは申し訳ないし、かわいそうで……愛おしいと思う」

 

「……は?」

 

 カチン、と。

 桃を抱きかかえていたシャミ子はそこで顔を上げ、引き金を倒したかのように一気に感情を爆発させる。

 

「きさま! さっきからず──っとおかしいぞ!」

 

「シャミ子! これ私の記憶だから! 干渉できないよ!!」

 

「ぅ……だって! だって!! 葵もさっきから何か言いたそうな顔してますし!」

 

「……!」

 

 シャミ子に話を振られた葵はその身を硬直させると、次に可動域の狭い短い腕でどうにか顔を隠そうともがく。

 鏡なんて物は無い以上、仮想体がどうなっているのかなどは分からないが、酷いことになっているのだろうとは推測した結果だ。

 

「そんなことしてないで! 好きに言ってやればいいじゃないですか!」

 

 シャミ子は不満げに叫ぶが、しかし葵は何も言えず。

 その間にも記憶は進んでおり、誰何は悲壮感溢れる表情となって語りを続ける。

 

「……まあ、分かってくれるわけないよね。

 でもぼくは、今の今まで呑んだ魔族のことは一人たりとも忘れていない。

 雑に食い散らかして、目先のご褒美をもらう意識の低い子とは違うんだよ? 

 ウリエルとたくさんお話して、教えてもらったよ。その木の下に何が埋まってるか……」

 

『時が来たぞ』

 

「……ここで私は、姉が残したカードを一枚切った」

 

 只々理想を押し付け続ける誰何をよそに、傍らに居るメタ子が預言を発すると、それを合図としたかのように誰何は手持ちの、桃は壺の中から一枚のカードを取り出し、それぞれ掲げた。

 

「『桜ちゃんが育てたものをぼくにちょうだい』」

 

「『こいつに抵抗する力をください』」

 

 お互いに、強く宣言をする。

 はたからは何も起こらなかったかのように見えるが、そこでは間違いなく激しい争いが起きていた。

 持て余しているとはいえ、莫大な魔力を見慣れた葵ですら驚く様な格の違う競り合いが。

 

「……………………。抵抗しちゃうか〜。まあそうだよね! わかるわかる! 

 でも無駄に貯蓄を使われちゃうのは困るな……。

 今の、完全に無駄じゃなかった? 無駄でしょ……?」

 

 怒りなのか焦りなのか。

 強く感情を害したと思われる誰何は何処からともなく、影を実体化させたかのような細身の槍を取り出して構えた。

 

「死なせた魔族に申し訳ないよ……。ね? ……話し合おう?」

 

 一転して明るい口調のその言葉とともに、誰何は槍を回転させる。

 その瞬間、軽い動作には似つかわしくない轟音が響き、空間を抉るような一撃が炸裂した。

 

「ぼく、こういうやり方本当に嫌いだから……早めに折れて持ってきてね」

 

「嫌だ……!」

 

 認知の域を超えた攻撃に、一瞬何が起こったのか分からずに混乱したシャミ子と葵だが、塵もなく消失した二つのモノと、そして大きく広がった赤黒い池に横たわろうとする桃を見てようやく現状を把握する。

 

「桃っ!?」

 

「桃……!」

 

 限度を一気に通り過ぎた桃の姿は普段着へと戻ってしまっていたが、それでも大切な形見だけは手放そうとはせず。

 そんな桃にシャミ子は膝枕をして支え、葵は小さな体でもせめてもと桃の残った手に自らを押し付ける。

 ただ、触覚を捨てた己が本当に触れられているのかと、そんな不安は拭えない。

 

「この状況を打開して町を守る方法は一つしか無い」

 

 壺を抱えていた腕を伸ばし、地面に散らばるカードをかき集め始め、結果葵の仮想体は桃の手から離れる。

 

「これを使う……。そもそも……どうして姉がこれだけの討伐ポイントを隠し持っていたのか、最後まで分からなかった。

 分かったのはシャミ子と会ってからだよ。

 これはお姉ちゃんがヨシュアさんを封印したときのものだ。

 あの時言えなくてごめんね、シャミ子……葵」

 

 うるませた瞳で、じっとカードを見つめる桃。

 

 メタ子に誘導されて掘り起こした時点で、葵がそれに気が付きつつも何も言わなかったのは、葵とシャミ子の間に曲げようのない“事実”があったがため。

 己より、シャミ子の思いが優先されるべきだと判断した事で沈黙を守っていた。

 

「私は、シャミ子のお父さんを……。

 葵のとても大好きな人を……。葵の、もう一人の……」

 

「……」

 

「葵……そこに居るんだよね……? なにか言ってよ……。

 葵、あおい……。ぁぉぃ……っ」

 

 段々と小さくなってゆく声で何度も名を呼び、深く影を落とした焦点の定まらぬ目で、震えながら腕を伸ばす桃。

 だがそこに葵は居らず、霞を掴むような動作を繰り返してしまう。

 

「……葵の声が聞きたいよ……」

 

「っ……! ……俺の方こそ、ごめん、桃。今は早く──」

 

「ごちゃごちゃ悩んでないでなんでもいいから使っとけ──い!! 

 そんなちっさいことでおとーさんも私も、葵だってっ! 怒りませんて!!」

 

 葵が謝罪を返すまでだけをきっちりと待っていたシャミ子はそれ以降の言葉を遮り、怒涛の勢いでそれを叩きつけた。

 

「ちっさい……? そっか……私の悩み、ちっさいか……」

 

「手伝いますか!?」

 

「手伝っても意味ないんだって……」 

 

 シャミ子と桃のやり取りの中、葵は横たわる桃の眼前に降り立つ。

 やはり己の表情がどうなっているのかは分からぬが、桃と視線をかわせば彼女は微かに頬を緩ませる。

 

「……メタ子。あいつを殺……っ……。『あいつを、無力化して』」

 

 一度の再考を経たその願いは、確かに行使された。

 僅かな間の後、絶叫を轟かせる誰何の肉体はザラリと崩れて行き、固体とも液体とも取れぬナニカが地面へと滴り落ち、誰何がいた場所には漆黒の結晶体が浮きあがる。

 

『……コアが出たね。ひどい……ひどくない……? どうして殺さないのかな』

 

「姉はそうしないと思ったから。……もう、貴方には何の力もない。

 コアを割れば貴方は空に散らばって、いつか人に戻る」

 

『ぼくが何千年、どういう思いで頑張ってきたのか、いくつの犠牲を重ねて本当のしあわせについて考えてきたか──』

 

「聞こえないです。どこか遠くで、貴方だけの幸せを見つけてください」

 

 一体どちらが“本体”であるのか、コアと地面の物体からあやふやに音を鳴らし、再度結合でもしようとしていたのか不気味な手を伸ばそうとするも、誰何の言葉を軽く跳ね除けた桃の掴む杖から迸った魔力によって双方共に塵と化す。

 

「終わった……?」

 

『まだだ! 時、来てないぞ!』

 

 しっぽの毛を逆立たせて叫ぶメタ子。

 その視線の先では誰何だった残骸が瞬く間に集まって行き、奇妙なヒトガタを作り出していた。

 

『ご褒美のつかいかたがうまくないね。

 言い回しでけっこう効果が変わるから覚えておくといい』

 

 そんなアドバイスを行ったヒトガタは顔と思しき部位に走った亀裂を弓なりに歪ませると、地面に落ちていた誰何の水筒を拾い上げ、その蓋を開けて傾ける。

 

『……たべのこしがあって良かった。まだ神は私を見捨てていない。まだやれる。まだやれる』

 

 見た目よろしく測れないヒトガタの言葉。

 場の誰もがその動向を眺めるだけに留まっていた中、ヒトガタは粘体へと姿を変え、横たわる桃を沼に沈めるが如く半身を包んだ。

 

「ひっ……!」

 

『やっと出てきてくれたね。その傷、治してあげるよ。痛そうでずっと気になってたんだ』

 

 開放された桃の肉体は万全を取り戻しており、粘体は宙に浮いたまましばらく固まる。

 正確に言えば、目のような黒点のみがギョロギョロと忙しなく動いており、どうやら周囲の確認をしているらしい。

 

『……やっぱりだ。この町の霊脈の源流たるその桜が枯れたことで、今ようやくはっきりした。

 この町の何処かに、霊脈から無尽蔵に供給を受けている何かが有る。

 ヒトかモノかは分からないが……素晴らしい機構だ』

 

 何かの存在を感知したらしい粘体はカタカタと震える。

 そこからは笑っていることが容易に見て取れた。

 

『間違いなくご褒美に迫るリソースとなりうる。

 一からのやり直しとなったが……最高の収穫だ』

 

 霊脈という単語に葵が思わず桃の方を見ると、彼女は気怠げな様子ながらも頷く。

 どうやら“これ”も、既知の会話であるようだ。

 粘体はウネウネと空中を泳ぎ今にも何処かへと飛び出して行こうとしていたが、ふとその動きが止まり、目玉がある一点を向く。

 

『……あと、さっきからずっと覗いてるツノのまぞく。お前はまた来ていつか殺す』

 

「……えっ。私ですか!?」

 

(……?)

 

 自身しか居ないはずであるその呼称に自らを指差すシャミ子。

 しかしその足元に居る葵は呼ばれず、内心首を傾げる。

 遠近感の取りにくい視線故に断定は出来ないが……少なくとも自分の方は向いていなかった──そう、葵は感じていた。

 

「今の何!? 何ですか!?」

 

「分からない、何? 今の。あんなのあったかな……!?」

 

 今度こそ、事態は一旦の収束を見せたらしい。

 困惑する面々ではあるが、それでもと桃は一息をつく。

 

「……とにかく、スイカの話はこれでおしまい。

 私自身の記憶と食い違うところがいくつかあったけど……一旦起きて、仕切り直そう。

 ……それにしてもシャミ子、私が一番悩んでいた所、かなり雑に処理したね」

 

「そういうのが優子のいいところだよ。本当に見習いたい。桃も分かってるでしょ?」

 

「……まあ」

 

 口ではおどけつつも、葵のその心には桃に不安を抱かせたことと、そして少し前にミカンとウガルルから言われたことを直ぐに忘れてしまったことの二つを、現実に戻ったら改めて謝らなければならないとという意思が浮かんでいた。

 しかし、それには多少の時間が掛かってしまう事を、今の葵はまだ知らない。

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