まちカド木属性   作:ミクマ

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まっかせてください!!

「帰ろう。ミカン、リリスさん! 私たちを起こして!」

 

 敵は姿を消し、桜の樹は枯れ照らされていた町には帳が落ちる。

 桃は空に向かって叫び、現実から見ている者達へと要望を出すが、その背後にいるシャミ子と葵へと声をかける者には気が付かない。

 

『シャドウミストレス、喬木葵よ』

 

 二人の名を呼ぶメタ子であるが、どうやら桃にはそれが聞こえていないようだ。

 

『まだ目覚めのときではない。汝らには見せるべきものがあると感じた』

 

「え……?」

 

 桃の記憶の中の存在ではない、メタ子の言葉。

 戸惑うシャミ子が何かを言う前に、公園を中心とした町の景色が崩れて行く。

 再び足をついた目の前には以前に通り過ぎたがんじがらめの扉がそびえ立っており、桃の姿は無い。

 

「──あだっ……」

 

 どさり、と何かが落ちた音が鳴る。

 シャミ子が横を見れば、そこでは葵が空中から墜落していた。

 小さな悲鳴を出した葵は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()

 

「……は?」

 

 反射的に行っていたその動作を止め、呆けた声をあげる葵。

 己の手のひらを見つめると、次に全身を眺める。

 ……そこに居たのは紛れもなく、現実と同じ身体を得た葵であった。

 

 慣れ親しんだ学校制服を上下共に着用している事が些細に思える位の現象。

 葵はシャミ子へと視線を向けるが、彼女も目を丸くしており、何かをしたわけでないらしい。

 

「葵……? どうやったんですか……?」

 

「いや……俺にも何が何だか……」

 

『喬木葵。汝は未だ汝を知らぬ』

 

 シャミ子と葵のやり取りはメタ子によって遮られる。

 葵は立ち上がりながらそれの意味を考えるが、思い当たるものはない。

 

「……さっきまで見てた物を、この姿で見る事は出来なかったのか……?」

 

 代わりとして浮かび、口をついたのはそんな言葉。

 

 現在、葵は何もしていない。

 シャミ子に魔力を流していないどころか、現実の意識が途切れており、多少の魔力の消費こそ感じるものの実に“楽”な状態でこの場に立っている。

 これを先程までの状況に適用させられなかったのか、万全な状態で桃の記憶を閲覧できなかったものかと、そう葵は悔やむ。

 

『……すまない』

 

 葵としては単なる独り言であったのだが、メタ子は責めとして受け取ってしまったらしく、しおらしく謝罪を口にする。

 しかし、そもそもからして葵の未熟さに端を発する事であるのだから、メタ子に非などある筈もない。

 

「……ごめん、メタ子」

 

『……』

 

「見せたいものっていうのは……そんなに重要な物、なんだね」

 

『……然りだ』

 

 肯定を返すと、メタ子は閉ざされた扉の方を向く。

 何が起こっているのかは一切不明だが、今のコレを最大限に活用せねばならないと、葵はそう考えた。

 

「葵……」

 

「大丈夫。一緒に行こう」

 

『……続けるぞ。この扉は、ある大まぞくによって封じられた幼少期の桃の記憶である。

 我にも汝らにも桃にも開けられぬし、永久に開けなくて良い厳重な封印だ』

 

 その“大まぞく”という単語を聞けば、否応なしに二人の身は引き締められる。

 

『かわりに汝らに授けたいのは我が記憶。

 猫の我が見た桃と桜の出会いの記憶である。

 ここから先、目にしたことは桃にも、何人にも話すな。

 約束、できるか』

 

「わ……分かりました」

 

「……了解」

 

 メタ子からの要請を聞いた葵の心境は、ある意味で生徒会の業務を引き受ける時に近いもの。

 同等か、それ以上の圧を感じたからこそ、葵は普段はそう使わないような固い口調での了承を返した。

 

『よし。──ならば、時を戻そう』

 

 二人の言葉が嘘ではないと確信したらしいメタ子が合図を出すと、空間が渦巻く。

 吸い込まれるような感覚とともに視界が途切れ、気がつけば一行は真っ白な雪原に立っていた。

 

「ここは……」

 

『我の記憶の中である。ついてくるが良い』

 

(……()()()

 

 シャミ子と共にメタ子に先導されている中、東京の冬とは比べ物にならない環境から葵はそう感じて腕を擦り始める。

 やはりと言うべきか、“この葵”はそれらの感覚器もはっきりと働いていた。

 聴覚は先程から捨てている訳で無いものの、それでもより研ぎ澄まされたそれによってどこか遠くから響く音の正体にも、創作の中でしか知らなかった物ながらも辿り着く。

 

 葵は一瞬、代謝を上げて暖を取ろうかと思ったものの、そもそも今の身体がどういった構造になっているのか分からず、記憶の中ならば凍死はしないだろうと考え、ならばこの肌を突き刺すような寒さも含めて記憶に残してやろうと考えた。

 

「メタ子、生きてる子が居るかもしれない。通じそうな言葉で呼びかけて」

 

「桜、さん……」

 

 足を止めたメタ子は、堅苦しさを感じる防寒着の人物に頭を撫でられていた。

 その人物、千代田桜を視認した葵は思わず名を呼ぶも、彼女の見慣れない険しい表情を見てそれだけに留める。

 

『організація,що контролює вас,впала

 Ви не маєте більше вчиняти самогубства』

 

「何語!?」

 

(……フィンランド語だったら分かりそうな人居るんだけど……)

 

 高く積もりつつも人為的に切り崩されたと思われる四角い雪の山に登り、桜の指示でメタ子は叫ぶ。

 その言語を、少なくとも高校レベルの第二外国語としてはあまり取り扱われないものだろうと結論づけ、おぼろげながら、ハーフもしくはクォーターであったような知り合いを葵は思い浮かべた。

 

「……スイカっ! 後で泣け! 今は防げ!!」

 

「スイカ? ……ひぇっ!?」

 

 記憶の流れから外れているシャミ子と葵に、当然桜は反応せずにおり、メタ子の様子を見ながらも桜は隣に座る者へと忠告を出す。

 そちらを見たシャミ子が悲鳴をあげてしまった、冷たい雪の上に蹲る彼女は那由多誰何その人。

 

「どうしてこんな事ができるんだ……かわいそうだ……あんまりだ……」

 

「……」

 

 嗚咽を漏らしながら悲観する誰何。

 この瞬間、ようやく、初めて。

 葵は那由多誰何という一個人を眼中に据えた……そう、言えるのだろう。

 誰何を眺めていた葵だったが、彼女がなにか大きな事を起こそうとする様子はなく、その間に桜は甲高い鳴き声を上げるメタ子と共に雪原の一点を注視している。

 

 隠し部屋かシェルターか。

 桜の視線の先では、出入り口を塞いでいた人工物を雪ごと持ち上げて外に出ようとする者がいた。

 

「лише я не вмер

 Здаюсь」

 

「桃……?」

 

 その言葉の意味は、両手を挙げて外気に晒すポーズを見れば何となく分かる。

 気候に全くもって適合していない素足と質素な服、ボサボサになった羽のような飾り。

 目を引かれそうな異常だが、それを見るまでもなくシャミ子と葵は少女の正体を悟る。

 

「що це?」

 

「うどん!! うどん!! 絶対おいしい!!」

 

 何処かの屋内へと移動し、桜の着ていた上着を羽織っている桃は湯気を上らせるカップうどんを手にしていた。

 あからさまに面食らっている桃ではあるが、日本語で主張をされると片手のフォークを使って麺を持ち上げ口に運ぶ。

 

「かわいそう、かわいそう。いっぱいたべて」

 

 食事を摂る桃への誰何のその言葉は、やはり本心からの物であるのだろう。

 先程にも増してとめどなく涙を流す誰何に、桜はまた別のうどんを差し出した。

 

「スイカも食べな」

 

「え。ぼくは……」

 

「体冷えっ冷えでしょっ!! まだ長いんだよ、ダシだけでも飲め。

 今回は共闘! 今は私がリーダーだ、全ての業は私が背負う。飲んどけい」

 

 誰何はそれをおずおずとしながらも受け入れて、スープのみを取り込み始めた。

 得体の知れない存在すら従えるような、桜らしい行動を見た葵は僅かに頬を緩ませるが、どうにかすぐに表情を整える。

 

「桜ちゃんはぼくのことをよく分かってくれてるねぇ」

 

「いや全然わからんよ? 君、へんだもん」

 

「……たまぁに食べると、やっぱり美味しいんだよね」

 

 誰何は息を漏らして感想を語ると、残ったうどんを桃へと渡す。

 桃の記憶と一致しない彼女の言動は、葵の認識を一方的なものへと引き摺り込もうとする物だ。

 

「……ねぇ、君。名前は?」

 

『Як тебе звати?』

 

 食事を終えた桃への問いは、何やら気に入られたようで抱きしめられながら耳を食まれているメタ子が翻訳をする。

 

「Мене звуть Операція 27」

 

『……無いそうだ』

 

(おぺらーち……。……オペレーション?)

 

 日本語丸出しの発音で桃の言葉を脳内で復唱していた葵だったのだが、ある一つの単語を聞いた所で同じ意味の英単語が浮かぶ。

 発音がある程度似ているとはいえ、()()()()()()()()()、葵の頭が冴えていた。

 

「……じゃあ〜、『モモ』って名前で呼んでもいいかな?」

 

「Мон-мо?」

 

「ピンクできれいな花が咲くんだよ。もうすぐ咲くよ。

 ねぇ、君。うちの国来なよ」

 

 桃の名付けの秘密が明かされる中、葵は思考する。

 名乗りの中に使われるには相応しくない単語、おおよそ子供に着せる物ではない格好。

 悪い方の可能性ばかりが過り、そして同時に幼い桃が着ている被験着(入院着)から10年前までの幼馴染をも思い出してしまう。

 

 誰何のラブコールを受け流している桜を見ながらも、葵は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 

 ■

 

『それから桃は桜とともにこの町に来て、時がたって、たって。……別れの時が来た』

 

「あ、あの。今の記憶は……。桃の話と違います。

 だって桃は普通の施設で育って……」

 

 再び周囲の風景は曖昧なものへと変わり、歩を進めるメタ子を追う中でシャミ子は疑問をぶつけた。

 

『それは大まぞくに上書きされた架空の記憶だ』

 

「入ってきて、ヨシュアさん」

 

『……見よ。汝の父親、大まぞくヨシュアの姿を』

 

 その答えを今まさに教えようとしているメタ子が導いた場面。

 桃が眠る中で、桜とメタ子が挙げた名前を聞いた葵は固まる。

 

「おじゃまします」

 

 背後にある寝室の扉を開ける音と共に聞こえてきたその言葉。

 すぐさまに振り返った葵がまず目にしたものは、父性の象徴と認識してしまっている長く捻れた立派な角。

 視線を下げればリリスに似た色合いの金髪があり、つぶらな瞳と小さな口は彼の幼い容姿を引き立てる。

 

「お、とうさ──!」

 

 シャミ子を差し置いて、葵は手を伸ばす。

 しかし干渉は許されておらず、その手は表面を撫でるだけに留まり、勢い余って転んでしまう。

 伏せた体を起こそうとするが、床に座るまでは行ってもそれ以上の力が入らない。

 心配して駆け寄ってきたシャミ子へは、ヨシュアの方を見るようにと目で乞うた。

 

「この子が保護されるまでの記憶を全部消してほしい。

 普通の施設で育った思い出を上書きしておいて」

 

「わっかりました!! ボコボコに消しちゃります!!」

 

 どうやらそれが、桃が自らの生い立ちと誰何との邂逅を覚えていなかった理由であるようだ。

 ヨシュアが承知すると、桜は『あと……』と呟き、僅かな間の後に更なる依頼を出す。

 

「私への過度な愛着も消しておいて」

 

「えっ?」

 

「これから大変なことになるから、この町を離れてもらいたいんだけど……話聞いてくれなくて」

 

「……それは、ちょっと」

 

 桜にとってはどうしても必要な事であるそれに、ヨシュアは否を表す。

 背中を見ているだけのシャミ子と葵には、二人の顔色()伺えない。

 

「あ、やっぱ嫌だった!? ごめんごめん」

 

「あ、いえ! 難しいだけです。

 辛い記憶はけっこう簡単に消せます。でも……」

 

 曰く。誰かを愛した記憶は極めて消しづらく、何かのきっかけで容易に戻ってしまう。

 『夢魔は真実の愛に勝てない』とそう語るヨシュアには、裏付けるだけの数多の経験があるらしい。

 

「そっかぁ……ちょっと優しくし過ぎちゃったなぁ。

 でもこれからアレと戦うしなぁ……」

 

 人間の感情を読み取るための材料は表情だけではない。

 眼前で小刻みに揺れる腕と、穏やかではない声を聞けば、桜の心境はある程度測れる。

 とはいえ、実際に経験していない葵が全てを知る事は出来る訳もないのだが。

 

「この子には普通の人生を生きてほしいな。

 整合性が取れる程度にうまく消しておいて。……ごめんねぇ、こんな事させて」

 

「いえ!! こういう時のためのまぞくですから!! まっかせてください!!」

 

 きりっと眉を上げ、八重歯を覗かせての宣言はまさしく、誰かのものとそっくりで。

 

「桃さん……ごめんなさい」

 

 桃を守るように囲おうとする尻尾は、葵にも経験のあるもので。

 

「新しい町で、僕が貴方から奪う、桜さんとの思い出を塗り替えられるような……。

 生きる理由になる、素敵なだれかに出会えますように」

 

 ひどく懐かしい、10年間葵が求め続けた優しき声。

 自分に向けられていない物だとしても、聞けることが嬉しくて。

 しかしそれでいて、実の子達を差し置いて甘えていた自分を直視させられているようでもあり。

 

「……ごめん、優子」

 

 桃の過去を見ているこの場面で言うべきかと迷ったものの、葵は謝罪を口にする。

 しかしシャミ子自身は実父の姿を見据えており、反応はない。

 

 メタ子が見せたいものとはそこで終わりらしく、気がつけば桃も、桜も、ヨシュアもその姿を消していた。

 

『──喬木葵よ』

 

 座ったままの葵へと向き直し、メタ子は名を呼ぶ。

 

『時間が無い、手短に済まそう。

 我から汝への……おそらくは最初且つ最後の予言にして預言。それを授ける』

 

「メタ子……?」

 

 話題は切り替わったようで、メタ子の瞳は葵をまっすぐ貫いている。

 葵は身を震わせ、シャミ子は葵と同じ様に困惑しながらも葵の身体を支えようと、かがんで手を取った。

 

『【過去を清算せよ。さもなくば待ち人との再開の時、来る事は無い】』

 

「過去を、清算……?」

 

 メタ子の言葉を復唱したのは、葵ではなくシャミ子。

 葵はシャミ子の手を借りて立ち上がりつつ、『まさか』と考える。

 

『汝が起こした事件により、汝の存在は多くの案内役(ナビゲーター)へと知れ渡った。

 処するべきと主張するものも居るが、その特異性により……判断を鈍らせている。

 人の作りし法と言葉を借りれば、“情状酌量”、“執行猶予”が近しい』

 

 不穏な言葉にシャミ子は息を詰まらせ、そして葵は──。

 

『だが、なによりの要因たるは……当事者である人物の意思に依るところが大きい』

 

「……!?」

 

 目を見開く葵。

 メタ子の言っている“事件”には心当たりがあり、そんな情けをかけられる様な状況であったかと考えるも、そもそもそれ以前に……。

 

「まさか……あの人がどこに居るのか知ってるのか!?」

 

『我の口からは伝えられぬ。だがそう遠くない内に時は来るだろう』

 

「何の……話をしてるんですか……?」

 

 置いてけぼりにされていたシャミ子が葵を見て不安げに問う。

 しかし葵は何も答えられず、顔を逸らしてしまった。

 

『……今一度、告げる。過去を清算せよ。

 そして……千代田桜とヨシュアが汝の命を救ったという選択が間違い等では無かったという事を、その身を以て証明するのだ』

 

「ッ……!」

 

 その二人の名前を出されて指示を受ければ、もはや葵にそれ以外の選択肢はない。

 

「……メタ子。俺は──」

 

『シャミ子、葵っ! 聞こえてる!?』

 

「!? 皆の声が……!」

 

『……時が来てしまったか』

 

 何かを言おうとした葵の言葉は現実からの声に遮られてしまったものの、背筋を伸ばしたその体勢を見てメタ子は満足したようで、ふわりと浮き上がり始めた二人を見送る視線を送る。

 

『今日は話せて良かった。メタトロンが宿る猫の体に残された時は少ない。

 我々案内役(ナビゲーター)は弱き人の子を正しく導くために生まれた。

 その理が今の時にそぐわぬ歪な古の異物であってもだ。

 そして、我は個人的……いや個猫的に桃の幸せを心から願っている。

 ……桃を、頼むぞ』

 

 段々と意識が薄れていく中、メタ子の願いだけははっきりと脳に響く。

 そして、完全に途切れる直前に……別の何かが聞こえたような気がした。

 

『愛する光の巫女が汝を見捨てぬ限り、我もミカエルも死力を尽くして汝を庇おう。

 我も、汝の死が正道であると思いたくはない』

 

 ■

 

「……アオイ?」

 

 目が覚めて最初に視界に映ったものは、飛びかかるような体勢で葵の身体を揺さぶっていたウガルルの心配そうな顔であった。

 ウガルルは片手にタオルを持っており、記憶の中で実寸台の身体を得る前から、誰かが溢れ出る顔の汗を吹いてくれていることを葵は認識していたが、どうやら彼女による行為だったようだ。

 余談だが、顔の化粧は桃の記憶に入り込む前に落としている。

 

「おはよう、ウガルルちゃん」

 

「おはよウ。……汗、まだ凄イ。タオル使うカ?」

 

「……ありがとう」

 

 ウガルルからタオルを受け取る葵。

 それで顔を覆う直前、シャミ子の方を起こしていた桃と目が合い、彼女の安堵した表情をみて心をかき乱す。

 

「なんかあった? 迷子になってた? 怖いものとか見てた?」

 

「あの樹の周り探索してた。何かあるかもって。空振りだったけど」

 

「私が起きてたのに?」

 

「優子が強くなってるから再現が残ってたんじゃないかな」

 

 つらつらと言葉を並べ立てる葵。

 意識があろうがなかろうが、シャミ子に片手を重ねて頭を垂れていたのは変わらなかった事で然程は怪しまれなかったようだが、今の顔はタオルで覆われている為に、桃とは目を合わせられず。

 代わりに勘付きそうな邪神像(リリス)をタオルの隙間から見るも、そちらからの反応も特に無い。

 早速、メタ子の願いを反故にしている様な言動であるが、あの過去を隠すためなら許してもらえるだろうかと、そんな考えが葵の脳裏によぎる。

 

「……ごめん、桃」

 

 タオルをどかして頭を下げた葵。

 記憶の中で口にした謝罪を今一度示すと、桃はその顔つきに陰りを見せる。

 

「葵が、何も言ってくれなくて……寂しかった。

 怒ってたとしても、それを伝えてほしかった」

 

「……俺が言いたいことは、優子と同じ。

 怒りなんかしない。

 桃がカードを使ってくれたから、俺も優子もこうして生きてる。

 ありがとう、桃」

 

「葵……」

 

 声を震わせる桃に葵はどうするべきか迷ったが、見守っていたミカンから視線を送られ、桃の手を取って一気に抱きしめた。

 

「……那由多誰何が言ってた霊脈云々って……俺の事、だよね」

 

「……夏休みに葵の力の事を聞いて、すぐにそうだって思った」

 

「だから……俺に戦ってほしくなかったんだね」

 

 しばらくの後、瞼を赤くした桃が離れた頃。

 葵が推察を出すと桃は頷いた。

 しかしそのやり取りも、隠し事を誤魔化しているようでもあり、罪悪感が積もるがそれでもと葵は言葉を続ける。

 

「だけど……最後のアレ、多分俺のことは見てなかったと思う。何でだろう」

 

 桃の記憶に無いらしい、あの殺害宣告。

 どういう術かこちらを観測していたらしい誰何だが、ターゲットの一つであるはずの葵は眼中になかった。

 

「小さい方の私は……あの葵を『使い魔』って呼んでた」

 

「そうなる……のかしら?」

 

「どういう事?」

 

 考える素振りを見せて少しの後に口を開いた桃の返答に、ミカンが同調する。

 

「つまりね、あの葵を意思のある個人として見て無かったんじゃないかってこと。

 ナビゲーターにあんな仕打ちするくらいだから、あり得るわ。……気が合わないわね」

 

 最後に吐き捨てるように説明を終えると、ミカンは傍らのウガルルを抱き寄せて膝に座らせた。

 自分自身、小さい桃を『使い魔相手でも態度を変えない』と評していたし、確かにその逆もあり得ると葵は考える。

 

「それにしても……ちょっと意外だったわ。

 シャミ子があんな事を言われたら、葵は凄い怒るかと思ったんだけど」

 

「……アレね」

 

 むくれていたミカンだったが、ハッとなって葵にそれをぶつける。

 

 無論、誰何がシャミ子の命を狙っているということは葵も理解はしているし、それがメタ子に記憶を見せられた結果、曖昧になってしまっているという事も分かっているつもりだ。

 ただ、要因はそれだけではなく、葵にとっての『ツノのまぞく』という呼称の認識に依るところが大きい。

 葵がその言葉で真っ先に思い浮かべるのはシャミ子ではなく、ヨシュアなのだ。

 ヨシュアならば、宣告を受けようとたちまち解決してしまうだろうという、そんな安心感があり、だから──

 

「──あー……自分でも何考えてんだか分かんない。頭冷やしてくる」

 

 全幅の信頼を寄せる彼の事を思い浮かべてパンクしそうになった葵は、首を振って思考を意図的に中断させると、周囲にそんな事を伝えて立ち上がる。

 嘘ではない。メタ子の記憶の時こそ楽ではあったが、現実に帰還してからはまた全身が火照っていた。

 

「……メタ子の記憶は……何年前のことなんだ?」

 

 寒空の下、外の道をゆっくりと進む葵はひとりごちる。

 素直に受け取れば、10年から16年前の間の何処かだろう。

 あの桃は少々大きい気はしたが、それは諸々の要素からまだ納得は行く。

 

 疑問なのは那由多誰何。あの場所で桜と共に桃を保護してから、たった数年の後に凶行へと及んだ。

 葵が物を言える立場ではないものの、かなり意志の弱そうな──決断力の弱そうだった彼女が何の躊躇もなく魔族を殺戮する程迄になっていた。

 一応、ヒントらしきものはメタ子や誰何自身の言葉から何となく受け取れた。が……。

 

「……けど、そこまで出来るものなのか……?」

 

 誰何がしきりに求めていた“ご褒美”が持つ力は、計り知れないものらしい。

 ……そして、それに迫るとされる機構も狙っている。

 ソレが己に宿っている力とイコールで繋がるとして、葵が今まで無事でいるのは誰何が未だ正体に辿り着いていないからなのだろう。

 

「俺は那由多誰何とは会っていない……?」

 

 本当にそうなのだろうか。

 ばんだ荘に住んでいた筈の、グシオン以外の誰かが消えたのも誰何による仕業だとしたら、葵が遭遇している可能性は高い。

 

「……重要なのは、俺が戦力として認識されてないって事……だよね」

 

 初対面でも既知でも、そこは間違いなく武器になるはず。

 

「葵?」

 

「……! ……優子」

 

「少し……スッキリしましたか?」

 

「まあ……そうかもね」

 

 ちょっとした結論を出した頃、いつの間にか背後にいたシャミ子に問われ、葵は肯定を返す。

 そんな様子を見てシャミ子は笑顔を見せる。

 

「なら、もっと言いたいこと言ってみましょう!」

 

「言いたいこと?」

 

「桃の記憶の中で黙ってたことです。まだありますよね?」

 

「……」

 

 シャミ子が本気で激昂した一幕。

 その時のことを思い返して、一番に湧き出て来るものといえば……。

 

「苦しんでる桃が愛おしいなんて、そんな事絶対に有り得ない」

 

 シャミ子の心にも浮かんでいるであろう、その言葉。

 それだけを葵は紡ぐ。

 それ以外の誹りは、自分にも返ってくるものになりそうであったから。

 

「……それだけですか? ……でも、それが一番重要ですよね! 

 桃は笑顔が一番かわいいんですから!」

 

「うん」

 

「私はこれから、いろんな物を、人を守れるまぞくになります。

 桃の笑顔を守ります! 

 ……葵が狙われているなら、葵だって守ります!」

 

 高台公園を向いて強く主張するシャミ子。

 そのまま片手に持った杖を天に掲げ──

 

「“かいふくのつえ”」

 

 ──それを呟く。

 一瞬の内に変化した杖のその姿は紛れもなく、清子の写真においても、メタ子の記憶においても、そして葵の記憶においてもヨシュアが持っていた形そのもの。

 

(……()()会おう。『最高(さいあく)の反面教師』)

 

 あの男が、恐らくは執念で届けたその言葉。

 鈍い状態でも感じ取れた、桃に対するあの労いや慈しみが勘違いではなかったと確かめるために。

 彼女の思想に惑わされず否定するために、遭わなければならない。

 

「優子がソレできるようになったってことは、俺の回復もお役御免かな」

 

「HP回復とMP回復じゃ全然役割違うから問題ないですよ!」

 

 そんな軽口を挟むと、シャミ子は両手で杖を持ち、葵を見つめる。

 

「……葵がおとーさんを独り占めしてたなんて、私は……良も、おかーさんも。

 そんな事、考えてないですから。

 だっておとーさんは、寝たきりだった私が覚えてるくらい何度も頭を撫でてくれたんですよ。

 おとーさんは独り占めできるような人じゃありません」

 

 どうやらあの時の謝罪はシャミ子の耳にしっかりと届いており、葵の心境も読み取られてしまっていたらしい。

 

「……本当に、ヨシュアさんは凄い人だよ」

 

「私も、おとーさんみたいに葵を守れるようになります。さっきそう誓いました。

 ですから……葵の昔の話、聞かせて下さい。おとーさんも桜さんも、知りたがってると思います」

 

 見た目も、中身も、何もかもが敬愛する彼にそっくりで。

 葵は巻きつけられた尻尾で引き寄せられ、眼前の彼女の真っ直ぐな瞳に射抜かれる。

 

「……優子」

 

「はい」

 

 名を呼べば、簡潔な返事。

 

「手伝ってほしいことがある。

 頑張ってもらったばかりだけど、手を貸してほしい」

 

「こういう時のためのまぞくです!! まっかせてください!!」

 

 その言葉はおそらく、葵の心を守るためであり、そして同時に己を鼓舞するためのもの。

 長い夜は、まだ続く。

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