まちカド木属性   作:ミクマ

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私は待ってます

 桃の部屋に戻るシャミ子と一旦別れ、葵は一人で吉田家へと足を踏み入れる。

 更に時間が経過しているために葵はこっそりと廊下を進んでいたのだが、台所側からナツメ球の仄かな光が漏れている事に気が付く。

 

「……清子さん。帰ってたんですね」

 

 そこに居た、ミカン箱の前に座る清子は葵の姿を見るとやや驚いたような顔を見せ、そしてすぐに見慣れた優しい微笑みを返す。

 

「葵君。……可愛らしい格好してますね」

 

「まあ、色々あって」

 

「お化粧すればもっと嵌りそうですけど……」

 

「されましたけど、もう落としました。……優子たちに写真取られてます」

 

「あらあら、楽しそうですね。今度見せてもらいましょう」

 

 たわむれのような、清子とのやり取り。

 清子も本題でない事は分かっているのだろうが、それが葵の心に平穏をもたらす。

 そのままお互いに静かに笑い合っていたものの、少しした後に葵は清子と、そしてミカン箱をまっすぐ見る。

 

「……清子さん。今晩、ヨシュアさんをお借りしたいです」

 

「……今日はもう寝る事にしましょう。

 次にヨシュアと一緒に飲む時……お酌、お願いしますね」

 

「はい。必ず」

 

 乗せていた手をミカン箱から離しながら頼みを出す清子の表情は寂しそうでもあり、嬉しそうでもあり。

 それを請けた葵が箱を持ち上げた上で廊下に向かって歩き出した所で、背中の方から声をかけられる。

 

「……得られた物はありましたか?」

 

「……多分、沢山あったと思います」

 

 それらを葵が扱いきれるかどうかは、また別の新しい課題なのだろう。

 背を向けている葵のそんな考えをどこまで察しているのかは不明ながら、清子は立ち上がる。

 

「皆さんとの話……今度、私にも聞かせて下さい。ゆっくりとでいいので」

 

「……」

 

 どこまでを、話すべきなのだろうか。

 メタ子の記憶は差し置くとしても、推察されるグシオンの存在だとか。

 そこに踏み込めば、清子との何かが壊れてしまう……そんな風に葵は思ってしまう。

 

 ヨシュアが封印された箱を見つけた時の事すら、記憶が歪んでいるのかもしれない。

 どこまでが葵自身の行動で、意思なのか。

 

「……葵君」

 

 黙り込んでいた葵は、背中から清子にそっと抱き寄せられる。

 

「秘密を明かすのは怖いと思います。ですが皆さんなら受け入れてくれるはずです。

 私たちが隠していた事を、優も良も受け入れてくれました。

 お隣でしていた話は、葵君がそうしたんでしょう?」

 

 それらと同列に並べて良いものなのだろうかと、葵は考える。

 清子の挙げた話は、究極的には周囲の物を傷つけたくないという考えが大きかった。

 しかし葵がこれから話すことは、それらとは違い──

 

「大丈夫です」

 

 より強く、葵を抱きしめる清子。

 

「私が大丈夫と言えば、葵君は安心してくれますね? 昔からそうでした」

 

「……はい」

 

 理屈も理由もなくとも、それだけは揺らがない記憶だった。

 

 ■

 

 ミカン箱を抱えて桃の部屋に入った葵は、場に残っていた者達の視線を一身に受ける事となる。

 葵が清子と話している間にシャミ子がある程度の説明をしていたようで、その面持ちは険しく、そんな中で葵は腰を下ろし、傍らに箱を置いた。

 

「……話っていうのは、外で言ってた事とはまた別なの?」

 

 桃が発した、当然の権利である問いに葵は頷く。

 結界の裏側での一件はまだ話す気にはなれないが、それを呪いのせいにはしない。

 葵の我侭が、桃を傷つけていることを直視するために。

 

「……俺は一度、魔法少女を一方的に消滅させたことがある」

 

 最初に語るのはそれ。

 しかし、桃やミカンは何となく察していたのだろう。

 以前に、『動物型である魔法少女のコア()見た事がない』と葵は言っていた。

 

「スイカみたいに町を襲ってきたの?」

 

「違う。アレの非は、俺にしか無い。

 身から出た錆、自業自得。全部、俺の責任なんだ」

 

 葵は明確に否定する。

 桃が那由多誰何を無力化したのは町を守るためであり、そこだけは決して何があろうと混同してはならない。

 

「あの人が俺を恨んで、復讐しに来たとしてとしても、それに皆を巻き込めない。

 皆に軽蔑されるかもしれない……だけど、見て欲しい」

 

 声を震わせながら懇願する葵。

 しかしそれすらも、メタ子との秘密を隠すためのスケープゴートにしているようで、迷いが生じてしまう。

 

 葵の言葉を聞いた桃とミカンは何も言わない。

 名も顔も知らぬとはいえ、“同僚”を傷つけたという告白に戸惑っているのだろう。

 

「……葵クン。僕達はお暇した方がよいかね?」

 

 そんな状況で、代わりに口を開いたのは白澤。

 かなり私的な内容であるという事を察知したらしく、彼はそんな提案を出したのだが、葵は首を横に振る。

 

「いえ。お二人さえよろしければ見て頂きたいです」

 

「ほんならウチは見てくで。

 巫女はん倒すぐらいならようある事やし、そんな気にせんでもええやろ」

 

 リコによる食い気味の答えは、葵の告白の中の『一方的に』という単語に関連しているのかも知れない。

 故に桃ほどの修羅場とは思っていないようだが……それとは別になんとなく、リコの今の様子は何かが違うと葵には思えた。

 

「……まあ、桃のあの話の後だと気後れはありますね。本当に俺個人の問題ですし……」

 

「まずは話して。その後に、私たちは判断するから」

 

 控えめな声量での自嘲を遮り、はっきりとそれを伝えた桃。

 葵はそれを聞いて、そして真剣な瞳を見て。

 ミカン箱に乗せている片手を、ひっそりと握りしめた。

 

 メタ子の記憶を見て、葵がいくつか浮かべた予測(もうそう)

 その中の最悪のパターンでは、桃は同じ境遇にいた者を……

 

 ■

 

『──こ〜、シャミ子や〜』

 

「……はっ!」

 

 どこからか響くリリスの声にシャミ子は目を覚ます。

 特に抵抗されるようなこともなく、シャミ子は葵の無意識への侵入に成功したのだ。

 

「……葵の家……?」

 

 立ち上がり周囲を見渡したシャミ子は、屋内である光景を見てそう結論づける。

 ばんだ荘程ではないとはいえ、喬木家は葵が力を暴走させた影響で中々にボロい印象を受ける建物だ。

 しかし現在に比べれば多少はまともに見える内観、そこにシャミ子は存在していた。

 

『……思っていたより、……だな』

 

「ごせんぞ?」

 

『……いや。葵を探そう』

 

 何かを考えているらしいリリスだが、答えは返って来ない。

 リリスの言う通り近くに葵は居らず、シャミ子はそれに従って家の中を歩き始める。

 

「……こっちな気がします」

 

 何となくの勘を頼りにしてシャミ子がたどり着いたのは、二階にある扉の前。

 葵とは10年来の付き合いであるものの、シャミ子は未だ喬木家の中に入った事のない部屋がある。

 二階の、水場や収納を除いた主要な部屋である3つの内の2つがそれだ。

 

 個人の寝室として使われるべきなのであろうそれらだが、シャミ子の知る一つには家具などが一切置かれていない。

 洗濯物や布団を干す際、ベランダに出るための通用口としてしか使われていないのだ。

 

 とはいえ、それだけならば一人暮らしとしてはまだ普通の範疇に留まるだろう。

 しかし、残る部屋を寝室として使っているのをシャミ子は見たことがない。

 一階にある本来は客間なのであろう和室で、葵は就寝をしている。

 

「入って、いいんでしょうか……」

 

 開けたことのない二つの扉。

 その片方の前でシャミ子は自問自答をするが、強い天啓のようなものを感じてゆっくりノブを回す。

 

 部屋の中に葵は居なかった。

 普通の勉強机やカラーボックス、洋服タンスに……そしてベッド。

 他の家具は置いてあるだけだったものの、ベッドだけは様子が違う。

 白いシーツに覆われた敷布団に、男児向けのキャラクター柄の枕と、掛布団。

 その上に、何やら四角い木枠が置かれていた。

 

「写真……?」

 

 シャミ子が手に取った物は写真立て。

 それに入れられている写真には、抱き上げられた幼い葵と……おそらくは葵の両親であろう一組の男女が写っている。

 しかしその男女の首から上は黒く塗りつぶされており、顔は分からなかった。

 

「葵……」

 

 ■

 

「……何も映らないわね」

 

 現実の桃の部屋。

 真っ黒な、先程からずっと部屋の内装が反射しているテレビを見て、ミカンはそう漏らす。

 

「もしかして、夢の中で迷子に……?」

 

「いや……間違いなくシャミ子との繋がりは感じている。

 今は葵の家の中を探索しているのだが……此方に映像だけが届かぬ」

 

「私と連続だから疲れてたり……」

 

「……待て。だんだんはっきりしてきた。もう少しだ」

 

 桃たちが不安を積もらせていたが、リリスによる静止が入る。

 ややあって、テレビに光が灯ると一同は安堵の息を吐く。

 画面は喬木家の居間を映しており、そこにはシャミ子と、現在ミカン箱に覆いかぶさるように眠る葵より背の低い人間が立っていた。

 

『わぁ〜……! 葵、ちっちゃくてかわいいですね!』

 

『ぐっ……。……ヒ、ヒール無ければ俺のほうが……!』

 

 シャミ子に頭を撫でられて顔を引きつらせる葵。

 実際にシャミ子が靴を脱いでどうなるのかは……本人の為に。

 

 ■

 

「桃みたいに意識ある……っていうか、ちい……この時の俺の意識が無い……っぽいな」

 

 一通りのじゃれ合いが終わると、葵はそう言った。

 これからの出来事を再度自分で見るのは幸運か不運か。

 成長したシャミ子を当時の人格に見せないというのは、どうなのだろうか。

 

「……さて、と。……最初のきっかけは、これ」

 

 一息つくと、葵は床に置かれたモノを見る。

 家の収納から取り出したそれは、同じ構造かつ柄違いである二つのキャリーケース。

 葵のものではなく、とすれば両親のものであるはず。

 

「量産品だと思って、手がかりにならないと思ってたんだけど……ほらここ」

 

 葵はある所を指差す。

 金属製のフレームの一部分には、規則性のない数字……しかし二つそれぞれで前後となる数値が掘られていた。

 

「何ですか? これ」

 

「シリアルナンバー。この時に初めて見つけたんだ」

 

 心理的理由から深く踏み込むことを避けていたのもあり、葵はその存在を知らなかった。

 シリアルナンバーなどという物があれば、その物品はブランド品か受注生産品辺りだろう。

 そしてこの頃、中学一年の葵には一つの変化があった。

 携帯を初めて契約・購入し、葵はその“新しいおもちゃ”に首ったけだったのだ。

 

 そんな葵はキャリーケースから同じく見つけたメーカー名をネットで検索し、調べた。

 結果、コレがオーダーメイドであると判明した事で、葵は製造元……都内にある中小規模の工場を訪ねようと考える。

 肝心なそこをメールなり電話なりのお問い合わせにしなかったのは、“なんとなく”としか言えない。

 両親の真に迫れるかもしれないから直接聞きたかったのか、ある程度手が届きそうな範囲だからなのか……。

 

 ともかくとして、葵にしてはかなり珍しいことに、その小さな冒険をはっきりと決断した。

 

「あー……ここからしばらく移動だけなんだよね。

 2日連続で日跨いで活動してるし、巻きで行きたいけど……スキップってどうやるの?」

 

 場面は一気に飛ぶ。

 一人電車を乗り継ぎ、初めての場所を歩き……せいいき桜ヶ丘と同程度のベッドタウンの中にそびえる町工場へと辿り着く。

 

 アポなど無い訪問に、事務員は真摯に対応してくれた。

 手で引いているキャリーケースがここで造られたはずだと、注文主について教えてほしいと葵は頼み込む。

 とはいえ、『個人情報だから教えられない』だとか、そんな“常識的”な言葉が返ってくるものだろうと半分諦めていたところはあった。

 

「……だけど」

 

 それを超える異常だった。

 残酷な、『そのシリアルナンバーに関する情報が一切無い』という答え。

 しかし間違いなくキャリーケースはそこで造られたものであり、それは否定されず。

 最終的にそこの工場長との顔合わせすら行ったものの、得られた情報はなく。

 

「これだけされると、逆にこっちが申し訳ないよね」

 

 従業員にひたすら平謝りをされ、葵は工場を後にした。

 意気消沈して来た道を戻る葵だったが、そんな中である事に気が付く。

 

「……この時の俺は、凄く調子が悪かった」

 

 両親に関する手がかりを再び失ったという落胆からか、見知らぬ場所にいるという不安か。

 その両方か、はたまた別の理由か。

 とにかく、葵は著しく魔力の制御を乱してしまった。

 焦燥に駆られた葵が取った行動は、人の居ない場所に退避すること。

 携帯のマップで調べた、その条件に合いそうな雑木林へと急ぐ。

 

「……どうすれば、よかったんだろうね」

 

 葵は雑木林のそれなりに奥へと入り込み、手頃な木に背中を預けて深呼吸を行う。

 落ち着けと、自分に言い聞かせるようにし、紐の力も借りて魔力を内側に封じ込めようとして……遠くから、誰かの声が耳に入ってきた。

 

「──ここ? 霊脈の乱れっていうのは」

 

『移動していたけれど、今は留まっているよ。

 何があるかわからない。くれぐれも……』

 

 少女と思われる声と、捉えどころのない声。

 その二人が交わしている会話の内容は、間違いなく自身を指していると思われ、戦慄する葵。

 しかし今の状態で下手に動こうとも考えられず、声の主は段々と近づいて来てしまう。

 

『魔族……じゃない。人間……?』

 

「……あの人が、異変の原因なの?」

 

 目が合った。

 現実離れした服を着た少女と、何の種族かははっきりしないが……言葉を話す動物。

 魔法少女とナビゲーターである事が明白な一人と一匹は、葵の様子をうかがいながら小声で会話をしていたものの、半ば暴走状態に在る葵の耳にはしっかりと届く。

 

『……有り得ない。何故あれ程の力を注がれて、辛うじてでも無事で居られる?』

 

「どうしたの?」

 

『……一度退こう。僕達の手に負える相手じゃない。ポイントで言ったら──』

 

「別に必ず倒さなきゃいけない訳じゃないんでしょ? 

 見た感じ困ってるっぽいし、話し合いでどうにか出来そうだけど」

 

『……いや、でも……』

 

 葵に強い警戒を表すナビゲーターに、少々楽観的な言葉を返す魔法少女。

 ナビゲーターはそれを止めようとしていたものの、何か弱みでも有るのか、何度か懇願されると渋々といった口調で声を出す。

 

『……分かった。だけど絶対に戦おうとしないこと。

 危ないと思ったらすぐ逃げる。いいね?』

 

 葵としては諦めて欲しかったのだが、それは叶わず。

 どうにか穏便に収めるために、対話できる程度に力を抑えようとする。

 魔法少女たちはゆっくりと歩を進め、葵の目の前で止まった。

 

「どうかしましたか?」

 

「……ほっといてくれれば、その内治るんで……」

 

「とてもそうは見えないですけど……」

 

「いや……ほんとに……」

 

 純粋な心配を見せる魔法少女に、葵は手を翳して拒否を示す。

 むしろ離れてくれたほうが、心配事が無くなって制御しやすくなるために、雑木林の更に奥に移動しようかと考えた所で──

 

「ッ……!?」

 

 ──葵の心臓が一際大きく鼓動した。

 ガクンと崩れようとする姿を見て駆け寄る魔法少女に、葵は再度身振りで制止しようとして……ふと、己の中からごっそりと何かが抜け出る感覚を得る。

 それは錯覚でもなんでも無く、不安定な状態になった魔力が放出された事に依るもの。

 

「……え?」

 

 葵の体内に圧縮されていた魔力は強固な器を失い、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それが発生させた突風によって、葵とナビゲーターはその場から吹き飛ばされてしまう。

 

『……**? ……***!?』

 

 恐らくは名前なのであろう叫びだが、聴覚を支配した轟音によりそれは聞き取れず。

 宙を舞っていた木片と土煙が晴れた爆心地には、水晶のようなものが浮かび上がっており、あの魔法少女は居ない。

 その結晶体を見た葵は、ぼんやりとした頭で聞いたことの有る魔法少女についての知識を思い浮かべ、そして。

 

「……は? コア……? 何で? なん、で……。……俺が……?」

 

 その事実に辿り着く。

 

『君は……一体何なんだ……?』

 

「……」

 

 いかにも呆然とした声色である、ナビゲーターからの問い。

 葵はそれには答えず、フラフラと立ち上がり、一緒に飛ばされていたキャリーケースを拾い、一目散に駆け出した。

 ……逃げたのだ。

 

 一切振り返らずに駅へと向かって電車に乗り、自宅に着いた時には出迎えた清子に何食わぬ顔で挨拶を返す。

 ほとんどの魔力を吐き出した事が功を奏したのか、調子の悪さは全く感じ取れなくなっていた。

 

 ■

 

 これが、葵が遭遇した魔法少女との話。

 携帯を買った事をシャミ子に積極的に伝えなかったもう一つの理由であり、必殺技のような物を持ちながらも誰にも見せず、使うことに忌避を感じていた理由でもある。

 

 ■

 

「……本当に、どうしようもない話だよ」

 

 記憶の再現は終わり、葵とシャミ子は起床する。

 しかし葵はミカン箱に倒れた体勢のまま動かず、顔を合わせようとはしない。

 

「……降ってきた火の粉払うただけやろ。

 ウチらみたいなんにはよくあることや」

 

「リコくん……!」

 

 いつもの彼女らしい理屈を放ったリコを叱責しようとした白澤だが、リコの表情を見て思いとどまる。

 

「そう考えたほうが楽やん。何でそうせえへんの?」

 

「……」

 

「なあ……」

 

 縋るようなリコの声。

 最近何かが変わってきているように思えるリコだが、彼女なりの言葉で吹っ切れさせようとしているのだろうか。

 

「……葵クン。僕は気にするなとまでは言えない。

 だが……見ていた限りでは事故だろう?」

 

「故意じゃなくても……俺が人の人生滅茶苦茶にしたのは変わりません。

 今この瞬間も……あの人は何も出来ずに漂ってるかもしれないんです」

 

 メタ子と千代田葵によれば、彼女は復活しているとのことでは有るが、そこはまだ葵にとって半信半疑だった。

 そんな葵の言葉を聞いて、今まで何かを考えていた様子の桃が口を開く。

 

「……もしかしたらなんだけど……あの魔法少女、すぐに復活してるかもしれない」

 

「え……?」

 

「葵が魔力を撒き散らしたあの場にコアが放置されてたなら、周りにある大量の魔力を吸収出来る……かも」

 

 あまり自信は無いようであるが、桃はそんな推論を呟いた。

 

「桃の記憶で、ナビゲーターは情報を共有してるって言ってたの、覚えてる? 

 うちのミカエルちゃんは、葵をどうこうしろとは言ってないわ。

 メタ子だって……少なくとも、警戒はしてない」

 

「うん。だからまだ出来ることはあるはず」

 

 今は寝ており、動きを見せないメタ子をチラリと見てからのミカンの言葉に桃は同調する。

 葵がしでかした事は当然無かったことには出来ないものの、“精算”のチャンスは残されているらしい。

 それを失う時はおそらく、周りの者に葵が見捨てられた瞬間……と、言うことなのだろう。

 

「……俺は一度だけ、あの辺りで起きた失踪事件なんかを調べたことがある。

 だけど当てはまるような物は無かった。少しだけ、もしかしたらとは思ってた」

 

 しかし、あの場所にもう一度訪れようとはしなかった。

 それも逃げであるし、そもそもあの場に残っていれば、別に出来た事はあったかもしれない。

 

「まだ……間に合うかな」

 

「あなたが間に合わせるのよ」

 

 突き放すように、しかし諭すように。

 複雑な心境こそ読み取れるが、それは間違いなく葵のためだ。

 

「……桃もミカンも、あの人が誰かは分からない……よね」

 

 葵はそう問うも、桃もミカンも、ついでに白澤とリコからも返答はない。

 メタ子の言っていた『遠くない内に時は来る』とは、誰かが消息を知っているという意味かと考えていたのだが、それは外れていたようだ。

 

 ナビゲーターとの会話からして、あの魔法少女は経験の薄い新人であった様に思えた。

 故に、魔法少女として相対した者が殆どいないのだろうか。

 何にせよ、葵は彼女に会わなければならない。

 葵に対する“処罰”が見送られている理由を把握し、そして償う必要が有る。

 

 那由多誰何の再訪への備えは勿論の事として、葵個人の課題として両立せねばならない。

 

「……ねえ。葵はさっきのとは別に……魔族と戦ったことがあるんだよね?」

 

 葵が『何か手がかりかあれば教えてほしい』と、そんな要望を場の面々に乞い、同意を返された後。

 桃はおずおずとしながらもソレを話題に出す。

 

「……あれ、ね」

 

 彼女にだけ話した事のある、“封印ではない方法”で決着をつけた戦い。

 葵が先の経験を打ち明けた理由を知らない桃の疑問は当然の事では有るが、葵自身メタ子の預言とは関係なくとも続けて話そうかとは考えてはいた。

 が、しかし。

 

「……おかしいんだ」

 

 千代田葵の指示に従って、葵はその事を思い返そうとしていたのだが、そこでまた記憶の歪みが感じられた。

 敵対した存在を止めるために、葵はやむなくそれを“撃破”した……筈である。

 しかし、葵が倒したあの敵は何をしたのか。

 何故葵は憎悪にも等しい強い敵愾心を持っていたのか、葵が戦う程の理由があったのか。

 

「もしかしたら俺は……何の罪もない人を……!」

 

「……そんなに曖昧になってるなら、そもそも戦った事自体が無いんじゃ……?」

 

「……いや。……倒した事自体は間違いない。感覚を身体が覚えてる」

 

 震える腕を抑え、我が身を抱きしめる葵。

 その行動はしばらく続いていたが、ゆっくりと顔を上げ、シャミ子の方を見る。

 

「……これは、自分で思い出さなきゃいけない気がする。

 その時になったら……優子。また今日みたいに手伝ってもらっていいかな」

 

「……はい!」

 

 葵に再度の頼みを出されたシャミ子は力強く返事をした。

 ……葵の記憶に潜った時に見た、とある物を思い浮かべながらも。

 

 ■

 

『……初めまして。ようやく会えたね』

 

『自分は……そうだね。君にとってのご先祖様……それか、千代田桜さん。そんな所』

 

『あ、ご先祖様聞こえてる? もう少しでジャミング解くから、上手い事誤魔化しといて』

 

『何をしてる……か。とりあえず、この体の主の事を助けてるつもりだよ。

 それしかする事がないとも言えるけど。

 証拠は無いけれど……信じてほしい』

 

『……そうか。ありがとう。君の求める記憶はあっちだよ。

 もう待ってるから、行ってあげると良い』

 

『……行ったか。……それにしても、この子達が尊敬してる“お父さん”の力は凄いもんだな。

 あれだけの力があったら──』

 

『……やめやめ。全部終わった事。今更どうこうできる物じゃない』

 

 ■

 

「蛟さん。気付いてたんですか? ()()()()()()()()()事に……」

 

『……』

 

 数日後、シャミ子は桜の所有する山にいた。近くに葵はいない。

 封印されし蛟との対話口である祠の前にしゃがみ、シャミ子は問いを出す。

 

『あの小僧の器ならば、魂の一つや二つ、容易に受け入れらるるだろうよ。

 魔力の奔流に呑み込まれず、貌を保っていられる理由迄、我は存ぜぬがな』

 

 葵の記憶に潜った際、写真を見つけてから居間にいた葵と合流するまでの間、シャミ子は謎の存在と邂逅していた。

 静かに燃える炎のような、姿形の掴めぬそれは、葵には一切の自覚がなかった存在。

 

『……以前、我はそちらの傀儡に埋め込んだ龍玉に相当する物を、小僧にも仕込もうとした。

 だが小賢しくも弾きよったのよ。

 どうやらあの小僧の力の扱いに関しては、そやつに一日の長があるらしいな。全く以て忌々しいものだ。

 ……傀儡。お前も勘付いていたのではないか?』

 

 重々しい口調での蛟の言葉は、シャミ子の横にいるリリスへと飛ぶ。

 

「ごせんぞ、そうなんですか?」

 

「……前々から、疑問には思っていた。そう簡単に余の一族の真似事が出来るのかと。

 それだけではない。葵に見せられた記憶……。

 あそこまで魔力の制御が乱れるのならば、これまでにも同等の被害があって然るべきだ」

 

 実際、両親に関する情報が得られなかったというだけで激しい影響が出るのならば、少なくともシャミ子がまぞくになってからの半年間においても、同レベルの出来事はあった筈である。

 そして、リリスの考えている可能性はまだあった。

 

「……シャミ子。桃の記憶を見ていた時……あの葵の存在感が薄く思えたと、そう言っていたな」

 

「……はい。見ればそこにいるって分かるんですけど……少し目を離すと消えてしまったような気がして……。

 多分、桃も同じ様に感じていたんだと思います」

 

「那由多誰何の眼中に葵がなかったのも……そもそも奴には葵の姿が見えていなかったのやも知れん」

 

 それらの、挙げられた例の何れもが、葵を“内側から支援していた者”がいたのならば、納得がいく物だった。

 

「……どうする、シャミ子よ。

 今のお主ならば、葵の意思に関係なく真偽を確かめられるかもしれんぞ。

 ……いや。葵自身、シャミ子によって暴かれることを望んでいるのではないか?」

 

「……いえ。葵は自分で思い出すって言ってました。だからそれを私は待ってます」

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