まちカド木属性   作:ミクマ

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私は幸せなんだ

「お待たせいたしましたわ! ようやくこの日が来ましたわね!」

 

 とある日の昼頃。

 葵の目の前には、妙に高いテンションで高らかに叫ぶ少女がいた。

 

「ずっと呼んで下さらないから忘れ去られてしまったのかと思ってましたわぁ……。

 何だか一年ぐらい放置されてた気がしますわ……」

 

「ああ……うん。本当に待たせたね」

 

「……流石に冗談ですわよ? 色々心の準備は必要だと思いますし」

 

「……今日はよろしく頼むよ。……妃乃」

 

 やや引き気味だった葵にしおらしく弁解をした彼女は、万願寺妃乃である。

 この日、葵はようやく両親に関する話を聞きに行くため、彼女の実家へと訪れようとしているのだ。

 

「では早速。お車にどうぞ」

 

 葵達がいるこの場所は、府上学園の最寄り駅前。

 事前にあった妃乃からの連絡は、車で迎えに行くとの事であり、場所的にここが丁度よいようでしばらく待機をしていた。

 

 その妃乃に案内された車。

 “自家用車”というものに乗る機会の少ないながらも、それでもすぐに高級であると分かるような代物だった。

 ……前後に張り付けられた初心者マークを除けば。

 

 それでも中に乗り込めばそれは視認できず、経験のない環境から密かにそわそわとしていた葵だったが、運転席に座る者には見覚えがある。

 その人物とは、夏休みに聖立川女学院で行ったテニス勝負において妃乃と組んでいた女生徒であった。

 

「……お久しぶり」

 

「……どうも」

 

 寡黙な印象を受ける彼女に挨拶を返す葵。

 だがふと気付く。車を運転しようとしている、という事実に。

 

「そういえば紹介しておりませんでしたわね。

 この子は泉。わたくしの姉なんですわ」

 

「姉……?」

 

 思わず葵は聞き返す。

 姉に対する口調だとか、容姿だとかもあるが、それ以上に姉妹特有の雰囲気──シャミ子と良子のようなそれが感じ取れない。

 そんな感想を読み取られてしまったようで、妃乃は困ったような顔を見せる。

 

「私は別に構わない」

 

「……そうですか。なら……」

 

 運転席からの声を聞いた妃乃は、目を伏せるとこほんと一つ咳払いをして、口を開く。

 

「お察しの通り、わたし達は血が繋がっていません。

 少々の縁がありまして、うちの家の養子になっていただき……()()なので姉という事になっています」

 

「……そう、なんだ」

 

 引っ掛かりを感じた『年上』や『少々の縁』とやらには、流石に触れる気にはならない。

 とはいえ、実の姉妹にも迫る程に仲の良かったのであろう桃と桜の関係とはまた違う、親友に似た関係性であろう事は、何となく分かった。

 

 ■

 

 少々気まずい雰囲気となってしまい、走り出した車の中での会話は弾む事はなく。

 停止した車から降りれば、そこはひと目で分かる高級住宅街であり、今立っているその敷地もその一つである。

 

「さあ、ここが我が家ですわよ」

 

 誇らしげな妃乃が指すその家は、確かに豪邸と言っていいのだろう。

 ……ただ。確かに立派だ。なんならシャミ子が公民館と誤認するような千代田邸すら超える程に立派なのだが……葵が思っていたほどではなかった。

 

「反応薄いですわね……」

 

「いや……」

 

「今どき……と言ってもわたくしが生まれる前ですが。

 都内に広い宅地確保するのは大変なんですわよ。

 あったとしても大抵交通の便に難有りですし……」

 

 特段葵は何も言っていないのだが、妃乃は何やら言い訳を重ねる。

 “お嬢様らしさ”に何らかの拘りがあるらしい事はどことなく感じていたが、中途半端さに悩みでもあるのだろうか。

 

「……あれ? そういえば前にシェフがどうとか言ってなかったっけ……?」

 

 妃乃の言葉を半分聞き流していた葵は、以前に訪れた彼女との初対面を果たした島での会話を思い出す。

 外観限りでの推察ながら、そういった者を雇うまでの家には見えなかった事でそれを葵が聞くと、妃乃はピシリと固まった。

 

「……葵さん。よくそんな事覚えてますわね……。

 あれは……その。ちょっとおじょーさまっぽいこと言って威圧しようと思っただけですわ……」

 

「えぇ……」

 

「……まあとにかく、この家に住んでいるのは家族だけですわ。

 たまにお掃除の人に来ていただいたりはしますけれど」

 

 妃乃はそこで、自信を取り戻したように語る。

 それが必要な位には広い家を建てたという、親自慢なのかも知れない。

 

 そんな会話を経て葵は万願寺邸へと入ったのだが、内装もやはり常識の範疇に留まる程度のもの。

 葵は妃乃に案内されて廊下を進み、とある扉の前で立ち止まることとなる。

 

「……お父様。葵さんをお連れしました」

 

 ノックをした妃乃が部屋に向かって声をかけると、中からは『どうぞ』という返答があった。

 それを聞いた妃乃は一歩下がり、葵の顔を見て小さく頷く。

 

「……失礼、します」

 

 緊張しながらも扉に手をかけ、若干震えた声を発しつつ部屋へと入る葵。

 仕事部屋であるらしい内部の、パソコン用のディスプレイの乗った高級そうなデスクの前の椅子には男性が座っており、葵の姿を見ると立ち上がった。

 

「……初めまして」

 

「……もう少し、近づいてもらってもいいだろうか」

 

 そんな要望を出され、その通りに歩を進める葵。

 葵の相貌を眺め始め、時折感嘆の声を漏らす男性に、葵自身も男性の様相を確認する。

 高校生の子供を持つ父親として、一般的なその風貌。

 特殊な環境に居る葵をして、“父親らしい父親”だと、そんな感想を得た。

 

「君は……母親似だね」

 

「そう……でしょうか」

 

「……失礼、自己紹介を忘れていた。

 私は万願寺隼人。君にもう一度会えてとても嬉しいよ。……喬木、葵君」

 

 隼人と名乗った男性は、葵の名をゆっくりと、感慨深そうに声として顕した。

 この者が妃乃の父親にして、葵の父の友人……で、あるらしい。

 

「して……調子はどうかな。元気に過ごせているだろうか」

 

「……はい。色々ありますが……基本的には」

 

 室内にある別のテーブルを勧められ、対面に座る隼人からの最初の問い。

 葵は、ほぼ愛想笑いながらもそれを返す。

 

「……そうか、良かった。

 私が君の輪の中に入れていないことは実に悔しいが……本当に良かった」

 

 複雑な思いが見える表情ではあるものの、最終的には安堵したような声。

 

「……さて。何から話すべきかと考えていたのだが……思考に余裕が無くなる前に、済ませた方が良い議題がある。

 君に対する支援の話だ」

 

 なるほど確かに、そういった葵の今後に関わる話は頭が一杯になると、判断に困ってしまうのだろう。

 事前に、両親の遺産が入った口座の通帳を持ってくるようにと連絡を受けていた葵は、カバンの中からそれを取り出して見せる。

 

「……想定していたより、残っているんだね」

 

「節約を教えてくれた人が居ますから」

 

「しかし、夏辺りから出費が大きくなっているようだが……」

 

「そこは必要だと思っているので」

 

「……そうか。なら良いんだ」

 

 心配を見せたものの、葵の確証を持った答えを聞き、隼人は頷く。

 そのまま隼人は、葵のものとは別の通帳を差し出す。

 

「単刀直入に言おう。これは君の為のお金だ」

 

 葵がそれを開けば、思わず目を見開くような桁の数字が並べられていた。

 

「君達に夜逃げのような事をさせながら、私は何も出来なかった。せめてもの償いだ」

 

「いや……しかしこの額は……」

 

「君に残っている遺産があれば、大学は出られるだろう。

 だが、君の人生はそこで終わりではない。あるだけあって損は無い」

 

「……」

 

「君や、その周りの人たちは何か重要な事情があるようだね。

 私には全てを推し量る事など不可能なのだろうが……君の判断で、何かに役立ててほしい。

 ……少しでもお金で解決できる事があるのならば、そうした方がいい」

 

 最後の言葉は、何やら重い経験則に裏付けされた物のようで。

 葵自身、支援を受けられるのならばそうしたい部分はあった。

 支出が激しくなって来たことに危機感を覚え始めてはいるが、桃の資金を頼りすぎるのには抵抗がある。

 父親の友人とはいえ、初対面の人物に対して集るのは良いのかと聞かれれば反論は出来ないのだが……。

 

 とりあえずとして葵は、必要な時に少しずつその資金を享受するという事になり、この場が一段落着くと隼人は苦笑いを見せる。

 

「……いやはや。やはりこういう話は疲れるものだね。ましてや相手が君ともなれば」

 

 故に、先に済ませる事としたのだろう。

 そして、ここからが本題。

 葵が、両親についての話を聞くという目的。

 

 手始めとして葵は、隼人に対して一枚の写真を見せる。

 そこに写っているのものは例のキャリーケースであり、やはり隼人は分かりやすく反応を表す。

 

「……君は、これが造られた工場に訪れた。……間違いないね?」

 

「……はい」

 

「君の両親と生き別れた後……私は君達に関する痕跡を消さねばならなかった」

 

 工場に情報がなかったのもその一環。

 曰く。当時の工場長と話し合い、その者と隼人の内だけに留め、二人の責任の下で消した。

 他の従業員はそれを知らず、そして数年の後に責任者の代替わりがあり、それらの出来事は固く封じられた。

 

「しかしそれが仇となってしまった」

 

 葵が工場を訪れた際に会ったのは、その“代替わりした人物”であったようだ。

 “次代”は葵との一件を不自然に思って先代へと話し、更にそこから隼人へと。

 その結果、隼人は訪ねた子供が友人の関係者ではないかと疑いを持ったらしい。

 

「もしかしたら……君とはもう少し早く会えていたのかもしれない」

 

「……」

 

 工場の誰かが知っていて、葵が留まり、隼人が呼び出されていたのならば。

 そうなっていたら……葵はあの魔法少女と対峙していなかったのだろうか。

 その様な考えをぶつける訳にも行かず、葵は俯く。

 

「……大丈夫かな?」

 

「……あ、はい……」

 

 隼人の気遣いに、顔を上げて言葉を返す葵。

 その表情に影が落ちている理由が全く別の要因であると悟れる訳もなく、隼人は迷ったように言葉を続ける。

 

「君次第ではあるが……私は、深くを知ろうとしないという選択も有りではないかと思っている」

 

「……どういう意味ですか?」

 

「私達が分かたれる事となった一件は……今でも思い出すには苦い記憶だ」

 

 葵の問返しに、軋ませそうな程に歯を強く締めて語り始める隼人。

 今まで出来るだけ感情を荒らげさせないようにとしていたらしい彼だが、そこを抑えるのは難しいことのようだ。

 

「……だが、アレに関する出来事はこれから先もう絶対に起きる事はないと、そう断言できる。

 その為に私……達は様々な手を打ったんだ」

 

「……」

 

「しかしその中には……君が持つ、両親に対する印象が大きく変わってしまう話もあるかも知れない」

 

 息を呑む葵を真っ直ぐに見据え、隼人は言葉を続ける。

 

「……君の、綺麗な記憶を綺麗なままに留めておく……。

 というのも、それはそれで良いのではないだろうか。

 ……君は、どうしたいかな。葵君」

 

 ■

 

「……あら。葵さん、お話は終わったんですか?」

 

 隼人の部屋を出て、葵は来た時に通り過ぎたリビングへと足を踏み入れる。

 そこにいた、隣接したキッチンにて何らかの料理の準備をしているらしい妃乃が、葵の姿を見た事で作業を中断して声を掛けてきた。

 

「……そうだね。まだ全部って訳じゃないけど、とりあえずは」

 

 一瞬の間の後に葵は答えた。

 どこまでを話したかは葵と隼人の二人しか知らず、それを隼人の方から教えられること自体は構わないが、自分から言う気にはなれず。

 そんな葵の様子を見て何を思ったのかは不明だが、妃乃は両手を合わせて笑顔を見せる。

 

「せっかくですから、よろしければ夕餉を食べて行きませんか? 

 今からなら量の調整は問題ないですし」

 

「そういえば、料理作れるんだったね」

 

「……ええ。お母様が海外を飛び回っていまして、昔からわたしが。

 私たちが寮に入ってからは酷いんですよ? 

 お父様、一人の時は食事適当に済ませてるようで……こうしてたまに帰って作ってるんです。

 休日に家に帰るだけでも外泊許可必要なのはクソめんどいですけど、仕方ありません」

 

 “親”の話題が含まれているが故か、妃乃はやや答えづらそうにしていたものの、その後は楽しそうに語りだす。

 途中で言葉遣いが悪くなった事といい、今現在割烹着を着ている事といい、お嬢様を演じたいのかそうで無いのかいまいちはっきりしないものの、特に葵がつっこむ事はない。

 

「……それで、どうします?」

 

「……楽しそうだけれど、今日は遠慮しとくよ。

 家で、色々と整理したい」

 

「そうですか……。……帰りの手段は、どうするつもりですか?」

 

「近くの駅さえ教えてくれればそこから──」

 

「私が車で送る」

 

 残念そうにしている妃乃の思慮に答えていた葵の言葉を遮る声。

 葵が振り返れば、そこにはどこかの買い物袋をぶら下げた泉が音もなく立っていた。

 ……の、だが。その泉の姿のうち、荷物とは別の要因から葵は目を丸くする。

 

「……その、格好は……?」

 

「趣味。」

 

 葵がうっかり口にしてしまった疑問に、泉は簡潔に答えた。

 泉のその格好とは、クラシックなロングスカートのメイドドレスである。

 

「……そう、なんだ。趣味……」

 

「あ! 葵さん! もしかしてわたしが泉にシンデレラみたいな扱いしてると考えてませんか!?」

 

「いや別にそんな事思ってないよ……」

 

 どこまで本気なのか、もしかしたらボケのつもりなのか。

 慌てたような様子の妃乃であったのだが、葵が答えると一つ息をつく。

 

「……では、泉。葵さんの送迎、よろしくお願いしますね。

 ごはんが冷めない内に帰ってくるんですよ?」

 

 葵自身が受けるとは言ってなかったものの、いつの間にかそれで確定していたようで、妃乃の言葉に泉は静かに頷いた。

 

「貴方の家までの道、覚えたつもりだけど間違いあるかもしれないから前乗って」

 

「あ……うん」

 

 泉とともに外に出た葵は、車に乗る前にそんな要望を受ける。

 それに従って助手席に座った葵であるが、見えない壁でもあるかのような雰囲気に身を縮こまらせてしまう。

 ……否。実際に壁は存在しているのだ。

 彼女は、万願寺泉は……葵を拒絶している。

 

 それは、自身の領域に入り込もうとしている葵を警戒しているというのも有るのだが、それ以上の理由として。

 

「……機会は何度もあった」

 

「なのに、何故か気付かなかった。貴方も、私も」

 

 その事実。

 夏休みの時は疎か、離島で見かけた時点で辿り着かなければおかしい筈の答え。

 

「俺が殺した貴方の事に」

「私を殺した貴方の事に」

 

 ■

 

 喬木葵と万願寺泉の関係は生易しい物ではない。その筈だった。

 忘れていたと言うには、少々正しくない。

 出来事そのものは明確に覚えている。

 だというのに、その相手が目の前の人物であると正しく認識できずにいた。

 数時間前に、車で顔を合わせた瞬間までは。

 

()()()()()。私は……(たち) (いずみ)

 貴方にエーテル体丸々消し飛ばされた、元魔法少女」

 

 改めて行われたそんな自己紹介に、葵は何も返せずにいる。

 彼女が何をするにも、何を求めるにしろ、素直に従うしか無い。

 極論、彼女が突然何処かの崖から車ごと飛び出したとしても、葵に抵抗する権利はないのだ。

 

「私が復活してること自体にはあまり驚いてないね。

 でも一応教えてあげる」

 

 やはり桃の推察した通り、葵が撒き散らしていた魔力こそがその理由であるようだ。

 それらを吸収したことで早期の復活を彼女は実現したが、しかし何のリスクも無い行為ではなかったらしい。

 

「私のエーテル体は貴方の魔力に汚染された」

 

 光の魔力で構成されなければならない魔法少女のエーテル体。

 闇落ちした魔法少女のそれが闇の魔力で染まれば、光の一族とのリンクが切れる様に。

 葵の魔力に充たされた彼女は、光の力の供給が絶たれてしまったとのことだ。

 そして彼女の陥った状態は眷属契約のような継続的な流入ではなく、あくまでも膨大な魔力を一度に取り込んだに過ぎない。

 

 時間とともに徐々に消費され、今の万願寺泉は魔法少女ではない只の人間となっている。

 二度目の消滅を免れたのは、体が元に戻るまでの十分な時間があったからだろうか。

 

「私の元ナビゲーターはそう言ってた」

 

「……」

 

 一度復活しても、それが続かなかった可能性。

 それを葵は失念していた。

 

「……貴方が一番気になってる事、当てようか? 

 何で私が貴方の関係者の家にいるのか……気になるでしょ?」

 

 運転中故に顔を向けることはない泉は、葵が沈黙している事に何を思ったのかは分からず。

 そんな話題を振るという事は、すなわち理由が有るのだろう。

 

「……偶然じゃ、ない……?」

 

「……私の母も、魔法少女だった」

 

 若干の間の後に、泉はそれを語りだす。

 彼女の母親は結婚する前にはそれを引退し、幼い頃の泉に知らされることはなかった。

 

「で、色々あって親は両方死んだ」

 

 それはあっさりと明かす泉。

 しかしその詳細を教える気はないようであるし、葵も聞こうという考えはない。

 

 養護施設に入った泉であるが、そこに接触してきた存在がいた。

 母親と行動を共にしていた元ナビゲーターである。

 その動機は単純に、友人が亡くなった事を知り、その娘の様子を見に来ただけらしい。

 しかし泉は新しく得た非日常に興味を持ち、母と同じ道を進むことを選んだ。

 

「でもあの子はずっと渋ってたけど。

 折れて契約してくれた後も修行ばかりで全然戦いなんて無かったし。

 過保護にも程があると思うよ」

 

 そうして契約から年月が過ぎ、ようやく初めての出動となったのが葵との遭遇。

 彼女は一度消滅して復活し、葵という理不尽に怯え、震え、そして強く怒った。

 しかし何の素性も知らない相手に対して泉自身が出来ることはなく、それでいて一つだけ、別の手段があった。

 ……母親の遺品に混ざっていた、用途不明のポイントカードである。

 

「私は貴方への復讐を強く願った」

 

「……まさか」

 

 つまり。泉を取り巻く今の状況が、葵を対象とした復讐を完遂する為の御膳立てなのではないかと。

 

「今考えても、私があの家に引き取られるまでの経緯は不自然だったと思うし、そういう事だと思うよ」

 

 泉はそう言うが、しかしそこの詳細を明かすつもりはやはりないようだ。

 

 “ご褒美”が人の運命すら捻じ曲げた可能性と聞き、葵には思い当たることがある。

 数日前に見たばかりである桃の記憶の中の、那由多誰何の行動。

 当時の桃はその力に翻弄されていた。

 

「だけど復讐なんてすぐにどうでも良くなった。

 あの家で過ごしてる方が楽しかったから」

 

「……」

 

「貴方に妃乃達との思い出話してあげる義理なんて無いけど、勘違いされたくないから一つだけ教えてあげる。

 私がこの服を着てるのは、私自身の意思。

 私を娘として、姉として扱ってくれてるあの家の人たちに恩返しがしたい。

 その決意の証がこれ」

 

 そこははっきりと、饒舌に。

 明確に変化した願い──もとい、夢を語る泉の言葉は、葵を向いてはいないのだろう。

 

「その為に色々と勉強してる。だから貴方に構ってる時間なんかない。

 ……ついでに、貴方が何処かの魔法少女に狩られるのを見殺しにする人間が妃乃に相応しくないと思ったから、そうならない様ナビゲーターに頼んでる。

 『私以外の誰が手を下せば、それは復讐じゃない』って、そういう事にした」

 

 どうやらそれが、メタ子の言っていた『当事者たる人物の意思』という事であるらしい。

 

「……ああ、そうだ。あの子ね、貴方にも申し訳無いって言ってたよ。

 他のナビゲーターに情報広めるべきじゃなかったって」

 

 眉をひそめながら話す彼女は、その元ナビゲーターがそんな感情を持つことが本気で理解できないようで。

 

「あの子、律儀すぎて笑えるよ。

 私が魔法少女として活動できなくなった後も、今のこの立場に安定するまでずっと付き添ってたし。

 今でも定期的に会いに来て、その度に謝ってくる。

 あの場に案内すべきじゃなかった、そもそも押しに負けて契約した自分の責任だって。

 生真面目が過ぎて逆に胡散臭いレベルだけど……少なくとも、殺した相手放って逃げるような人間よりは信用できる」

 

「っ……」

 

「……ああ、面白い反応。これはこれで楽しいかもね」

 

 元相棒にして親代わりであった存在の惚気らしき長い紹介の後、泉は葵への皮肉を放つ。

 それを聞いて声にならない声を漏らす葵を、偶然の信号待ちで眺めた泉は満足げな表情を見せた。

 

「だから、私は好きな人に囲まれて幸せ。

 貴方は今の生活を幸せだと思う? それは作られた、壊される為の状況かもしれないけれど」

 

 葵の今の人間関係が、泉の願いによって作られた偽りの物だと。

 幸せの絶頂から絶望の淵に叩き落とされる迄の前段階なのではないかと、そんな可能性を泉は挙げる。

 

 その提示が自分に対する次の“復讐”なのかと思った葵だが、泉は何やらため息をつく。

 

「……虚し。そんな事言ったら私と妃乃達の関係もそうかもしれないのに」

 

「……」

 

「……何? 同情してるの? 

 私への仕打ち差し置いて、不幸自慢して作ったハーレムを誘導されてたとしても受け入れてるような屑にそんな目で見られたくないんだけど」

 

 今までは単純な“説明”に近かった泉の言葉であるが、ここで初めて、彼女は葵に対する心境および印象を表出させた。

 抑えようとしていたそれを顕にしてしまったのが不満なのか、泉は口を真一文字に結ぶ。

 

「……あの一件は事故だったしお母さんと同じ立場になれて舞い上がって迂闊になってた部分は私にもあるしそれに一瞬で意識が飛んだから特に痛くも苦しくもなかったし」

 

 再び開いた口から息継ぎをせずに一気に放ったそれは、己を騙す為だろうか。

 忌々しげにそんな建前を並べた泉だが、『だけど』と途切れさせると深く息を吸って吐く。

 

「……それはそれとして、全く別の問題として。……私は貴方が嫌い」

 

 泉はそんな答えを突きつける。

 

 優しい人間ばかりに囲まれ、敬意を払う先輩は厳しくはあれど害意ではなく。

 目下の敵である那由多誰何には認識すらされず。

 そんな葵は、この瞬間明確に敵意という物を向けられた。

 

 ■

 

「……ねえ。貴方の両親の死因って……もしかして貴方自身?」

 

 車内を沈黙が支配し、しばらく走行を続けていた中、泉は唐突にそんな問いを出す。

 

 隼人との会話で、そこに触れられることはなかった。

 万願寺家の誰もがその真実には到達していないと思っていた葵は、隠す余裕もなく挙動を乱してしまう。

 

「……へえ。適当に言ってみただけだけど、当たりなんだ」

 

「それ、は……」

 

「別にバラす気はないよ。そこに関しては私は部外者だし。

 ……でも。『原因不明の突然死』……だっけ? 

 そんな理由じゃ納得できないって、お父様は更に調べてたみたい。

 実際に知ったのかどうかは分からないけど」

 

「……!」

 

 生き別れた親友が訳も分からない内に死亡していたとなれば、その要因を把握したくなるのは当然のことだろう。

 知った上で話題にしなかったのも、葵の心境を鑑みてだとすれば理が通る。

 彼は、何処までを──

 

「……コーヒー」

 

 そんな考えを葵が巡らせていた中、泉は現状に似つかわしくない単語を口にした。

 

「……え?」

 

「コーヒー飲みたい」

 

 呆けた声を上げた葵に答えると同時に、泉は握っているハンドルを大きく回す。

 力の抜けていた葵はその勢いに負けて体を傾かせ、停止した車の外を見ればそこはコンビニの駐車場。

 

「コーヒー飲んでくる。気分悪いなら休んでれば?」

 

 外に出ながら、泉はそんな提案を出した。

 心理的にはともかく、体調的には特段悪いつもりはなかったのだが、泉から溢れる空気感に圧されて従う事となる。

 

「……知らない、筈だ」

 

 一人、呟く。

 具体的な手続きの類に葵は立ち会っておらず、“そういう経緯”となった事は後から知った。

 千代田桜と、彼女が“仕事”を任せた人物が詰めの甘い方法を取ったとは思えない。

 だから、外部からはそう簡単に探れない。……その筈である。

 

「……本当に、そうなのか……?」

 

 万願寺隼人は何を知って葵を招いたのか。

 葵にかけたあの労いは何処までが本心からのものなのか。

 本当は葵に対して強い怒りを秘めているのではないか。

 

 この様な疑心暗鬼を煽ることが泉にとっての復讐なのならば、余りにも効果覿面が過ぎる。

 

「……殺したのが、*****だったら良かったのに」

 

 無意識のままに、それが口を突く。

 

「……違う。違うっ! 違う……ッ!」

 

 葵はグチャグチャに髪の毛をかき乱す。

 

 時期が合わないとか、両親はまぞくではないだとか、それ以前に。

 町を狙い、桃に深い疵を刻み、シャミ子に殺害宣告を叩きつけた相手だろうと。

 謂れもない罪を押し付ける行為が、ましてや自らが犯した罪を擦り付けるような事が許される筈はない。

 

「殺したのは……俺なんだ」

 

 訓練の中で勘付き、桜に問い。

 喬木家の居間で、テーブルを挟んで正面に座る桜に打ち明けられた。

 その記憶が、隣に座って支えるヨシュアの行為が、光景が、匂いが、明確に残っている。

 

「……良い顔してるね。

 少し放置しただけでこれとか、やっぱり殺さないで正解だったよ」

 

 気がつけば、泉は運転席に戻っていた。

 本当に彼女が復讐を諦めたのかどうかなど葵に分かる筈もなく、彼女自身、己の心情を誤魔化して曖昧にしているのだろう。

 

「……それにしても、お父様が知ってるかもしれないってだけでそんなに悩むの? 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そんな、事……」

 

 否定の言葉を継げずにいる葵。

 一切の関心を持っていないと迄は行かないものの、“優先度”と言える物が低かったが故に、葵は積極的に妃乃と関わろうとは思わなかったし、両親に関係していると分かった後に於いても、一ヶ月もの間放置をしていた。

 

 “清算すべき過去”の範囲が分からなかったから仕方なく足を運んだのだろうと問われれば、それを葵は否定できないのだ。

 

 ■

 

「……貴方の周りの人達にも、色々と黙っててあげるよ。

 嫌いなのは貴方だけだし、多分その方が貴方は苦しむ」

 

 せいいき桜ヶ丘駅の近辺。

 後部のトランクから荷物を出している葵に対して、泉はそんな策略を明かす。

 家の近くではない場所に車を停めたのも、その一環なのだろう。

 

「貴方を殺しても苦しみは一瞬。

 あの世なんて物が有ったとして、見られないんじゃ何の意味もない。

 そう思ってるけど……」

 

 泉はそう語りながら、トランクに同じく置かれていた工具箱から一本のマイナスドライバーを取り出し、葵の首元に添えた。

 その動きは葵からすれば遅いものであったが、彼に避けようという考えはない。

 

「もし私がこのまま突き刺したら……貴方は死んでくれる?」

 

「……」

 

「それとも、不安を無くすために今度こそ貴方が私を殺してみる? 

 死体さえ出なければ幾らでも誤魔化せると思うよ。

 貴方には人の身体丸ごと消し飛ばす手段があるんだし」

 

 空いた片手で、泉は葵の片手首を掴んで持ち上げる。

 げに恐ろしき誘惑に葵は震えるも、喉を鳴らした後にゆっくりと口を開く。

 

「……俺は、死ねない。それだけは出来ない」

 

「……」

 

「だけど……それ以外の事なら何でもする。一生かけて、償う」

 

「……は?」

 

 泉を宥める為に並べた葵の言葉は、メタ子の預言を遂行せねばならないという焦りが有ったのだろう。

 それを聞いた泉は呆けた声を上げ、壊れた人形の様に首をカクンと傾げる。

 そのまま彼女はしばらく固まっていたものの、突如として動き出して葵を突き飛ばした。

 

「貴方が、一生かけて償う? 

 それはつまり、私がそれだけされなきゃいけないくらい可哀想だって事?

 貴方はそう見てるの?」

 

「な、ん……」

 

「……私は()()として見られるような状況にいない。

 施設の生活も今ほどじゃなくても悪いものじゃなかった。

 私は不幸じゃない。私は可哀想じゃない。

 私は幸運なんだ。私は幸せなんだ……!」

 

 その場に立ちすくんだまま連ねられる泉の言葉。

 葵に一切の視線を向けていないそれらは、恐らくは自らに言い聞かせる為の物。

 これまではそれなりの平静をギリギリで保っていたように見えた泉であるが、突然の豹変に葵は困惑する。

 

「……貴方が私を見下すな。貴方が私を憐れむな。

 私が上なんだ。貴方が下なんだ。

 お前にだけは、そんな目で見られたくない。

 お前に、お前なんかに……」

 

 続けて、鋭い視線で睨みつけた泉は葵が何かを言う隙も与えずに精神の安定を図り、そして。

 

「お前なんかに私の人生は狂わされてない……!」

 

 か細い声で、それを叫ぶ。

 

 葵に、泉の心を解きほぐす事など出来よう筈もない。

 何故なら、彼女は既に幸せを手にしているのだから。

 それ以上の物が有ったとして、やはり葵が与えられるものなどではない。

 

「願ったのは私だ。ポイントを貯めたのは母だ。

 聞いたのはあの子だ。叶えたのは光の一族だ。

 私の今の状況は私が作ったんだ……!」

 

 車内で聞いた、人間関係が偽りのモノでないのかという疑い。

 館泉はそれを恐れているのだ。

 愛する“家族”の意思を自分が捻じ曲げたのではないかと。

 無論、彼女は愛する心が偽物であると思いたくはない。

 しかしその考えを揺らがせる者こそが、他でもない葵。

 

「……ああ。ああ……! ああっ!」

 

 天を仰いだ泉は今度こそ、大きく叫ぶ。

 

「……妃乃たちの手前、もう少しマシな関係築こうかって考えたけど……やっぱり嫌だ」

 

 泉は出来るだけ、“良い子”であろうとしたのだろう。

 しかし葵が近づくだけで、何をしようとしなかろうとも、泉は心を乱す。

 

「私の気が変わらない事を祈っていろ。毎日を怯えて暮らせ。

 私の言葉一つで、お前は命を狙われる事になる。

 お前の生き死には、私の手のひらの上なんだ。一秒たりともそれを忘れるな」

 

 それを吐き捨てると、泉は車に乗り込んで去っていった。

 

 ()()()()()()()()が、葵の背中を刺しに来る。

 逃げる事は勿論、立ち向かうことも許されない。

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