まちカド木属性   作:ミクマ

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アレの話はちょっと後回しで


まあ分かるけど

「俺、今度の日曜は外せない用事があるんだ」

 

 数日前、シャミ子は葵からそんな事を聞いていた。

 用事の詳しい内容を聞く事はなく、その後杏里から新たなアルバイトを進められると、彼女は葵を邪魔するまいと自身の用事も話さなかった。

 

(それがどうしてこんな事にっ……!)

 

 ■

 

「さて……そろそろかな」

 

 葵はせいいき桜ヶ丘にある、ショッピングセンターマルマの前の広場に向かっていた。

 ずっと待っていると周りに思われない様、ギリギリまで時間を潰しての到着だ。

 彼はたまさくらちゃんファンであるが、それが周りにバレない様細心の注意を払っている。

 携帯につけているストラップも、ディープなファンでなければ存在すら知らない様なシークレット中のシークレットデザイン、“すごく風化したたまさくらちゃん金属像”である。*1

 それは知らない人間が見れば、デコボコした奇妙な金属塊にしか見えず、桃に見破られた時には内心かなり驚いていた。

 何故そんなにバレたくないのか、それを聞いたら本人は色々と言い訳をするだろう。

 実際の理由としては、「憧れの人に似ていると思ったものに、そこまでハマっていると知られるのが恥ずかしい」、というものである。

 

「よし、一番乗り」

 

 彼は今、無駄にスタイリッシュなサングラスと、普段着ないようなハワイアンなファッションに身を包み髪を解いていた。

 そんな状態で、たまさくらちゃんが噴水広場に入ってくるのを確認すると、いかにも偶然見つけました、みたいなフリをして近づく。

 

「へぇー、今日ってたまさくらちゃんのイベントあったんですねぇ」

 

 彼は声と口調まで作っていた。

 

 ■

 

(結構重い……そして暑い)

 

 そんなたまさくらちゃんの中の人、シャミ子は着ぐるみに対してそう感想を抱いていた。

 そこに近づいてくる一人の少年、彼はサングラスをしていたものの、その上からでもわかる胡散臭い笑顔を浮かべていた。

 

「今日ってたまさくらちゃんのイベントあったんですねぇ。握手してください」

 

(この人……まさか……葵!? どうして!?)

 

 変装の甲斐なく、それは一瞬で見破られていた。

 彼にとっての不幸は言うまでもなく、中の人がシャミ子であったことだろう。

 同時に、シャミ子にとっても最初の相手が彼であることが悲劇の始まりなのだが。

 

「ひゃ、ひゃい!」

 

「わぁ〜、ありがとうございます! 次、抱きしめてもらってもいいですか?」

 

「はい!?」

 

 シャミ子は咄嗟に裏声を作って返答し、要求通り握手を返すも続けられた言葉に驚愕する。

 

(なんですかそれ!?)

 

「どうしました?」

 

「は、はい! 分かりました!」

 

 シャミ子は葵におずおずと近づき、腕を彼の後ろに回す。

 次の瞬間、葵はたまさくらちゃんをガッチリとホールドする。

 そして着ぐるみに顔を埋め、そのまま動かなくなる。

 

(何ですかこれぇ〜っ! 葵、用があったんじゃないんですかぁ!? それがどうしてこんな事にっ……!)

 

 これこそが葵の用だとは気づかず、シャミ子は激しく困惑する。

 葵はまだ動かない。

 シャミ子はそれに葵の背中を叩いて返すと、何故か彼が震えだす。

 シャミ子からは見えないが、葵は泣いていたのだ。

 

(なんだかこれ……甘えてるみたいです。葵のそんな姿なんて、今まで見たことありませんでしたけど……なんか、好きです。これ)

 

 シャミ子が何か新たな扉を開きかけていると、唐突に葵が離れた。

 親子連れが来そうな予感を察知した彼は、サングラスで周囲からは見えない目を赤くしながら、たまさくらちゃんに向かってこう言う。

 

「あー、すみませんでした。無茶振りさせちゃいました、新人さんですかね?」

 

「い、いえ……。たまさくらちゃんを好きでいてくれて嬉しいです。たま」

 

 やはりお互い裏声で、更にシャミ子は取ってつけたような語尾でそう会話をすると、葵は歩いていった。

 そんな彼を見て、シャミ子はもやもやした気持ちを抱く。

 

(……さっきのは、私の心の中にだけしまっておきましょう)

 

 しかし、それが叶うことはない。

 

 ■

 

(あぁやばい……。今の、清子さんを思い出してしまった……。それに、少し桜さんっぽい感じも……)

 

 近くの適当な売店でドリンクを買った彼は、噴水広場から離れて先程の醜態を思い出していた。

 彼の予定としてはしばらく眺めているつもりだったのだが、見てるだけで顔に熱がこもる為、それを断念する事にした。

 

(あの人……今までの人とは別の人だよな……。でもあの動きどっかで……それに、あの声も)

 

 たまさくらちゃんのスーツアクターマイスターを自称する葵はそう分析するも、最も重要な事には気が付かない。

 ボケっとして歩いている彼に、一人の少女が声をかける。

 

「あれー? 葵じゃん」

 

「……杏里か」

 

「ていうか何そのカッコ、海水浴にでも行くつもり?」

 

 実家が精肉店の彼女、杏里は今日のイベントに合わせてここに出店しており、葵はいつの間にかその前を通っていたらしい。

 既にサングラスは外しているが、未だに彼は花柄シャツである。

 葵のその謎の格好に少し笑いながらも、杏里は次の話題を振る。

 

「あ、そうだ。今日たまさくらちゃんのイベントやってるの知ってる?」

 

「ッ……。あ、ああ、さっき見たよ」

 

「それでねー? 今日たまさくらちゃんの中の人やってるの誰だと思う?」

 

「……?」

 

 そう聞くということは、誰か知り合いなのだろうかと葵は考え、そこで彼の脳裏に電流が走る。

 そもそも、あんな小さな着ぐるみに入れる者など限られている。

 見慣れた幼馴染の動き、聞き慣れた声の脳内変換。

 葵の顔からダラダラと汗が流れ出す。

 

「……まさか」

 

「お? 気づいた? そうだよ、シャミ子だよ」

 

 葵は手に持つカップを落とす。

 彼は先程の出来事を思い出し、顔が真っ赤になったかと思うとすぐに真っ青になる。

 そして膝から崩れ落ちた。

 

「ちょっ!? 葵!?」

 

 ■

 

「ん……?」

 

 葵が目を覚ますと、見知らぬ物ではないが見慣れた物でもない天井が目に入る。

 感触からして自分が寝ているのはソファーだと、葵は推測した。

 

「……大丈夫?」

 

「……桃、か」

 

 心配そうに顔を覗き込む桃。

 葵は両手で顔を押さえ、気まずそうに問う。

 

「あー、えっと。あの後、どうなったの?」

 

「貴方が倒れる所を偶然、私達が見ててそれでここまで運んできたの」

 

(達? 優子か?)

 

「杏里、話してる途中に倒れるから凄く心配してたよ」

 

「あぁ……。後で謝らなきゃな」

 

「それで、何でこうなったか心当たりある?」

 

 桃のその問いに、葵はまたも顔が熱くなるのを感じる。

 どう答えようか迷っていると、玄関からチャイムが聞こえた。

 

「多分シャミ子、待ってて」

 

(あれ? さっきの達ってのは……?)

 

 葵がそれを考える間も無く、リビングの扉が再び開く。

 戻ってきた桃に続き、シャミ子がおずおずと葵の元に近づき、口を開く。

 

「葵……大丈夫、ですか? その……杏里ちゃんから葵が倒れた時の話を聞いて……」

 

「……ッ」

 

 先にも増して顔が熱くなり、もはや目を合わせていられずに顔を押さえる葵。

 二人の間に沈黙が落ち、代わりに桃が口を出す。

 

「何があったの?」

 

「えっと、私が着ぐるみのバイトしてる時に葵が来て、それで私に抱きついてきたんです」

 

「抱きついた? 何それ?」

 

 言葉だけでは訳のわからない状況を聞いた桃は、葵に非難するような目を向けた。

 それを見たシャミ子は葵を庇いながら説明を続ける。

 

「違うんです! 葵は中にいるのが私だって知らなくて、それで……」

 

「杏里からそれを聞いて卒倒したって事?」

 

「あぁ……」

 

 一つ重要な事が抜けているものの、桃がなんとかそれを理解すると、葵は心底恥ずかしそうに同意した。

 桃はため息を付き、呆れた声で葵に話し出す。

 

「着ぐるみって、さっきのたまさくらちゃんの事でしょ? 好きなのはわかるけど、高校生なんだから自制するよね、普通」

 

「ぐっ……ごめんなさい……。優子も、ごめん」

 

 桃の説教を聞いた葵は苦い顔でそう謝った。

 しかしそれを聞いたシャミ子は呆けている。

 

「……優子?」

 

「……葵って、そんなにたまさくらちゃん好きだったんですか?」

 

「葵、それも言ってないの?」

 

「いや、だって……。俺がたまさくらちゃん好きな理由、桃知ってるでしょ? ……恥ずかしいじゃん」

 

「まあ分かるけど……」

 

「何の話ですか?」

 

 二人だけの話をする葵と桃に、シャミ子は少しムッとした様子だ。

 それを見た二人は目を合わせ、薄く笑う。

 

「この話はこれでおしまい。葵はこれに懲りて、反省するように」

 

「はーい」

 

「もう……」

 

 ■

 

 葵は起き上がり、気になったことを問う。

 

「そういえば、何で桃の家なの?」

 

「私の家じゃ不満?」

 

「いやそうじゃないけど。距離的にはばんだ荘や俺の家でもそう変わらないと思って」

 

「別件で私の家に戻る必要があったの。その途中で葵が倒れるのを見た」

 

「別件?」

 

 桃の発した単語を葵が繰り返すと、そこでまたリビングの扉が開く。

 入ってきたのは桃たちと同年代の少女だ。

 

「荷解きはある程度できたわ。お話、終わったかしら?」

 

「……どちら様?」

 

「この前言った助っ人の魔法少女。しばらくここに住むみたい」

 

「みたいって、貴方が呼んだんじゃないの。なのに布団も用意してないし」

 

 初めて見たその人物に葵は疑問符を浮かべ、それに大雑把な紹介をした桃に少女は呆れた様子だ。

 

「陽夏木ミカンよ、よろしくね。桃からは、魔法少女じゃないけど強い人って聞いてるわ」

 

 そう名乗ったミカンから、やはり大雑把な情報を出された葵は思わず笑いながら返す。

 

「フフッ、初対面からこんな姿見せてたら信用なんかないよね。

 俺は喬木葵、今日はちょっとヘマしちゃってね。

 これからよろしく、陽夏木さん」

 

「名前でいいわよ。私も桃みたいに葵って呼ぶから」

 

 自己紹介をする二人を横目に、シャミ子が冷蔵庫を開き中身を確認する。

 

「桃〜、また冷蔵庫が空になってますよ。ちゃんと食べてますか?」

 

「この前のやつ、食べ終わってからはコンビニとかかな。シャミ子達が作ってくれるなら食べるよ」

 

「……まぁそろそろ良い時間だし、お礼も兼ねて何か作るよ」

 

 桃の適当な言葉を聞いた葵は、窓から差し込む茜色の光を見てそう呟く。

 

「……この前の玉ねぎの色々、美味しかったよ」

 

「はいはい……」

 

 桃の遠回しな要求を聞いた葵は、今日の広告を思い浮かべて献立を考え始める。

 しかし、そんな思考を途切れさせる提案が出された。

 

「あら、玉ねぎならマリネはどうかしら。今日はちょうどレモンを持っていて」

 

「……何?」

 

「ミカンはこう言う娘だから……」

 

「……あ、でも杏里に謝りに行くついでにお肉買ってマリネって手もあるかな」

 

 ■

 

 帰り道、少し気まずい雰囲気の中でシャミ子が口を開く。

 

「あの、葵。桃には言いませんでしたけど……あの時葵、震えてましたよね?」

 

「ああ……」

 

「どうして……ですか?」

 

「……昔、あんな感じに清子さんに背中を擦られてね。それを思い出した」

 

 もう一人の事は、言わない。

 葵の言葉を聞いたシャミ子は少し考えている様子だ。

 しばらくすると、何か決心した様子で話し始める。

 

「もう少し私を頼って欲しいです。何ができるかわかりませんけど、怖い事があったのならそれを和らげるだけでも……」

 

「……ありがとう」

 

「それと、たまさくらちゃんが好きでも私は笑ったりしませんから。あんな変な格好でコソコソしなくて良いんですよ」

 

「うぐっ……」

 

トボトボと歩く葵を見てシャミ子は微笑み、もう一度着ぐるみに入っていた時の事を思い浮かべる。

 

(あの時の声、やっぱり葵は泣いていましたよね……?何かを思い出したんでしょうか?

 ……これこそ、私の心の中だけにしまっておきましょう。いつか葵が、話してくれる時まで)

*1
当然だが本当に風化している訳ではなく、そう言うデザイン。

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