まちカド木属性   作:ミクマ

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if D-1 もしもの話ですけど

『深夜の住宅街に響く人々のどよめきと、消防車のサイレン。

 赤いランプによって照らされたその先には、完全に崩壊した住宅の残骸。

 周囲の建物の窓ガラスまでもが割れる程の被害を生み出したその要因とは……なんと隕石。

 穏やかな夜を一変させた災害に対し、近隣の住民は──』

 

 朝。起床して電源を点けたテレビからは、アナウンサーによるそのような内容の読み上げが流れている。

 どうやら住宅街に小型の隕石が落下したらしく、チャンネルを変えても複数の番組でそのニュースが報じられていた。

 

「……これ学校の近くか……?」

 

 そしてこの隕石、落ちた地点はなんと多魔川を挟んだ隣の市のようであり、報道番組を見ていた葵はリモコンを持って呆けたまま声を漏らしてしまう。

 スマホを開けばその“近く”に済む友人から、おそらくは知り合い全てに送ったのであろう

 安否を心配するメッセージが入っていた。

 喬木家が問題の場所から遠くにある事を伝えていないと言う理由があるとはいえ、彼の律儀さに葵の頬が密かに緩む。

 

「……葵! ニュース見ましたか!? あの辺りって葵の……」

 

「おはよう。……とりあえず、落ち着いて」

 

「で、でも……」

 

「怪我人は出てないって言ってたし、自分でどうこうできる事じゃないから……ね?」

 

「……そう、ですね」

 

 一人での朝食を終えると外へと出て、ばんだ荘の庭にいたシャミ子に声を掛けられた葵。

 シャミ子は非常に慌てた様子であったが、葵によるとりなしを聞くと口をまごつかせる。

 

 葵自身にも知人を心配する感情はあるものの、その上でまた別の事に気持ちが向いている部分があった。

 それはこの、朝から吉田優子と話をしているという状況そのもの。

 シャミ子がまぞくとして覚醒して以降、その思いは毎日のように感じていたことだが、今日は特別に感慨深くなっている理由がある。

 

「でも、本当にびっくりしました。

 夏休みの最初に早起きできたと思ったら、凄いニュース見てしまって……」

 

 シャミ子の言う通り、今は7月の下旬。夏休みへと突入したその矢先なのだ。

 昨年までにおいては、せっかくの長期休暇であってもシャミ子は寝込んでいたり、悪いときには病院で過ごしたりを余儀なくされていた。

 それが一転して、今年はシャミ子が余すところ無く夏休みを謳歌できそう、という予感のほうが、葵としては隕石よりもよほど記憶と心に刻むべきものである。

 ……少なくとも、今の段階では。

 

「もしもの話ですけど、ここに隕石が落ちたら夏休みどころじゃ無くなっちゃいますよね……」

 

「……もしも、ねぇ……」

 

 しかしシャミ子にとっては、避けようのない自然災害に対する恐れのほうが大きいらしく、それを聞いた葵もようやく、いまいち現実味の薄かった報道を認識し始める。

 

 事故に近い要因で現在はある程度緩んでいる吉田家の封印ではあるが、それでも不幸に次ぐ不幸が積み重なっていたことは記憶に新しい。

 その上、直撃はおろかズレた位置に建つ一般的な住宅の窓ガラスが割れる程度の衝撃ですら、ばんだ荘は全壊する恐れがある。

 すぎこしの結界の持つ物理的な現象に対する防御力を具体的に葵は知らないが、建物を注視するほどに不安は煽られてしまう。

 

「……まあ、あんまり悪いこと考えすぎるのも良くないと思うよ」

 

 と、葵は言うものの、誰とも知らぬが被害の出ている件で大手を降って喜ぶことなどは出来ない。

 ましてや、己の内心でどの口がと思っている言葉に説得力など皆目存在しないだろう。

 

「自分の家に隕石が落ちてくる確率は0.00028%らしいしさ」

 

「れーてんれーれー……?」

 

「0.00028、だよ」

 

「……どうやってそんな事調べたんですか……?」

 

「……どうしたんだったかな。……えーっと──」

 

「喬木さん?」

 

「げっ……」

 

 唐突に湧いて出てきた数値にシャミ子に加えて自身も困惑し、思考の海に沈もうとしていた葵だったが、そこで第三者の声で名前を呼ばれる。

 ハッとなった葵が声のした方向を見れば、そこには二人の人物が立っていた。

 

「……柴崎さん?」

 

 一人はシャミ子と同じくらい小柄で、目立つ金髪の一部を両端に飛び出すように括った少女。

 もう一人は対照的に背が高めで、一人目と共通した金髪をシュシュで横に纏めた少女。

 思わず名を呼び返した彼女たちは、葵の同輩である柴崎芦花と、その妹の柴崎つつじである。

 

「……どうしたの? こんな所で」

 

 二人がここに居る理由が分からず、葵は問う。

 姉妹共に先程の反応は葵の存在が想定外であり、また別の目的を持っている事が分かる。

 見れば二人はパンパンに荷物の詰まったリュックや風呂敷を携えており、纏う雰囲気は平常とは思えない物。

 

「“ばんだ荘”というアパートを探しているのですが……」

 

「……それなら、ここだけど」

 

 視線を外し、ばんだ荘を指す葵。

 その指先を辿った芦花たちはあまりにもな建物を見ると固まり、続けて周囲を見渡して敷地を囲む塀に埋め込まれたプレートを認識すると姉妹で身を寄せ合う。

 

「……お姉ちゃん、ここでほんとに大丈夫なの……?」

 

「住所は間違いありませんし、それにお母様が手配して下さった家ですから……」

 

 不安げに、二人は小声で話し合い始めた。

 盗み聞きをするつもりは無かったものの、耳に入ってしまった内容と妙な大荷物から『もしかして引っ越してきたのか』と思い浮かべた葵だが、一度は脳内で否定する。

 芦花が想いを寄せている、葵が知る男子生徒の家に気軽に訪れられる位であるのだから、彼女たちはそこから近い場所に住んでいるはずであり、高校から遠ざかるここに引っ越す理由が……と、そこまで考えたところで思考が止まる。

 

(……学校の、近く?)

 

「あのー……葵のお知り合いですか……?」

 

「はじめまして。私、喬木さんが所属しているゲーム制作部の部長をしている柴崎芦花といいます。

 こちらは私の妹のつつじちゃんです」

 

「……初めまして」

 

 他の三人が会話を止めてしまった中、今まで沈黙を守っていたシャミ子が気まずそうにしながらも声を上げると、芦花が挨拶を返し、つつじも言葉を続けて二人で頭を下げた。

 

「あ、部長さんなんですか。葵からたまにお話は聞いてます。私はシャミ子です」

 

「しゃみこさん……ですか。珍しいお名前ですね」

 

「……柴崎さん達はここに引っ越してきた……のかな?」

 

 シャミ子に生えた角を見ながら、探るような声色で名前を復唱する芦花。

 それを遮るようにして葵が再び浮上した推察を口にすると、芦花に加えてつつじも表情を暗くする。

 

「……そうです」

 

「……それで、もしかしてだけど……」

 

「……」

 

 その先を言い出せない葵に答えずにいた芦花だが、少しすると意を決したように口を開く。

 

「……隕石で家が無くなりました」

 

「……え?」

 

「隕石で自宅が崩壊したので、しばらくこちらに住むことになりました」

 

 芦花がその詳細を明かすと、シャミ子の驚愕の声が轟く。

 シャミ子は切り出されたその理由を最初は脳に受け入れられなかったようであり、ポカンとした表情を見せた上での叫びである。

 

「え!? ほんとに隕石が家に?? え? まじですか!?」

 

「……」

 

「……大丈夫ですか!?」

 

「……落ち着いてください、シャミ子さん」

 

 葵は声を荒げるとまでは行かなかったものの、それでも顔を盛大に引き攣らせており、シャミ子とともに一応の平静を取り戻すまでには幾ばくかの時間を要した。

 

「それで、お二人はこちらにお住まいなんでしょうか?」

 

「優子はここだけど、俺はあっちの家だね」

 

「どちらにせよ、ご近所さんという事になりますね。よろしくお願いします」

 

「……俺が口出せることじゃないけど、ここで本当にいいの? 

 夏休み中も部活通いするんでしょ?」

 

「喬木さんはここから登校してるようなので、問題ないのでは?」

 

「まあそうだけど……あと色々……」

 

 どちらかといえば、葵が不安視しているのはばんだ荘を見ながら投げ掛けている現在の疑問。

 とはいえ、シャミ子はピンと来ていないようであるが。

 

「えっとですね……」

 

 まず、芦花たちが厄介になれる親戚は茨城とフィンランドにしかおらず、部活通いが困難になるとしてそれらは避けたいらしい。

 隕石の被害を受けた直後の未明から今朝までは、幼馴染である生徒会長の家で寝泊まりをしたものの、病弱である彼女の姉がびっくりしすぎて発作を起こしたことで居づらくなってしまった。

 

「と、言った感じで……」

 

「タマ先輩は……ああ、一人暮らしだったっけ。あの人」

 

 葵は姉妹のもう一人の幼馴染の存在を挙げたものの、彼女がその生活規模に見合った部屋に住んでいることを思い出す。

 そんな自己解決した様子に、芦花は目を丸くする。

 

「……喬木さん、タマちゃんの家ご存知なんですか?」

 

「生徒会のあれこれでね、成り行き」

 

「なかなかに信頼されてるようですね」

 

「逆逆。あの人完全に俺の事ナメてるんだよ。別に何もする気ないけどさ」

 

 片手を振って否定しながら、葵は自嘲の笑みを浮かべた。

 

「……話が逸れましたね。

 それで、お母様が急遽手配して下さったのがここなんです」

 

「……柴崎さんたちのお母さんが、ここを知ってたの?」

 

「はい。とても安全な場所だと言っていました」

 

「……」

 

「あのっ!」

 

 半日も経たない内に契約が出来るのかどうかという点は、このアパートには適用されないとして。

 芦花の口から飛び出した非常に気になる言葉を葵は追求するべきか迷っていたのだが、そんな思案は突然声を上げたシャミ子によって途切れる。

 

「立ち話じゃなくて、続きは私の家でしませんか? 

 柴崎さんたちもお疲れだと思いますし」

 

「……いいんですか?」

 

「はい! 一度荷物置いてからにしましょう! 何号室ですか?」

 

「102号室だそうです」

 

「うちの下の部屋ですね」

 

「……あー。じゃあ俺、上で待ってるから」

 

「へ……? どうしてですか?」

 

「どうしてって……」

 

 色々と、大荷物の中には異性に見せにくいながらもすぐに出しておきたい物もあるだろうと、そんな考えの上で葵は提案したのだが、シャミ子は素で分かっていないらしい。

 そんな中、自身を置いて話が盛り上がっていた事に苦い顔をしていたつつじは、そのままの表情で口を開く。

 

「……お姉ちゃん、警戒心薄すぎて不安になってくるんだけど……」

 

「まあまあつつじちゃん。そんなに喬木さんの事を警戒しなくても大丈夫ですよ」

 

「お姉ちゃんがそういうなら……」

 

「……それに。どうせ私達に、見せられるものなんか……! なんにも無いですしぃ……っ」

 

「……お姉、ちゃん……」

 

 つつじを説得しようとしていた芦花だったが、唐突に顔色を暗くし、瞳に影を落として自身の現状を直視する。

 それに釣られたようにつつじも身を震わせ、姉妹揃ってえぐえぐと泣き始めてしまった。

 

 ■

 

「……そうなんですか。ご自宅が……」

 

 どうにかして二人を宥め、荷物を置かせた上で場所を吉田家へと移した一行。

 室内に居る清子への紹介を済ませ、姉妹の経緯を説明すると清子は不憫そうにそう言った。

 

「そうなると……家具とか家電とか、用意が出来ていないのではないでしょうか? 

 何かあればお手伝いしますよ」

 

「ありがとうございます、お母さん」

 

「とりあえず……ご飯の時に火を使うのなら、カセットコンロとホットプレートをお貸しします」

 

 長姉と同年代の子供が困っているという状況故か、清子はテキパキと案を出してゆく。

 こういった、まさに母親らしい面を見せているからこそ、偶にやらかしてしまうドジも愛嬌と呼べるものになっていると言える。

 

「それで寝具は……」

 

「あ。そういえば葵、確か家にお布団余ってましたよね?」

 

「……! ……そう、だね」

 

「……()()()、布団?」

 

 シャミ子の発した言葉に葵は控えめながら肯定を返したのだが、それを聞いたつつじは微妙な顔を見せる。

 葵も思いついてはいたのものの、このような反応をされてしまうかも知れないと考えてしまったことから、口に出すのを憚っていた。

 とはいえ、シャミ子からの助け舟だと認識をした上で、小さく息を吐くと葵は改めて口を開く。

 

「……お客さん用の布団でね。

 俺自身は使ってないし、たまに外に干してる。

 もちろん柴崎さんたちが良ければ、だけど……」

 

「まあ、それなら……」

 

「ありがたく使わせていただきます」

 

「……ありがとう」

 

 芦花に同調し、小さく礼を言うつつじ。

 初対面とさして変わらない程度にしか関わりのない葵に対して借りを作る、という行為に対する忌避感と、家が無くなった直後にトントン拍子に事が進んでいっている流れへの逆説的な不安からか、その口数は先程から少なめだ。

 

「何から何まで、本当にお世話になります」

 

「いえいえ。私達もこの町に来たばかりの頃に、色々な人に助けてもらいましたから」

 

「……ところで、お母さん。ジャージのチャックを壊したことなどはありませんか?」

 

 生活必需品に関する話はその後も続いて行き、大体は纏まったと言える頃。

 挨拶品として差し出しされた、カットして袋詰めにされたお菓子に場の面々が味わっていると、バウムクーヘンを一層ずつ剥がして口に含む奇妙な食べ方をしていた芦花が、唐突に謎の疑問を清子にぶつける。

 

「ジャージ、ですか? ……そういえば昔ありましたねぇ……。

 どうして分かったのでしょうか?」

 

「やはり……ですか」

 

 首を傾げる清子の問い返しに、芦花は理由を答えない。

 代わりとしてか、戦慄とも取れる小刻みな震えを見せながら喉を『ゴクリンコ』と鳴らしつつ、一度シャミ子に視線をやると、続けて葵の方を見る。

 

「……遺伝子は余す事なく受け継がれているみたいですね……! 

 近くで見てきたであろう喬木さんはどう思っておいでですか!?」

 

「……。……その手のネタ振っても大した反応返されないだろうから、ボケとして成立しないと思うなあ……」

 

「ふむ……作風の違いは大きな壁という事ですか……!」

 

 つつじから絶対零度の如き眼差しを受けつつも、会話のドッジボールを辛うじて成立させた葵。

 それを聞いて芦花は身の振り方を考えている様子だが、シャミ子と清子はやはり意味合いを読み取れてはいない。

 

「……芦花さん、この後……何か予定とかありますか?」

 

「そうですねぇ……解けるような荷物もないですし、やれることが無いんですよね……」

 

「それなら……一緒にゲームやりませんか!?」

 

 気まずさから葵が俯いている中、誘いをかけるシャミ子。

 正座から中腰となり、ウズウズとした気持ちが見て取れるようであったが、キョトンとした芦花を見ると再びその場に座った。

 

「あ……ごめんなさい。お疲れでしょうし、休みたいですよね……」

 

「いえ、是非! ゲーム制作部ですから、ゲームが一番の休息です!」

 

「……はいっ! 何やりますか!? 色々ありますよ!」

 

 そんなやり取りをすると、シャミ子と芦花はテレビの前へと移動する。

 二人で和気あいあいと台座の中のソフトを確認する光景は、なんとも微笑ましい。

 

「魔導村シリーズ旧作が勢揃いですね……むっ!? 

 これは生身キャリバー! ということはゲームフォボスが!」

 

「何でも好きなの選んでください!」

 

「なんと選り取り見取り……見てるだけでご飯何杯でもいけそうです……!? 

 ムムムーン!?」

 

 息を荒げつつ数多のソフトに目移りさせていた芦花だったが、ある一点でそれが止まる。

 ゆっくりと伸ばした手が取り上げたのは、薄緑色をした一本のカセット。

 

「まさか……これは……忍者カッパーズ!? 伝説のレトロゲーじゃないですかッ! 

 初めて実物を見ました……!」

 

「……これ、そんなに珍しいんですか?」

 

「そうみたいだね。俺も割と最近知ったけど」

 

 興奮冷めやらぬ芦花に比べ、サラリと答える葵。

 そんな様子すら信じられぬような芦花だったものの、突如動きを止めて思考を始める。

 

「……そういえば喬木さん、前にお友達のお父さんが色々集めているとおっしゃっていましたが、もしや……」

 

「……! ……あー、うんうん。そう。そう、だよ……」

 

 滝のような冷や汗を流しながら答える葵。

 『これ以上の追求はマズい』と考えているものの、しかし具体的な策は思い浮かばない。

 

「これだけのコレクション……シャミ子さんのお父さんとは趣味が合いそうです! 

 是非お話ししたいのですが、お帰りになるのはいつでしょうか?」

 

「……」

 

 空気が凍る。

 先程までずっと笑顔だった清子が尋常でない雰囲気を出し始め、それにつつじが怯えている中、葵は下手な話をしてしまった過去を後悔していた。

 

「お父さんならそこにいますよ」

 

「はい?」

 

「そのみかん箱がお父さんです」

 

 実にあっさりと、シャミ子はそれを打ち明ける。

 

「お父さんはそのみかん箱に封印されてるんです」

 

「……封印?」

 

「はい」

 

「……なるほど。それではお話は出来そうにありませんね。残念です」

 

 シャミ子の言葉を復唱し、そして角を見ると、最後に廊下……もとい、玄関の方を一瞥した後、両手をポンと叩き、愛想笑い的な物ではなく心の底から納得した声を芦花は出す。

 

『……シャミ子よ。それをバラすのなら余が口を出してもよかろう?』

 

「……この声は?」

 

「あ、こちらは私のごせんぞ様です」

 

 芦花が周囲をキョロキョロと見渡していると、シャミ子は部屋の片隅に置かれていた邪神像を手に取って差し出した。

 

『余こそが偉大なる闇の始祖、リリスである!』

 

「リリス……さんですか。確かに……かなり弱いですが、闇の力を感じます」

 

『弱いは余計だ!』

 

「……いや、いやいやいや!」

 

 邪神像をしげしげと眺めながら、芦花はリリスとの会話をしていたものの、突然響く叫び声によって遮られる。

 それはシャミ子が父を紹介した辺りから、ずっと唖然として固まっていたつつじによるもの。

 

「おかしいよお姉ちゃん!」

 

「何がおかしいんですか?」

 

「何もかもだよ! 何で普通に受け入れてるの!?」

 

「つつじちゃんも、そういった物がある事は知っているでしょう?」

 

「で、でも……」

 

「お母様の存在が何よりの証明じゃないですか」

 

「…………………………。…………、…………。…………うん」

 

「それにしても……これはツッコミ役をつつじちゃんに一任するしか無いかも知れません。

 喬木さんも結構なボケ気質ですから、大役ですよ!」

 

 芦花による鋭い指摘に、口を噤みながらもコロコロと表情を変えるつつじ。

 釈然としていないような感情を見せながらも、最終的にはゆっくりと頷いたのだが、その方に優しく清子の手が乗せられる。

 

「つつじさん、お気持ちはわかります。あなたのペースでいいんですよ」

 

「……おかあさん……」

 

「箱が直る所見てくれれば一発でしょうけど、わざと汚したりするのは流石に……」

 

「箱が直る……!? ということは、私の炎属性萌え萌えアタックも効かないんですか!?」

 

「燃やすのはちょっと……」

 

 そんな、芦花と清子によるズレた会話を未だ凍った空気を維持したまま眺めていた葵だったが、ハッとなってこめかみを抑えながら芦花へと近づく。

 

「……柴崎さんは……闇属性、なんだよね」

 

「そうですよ? 私の二つ名、ご存知でしょう?」

 

「……それで、柴崎さんたちのお母さんも闇属性……と」

 

「はい。偉大なお母様です」

 

「……」

 

 どんどんと気になることが増えていくが、葵は口に出さない。

 疲弊している状態であれやこれやと問い詰めるのも悪いと、そんな考えの上ではあるが……実際にそれが向いているのは果たして誰なのか。

 

「えっと……つまり、芦花さんは私のお仲間なんですか?」

 

「そうです! お近づきの印に、命からがら退避させたこの“宇宙エ──」

 

 菓子折りの入っていた紙袋から、もう一つ何かの紙箱を取り出そうとしていた芦花だったが、その動きは彼女の腕ががっしりと掴まれたことで遮られる。

 

「しっ……ししし柴崎さん……! 今は()()、勘弁してくれないかなぁ……!」

 

「……では代わりに、こちらを差し上げましょう」

 

「これは……?」

 

「使わないことが一番ですが、いざという時に何かの役に立つかも知れません」

 

 布と巾着袋をつまんでいるシャミ子を見て、葵は安堵の息を吐く。

 正体不明の物品ではあるが、最初に譲渡しようとした物よりは遥かにマシであろう。

 

「それにしても喬木さん。先程私を止めた動き、凄かったですよ。

 全く見切れませんでした。やはり人間、追い込まれると底力が出るものなんですね!」

 

「ワザとやったの……?」

 

 真意は読めず。もしかしたら半々なのかもしれない。

 

 ■

 

「……あっ」

 

「喬木さんが言っていたとおり激ムズですね……」

 

 夜、自室のテレビの前で落胆の声を漏らす芦花とつつじ。

 画面には『GAME OVER』の文字が踊っており、プレイしていたゲームにおいて全ての残機を消耗してしまったことを意味する。

 

 吉田家から持ち込まれたゲームを夜中にプレイしている理由としては、シャミ子と意気投合をしたことで泊まりでのゲーム大会に興じていたというものだ。

 テレビに関しては喬木家からの持ち込みだが、そもそも使うことがなくなった物なので何ら問題はない。

 

 なお、主賓であるシャミ子は真っ先に眠りに落ちてしまっており、姉妹の後ろで布団を掛けられて横たわっている。

 

「……不思議な方です。これだけすぐに打ち解けて、それが自然に思えてしまいます」

 

「……そうだね」

 

 ゲームという共通の趣味があるとはいえ、出会ったその日の内にここまでシャミ子と姉妹が親しくなるというのはかなり流れが早いだろう。

 特に、一部を除いて常識人なつつじの真っ当な警戒を解きほぐしたというのは、当人をして首を傾げざるを得ない。

 

「でも距離感近すぎて色々と心配になるよ……。

 流石に洗濯機は近くのコインランドリー紹介してくれたけど」

 

「いくら何でも年頃のレディーなんですから。

 仮に実のきょうだいだったとしても、全く気にしない子なんて居る訳ありませんよ!」

 

「……そうだね。居る訳ないよね」

 

「……つつじちゃん、今日は楽しかったですか?」

 

「楽しかったよ、とても。……お姉ちゃんは?」

 

「もちろん、私もです」

 

「……お姉ちゃん、ほんとは行きたかった所があるんじゃないの……?」

 

 問い返しに、普段からあまり見せない笑顔を披露して返した芦花だが、それを聞いたつつじの表情は芳しくない。

 つつじが思い当たっているその場所は、本人としては気に食わぬものであるのだが、姉を至上とする思考回路としては優先したい部分もある。

 

「……いきなり押しかけても、ご迷惑ですよ。

 家の方にも……もちろん、忙しいお母様にも」

 

「……」

 

「ここはとてもいい場所です。つつじちゃんもそう思いますよね?」

 

「……うん」

 

 ■

 

『Finish! ……2nd place』

 

「……ハァ」

 

 テレビからの音を聞くと、コントローラーを床に置く。

 ため息の主は葵であり、彼もやはり夜中のゲームに興じていたのだが……。

 

「……調子悪いな」

 

 どうにも、いつもの腕が発揮できない。

 葵がプレイしていたのはレースゲームの、最高難度に設定したグランプリモードの最終コース。

 リトライに制限のある状況で、妨害によって理想のライン取りもできず、スタッフゴースト並みのタイムを叩き出して来る敵車に勝つ。

 さらにいえばそれを最速とされる機体ではなく中堅性能の物で為す、というものはギリギリストレスとまで行かない適度な難易度であり、葵はこれを息抜きとして行っていたのだが、結果はメニューへと戻った画面が証明している。

 

「優子は……楽しんでるかな」

 

 一人呟く葵。

 彼自身、()()の家に泊まって徹夜でのゲームなど、経験のないことだ。

 しかしそれ以上に考えが纏まることはなく、ゲーム機とテレビの電源を落として布団へと入り、心の中にモヤモヤを残したまま眠りにつく。

 

「……ゲーム、楽しいはずなのにな」

 

 その感情の呼称は、今の葵が知ることはない。

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