まちカド木属性   作:ミクマ

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if D-4 分からないでもないですね

「……うん、分かった。──時に庭ね」

 

 桃の部屋の玄関で、葵が待ち合わせの約束を告げると桃は同意を返す。

 

 昨晩の歓迎会において、葵の行動をきっかけとして桃が場を離れてしまった中、ミカンが気まずい状態を好転させられないかと糸口を探した結果、部屋の中に見つけたみかん箱。

 ヨシュアの封印されているそれは、どうやらミカンの実家で使われている物と同じであるらしい。

 その時点で桃は別に吉田家から出たわけではなく、廊下に出ていただけであったものの、食事後特有の満足的な疲労感もあったせいか話が纏まらず、一度お開きにして心身を休めることとなった。

 

 そして、スマホのメッセージでミカンから詳細を聞いた葵は、同じくミカンの指示により本日の予定を自分自身で桃に伝えていた。

 

「……それで、昨日の事なんだけど……」

 

 続けて葵が切り出そうとしたソレ。

 ミカンからは具体的に何をしろとは言われていなかったものの、葵にこの役目を任せた理由は当然察しがつく。

 とはいえ、『ヨシュアの事について打ち明けた時の反応に似ている』と感じたにも関わらず、その場で話をつけずにこうして翌日に持ち越してしまう辺りがシャミ子との差であり、葵が葵たる所以とも言えるが。

 

「……葵が気にする事じゃないよ。少し、寂しくなっただけだから」

 

 そして、葵はあくまでも“切り出そうとした”だけであり、言葉に詰まっていると桃の方から話し始めてしまう。

 

「寂しく?」

 

「葵とシャミ子が持ってきてくれるものとか、最近ごはんがおいしいけど……メタ子は同じ物食べられないから。

 今まではそういう事思いついてなくて、昨日皆で一緒に食べてたら……」

 

 ヒトとネコで食事が違うというのは普通ならば気に病むようなことでは無いが、メタ子が絡むとなるとまた違うのだろう。

 葵の記憶にある、桜と行動を共にしていたメタ子ははっきり人との対話を成しており、それは食事時などの団欒においても同じであった筈。

 

 存在すら知らない物を人は欲しいとは思わないが、一度経験した上で失ってしまったものは他の何にも変え難い。

 『食事が美味しい』という簡潔な感情を、表情や夢中になっている様子から察せられるとしても、メタ子が直接何を思っているのか伝えていた時に比べれば確証は持ちにくく。

 

「そんな風に考えたりもしたけど、昨日は楽しかった。

 メタ子もそうだったと思う。本当に気にしないで」

 

 桃はそう締めくくるが、葵は頷けない。

 それらも本心なのではあろうが、建前が含まれているのではないかという考えが捨てられず。

 以前に聞いた『メタ子は時が経つにつれ徐々に口数が減っていった』という説明も、今の桃の状態と噛み合っているようには思えない。

 

「……あそこ、少し荒れてるから行くなら準備したい。

 葵も一応動きやすい格好したほうが良いと思う」

 

 思ったとしても踏み込めず、葵は桃に押し切られ部屋を後にしてしまった。

 

「ぅ……」

 

 扉が閉まると、桃はうめき声を上げながら崩れ落ちる。

 震える彼女にメタ子が近づくも、なにか言葉が発されることはなく。

 

「……よかった。今のは、葵だった」

 

『……』

 

「……メタ子、アレは……見間違いだよね……?」

 

 実に小さな声での、弱々しい呟き。

 床板が軋む音にすらかき消されるようなそれは壁の向こうに届くことはなかったが、たとえ葵が聞いていたとしても何も変わらなかっただろう。

 

 本当に、問題は葵の方なのだ。

 葵が葵であるが故に、人の懐に入り込むのには幾多の手順を要する。

 

 ■

 

「むむむ……」

 

 102号室。

 哀楽入り混じった感嘆の唸りを上げる芦花の目の前には、数着の衣服が畳の上に並べられている。

 昨日シャミ子へと服を貸し、なおかつ自身の物がほとんど焼失してしまうという経緯を辿っていた芦花は、礼も兼ねていくつかの古着をシャミ子から預けられ、その選定をしていた。

 

「なんなんでしょうかねこれ……」

 

 しかし、芦花の表情は芳しくない。

 別にデザインや状態が悪いという訳ではないのだ。

 吉田家の経済状況を察したり、サイズ的に合う物がないつつじを差し置いて自分だけ、という負い目はあったものの、それでも一応目を通すことにはしたのだが……。

 

「この露骨なまでの膨らみ……いや袋と呼ぶのが相応しいですよコレは。

 シャミ子さんも闇の袋の使い手でしたか……!」

 

 差し出されたのが1、2年前の物だというのはもはや気にするだけ無駄だと諦めた芦花。

 ただこうしてじっくり眺める機会に恵まれたとなると、どうしてもある一点に注視してしまう。

 元より余裕が出来るように作られているというのは承知しているものの、己とは次元の異なるソレに芦花はおののく。

 

「……さて、どうしましょうか」

 

 最終的に、芦花が選んだものはシンプルなシャツ。

 余り露骨なものを着ると絶望感から真なる闇に呑まれてしまう予感がした故であり、シャミ子には『シャツの貸しなのだからシャツを借りて平等』という様な理由を返すことに決めた。

 

 そうして漏らした自問だが、それは待ち合わせまでの時間を考慮してのもの。

 シャミ子たちの捜し物についていくことを決めたものの、そもそも準備できるものを芦花は持っていない。

 つつじは昨夜に眠ってからそのまま吉田家に泊まっており、話す相手もおらず。

 

「……シャミ子さんのお父様が封印されていて、それをしたのが千代田さんのお姉さんで、現場は陽夏木さんの実家かもしれない……」

 

 部外者からするとあまりにも複雑な事情へと思考が飛ぶ。

 受容性の高い芦花ではあるものの、極めて限られた情報では流石に困惑は避けられない。

 

 更に混乱を招いているのは、それが敵対の結果という訳ではないという事。

 折り合いの悪い光属性の知り合いが居る身としては、両者が良好な関係を気づいていたらしいというのにはどうにも信じがたい部分もあるが、シャミ子や桃を見ればその保護者の人格も想像がつく。

 

「喬木さんもかなり影響受けてそうな雰囲気ですし」

 

 様々な意味で、好奇心は尽きない。

 何より光闇を抜きにした一個人の感情として、ここで出会った者たちには好感を持てているし、より親交を深めたいと芦花は思っている。

 ……なのだが。

 

「……シャミ子さんみたいに上手く行きそうにはありませんね」

 

 思い返すものは、昨日の魔法少女二人それぞれとの接触。

 桃は初対面の時点で隠しきれぬ動揺を顕にしていたし、一切の背景を知らぬ身においても自身の存在そのものが原因であると見て取れる。

 

 そしてミカン。

 彼女が抱えているらしい“呪い”とやらを現時点で目撃・経験をしていないものの、芦花はミカンの内より感じる力からある予測を立てていた。

 

 長居は出来ない。

 そんな予感が芦花の思考を支配していたが、別に自分一人だけの問題ならばさほど彼女は悩まなかっただろう。

 

「……つつじちゃんは」

 

 言葉にするまでもなく、この場所を気に入っている様子の彼女。

 それでも、芦花がどうしてもと言えばついて来てくれる事が容易に想像できてしまう。

 愛する妹には負担をかけたくない。

 しかし己が留まることも、ひとり残すことも望ましくない。

 

 ■

 

「あ、芦花さん。待たせちゃいましたか?」

 

「いえ、今来た所で……パイスッ!?

 

 集合時間近くになり外へと出たシャミ子は、既に庭に立っていた芦花へと声をかけた。

 それを聞いて振り返ろうとしていた芦花だったものの、返そうとしていたお決まりの言葉が途切れ、謎の奇声を発する。

 

「……ぱいす?」

 

「……! い、いえ。なんでもないですよ?」

 

「あら、早いわね。5分前どころか10分前行動じゃない」

 

「……」

 

 シャミ子は呆けたように謎の言葉を復唱し、芦花は慌ただしく手を振って誤魔化す。

 そんな状況の中、ミカンが続けて階段を降りてきたのだが、芦花はそちらを見て露骨に安堵していた。

 

「……危なかったです。もしも二人同時に来ていたら卒倒していたかもしれません。

 やはりつつじちゃんには休んでもらっていて正解でした。

 私はお姉ちゃんだから耐えられましたが刺激が強すぎます……!」

 

 シャミ子とミカンを交互に見比べた後、小声でブツブツと何かを言い漏らしながら戦慄に震えている芦花。

 二人は奇行に首を傾げていたものの、芦花のノリに慣れてきたというのもあるのかそれ以上は触れず。

 

 そうこうしている内に葵と桃も姿を現し、その二人は気まずそうな雰囲気を見せながらも『鍵を取りに行く』という事で別行動となり、シャミ子とミカンに芦花を加えた三人は“ひなつき”の旧工場へと向かう。

 

「こ、ここは……まぞくのトラウマ製造工場っ……!」

 

「そんなもん作ってなかったわよ!」

 

 恐ろしい何かを想起しているシャミ子にツッコむミカン。

 芦花はそのトラウマとやらも気にはなったものの、やはり囲いの外からでも分かる工場の凄惨たる状態に目が行く。

 これまでの情報を纏め、ミカンの呪いがこれを引き起こしたのだろうと推測した芦花は自身の認識の度合いに修正をかける。

 

「……陽夏木さんの呪いは、千代田桜さんが対処する前はこうだったんですか……?」

 

「……ええ」

 

 深刻な表情へと変わった芦花にミカンは同意し、説明を始める。

 昔、実家の工場の経営が傾いた事をきっかけとして、追い詰められた彼女の父親が悪魔を召喚する儀式に手を出したらしい。

 素人ながらに組んだその術は不幸にも成功してしまい、召喚された存在はミカンを困らせたものを破壊するようになってしまった、というのが始まりのようだ。

 

「聞く限りではかなり……その、不足分がある儀式のようですが……それだとあまり強いモノは呼び出せないのでは……?」

 

「普通だとそうみたいだけど……その悪魔は魔法少女の素質があった私の魔力を糧にして、複雑な存在に変化したって桜さんは言ってたわ」

 

「悪魔が、変化……ですか」

 

 芦花が引っかかった部分はそこであるらしい。

 話が進み、桜へと相談が行き桃と初めて会った頃の話題においては、女子トークで意気投合したシャミ子とミカンに若干置いていかれていた芦花だったが、あるものを思い出していた。

 

「昔が天使で今はクール系となるとちーちゃんを思い出しますね……。

 料理とか色々と真逆ではありますが」

 

「ちーちゃん?」

 

「私の幼馴染で、すごく可愛いんですよ。

 アレは私が合衆国大統領だった頃の話です──」

 

 ■

 

「…………。ここは……?」

 

 同日、昼。

 目を覚ましたつつじは自身が居るこの場が何処かという認識が遅れ、加えて記憶にない寝具に身を包んでいた事に困惑を見せる。

 

「あ、つつじさん。おはようございます」

 

「……良子、ちゃん」

 

 起床に気づいた良子からの挨拶に名を呼んで返す中、つつじは昨晩の自身の行動を思い出した。

 本当に酔っていた訳でもないのでその記憶ははっきりとしており、羞恥から顔が茹で上がりそうな程に熱くなるのを感じるつつじだが、良子の手前どうにか平常を装いつつ部屋の中を見渡す。

 

「……お姉ちゃんは?」

 

「良たちの父の手がかりがあるかもしれない場所に出かけて、つつじさんのお姉さんも付いて行きました。

 ゆっくり休んでてくださいって、お姉さんは言ってましたよ」

 

 自分の、とも良子の、とも言わなかったその疑問であるものの、結果的には双方の行方が明かされた。

 置いて行かれてしまった事に若干の悔しさを滲ませつつ、同時に疲労は自覚していた故に姉からの気遣いに感慨を覚えていたつつじだが、今は思い浮かんだ謝礼を済ませようとまた問いを口にする。

 

「おか……。清子さんはどこに……?」

 

「母ならそっちに……」

 

 若干言いにくそうに、向かい合っているつつじの後方へと視線を向ける良子。

 つつじが振り返れば、そこには布団にうつ伏せに眠る清子がいた。

 顔面を蒼白に染めて突っ付す彼女はどうやら二日酔いに苛まれているようであり、時折うめき声を上げている状態の今は会話が出来るようには見えない。

 

 ……ゆったりとした割烹着の上からにおいてもよく分かる、極めて主張の激しいブツが、何故か体の下に差し込まれている邪神像と平たい煎餅布団の形へと柔軟に適合させている光景に真顔になったつつじだが、良子から呼びかけられた事でどうにか正気を取り戻して向き直す。

 

「お兄がごはん作ってくれたんですけど、今食べられますか?」

 

 後ろ髪を引かれている様子を良子から怪訝そうに見られていたものの、申し出を頑なに断る理由もなくそれに従い、みかん箱の上に乗るラップをされたおにぎりと卵焼きに手を付け始める。

 牛肉の余りを使ったと思われる、汁気を飛ばした煮物が入ったおにぎりと甘い卵焼きは、なんだかんだでこれまで葵が主体になって作った物を口にしていなかったつつじに、『本当に料理が出来たのか』という感想を抱かせた。

 の、だが。

 

「……」

 

 やはり寝起きで散漫になっていた部分があったのか、ここでようやくつつじはあることに気がつく。

 昨晩の自身の行動は思い出せば恥ずかしくもあるものの、溢れ出る清子の母性に身を委ねたのは極めて心地良かったというのも事実。

 疲労と負担が吹き飛んだソレは経験して良かったとつつじは感じていたが、タガが外れて最も見られたくない人物の近くで行ってしまっていた。

 

「口封じ、いや記憶消去……ッ!」

 

「つつじさん?」

 

 つつじは物騒な単語を口走る。

 片手に持ったおにぎりを握りつぶしそうな程に震えている、そんな姿を見た良子に名を呼ばれたことで、実行される可能性はすぐに潰えたのだが。

 

「……! ……その。……昨日の事は忘れて、欲しいな……」

 

 変わりにと言うべきか、再燃したその感情は今度こそ抑える事が出来ずに良子へと向けてしまった。

 しどろもどろな言葉に良子は一度首を傾げたものの、すぐにそれの意味を察せたようであり、母譲りの柔らかな笑顔を見せる。

 

「おかーさんと一緒に居ると色々と話したくなっちゃう気持ち、良も分かります。

 ……前に、昨日みたいなところを見た事もあります」

 

「……?」

 

 良子の言葉に、少々の引っ掛かりを感じるつつじ。

 見た、ということは自分自身の経験とは別のものなのだろうが、それがシャミ子を指しているとはなんとなく思えず。

 つつじにとっては、現状の知識のみでは()がソレを行う性格とは認識できていない。

 

「つつじさんは、お兄のこと嫌いですか?」

 

 良子からのその問いは、つつじの視点からでは唐突な転換。

 困惑しつつも、投げかけられた理由を自身が漏らした剣呑な言葉と、初日の買い物の時の葵とのやり取りを見ていた事に由来するものだろうかと、つつじは脳内で整理を付ける。

 

「──」

 

 が、良子への答えそのものはすぐに口には出せなかった。

 

 好きか嫌いかの二択で言えば、後者に該当すると言う確証はつつじの心中にある。

 しかしその天秤が極端に傾くほどの交友も、つつじと葵にはない。

 先程の動揺についても、さして関わりのない人間に己の弱みを見られるというものは、良い感情を持つ人間はそういないだろう。

 そして葵に対して声を荒げることがあるのは、そもそも先に葵がふざけたボケをかましたことへの防御反応、といったところ。

 

「……まあ、良子ちゃん達が信用するくらいなんだから、イイヤツなんだとは思う」

 

 最終的に、ちらりと清子の方を見つつ答えるつつじ。

 要は、吉田家の者たちへの好感と差し引きをした結果が、この様な取り繕いである。

 そんな裏に抱くものを悟ったのかは不明だが、返答を聞いた良子が安堵混じりに微笑み、更にそれを見てつつじ自身も息をつく。

 

「良子ちゃんは──」

 

「?」

 

「……良子ちゃんは、不安にならないの? 

 ……自分の家が普通じゃない事が」

 

 一度は喉元で留めながらも、結局は口をついた疑問。

 短い間ながらも吉田家と関わり、ある程度の事情を知ったことで自身の家系との共通項を見出したつつじ。

 中でも、良子に対しては“闇属性の妹”という境遇に置かれている事への感情が、どうしても気になってしまう点だった。

 

「少し大変な所もありますけど、ちゃんと暮らせていますし、学校にも行けてます。

 おかーさん……と、おとーさんが頑張ってくれてるから良は今こうしていられるんです」

 

「……」

 

「お姉がまぞくになってからは毎日色々な事があって、とても楽しいです。

 ……それに、家の秘密を知れて良は嬉しいんです」

 

 “物心付いた頃から特殊な家庭環境こそが平常と認識しており、後から他の家との比較によってそれとはかけ離れていると知る”。

 “多少の不便性はありながらも大まかには一般的な環境に居ると思っていた所で、突然特異なる状況に身を投じる事になった”。

 つつじと良子のそれぞれの境遇における最大の違いはそこだろう。

 

 当初の認識に沿って行動したことで恥をかいた過去の経験から、順序は真逆と言えども常識が覆ったことによる痛手は有ったのではないかと思っていたつつじだが、どうにも本心らしい吐露に困惑する。

 

「嬉しい……?」

 

「お姉はすごいってずっと思ってたけど、それはなんとなくでした。

 でもまぞくだって分かって、お姉は絶対もっと偉くなるって思えて……だから、良もそれを支えられる様になりたいって、はっきりしました」

 

「良子ちゃんは偉いんだね……」

 

「良はつつじさんが羨ましいです。

 最初からお姉さんの事情を知ってて、良よりもずっと長く努力出来たんですから」

 

 隣の芝生は青く見えるとはこの事か、良子からの羨望につつじは目を丸くする。

 つつじ自身も気苦労はあれども身の上のそのものを呪ったことはないし、異なる境涯で育った自分など想像もつかない。

 ただ、姉の為に成ることを至福としているとはいえども、それが実を結んでいるかどうかには自信の揺らぎが生じていた。

 

「……でも、今はこうしてお姉ちゃんには置いていかれちゃってるし……」

 

「必ずずっと一緒にいなきゃいけないって事もないと思います。

 お姉は危ないかも知れないから待っててと言ってくれましたし、つつじさんのお姉さんも同じだと思います」

 

 現在、事情によりつつじは母親と離れてしまっている訳だが、親と姉のどちらと行動を共にすれば安全かと言われれば、基本的には親の方だろう。

 しかし自宅が消滅したという異常な状況においてもある程度の自由を許され、かつ本当に危険かもれない行動においては拠点に留めさせるというのは、高い域において信頼と愛情が両立されていると言えるのではないだろうか。

 

「良はお姉のそういう優しいところが大好きですし、次の機会を逃さないために一人の時にも頑張ってます」

 

「次の、機会……」

 

「お姉は最初は止めると思いますけど、良が役に立てるって、心配させないくらい強くなれれば受け入れてくれるはずです。

 お兄だって、最高の参謀になれるって応援してくれてるんです」

 

「アレが? ……そんなに信用してるんだ」

 

 思わず悪態を口にする。

 つつじにとって葵はそこまでの信用に足る人間ではなく、『適当に話を合わせて夢を壊さないようにしているんじゃないか』と言った事を考えたが故だ。

 もっともそれは、将来ならばともかく今の段階では当たらずとも遠からずと言った所だろうが。

 

「お兄は少し前まで忙しそうだったんですけど、それでも良に色んな事を教えてくれるんですよ。

 いつもお姉の事を助けるために頑張ってますから、良が追いつけたら今度はお兄を助けてあげたいんです」

 

「……ふぅん」

 

 『忙しそうだった』という言葉については心当たりが無くもなかったものの、それでも懐疑を捨てられないつつじ。

 というのも、ここまでのお膳立てが成されているというのに、自分には一切の関係がないかのように振る舞い、なおかつ他人の沙汰には嬉々として首を突っ込んでいる姿を見たことがある故のもの。

 

 今この瞬間、葵の乗った皿が底もなくひたすらに堕ちて行く感覚がつつじに走るが、やはり良子の手前おくびにも出さなかった。

 

 ■

 

「柴崎さんも流石だね。いつも風間くん引っ張ってるだけの事はある」

 

「……それ褒めてます?」

 

 廃工場にて千代田桜による戦闘の痕跡を発見した一行は、更なる手がかりを探すために積み上がった土砂や崩壊した建物の破片と行ったものを掘り起こしていた。

 そんな中で一際大きな瓦礫を持ち上げている芦花を見て、葵は感嘆の声を漏らす。

 

「そりゃあ。あの風間くんをなし崩しにでもその気にさせる、いろんな意味での押しの強さは凄いなって」

 

「……」

 

「……あの、柴崎さん。そこまでの力もやっぱりずっと鍛えてきたんですか……?」

 

 葵の称賛がどこまでが本気なのか読み取れず、釈然としない表情を見せていた芦花だったが、そこに桃が声をかける。

 桃は地中に半分埋まっていた大岩を肩に担いでいるのだが、その光景がサイズでは桃のソレに劣るとはいえ、小柄な体に似つかわしくない瓦礫を持つ芦花とどちらが現実離れしていると思うかは、人によるだろう。

 

「そうですね。幼少期からお母様の力にあてられて目標は明確でしたし、他にも周りの人たちに恵まれて……結果、心・技・体と鍛えられて今に至るわけです!」

 

「……!」

 

 一度間を挟んだ後、芦花は片腕の肘を曲げてふんすと鼻息を漏らす。

 とは言え、上腕を見せつけるそのポーズをしても、彼女の細腕では欠片も気迫や説得力はないのだが、桃は一度呆気にとられたような顔を見せつつも満足げにうなずいていた。

 

「柴崎さんはどっちかって言うとスピード特化なイメージあるんだけど。

 目潰しといい袋といい、前に見た反復横飛びもすごい速かったし」

 

「……袋?」

 

「別に他を疎かにしている訳じゃありません。

 幾ら手数稼いでも与ダメ0じゃどうしようもありませんし、SA持ちの重戦士も大技が直撃したら落ちます。

 何事もバランスですよ」

 

「それは確かに」

 

「私の場合、タマちゃんの存在が大きいかも知れませんね。

 単純な力比べじゃ勝てませんから、初対面の時に通じた物を伸ばした感じです」

 

「あの人相手に張り合えるだけ凄いよ。俺じゃ何一つ勝てそうなもの無いし」

 

「……」

 

 学校での話に始まり、続けて気の合う趣味に絡めた例え、更にはこの場にいない人物の事。

 次々と話題が飛びながらもなかなかに盛り上がった二人の会話であるが、葵がふと気がつくと桃は別の場所に岩を放おった上で掘り起こした跡の窪みの前にしゃがんでいた。

 

「……桃?」

 

 葵が呼ぶも、返事はなく。

 やらかしの悪寒に駆られ、急いで近づき同じく屈んで恐る恐る桃へと話しかける葵だったが、そんな彼の背中を見て芦花は呟く。

 

「私もあまり人のことは言えませんが……喬木さんもかなり躁鬱ありますね……」

 

 そんな感想は誰の耳にも届かず、一方で目を虚ろにしてフラフラと彷徨うシャミ子がある場所を突然掘り起こし始め、かと思えば慌てた様子で葵たちへと自信満々にフォークを掲げる。

 シャミ子の要領を得ぬ説明に困惑する一行だったが、それでも本日の唯一の成果であるソレの詳細を求めて自宅へと舞い戻ることとなった。

 

「でっかい発見です、優子。それはおそらくおとーさんの持ち物。

 由緒正しきメイドインメソポタの……!」

 

 心当たりのあるらしい清子とリリスの証言をまとめると、それは一族の魔力に反応、及び増幅させて棒状のものへならば自在に姿を変えられる杖であるらしい。

 ヨシュアはそれを武器として使っていたようであり、リリスのアドバイスでイメージトレーニングを始めたシャミ子を見て、芦花は懐から取り出したスマホを操作しながら近づく。

 

「シャミ子さん。よろしければこれ、再現していただけないでしょうか?」

 

「これは……?」

 

 画面に表示された写真を見て困惑の声を上げるシャミ子。

 そこには短めの半円状の刃と平たい鈍器のようなものが短い持ち手の先に対照的に取り付けられた、手斧らしき何かが写っていた。

 

「これは、我が家に代々伝わる“ウコンバッサリ”という由緒正しき武器です」

 

()()()()()()()……!」

 

「ただ、残念ながら隕石のせいで紛失してしまって……。

 頑丈なのでおそらくは自宅の土地に埋まっているとは思いますが、しばらく戻れそうにはないので探せません。

 なのでせめて形だけでも記憶に刻み込んでおきたいのです。

 ……お願いできるでしょうか?」

 

「……やってみます」

 

 重い期待を背負ったかのように、しかしそれでいて何かが琴線に触れたのか、目を輝かせつつ杖を握りしめてシャミ子は念じ始める。

 その集中を邪魔しないように一歩引いた芦花だったが、そこにつつじが神妙な面持ちで声をかけた。

 

「……お姉ちゃん」

 

「……どうかしましたか?」

 

「私ね──」

 

 ■

 

「ふおぉ……! スンゴイですねこれは! 

 この鋭さ! 適度な重さ! まさにウコンバッサリそのものの振り心地!」

 

「喜んでもらえて何よりです!」

 

「何か間違ってる気がする……」

 

 翌朝。庭に立ち、再現に成功したらしい斧を手にしてブンブンと振り回す芦花と、歓喜の声に同調するシャミ子。

 そんな二人を微妙な表情で眺めている桃と葵には、細部は異なりながらも概ね似たような感情を得ていたのだが、突如として芦花が動きを止め、敷地を囲む塀を見る。

 

「……そこに……いますね?」

 

「──よくぞ気づいた……」

 

「気配を隠しきれていませんでしたよ」

 

「フッ……。わざと漏らしていたのよ」

 

 否。芦花が睨んでいるのは塀ではなくその向こう側。

 仰々しい謎の行為に他の三人が固まっていると、屈んだ状態でそこに隠れて居たらしい誰かがバッと両腕を広げて飛び出す。

 

「楽しそうで何よりだわ、芦花ちゃん」

 

「はい。お母様にはとても良い場所を紹介してもらいました」

 

 芦花と親しげに言葉を交わしているのは金髪の女性で、つつじを成長させたような外見と、芦花の持つ独特な性格を更に尖らせたかのような雰囲気を併せ持つ人物だった。

 

「……お母、様?」

 

「初めまして。私、芦花ちゃんとつつじちゃんの母です。

 二人がお世話になっているようで、こちら、お土産です」

 

「ッ──」

 

 シャミ子が単語を復唱すると柴崎母はそちらを向き、挨拶をすると紙袋から箱を取り出して渡す。

 包み紙にはかの有名なバナナ味のお菓子が描かれていたのだが、『東京在住の人間が同じく東京育ちの者に東京銘菓を渡す』という状況になんとも言えぬ空気が流れる。

 ……そちらに意識が割かれ、柴崎母を見て息を詰まらせた桃に気づかれなかったのは幸か不幸か。

 

「時間なくてこれしか用意できなかったけど、やっぱりハムのほうが良かったかしら……?」

 

「……すみません、ボス……!」

 

「あら、どうしたの?」

 

 悩んでいる様子を見せる柴崎母であったが、背後からの声に振り向く。

 どうやらまだ塀の裏に隠れている人物が居たようで、ぬっと立ち上がると柴崎母に謝罪の言葉を入れ、その前に歩を進めた。

 

「あの……」

 

「……どうしましたか」

 

 身長が高く、体格にも恵まれている、スキンヘッドにサングラスを掛けた威圧感のある黒スーツの大男が何かを言い淀む。

 海外映画にでも出てきそうな、“ボディーガード”という言葉を聞いて浮かぶイメージに合致する容姿の彼は何やら非常に焦っている様子であり、その尋常ならざる雰囲気に思わず葵はシャミ子達を庇うように立ちふさがった。

 

「……すみません、トイレ貸してください」

 

「えぇ……」

 

「くぅっ……!」

 

「……じゃあ、俺の家でどうぞ」

 

 歯を食いしばってカタカタと震えながらの懇願に、思わず気の抜けた声を出す葵だったが、刻一刻と限界が近づき大男が呻くと、自ら申し出て先導し、共にこの場を離れることとなった。

 『初対面の男性が、女性しか居ない部屋のトイレをいきなり借りるのはどうか』という考えの上での行動だ。

 

「それで……お母様。今日はなぜここに? お忙しいのでは?」

 

「もちろん、愛しい娘達が元気にしているか確認に……。

 というのもあるけど、今日の本命は……」

 

 柴崎母は演技がかって涙目になりながら芦花へと語ろうとしながらも、すぐにそれを振り払って桃の方へと向く。

 

「芦花ちゃんから、桜ちゃんの妹さんに会ったって聞いたから」

 

「……姉を、ご存知なんですか?」

 

「先に謝っておくわ。ごめんなさい、千代田桃さん。

 貴方が望む情報は残念だけど持ってない」

 

「そう……ですか」

 

 つい先程まで娘と戯れていたのとは別人のように深刻な表情の、柴崎母の謝罪に俯く桃。

 期待、という感情を桃は何処まで持っていたのだろうか。

 

「桜ちゃんが居なくなったのは10年前、らしいわね。

 私が最後に会ったのはそれよりも更に昔。

 その時には失踪するような素振りはなかった。なにせあの子はとても強かったから」

 

「……」

 

「芦花ちゃんから連絡を受けて、ようやく失踪を知ったの。

 ……通りでここの契約が面倒になってたわけだわ」

 

「……アレで、面倒……?」

 

 最後に付け足された言葉につい気を割かれ、桃は呟く。

 二人のいずれも無意識に漏らしたものの様だったが、柴崎母はハッとなって一つ咳払いをする。

 

「お詫びと、芦花ちゃん達がお世話になってるお礼も兼ねて、一緒にお昼でもどうかしら。

 美味しい鰻のお店を知ってるの。

 シャミ子さん、だったわね。貴方のご家族も一緒に行きません?」

 

「え!? ……わ、私達もですか……?」

 

「ええ、もちろん。鰻、美味しいわよ」

 

「うなぎ、ウナギ、UNAGI……」

 

「……シャミ子、私は大丈夫だから。

 部屋に戻って、清子さん達に話してきなよ」

 

「そうですか……?」

 

 桃が毒気を抜かれたような表情を見せると、シャミ子は一応は頷いた。

 脳の許容量を遥かに超えた単語に頭を冷やしたい、という考えもなくはないが、それでも何度か振り返りながらばんだ荘の外階段へと向かってゆく。

 

「……柴崎さん」

 

 しかし、シャミ子がドアの向こうへと消えると再び桃の表情が一変する。

 シャミ子も葵も場を離れ、この場にいるのは桃と、芦花とその母親のみ。

 この状況が偶然なのかという疑問も浮かぶが、それは桃にとって本題ではない。

 親子のどちらともつかぬ名を桃は呼び、幾らかの間を挟む事とはなったが双方ともに口は挟まず。

 

「……“スイカ”、という単語に思い当たることはありませんか」

 

「スイカ? 夏に美味しいアレかしら。鰻よりそっちのほうが良かった?」

 

「いえお母様。ICカードの方かもしれませんよ」

 

 案の定というべきか、芦花は母と共にいつもの雰囲気を纏わせて和気藹々と言葉を交わす。

 これ自体はまだ桃にとっては想定の範囲だったものの、かといってそれが安心に繋がるとは限らない。

 むしろ、その単語に一般的なイメージに沿う返答が為された事。

 それこそが桃の不安を煽っている。

 

 芦花と、つつじと、母親。

 柴崎()()という小さな集まりではあるが、そのコミュニティが成立するためには、今の桃が知る情報ではある一つの存在が欠けている。

 無論、たまたま話題に出てきていないだけなのかもしれないし、居ないにしても桃の想像するものとは全く別の理由があるのかもしれない。

 

 彼女らの地雷を踏む可能性を覚悟の上で聞く、というのも不安を祓う一つの手段ではある。だがもしも、『異常をこそ正常と認識しているかのような答え』でも返ってきてしまったら。

 

 そう考える桃にはどうしてもその一歩が踏み込めないものの、かと言ってぼかしたままでは確証は持てない。

 暗闇をライトで照らしても、そこにオバケが居ないという証明は出来ないような。

 彼女ら家族に関わっているかもしれないナニカの存在を、否定も肯定も出来ず、桃は恐怖に包まれる。

 

「……ごめんなさい」

 

 そんな桃の怯えをどのように受け取ったのか、柴崎母は再度謝罪を口にする。

 

「下手な期待を持たせるくらいなら、文面だけにしたほうが良かった。

 だけどどうしても……貴方に会ってみたかったの」

 

「私に……?」

 

「私も闇属性としては少し特殊だから。

 今みたいな状況でもなければ、この町に下手に干渉しようとはしない。

 あえて情報を集めようとしなかったけれど、それでもこの場所を頼ろうと思ったのは、桜ちゃんなら守り続けてると思っていたからなの」

 

「守り、続けて……」

 

「だから桜ちゃんの失踪を知って、町の守りを継いだ魔法少女の事を確かめたかった」

 

 その言葉は、桃に重くのしかかる物。

 過去のとある経験を踏まえれば、柴崎母の疑問に胸を張って返すことなど、決して桃には出来なかった。

 

「でも良かったわ。ここは変わらず平和で、なんとなくだけど桜ちゃんの残滓も感じる。

 なにより……千代田桃さん。貴方は噂通りだった」

 

「噂……?」

 

「すすんで調べはしなかったけれど、それでも貴方のことは聞いているわ。

 世界を救ったって噂をね」

 

「……!」

 

「自信を持っていいのよ。()()()()()()()()()()()()()()()()

 それに今だって、貴方は桜ちゃんの意志を立派に継いでいる」

 

「だけど、私は……」

 

 やはり桃はそれに頷く事はなかった。

 柴崎母自身、今日初めて会った人間にここまで言われようと説得力は無いと分かっているようで、弱ったように周囲を見渡す。

 そして気がつけば、いつの間にか戻ってきていた葵があぐねるようにして桃たちを眺めていた。

 

「……喬木さん、一つ聞いてもいい?」

 

「あ、はい」

 

「桜ちゃんは……居なくなる前に何をしていたかわかるかしら」

 

「そう、ですね……」

 

 妹である桃ではなく、自身にそれを聞く理由も考えた葵だったが、離れていた間に『ここにいる中で桜に最後に会ったのは誰なのか』という話題でも出たのかと推察する。

 

「……具体的に何をしていたかは分かりませんが、人助けをしていたのは間違いないです。

 それのお陰で自分達がここに居られるんだと思います」

 

 その答えは、断片的に聞こえた柴崎母の言葉も総合してのもの。

 『何をしていたのか探れなくとも、確信していることはある』と、もう一人にその考えが伝わるように。

 

「そうね。桜ちゃんはそういう子だわ。

 ……これから鰻をご馳走したいのだけれど、喬木さんもどうかしら」

 

「鰻?」

 

「……柴崎さん、もう一人呼んでも良いですか?」

 

「陽夏木さんの事かしら。芦花ちゃんから話は聞いているわ。

 もちろん、最初からそのつもりよ」

 

「……ありがとうございます。

 葵、私はミカンに話してくるから、シャミ子の方お願い。

 先に部屋に行ったけど、もしかしたらびっくりしすぎてフリーズしてるかもしれないから」

 

「あ、ああ……」

 

 冗談めかして葵へと要請をする桃。

 一応は表情に暗さは見えないものの、それが余り良くない意味での“大人の対応”なのではないかと不安は尽きない。

 もっとも、それを追求する勇気は葵も持っていないのだが。

 

「……こんなところね」

 

 桃と葵がそれぞれ部屋へと入ると、柴崎母は諦め混じりに呟く。

 

「はい。これが限界だと思います。

 私達だと、追い込むだけになってしまいそうですから」

 

「そうね……」

 

「……お母様、急なお願いを聞いてくださってありがとうございました」

 

「いいのよ。可愛い娘の頼みだもの。

 むしろ色々と買い揃える前に決心してくれて助かったわ」

 

 芦花による“お願い”。

 それは母が今日訪問した事とは直接の繋がりはなく、自身のわがままという事にしたいもの。

 

 ●

 

『陽夏木さん』

 

『……柴崎さん、どうしたの?』

 

『私達、明日にはまた引っ越す事になりました』

 

『それは残念ね……』

 

『ですがその前に、話しておきたいことがあります。

 陽夏木さんの呪いの影響が出てこないのは、私のせいです』

 

『柴崎さんの、おかげ……?』

 

『……陽夏木さんは、昔召喚した悪魔が呪いの原因だと言っていましたね。

 おそらくですが、その悪魔が警戒……いえ、私の力に怯えているんです』

 

『怯えてるって……今まではこんな事なかったわ。

 闇の力ならシャミ子だって持ってるし、魔法少女として相応の現場に行ったこともある。

 それに桃も私も、自分で言うのも何だけどそれなりに強いとは思ってる。

 柴崎さんだけが特別なんて……』

 

『正確に言うと私だけの力じゃないんです。

 私達が住んでいた土地は少々特殊で、その上落ちて来た隕石も何かしらの異常性を持っているようです。

 それに私達があてられ、3つが混ざりあい混沌とした力に干渉すべきなのかと、そう悪魔さんは迷っている』

 

『……呪いが出ないのなら、それは良いことじゃないの?』

 

『いいえ。それでは駄目なんです。

 しばらく家には戻れない以上、時間が経てば土地や隕石の力は抜けるでしょう。

 その時また呪いが出るようになっても、それはまだ良い方なんです。

 問題なのはその後もずっと呪いが出なかった場合です。

 陽夏木さんが魔法少女として優秀な以上、内に居る悪魔さんもそれに準じた力を持っている筈。

 その強い力を抑えて、抑え込み続けて……それが出来なくなった時の反動は想像できません。

 それに、陽夏木さんがひどく危ない目に遭えば、悪魔さんは迷わず力を開放するでしょう。

 そのために召喚に応えたんですから』

 

『……待って。柴崎さんが引っ越さなきゃいけないのは、私の──』

 

『違いますよ。私は夏休みと家が無くなったという状況を最大限悪用して、トラブルメーカーらしく好きな人の家に押しかけて厄介になるんです』

 

『……強いわね、柴崎さんは』

 

『陽夏木さん。聞いてください。

 陽夏木さんも、周りの方々もずっと迷惑を被ってきたんだと思います。

 だけどそれは、必死になって命令を果たそうとしているだけの筈です。

 それを上書きすることができれば、きっと呪いは収まります。

 ですからもう一度だけ、悪魔さんと話をしてみて欲しいんです』

 

『……無理よ。桜さんですら、今の状態が精一杯だったのよ?』

 

『……ごめんなさい。具体的な方法も出せずにこんな事を。

 ですが手段はあるはずです。今も存在している以上、きっと声を届けられる何かが』

 

 ■

 

「ここで大丈夫です」

 

 駅前、始発とまで行かずもそれなりに早い時間帯。

 芦花とつつじはその前で立ち止まり、同行していた葵へと静止をかける。

 

「そう? ……それにしても、こんな早い時間じゃなくても良かったんじゃない?」

 

「いいんです。あまり話し込んでると、名残惜しくなってしまいますから」

 

「まあ、俺は止めないよ。後で面白い話聞かせてね」

 

「お前絶対ロクな目会わねぇぞ……」

 

 しおらしく振る舞う芦花に、愉快そうに今後を想像する葵。

 そんな彼の様子につつじは改めて嫌悪感を示すが、葵の態度は変わらない。

 

「妹さんも、また新しい環境で緊張してるだろうけど……頑張ってね」

 

「……ああ」

 

「あの家ならそこまで警戒する必要もないと思うけどね。

 それに、誰相手でも胃袋掴めば大抵懐柔できるし」

 

「知ってる。()()()()。……でもお前に言われるとムカつくな」

 

「何にせよ外堀埋めて味方作るのは重要だよ。妹さんが野望果たしたいならね」

 

「……」

 

 全くもって本気で応援している気が感じられない葵のアドバイス。

 尤も、“外堀”を埋められるのはつつじの方なのかも知れないが、それをされるがままに受け入れる様な性格だと、葵は知らない。

 

「柴崎さんは……俺が何か言うまでもないか。

 まあ、攻め手に困ったらゲーム貸せたりするかもだから、連絡してね」

 

 葵やシャミ子の心理的には今の時点で貸す事自体は問題ないが、()()のためには致し方あるまい。

 これから向かう場所の住人を騙くらかす様な真似に躊躇いがないわけではないが、芦花曰く相応の生活費は当然渡すし、保護者のほうからは既に許可を貰っているとのことなので問題はないだろう。たぶん。

 

「……前々から思っていたのですが、喬木さんは誰を応援している感じなんですか?」

 

「応援? ……あー」

 

 その単語の指す所に一瞬迷った葵だが、芦花が珍しく胡散臭そうな視線を向けたことで察する。

 

「応援、ていうかさ。

 別に誰を邪魔したいとか思ってる訳じゃないし、目の前で手伝えそうな事あったらそうしてるだけ……なんだと思う。

 後は風間くんが今後どうなるのか興味がある」

 

「……仮にですけど、タマちゃんからその手の手伝いをしろと命令されたら喬木さんはどうされます?」

 

「あの人がどこまで本気かいまいち分からないけど……いつも通り報酬チラつかされても多分断るだろうね。

 そういうのは貸し借りじゃないと思う。なんとなく。

 ……でも本当にそうなったりしたら後が怖いなあ……」

 

 最後に付け加えると、割と強い恐怖を抱いているかのように我が身を抱きしめ震えつつ、葵は思考に耽る。

 

「……気持ちは分からないでもないですね」

 

「……ん? なんか言った?」

 

「いえ。……そろそろ行きますね。短い間ですがお世話になりました」

 

「うん。気が向いたらまた遊びに来なよ。優子たちも喜ぶと思うし」

 

 そんな言葉を交わすと芦花たちは葵と別れ、駅の中へと入って行く。

 つつじとははっきりとした別れの挨拶はなかったが、葵との関係は結局そんなものだ。

 

「……つつじちゃん、本当に良かったんですか? 

 お姉ちゃんは嬉しいですけど、あの場所はとても楽しかったのでは?」

 

 夏休みという状況もあり、駅構内は多くの人で溢れているため、多少プライベートな話も喧騒に紛れて二人の内で留まる。

 引け目を感じているような芦花のその疑問であるが、それもそのはず本日の転居を勧めたのは他でもないつつじ。

 一度は芦花も姉妹が離れるのは忍びないと思いはしたものの、自身が話せずに二の足を踏んでいた中で、つつじから言い出したことに驚きがあった。

 

「……あそこに居るとアイツに苛つく」

 

「つつじちゃん、喬木さんは悪い人じゃないんですよ。

 この数日で喬木さんが私や風間さん達をどう見てるのかなんとなく知れましたし、喬木さんが学校でああしたくなる理由も分かります。

 ……まあ、あそこで過ごしてると私も同じ事しそうで、劇毒すぎるとはお姉ちゃんも思いますが」

 

 ばつが悪そうなつつじ語る理由も、紛れもない本心ではあるのだろう。

 芦花は苦笑しながらフォローなのかよく分からない言葉を投げかけるが、そこでつつじは突如立ち止まる。

 

「……お姉ちゃん。私はお姉ちゃんについて行って良いんだよね」

 

「もちろんですよ。私もやっぱり一人だと不安はありますから。とても嬉しいです」

 

「ありがとう、お姉ちゃん。

 私はお姉ちゃんについて行くって、自分で決めた。

 せっかく機会があるんだから、それを逃したくない。

 ……風間なんかにお姉ちゃんは渡さない……!」

 

 人との約束をした訳ではなく、精神的な縛りがある訳でもなく。

 ただ見習いたいと思ったからこその言葉の後につつじは欲望を垂れ流すが、それがある種のリラックスに繋がるのならば割と健全かも知れない。

 

「つつじちゃんがいい影響を受けられただけでも、あそこで過ごせてよかったです」

 

 つつじの妙な方向での成長を喜ぶ素振りを見せる芦花ではあるが、内心では対して己が何か変われたかと僅かに思う。

 ちょっとした軽口とは言え、見栄を張って“姉”を自称したものの、肝心の年上らしいことは出来たのか。

 どころか、何も変わらないだけならばまだしも、悪影響を与えてしまったのではないかと。

 

「……お姉ちゃん?」

 

 突如うつむいた事を心配するつつじの声により芦花の意識は引き戻され、そしてほぼ同時に自身のスマホが震える。

 取り出して開いている間不安げに見つめられるが、通知の要因を確認すると芦花は僅かに安堵を見せた。

 

「誰からだったの?」

 

「陽夏木さんからです。ご両親と話をして、手掛かりを探してみるようですよ」

 

 彼女の父親は自らが原因だと痛感しているのだろうし、ミカンも下手に追い込むまいと、両親の前で話題に出すこと自体を避けていた部分はあるのだろう。

 既に懐に入り込んでいるからこそ話せないことを勧めるのが本当に正しいのか、芦花には分からない。

 ただ、呪いが出ずに油断してしまった所に深手を負う可能性を避けられた、という点で言えば、少なからずマイナスをゼロに近づけられたのではないだろうか。

 

 とはいえ、根本的な解決になっていないのもまた事実。

 ミカンの問題もそうであるし、なにより桃との関係はもっと深刻に感じる。

 それでいて、いかなる手段を以てしても芦花の手ではプラスは疎かゼロにすら届くとは思えない。

 

「……時間が解決してくれれば良いですけど」

 

 なんとなく、割とすぐに桃たちと再び会ってしまいそうな予感はする。

 しかしただ単に顔を合わせただけでは進歩に繋がらず、かといってまたばんだ荘に住めば、つつじに語ったように今度は自身に悪癖が染み付きかねない。

 故にその中間。葵から持ちかけられたように。

 

「気が向いたら、遊びに行きましょう」

 

 今度こそ、面と向かって話せる事を願い。

 その時こそ、改めてお姉ちゃんらしく。

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