まちカド木属性   作:ミクマ

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全部ウチのものにしたる

「……牛肉か」

 

「ええ。東は豚、西は牛ってよく聞きますけど、そこの物珍しさもアピールになるかなと。

 頼む側からしたら少し博打感が強すぎないかって迷ってもいますが」

 

 喫茶あすら。

 客席に座る長沼がテーブルの上に置かれた器へと箸をつけ、よそわれた品の中の具材の一つを持ち上げると意外そうな声を出す。

 作った当人である葵はそれの意図する所と、一方で不安視している点を述べつつ、口に含み咀嚼を始める長沼を眺めていた。

 

 この日、葵はあすらの新メニューとして出すことを検討している、とある料理の試食会を催していた。

 もっとも、日程の合った極々僅かな数の身内を呼んだだけの、“会”とするには規模の小さなささやかなものでしか無いが。

 

「で、味はどんなもんですか?」

 

「……見た目のインパクトに対して、味がとにかく真っ当というか王道というか……ギャップに舌と脳が混乱するが、美味いことには間違いない。

 俺の中で比較できるものがあの喫茶店のパスタぐらいしか無いし、それも和風と洋風で別物だからなんとも言えんが……」

 

「あそこのパスタ美味いですからねえ。何でオムライスの方推してるのか分からないくらいに」

 

「……今更だが、わざわざ俺を呼ぶ必要があったのか?」

 

 作る上で自身も意識をしている部分のあった、とある店舗の商品を葵が思い浮かべていると長沼から問いを受ける。

 そんな指摘をされたのはおそらく、批評を受けるとは思っていないような葵の腑抜けた表情が原因だろう。

 

「俺から忌憚のない意見を引き出したかったわけでもないだろう」

 

「……こういう場面で呼べるの先輩くらいしかいないんですよ」

 

「元生徒会とか部活の奴ら……そもそも他に地元の知り合いはいないのか」

 

「一応、身内に近すぎるのもどうかとは思ってはいるんですよ。

 かといって府上の辺りから来てもらうのも距離あるじゃないですか。

 ……それに、万一にもタマ先輩とか松原先輩からメタメタに言われたら数日は引きずりますよ、俺。

 タマ先輩とかなんとなく舌肥えてそうな雰囲気ありますし」

 

「面倒なやつだ……」

 

 無論、試作といえど一定の水準に達したと思えたからこそ人に出しているのだ。

 なのだが。今回ばかりは、この品目に関しては、挑戦的な要素が強い。

 

「まあ、俺はタダ飯にありつけるから構わんが……その子は大丈夫なのか?」

 

 と、手に持つコップに注がれた牛乳──メニューに書かれたアイスミルクという名称ではなく、何故かそう強調している──を、一口飲んだ長沼は、その葵の顔に合わせていた視線を下にずらす。

 その先には、葵の膝の上に座り料理を貪るウガルルがいた。

 つまり葵はこれまで彼女を間に挟んだ上で会話をしていた訳なのだが、夢中になっているウガルルが口を出すことはなかった。

 

「……ウガルルちゃん。それ、どうかな?」

 

「んがっ! アオイの料理はいつもウマいゾ!」

 

「ならよかった。オレンジジュース飲む?」

 

「……今は、イイ……」

 

 長沼が抱いていた物と同質の、少々癖のあるこの料理を子供が受け入れるのか、という葵の心配はこの純粋な称賛の言葉によって拭われた。

 ……ただ、ある事情から一緒に飲むことを勧めていたオレンジジュースへの拒否感らしきものを見せてから食事に戻ったのには、それはそれで悩みの種が増えてしまったが。

 

「今までたまに見かけていたが、お前、その子とどういう関係なんだ?」

 

「……知りたいですか?」

 

「……いや、やめておこう。

 もっと熟成させてから掘り起こせばお前の面白い反応が見れそうだ」

 

「変な企みわざわざ本人に聞せないでくださいよ……」

 

「ところでだ。俺としてはその子には赤い猫耳帽なんかが似合うと思うんだが、お前はどう思う?」

 

「なんなんですかその雑なネタ振り……!」

 

 何が琴線に触れたのか、長沼は恍惚とした様子で突然その口調を早めだす。

 葵は頬を引き攣らせて言葉を返すものの、動揺は表情だけで対応は慣れたものだ。

 そもそも、身も蓋も無い事を言えば、葵が長沼をこの場に呼び出した目的は、料理に対する肯定の言葉を聞いて精神の安寧を図るためと言える。

 ならば逆に葵が長沼の話を聞くのも道理だろう。

 

「俺はいくらでも付き合いますけど、まわりは巻き込まないでくださいよ」

 

「言ったな? 耳の穴かっ穿ってよく聞け。お前ならできると信じているぞ」

 

「こんな状況で言われても嬉しくないんですけど」

 

「とある朝アニメの話だ。

 それはコメディ色の強い作品でな、ひたすらにハイテンションかつとんでもないテンポで畳み掛けてくるギャグが売りの、()()()にはどことなく親近感を感じる作風だが、そこは見ればすぐわかるからまあいい。

 俺が好んでいるのはノン……じゃない、男女の恋愛に行くか行かないかの絶妙な距離感の描写だ。

 女児向けだから主人公は少女で、相手役の男キャラに対しては幼馴染故の距離感の近さからそういった感情が薄いが、特有の販促要素でもある秘密を共有し始めたことから進展していく……」

 

「ああ、そういうのよくありますね。昔似たようなの見てましたよ」

 

「……俺の話しているものに心当たりはあるか?」

 

「さあ……」

 

 聞き取る気の失せる早口に混乱し、警戒感を顕にするウガルルへと魔力を流して沈静化を促しつつ、葵は自己の間違いなく特殊なのであろう過去の環境を思い浮かべ、相槌を打つ。

 

「男側は完全に自覚していて、主人公は煮えきらない態度だが、最終的にはくっつくんだろうと確信できる、この安堵感……! 

 ネタバレはしたくないからどうなるかはお前自身で確かめろ」

 

「……この話終わりですか?」

 

 彼との関わりで幾度となく経験した、唐突な()()から始まる話にしては意外な程に早く終結した──と、葵は一度認識したが、長沼の常に閉じられたまぶたの奥からの光を幻視し、それを捨てる。

 

「俺はな、主人公と最初に秘密を共有することになった別のメインキャラ……一番の親友となるその子が、ヒーロー役の男子に恋愛感情を持っていると、そう()()()()()

 

「……少女漫画のやたらギスギスした横恋慕みたいな……?」

 

「いや違う、違うんだ。それも面白いがそうじゃない。

 主人公より先に自覚しながらも、彼女の事も大切で悲しませたくなく、勝てる訳がないと諦め、身を引く……その悲恋……!」

 

「……ギャグ強いアニメの割にそういうのもあるんですね」

 

「そうだな……なんせ、気がついたらその子が男子の隣にいるからな」

 

「…………………………は?」

 

 一筋の涙を流す長沼に軽く同調しかけて暗い声を出す葵。

 しかしながら、長沼から続けて放たれた言葉には絶句し、呆けてしまう。

 

「……どういう描写を見てそのキャラが好意を持ってるって思ったんですか?」

 

「本当に、気がついたら男子の隣に立ってるんだ。

 悪役と対峙して、浄化アイテムを持っている主人公が前に出るシーンの、その後ろ。

 毎週恒例のバンクでも隣をキープし、マスコットキャラと共にいられない状況ではその男子に預け。

 学校では主人公よりも近い席に座り、クリスマス回ではサンタのコスプレをして2人でソリに乗りプレゼントを配る。

 まだあるぞ──」

 

「それ描写って言うんですか……?」

 

「……フッ。まだまだだな」

 

 鼻で笑われ、顔を引くつかせる葵。

 だが考えてみれば、長沼は先程「ネタバレはしたくない」といったにも関わらず、やたら熱く語り始めた時点でおかしかったのだ。

 

「仕方ない。とっておきを出してやろう。

 前に作品展が開催されていたんだがな、そこにメインキャラ達の立ち絵のパネルが置かれていた。

 その手のイベントでは普遍的な展示だが……どうなっていたと思う?」

 

「知りませんが」

 

「5人いるメインキャラ、主人公と、残る2人が並んで一枚のパネルに収められ……その横で、幼馴染の男子と大親友の子がもう一枚のパネルに収められていたんだ……!」

 

「……?」

 

「分からないか? 

 5人を一枚のパネルに収めるでもなく、それぞれ別々に配置するでもなく、そして主人公と幼馴染をペアにするでもなく。

 いや、厳密に言うとその並び順自体にはストーリー上多少の意味があるんだ。

 だがな、そうやって分けるのには意図がある筈だ。

 これは間違いなく匂わせ……いや、嗅がせに来ている……ッ!」

 

「コストとかスペースの問題だと思うんですけど」

 

 葵にバッサリと切り捨てられた事を長沼は気にする様子もなく、話し終えたことに対する満足感に満たされた様子で、わざとらしく音を立てて大きく息を吸う。

 ウガルルは警戒を通り越してもはや困惑しかなく、顔の周囲に大量の疑問符が浮かんでいるのが見えるような、そんな混沌とした状況だった。

 

「……よくもまあ、それだけの要素で話続けられますね……。

 自給自足で延々とやっていけるの、ある意味尊敬しますよ……」

 

 と、葵は割と本心からくる関心を言葉に表したのだが、何故か長沼は動きを止め重苦しい雰囲気を纏い始める。

 彼の奇行に慣れた葵をして思わず眉をしかめるような、あまりにも激しい躁鬱の落差だ。

 

「……そうだな。自給自足、出来るといいんだがな……」

 

「……なんですか」

 

「アニメが終わり、公式からの供給が絶たれた。

 そこはまあどんな作品も一緒だ。

 だが知名度自体が低いようでな……他の供給も少ない。

 俺の理想に合うものだけでなく、作品全体の数がだ。

 ……放送前から大量に絵が描かれる同じニチアサのレジェンドが羨ましくなるな……」

 

「はあ……」

 

「さしもの俺も、ここから続けていけるかは不安が──」

 

「……認められんわぁっ!」

 

 腕を組みながらのの唸りを遮る、劈くような叫び声。

 それを聞いた長沼はガタッと音を立てて突然立ち上がり、()()()()()()大声の発信源──あすらの台所の方向を見つめる。

 ウガルルの分として注ぎながらも口をつけていなかった、オレンジジュースが溢れぬよう咄嗟に持ち上げたコップを片手に、葵はウガルルと共に呆然と長沼を眺めていた。

 

「……」

 

「……」

 

「……喬木。何かトラブルが発生したようだが、様子を見に行った方がいいんじゃないか?」

 

「……ウガルルちゃん、おかわり持ってこようか?」

 

「んが……」

 

 どこか期待を寄せているかのように見える長沼からの、露骨な誘導。

 釈然としない思いを持ちながらも、葵は若干力んでいるウガルルを膝から降ろす。

 

「……しかし、少し意外だったな」

 

「何がですか?」

 

「お前があのアニメを見ていなかった事がだ。

 確か前に、『幼馴染が朝弱いから、土日はそれに合わせて朝食を作り、その後の遅い時間帯の朝アニメを一緒に見ていた』……とかなんとか聞いた覚えがあるが」

 

「昔の話です。ここ何年かは土日でも朝から用事有ること多いですから」

 

「……俺や境の()()()交流の時間が減った、とは言わないのか?」

 

「くだらない質問しないでくださいよ。

 先輩方に付き合う事を決めたのは俺です。それで経験した事に感謝こそすれ恨むわけないです」

 

 そう言い切って葵が立ち上がると、長沼は微かに口角を上げて笑う。

 

「……食わせた俺が言うのもなんですけど、後で念入りに歯磨いたほうがいいですよ」

 

 ちらりと見えた長沼の歯に、食品由来の黒い色素を視認した葵はそんなアドバイスを授け、背を向けた。

 

「……ある意味見ていなくて良かったかもしれんな。精神衛生上。

 肉球、メガネ、調査艇、アンモナイト、ふかうみ、56562……」

 

 ■

 

「……まだ鍋の中残ってますか?」

 

 斜め上方、壁と天井の境目を見つめて謎の単語を並べ始めた長沼をその場に差し置き、葵は台所へと足を踏み入れる。

 そこで発した第一声は、ただならぬ怒気を感じた叫びには触れない、あえて空気を読まないものだった。

 

「……ああ、葵クン。まだ十分あるよ」

 

「なら良かった……」

 

「アンタまさかコレ放置して戻る気や無いやろな?」

 

 少々縮こまっている白澤とのやり取りは紅玉によって遮られる。

 冷や汗を流す彼女が示す先には当然、怒声の主であるリコがいるのだが……。

 料理の盛られた器を見ているリコは葵の方へと振り向く様子がなく、その精神状態は毛の逆立った尻尾を見る以外に察する方法はない。

 

「……紅玉さんはどう思いました?」

 

「この状況で聞くんか……ていうかアンタにアタシの意見なんか必要ないやろ。()()()()()

 

「牛肉じゃがに慣れ親しんだ人の感想は聞いておきたかったんですよ。

 漫画みたいな食レポ求めてる訳じゃないですし、紅玉さんがそう返してくれるって事は美味しいって思ってくれたみたいですね。安心しました」

 

「……アンタがアレぶち込み始めたときはトチ狂ったと思ったけどな」

 

 ふい、と顔をそらし、紅玉は突き放すように会話を区切る。

 今回葵が試作した料理は関東圏には馴染みの薄い“牛肉じゃが”であるのだが、流石にそれだけでは作った側が不安を感じるほどの物ではない。

 その要素の強さは、紅玉の言ったように葵が加えたとある食材に由来している。

 

「店長、コスト的にはどうですかね?」

 

 問題があるとすれば、それだろうと葵は思っていた。

 喫茶店、飲食店。すなわち商売であるのだから、採算が取れなければ成り立たない。

 

「牛肉もそうですけど、イカスミはやっぱり高くつきますか?」

 

 ただの肉じゃがではなく、イカスミを混ぜた肉じゃが。

 とある一家には“闇の肉じゃが”と呼ばれているそれが、新メニュー候補である。

 

「確かに普通に比べれば高くはなるだろうが、量を作ることを考えれば交渉の余地はある。

 何より、料理自体は素晴らしいものなんだ。

 せっかく葵クンが意欲を見せてくれているのだから、僕は僕の仕事をさせてもらうだけだよ」

 

「……ありがとうございます」

 

「ところで葵クン。いつも肉を仕入れている所から『牛肉に関しては葵君に恩があるから安くしよう』と言われたのだが……何かしたのかね?」

 

「……心当たりがなくもないですけど、完全に偶然で俺はほとんど関わってないんですが……。

 まあ、この店の助けになるならいくらでも利用してもらっても……」

 

 ともかく、紅玉と白澤からは高評価を貰い、残るはリコの評価のみ。

 結局のところ、一番重要なのはここだ。

 仮に葵がどれだけ強弁をしようとも、あすらを営業する上で大部分の料理を作っているのはリコなのだから、彼女の許しを得なければ新メニューなど成立し得ない。

 

 ……なのだが、ぶつぶつと聞き取れない言葉を呟き続けている今のリコに声をかけるのには勇気がいる。

 先程までの会話を聞いていたのかすらはっきりしない。

 

「……葵はん」

 

「……!」

 

 リコに名を呼ばれると、葵は思わずその背筋を伸ばす。

 大きな耳を先に動かした上でようやく振り向いた彼女の表情は、真顔。それ以外に著しようがない。

 

「……お味はどうでしたか」

 

「葵はん、この料理ぃ……学校のお友達に教えてもろたんやろぉ……?」

 

 許可を取ろうとする行為を優先するのはどうやら許されないようで、やけにねっとりとした口調のリコが問いかけたのは葵がこの料理を作ろうとしたきっかけ。

 

 より厳密に言えば、クラスメイトである友人とはまた別の生徒が発端。

 その“別の生徒”が家で作っているという肉じゃがの話を聞き、“クラスメイト”が自身のレパートリーとすり合わせて研究し、独自のレシピを作り出す。

 料理が得意な“クラスメイト”と葵はそれなりの親交があり、弁当に詰められていた一品を見た葵も興味を抱いた──といったところ。

 

 やがて新メニューとしてあすらの面々に提案しようかと考えるに至ったものの、当然同じ物をそのまま売り物として出す訳には行かず、牛肉を使う事にしたのも差別化を考えた結果。

 “クラスメイト”からも様々なアドバイスを受けて葵なりのレシピを試作したのだが、その中で一際参考になったと感じたのはイカスミの扱い方だ。

 

 元々、“クラスメイト”が作ったものは、生のイカの()()から切り出し冷凍した墨を使ったそうなのだが、それ以外のソースやペースト、パウダーといった既製品を使うことによる変化を想定しており、更には業務用の大容量の物の特徴までも熟知していたのだ。

 

「……とか、言うとったよな」

 

「ええ。完全に先回りされてたんで、慧眼っぷりに平伏しましたね」

 

 リコ達に試食してもらう前のタイミングにおいても、そういった経緯を葵は説明していた。

 割と熱を持って語っていたと葵自身も認識しているが、“クラスメイト”への強い尊敬の念から来るもの故に仕方ない事と言える。

 

「ずいぶん、手取り足取り教えてもろたもんやなぁ。……その娘に」

 

「……」

 

「どうせまた女の子引っかけよったんやろお!? ええシュミしとるよなぁホンマぁ!」

 

 裏の意図が含まれている事を隠そうともしないぼやきを終えると、リコは突然荒ぶり叫びだす。

 特に触れていなかったが、葵にアドバイスを授けた“クラスメイト”とは女子生徒なのだ。

 

「人聞きの悪いこと言わないでくださいよ! 友人って言ってるじゃないですか!」

 

「アンタがそんな事言っても説得力なんかカケラもあらへんの分かっとるか?」

 

 負けず劣らずの大声で反論を仕掛けた葵だったものの、紅玉に口を挟まれると思わず体を硬直させる。

 そのまま視線だけを白澤に向けるものの、特に何も言わずに顔をそらされてしまう。

 

「……いや、本当ですよ。その人、別の友達に好意向けてるの丸わかりですし」

 

 肉食獣の威嚇のようなリコからの圧に曝され、声を震わせながらも否定する葵。

 こればかりは真実なのでそうと言う他にないのだが、どうにも信用されていないらしい。

 それならば、無理矢理にでも話題を戻すしかない。

 

「それで……お味は、どうでしたか?」

 

「……ええんとちゃう?」

 

「そうですか、なら……」

 

「けど認めん」

 

 ぴしりと、リコは明確な拒絶を示して言い放つ。

 

「……恒常的に作るのが難しいとかですか?」

 

「あのくらいがウチに出来んと思っとるん……?」

 

「そういう訳じゃ……」

 

 あまり工程が複雑すぎるものは商品として望ましくない、という点は考慮していたものの、大抵のものはリコにも作れるだろうとも葵は楽観視していた。

 なにせ、あすらに採用されてからしばらくの間、葵は教わる側であったし、今も少なくともあすらにおいては指示を仰ぐ側である。

 リコの腕前を侮るわけもない。

 

「……お願いします。問題点があるなら教えて下さい」

 

「……」

 

「リコさんに納得してもらえるように、これ以上は無いと思える物を作ったつもりです。

 けれど、リコさんが言うならどんな物でも受け入れます」

 

「……なんで」

 

「リコさん……?」

 

「なんでそれ、もっと早う言うてくれへんかったん?」

 

 手詰まりに陥り頭を下げて嘆願する葵を見ると、リコは俯き、先程とは打って変わってか細い声となる。

 

「……お友達から最初に教わったのっていつなん?」

 

「……? ……夏休み明けて少し……9月上旬くらいですけど」

 

「そんだけ時間あったんなら、ウチに聞いてくれればよかったやん」

 

「いや、だって……」

 

 葵が試作を開始し、この日に至るには月単位の時間を要していた。

 興味本位で手を出したこの料理だが、あまり経験のない食材を使用したこともあり、一番最初に作り上げたものには自分自身でも“微妙”という評価を下さざるを得なかった。

 そのようなものを人に食べさせようとは思えず、細々と改良を加えていった中でも全てを自分で処理していたことで、リコにとっては今日のこれこそが初の実食となっている。

 

「……葵はんなら、絶対に食えんもんにはなっとらんやろ」

 

「あんまり変なもの出すのも悪いじゃないですか」

 

「それで何度も、お友達に教えてもろたん?」

 

「そう……なりますね」

 

「……いちいち学校に聞き行くよりウチに聞いたほうが手っ取り早いやん。

 話だけ聞くより一緒に食べながら考えたほうが良いに決まっとる」

 

 と、もっともらしい理屈を並べ立てるリコではあるが、本心がそこにない事は葵にもなんとなくわかる。

 

「葵はんに料理教えてええんはウチと清子(おかーさん)だけや」

 

「そんな滅茶苦茶な……」

 

「葵はんに魔力料理を教えたんはウチやん!」

 

 その叫びは、葵へというよりは自らに言い聞かせているようで。

 

「あすらで作る料理を教えたんはウチやのに。

 この店入るとき葵はんは、ウチに料理教えて言うてたんに。

 ……葵はんは、ウチよりもお友達の事信用しとるん?」

 

「本当に、リコさんに下手なもの食べさせたくなかっただけです」

 

 葵からすれぱ、そうとしか言えない。

 件の“クラスメイト”の料理の腕を信用しているといえばそうだが、人だけではなく本やネットといった媒体も資料としたし、そもそもあすらの他のメニュー──すなわちリコの料理との食べ合わせなども考慮している。

 秘密裏に完成させた物に対する肯定の声を聞きたいという不純な動機もなくはなかったが、自分でも納得できない品でリコの手を煩わせたくはなかった。

 

「……ウチは、もっと早く葵はんに相談してほしかった。

 少しくらいまずかったって、食べられるだけ幸せなんや」

 

「……」

 

「葵はんに魔力料理教えてほしい言われた時、嬉しかったんやで? 

 ウチの料理食べても追い出そうとせん子がまた出てきてくれたって。

 最初の頃葵はんは自分で作ったもん全部自分で食べとったけど、それでも葵はんに教えるんは楽しかった。

 ほんでようやく一緒に作れるって思うとったのに、そん裏で葵はんは……!」

 

 深い怒りと失望に苛まれているらしいその心情を、ただひたすらに言葉にして吐き出す。

 それに葵も、白澤も紅玉も何も言えずにいたが、リコはふとした拍子に顔を上げ、葵の方へと向き直す。

 

「……決めた。やっぱこれ、出すの認めん。保留や保留」

 

「……保留?」

 

「ウチが……いいや。ウチらでもっとエエもん作る」

 

「リコ、さん?」

 

「葵はんには、もっと美味いもん食べさせたるって言うとるんや」

 

 一点の曇り無く、澄んだ瞳で。

 自身の中の何かを確信したかのようなリコによる、葵に対する宣言。

 

「お友達より、ウチに頼るべきって思わせたる。

 葵はんが言うならいつだって、どんなんでも作ったる。

 永年無料食券なんか要らん。シャミ子はんにやって負けん。

 真っ先に、ウチのごはんを食べたいって思うようにさせたる。

 ……これから、全部ウチのものにしたる!」

 

 これまでのものとは異なる、負の感情を捨て去り晴れやかな表情での叫び。

 それを聞いた白澤はどういう訳か固まり、葵は絶句。

 残る紅玉は震える指でリコを差しつつ言葉を放つ。

 

「リコ……アンタ、自分が何言うとるんかわかっとんのか……?」

 

「……」

 

 答える必要もない、と言わんばかりにリコは背を向け、すっかり冷めてしまった肉じゃがを再加熱するためコンロの前に移動し、点火のスイッチを入れる。

 どうやら完全に研究モードに入ってしまったようで、火は見ながらもそれ以外が眼中にないような真剣な表情で立ち尽くす。

 白澤もいつのまにかボロボロと零す涙をハンカチで拭い続けており、しばらくは会話が成立しそうにない。

 

「……なあ。あの肉じゃがも……魔力混ぜ込んどるんやろ?」

 

 どうにもいたたまれなくなったのか、それを誤魔化すように紅玉は葵へと話しかける。

 質問の内容からして、リコの漏らした言葉を聞いて何か思うところが有ったのだろうか。

 

「そうですね。リコさんが作る事も考えてたんで、最初からそれ前提で研究してました」

 

「……リコはもう素直に言わんやろうけど、アタシはアレ、美味かったで。

 最初から知っとれば妙な感覚もそういうもんやっておもえるしな」

 

「……やっぱりそういう反応が一番嬉しいもんですね」

 

「アンタ、今のコレ想定外みたいにしとるけど全部身から出たサビやからな? 

 最初ご機嫌だった癖に箸進める度不機嫌になってくリコ見とらんかったからそんな事言えるんや」

 

「……。……ところで紅玉さん。何でさっきからマスクしてるんですか?」

 

 葵の指摘したとおり、今の紅玉は使い捨てのマスクを口に当てていた。

 体調を崩しているような兆候はなかったし、そもそも葵が一度台所を出るまではつけていなかった。

 露骨な話題そらしだが、本心から気になる点でもある。

 

「今の歯、なんとなくアンタには見せたくないわ」

 

「なるほど、やっぱりそういうの気になりますか。

 そこも改良点でしょうかね……」

 

「……アタシが個人的に気になっただけや。アンタの料理自体にはなんも文句ない。

 メニュー表に注意書きでもしとけばエエやろ」

 

 ■

 

「ククク……」

 

 新しく肉じゃがを盛った器を持ち、間仕切りをくぐった葵は横からの不穏当な笑い声を耳にする。

 そちらを見れば案の定、台所と客席を隔てる壁に背を預けた長沼がその身を震わせていた。

 

「……よくやったぞ、喬木

 

「はあ……?」

 

お前は実に、俺の思惑そのままに働いてくれた……」

 

 ゆらりとした動きで体を起こし、葵へと近寄る長沼。

 歓喜に打ち震えているらしい事以外は意図の読めぬその言葉に、葵は困惑するしかない。

 

きっかけは偶然の産物、だがその後は想定通り……! 

 お前の才覚、勇気ある行動……その営みを俺の糧として取り込めた。

 よもやこれほどまでに花開くとはいなかったが、先行投資の甲斐があった……。

 ……喬木、心から感謝するぞ……!

 

 どういう訳か、長沼は葵の行動を予測していたらしい。

 全ては手のひらの上、手玉に取っていたつもりらしい言動からは、得体の知れない不気味さが滲み出る。

 彼生来の、少年のような軽快さと酸いも甘いもわきまえた老獪さを併せ持ったかのような独特な声質も相まって、仮にこの場が切羽詰まった状況であったとしたら、この上ない悪寒に身を覆われていたかもしれない。

 

 ……長沼が、口角を上げて目に見えてニヤけてさえいなければ、だが。

 

「お前の会話、楽しみながら聞かせてもらった。

 これだけの素材が揃っていれば、俺は死ぬまで闘っていける……! 

 境のやつの分も……いや、そこは流石に不可侵の領域か……」

 

「……何言ってんだかわかりませんが、録音でもしてたんですか?」

 

「おいおいおいおい。当人の許可も取らず勝手に録音するなんて、俺がそんな非常識な人間だと思っているのか?」

 

「……」

 

 何を当然のことを、とでも言いたげに長沼は手を広げて首を振り、葵への呆れの感情を大げさな身振りで示す。

 

「加工、合成、除外……すべて脳内で出力する。今の俺ならば造作もない」

 

 多大な自信に満ち溢れた宣言は、盛大なドヤ顔とともに行われた。

 その動作がやけに似合っているのだからこれまた手に負えない。

 

 フッと笑った長沼はそのまま葵に歩み寄ると、お椀を持っていない方の手をガッシリと包み込む。

 

「これからもよろしくな……!」

 

「……アオイ。オレ、友達は選んだほうがいいと思ウ……」

 

「……」

 

 一連の会話を引き気味に眺めていたウガルルは、そんな辛辣な評価を下す。

 このような方向性での学習は望んでいなかったと、葵はブンブンと振られる腕を見ながら軽い後悔を滲ませていた。

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