まちカド木属性 作:ミクマ
「ッ……! ハァ……は……っ」
荒い吐息が口から漏れる。
手にした杖を地面に突き立てて縋り、そのまま膝を曲げて崩れ落ちたくなる欲求に駆られるが、そのような暇はない。
「なんで……っ」
困惑する葵は今、敵と対峙していた。
しかし、身にかかる火の粉を振払わなければ己の存在が危うい、という点に於いて目の前のソレは間違いなく“敵”なのだが、葵には打ち滅ぼさなければならないという認識が欠けている。
自身に向かって伸びてくる物体を、手足、そして杖を使って弾く。
元々の頑強さ、身体強化による速度に加え、自身の武器である杖自体にも相応の重量があり、それらを掛け合わせた打撃の威力は相応のものになっているのだが、葵が迎撃したそれは勢いを失うことはない。
しつこいまでに復帰を繰り返す様は葵自身にも覚えがあるもので、それもその筈、今対峙しているソレは紛れもなく葵が生み出したもの。
葵が魔力を用いて成長させ、操作していたはずの樹木。
「どうしてですか……!」
自らが作ったものに反旗を翻され、自らの手で根絶せざるを得ない。
しかしながら、葵が狼狽するに至ったのはそれ自体が原因というわけではなく。
このような緊迫した状況下においても無意識に敬語を使ってしまう人物こそが、今の葵の敵である。
「なんでなんですか、長沼先輩……!」
ひとりでに蠢く樹木は葵にしか襲う兆候を見せず、心からの疑問を投げかけた相手。
紆余曲折ありながらも、間違いなく尊敬の念を持つと言えるその先輩は、いつもの見知った薄目をスタンダードとした表情で立っていた。
「……ガン細胞だ」
縋るような視線を向けられると、長沼は妙な単語を口走った。
同時に、今も葵が対処をしている樹木を指差している点からして、どうやら『どのような手段で』という事を説明しようとしているように見える。
だが、葵が『なんで、どうして』と何度も漏らしているのはそのような意味ではなく、『どのような意図で』という答えを乞う物。
それを分かっていないのか、それとも分かった上での物なのか、長沼は言葉を続ける。
「
葵がとある目的をもって成長させた素材は、最初こそ正常に制御を受け付けていた。
しかし不意にこの場に長沼が姿を見せ、それに呆然としている内に樹木には瘤のような膨らみが現れた。
そこからだ。樹木が暴走を始めたのは。
「指令を無視して増殖を続け、栄養素を強制的に引き寄せ、周囲を押し潰して取り込み、その勢いを抑えきれなくなればやがて完全に乗っ取られる」
「……!」
絶句する葵。
長沼の言った事をそのまま受け取るならば、勢力争いの果てに乗っ取り返す、という手段は困難なものと言える。
葵による植物の操作は、他人の身体に対する干渉とは異なり、多少精度を犠牲にしても問題がないからこそ成立するもの。
魔力をとにかく大量に投与し、その規模を以て攻撃においても防御においても圧倒する技。
しかしそのエサを勝手に奪取されるとなれば、敵を利して自身は消耗するだけとなってしまう。
「尤も、動物と植物ではまるで勝手が異なる。
たとえ話に過ぎないが……今更そこを気にするお前でもないだろう」
最後に付け加えられた長沼の言葉を聞く中で、葵はその脅威を身に突き付けられていた。
人体に容易に風穴を開け得る天然の槍を、渾身の力で殴りつける。
それと同時に念の為の確認として魔力を送り込むが、やはり何も変わらない。
唇を噛み、そして右手に持った武器へと魔力を流す。
先程からこの杖に対しても、悪寒を伴う何かが押し付けられているような感覚が続いているが、こればかりは死守しなければならない。
葵が自らの手で育て上げ、今もなお発展途上でありながらも並外れた力を持つようになった、己の為の武器。
本来は単なる大量生産品でしかない木片の集合体。
必要に応じた部位を成長によって展開し、不要になった場合には破棄ではなく押し固め、また一体化させる。
膨張と圧縮を幾度と無く繰り返し、元々は杖だったものが外部からの超自然の力によって物理的にも霊的にもひたすらに締め付けられ、とうの昔に形を失いながらも耐え続けた物体こそが、葵が今手にしている杖の核だ。
その核を中枢としているからこそ、杖に限らず様々な形態へと瞬時に変貌させ、操作する植物も極めて相性の良い素材から生み出せる。
しかしそれに反逆されているのだから手に負えないし、杖の核そのものが乗っ取られれば本当の意味で詰む。
維持できている正確な理由を導き出すことは出来ないが、微かに掴めるものはある。
葵の体の一部、魔力外装に限りなく近い域へと到達した武装故、手元にある分にはギリギリまでの無茶が効く。
「
あくまでも、手元にある分には。
葵は杖から分離させた幾何学的な模様の彫られた楔を複数個飛ばすが、直ぐ様に失敗を悟る。
その場で幾らでも生産できる即席の魔術媒体。
それを支点とした結界を貼り、範囲内のモノを殲滅する算段であったのだが、自身との距離が空いた瞬間異形へと変貌する兆しを見せる。
より多くの魔力を込めた分侵食が遅れたようで、その僅かな猶予の間に自壊の命令を下すと、楔は塵と化した。
「……植物は駄目、打撃も効果が薄い。刺突もあまり変わらない……」
地面に散らばる楔だったものは動く気配はない。
強化された視力でなければ土と見分けがつかないサイズにまでバラバラにすれば、流石に停止するようだ。
しかし、葵の得意とする上位2つの手段ではその現象を引き起こす事は難しい。
「……」
ところで、葵が今もなお襲われているこの樹木。
幹が何重にも絡みつき頑強で太くありながらも、柔軟にうねり蛇行する姿は、遠目に見れば“幾つもの頭部を持つ巨大な蛇の化け物”とでも誤認するかもしれない。
そして、葵の杖は“経験値”と呼べるものを何度も核へと還元し、成長させてきた。
燃やされたり切り刻まれたり、どれだけ傷ついてもその度に無理矢理にでも癒着させて修復を重ねたこの杖は、“過去に肖ること”を本質として持つ。
「……行ける」
今の環境を俯瞰して見て、呟く葵。
一つ息をつくと、バトントワリングのコンタクトマテリアルの如く手のひらの上で杖を回転させ始め、同時に周囲へと魔力を広げる。
当然樹木自体にも接触し、吸収される感触を覚えるが想定内。
目的はその中の、生体由来ではない物質。
「……【
回転していた杖を掴んで強く握りしめ、葵は石突を地面へと勢い良く差し立てた。
──
突如として樹木は動きを止め、内部から高圧の水の刃が飛び出し四散する。
それは一度ならず空気中の水分を収奪した上で何度も炸裂し、樹木をズタズタに切り刻む。
伝承、伝説に似た状況を利用して技を編み出し、更にその技を使った状況自体にも肖る事でストックを貯めてきた技の一つを葵はこの場に適応させた。
しかし、『蛇の化け物の中から刃物が出てきた』と表現をしようとも、大本の伝承とはまるで異なるものだ。
だがそこは“取っ掛かり”だけでいい。
本来の伝承を
これこそが、完成に近づきつつある葵の戦闘スタイル。
「ぐ……」
水流による断続的な音が収まった頃、細切れにされた樹木はその動きを止めた。
膝を付き、深く呼吸を繰り返す葵だが、決して一段落ではない。
何もない状態に戻ったとも言えず、自身が消耗しただけ。
これしか打破する手段が思いつかなったとはいえ、練度では一段劣ると自分でも評価している技、更には杖の制御を維持しながらという条件も付きその負担は大きかった。
肉体的な傷は幾らでも治せようとも、精神的な疲労ばかりは如何ともし難い。
もしも今襲われればひとたまりもないと、葵は長沼の方を見やる。
身体強化というアドバンテージがあるにはあるが、彼には動きの癖を知り尽くされている。
警戒を顕にする葵だが、対する長沼は先程から続けて眺めるのみ。
ただ一つ違うのは、彼がその表情に悲しみの感情を載せている点。
「──そこまででいいわ、長沼」
停滞した場に響く、葵のものでも長沼のものでもなく、女性の物とわかる高い声。
「……タマ、先輩……!」
そもそもの発端は葵が名を呼んだ彼女──境多摩との戦闘にあり、真っ向から挑んだところで勝ちの目の一つも無いと判断し、遮蔽物として樹木を呼び起こした事。
その後暴走したソレの収拾をつけていた頃、長沼と入れ替わるようにして姿を消し、現在になって再度タマは現れた。
「境。……本気なんだな?」
「アレ全部斬り払うのは流石に面倒だしぃ。……後は私がやるわ」
どことなくズレているように感じる、長沼とタマの会話。
“面倒”なだけでやってできない事は無い、とでも言いたげなタマだが、実際それほどまでに葵との実力差はかけ離れている。
葵が少しでもと回復に努めている中、タマは片手を前方にかざし指だけを細かく曲げたり伸ばしたりと奇妙な動きを繰り返していた。
例えるならばスマートフォンのタッチパネルの操作……というよりは、目の前に画面の大きなタブレット端末でも浮いているかのようで、最後に一度人差し指で空中を軽く叩くと、唇を開く。
「……“斬撃帝国”」
空間が歪むだとか、聞き慣れない異音だとか。
そういった現象は一切起こらず、瞬き程の間すらなく、気がつけばタマの手元あたりにはひと振りの刀剣が浮き上がっていた。
一言で言えば日本刀。菱形に近い鍔に填まり、はばきに近い峰の根本には返しのような突起。
反った刀身の鎬は黒く、対して刃は白く。
禍々しくもどこか神々しくもある宝刀の柄を掴むと、刹那タマは葵へと距離を詰める。
片手での、抜き打ちとなる斜めの振り下ろしを放とうとする動作を見て、葵は咄嗟に跳び退いて躱した。
「……どうしてと、聞いてもいいですか」
「この格好を見ればなんとなく察しはつくんじゃないかしらぁ」
刀をだらりと降ろし、見せつけるようにして両腕を広げるタマ。
彼女のその装いは現実離れしたもので、着物の上から広袖の羽織、下は袴を履いた和装、更にはどういう訳か頭頂部からは狐のような耳が生えていた。
「あなたの知ってるフォーマットに合わせるなら、魔法少女って事になるのかしらねぇ。
もしくは……より原始的な光の巫女、かもしれないけど」
挙げられたその2つにどのような違いがあるのか分からず、それを聞き返す間もなく、タマは再度葵へと距離を詰める。
斬撃を葵は杖の両端を持って受け止めようとするものの、あっさりと両断され、その勢いのまま葵の左肘へと向かい──
「……!」
──ぬるりと、肘の関節を
葵が斬られたのはこれが初めてではなく、最初の邂逅でもこれと同じ現象が起きていた。
杖に対しては綺麗な断面を残すというのに、人体に対しては皮を裂かず、肉を切らず、骨を断たず。
血が吹き出ることはなく、痛みに悶えることもない。
しかし害がないという訳ではなく、斬られる度に自分の中の何がが少しずつ削られていくような、そんな奇妙な錯覚を葵は感じていた。
「そもそも、不自然には思わなかった?
私達に会った途端、目に見えて自分が強くなっていった事に」
葵は力の抜けていく左手へと魔力を流して制御を取り戻すと、続けて2つに折られた杖を圧着させ、中ほどへと右手を移す。
タマによる正面からの唐竹に対し、その鎬筋へと杖の握り部分を狂いなく叩きつけ、己の肩のすぐ横を掠らせた。
「あなたに目をつけたのはその危うさを警戒したから。
不安定な存在に迫り、枷を填めるのが私の役目」
攻撃を外したことへの動揺は見せず、タマは右手で持っていた刀を一瞬の内に左手に持ち替え、返す刀で葵の首筋を狙う。
しかしそれは間に差し込まれた杖によって阻まれ、それぞれの得物の見た目からは想像しにくい重い音が響く。
先程と違って葵が斬撃を止められたのは、刃が刺さった部分に杖の核が在る為だ。
年輪の如く積み重なった核は小型ながらも相当の硬度と重量を持ち、且つ杖の中を自在に移動させることが出来る。
振り回すのに都合の良い重心を作り、打撃の瞬間には先端へと配置して威力を増し、耐久性から防御にも活用する。
もっとも、いずれにせよ葵の意識が追い付けば、という条件がつくが。
「多元的な存在、光と闇に区別しないあらゆる魔、魑魅魍魎。その狭間に立って磨き上げる」
ソードブレイカーのように絡め取って体勢を崩さんとしたものの、タマはどういう訳か身体強化をかけた葵の剛力に渡り合っている。
タマが逆に引き寄せようとしている事を察した葵は杖を敢えて劣化、軟化させ、刀を抜かせた。
「だから私は境多摩であり、同時に堺多魔でもあるの」
あたかも弾かれたかのようにお互いが武器を引き、一歩下がった上で安定の為に腰を深く落とし、同時にそれぞれの武器を突き出す。
切っ先と石突。その軍配はタマへと上がり、甲高い音を立てながら杖へと深くめり込んで行ったものの、そこで止まる。
それを見たタマは手を離し、刀が刺さったままの杖へと真上から張り手を繰り出す。
反応できなかった葵ごと引っ張るように杖は地面に叩きつけられ、切っ先と核が内部で衝突していた点を分断するようにへし折られた。
「けれど、あなたは強くなりすぎた。
私と長沼がいれば抑え込める範囲を、もう少しで超えてしまう」
取り戻した刀をタマは地面へ軽く突き立てると、付着していた杖の残骸は薪を割るように左右へとストンと倒れる。
そんな小休止は本当に一瞬で、首や胸といった急所狙いの攻撃を矢継ぎ早に放つ。
経験からすれば致命傷とならない筈なのだが、葵の本能がソレを喰らえばマズいと警鐘を鳴らしているのだ。
しかしそれもタマにとっては『当たればよし』の魅せ技に近いようで、捌く葵の隙を的確に突いて末端を少しずつ削っていく。
彼女の飄々とした性格を体現したかのような剣舞は太刀筋が読みにくく、葵が辛うじて防戦を維持できているのは自身の長杖のリーチ差によるものが大きい。
「……元々、制御が不可能なら討伐も辞さない。その瀬戸際だったのよ。
ギリギリまで引き伸ばしたけど、私に御鉢が回ってきてしまった」
剣ばかりを警戒していた葵を、内部をかき乱すような掌打によって吹き飛ばし、そこでようやくタマは動きを止める。
そして、彼女にしては珍しく……表情に、強く感情を載せていた。
「……来なさい、喬木。貴方の全力、私が受け止めてあげる」
いつの間にか杖に対する侵食の気配は消えており、タマの言う“全力”を出すには申し分ない状況が整っている。
葵が呆然としている間も、呼吸を整えている間も、歯を食いしばってより高濃度の魔力を練り上げ始めた瞬間も。
いずれもタマからは仕掛ける様子はなく、葵の動向をただただ眺め。
突然空間を揺らすような音が轟き、立っていた場所に土煙とクレーターを残して葵が消えていても、正確に現在地──遥か上空へと視線を移す。
高く喬く飛び上がった葵が手にしている杖は大きく形を変貌させており、杖は単なる軸として、その片方の先端の側面には巨大な杭のようなものと、円筒状のパーツが生成されていた。
そこで発された再度の轟音は円筒からの物であり、内部で魔力を炸裂させ空気を押し出して爆発的な推進力を生み出し、葵自身ごと縦回転を始める。
ジェットハンマーやロケットハンマー等と呼ばれるような架空の武器に近い形態で、杭の先端には物理的な重量としても霊的な媒介としても強大な力を持つ核を配置し、それを直接叩き込む事こそが今の葵が出せ得る最大の一撃。
「……」
速度を加えて急降下する葵を見据え、タマは脇構えから更に後方へと刀を回す。
薄刃の剣という、一般的に何かを受け止めるには全くもって向いていない得物ながらもその目に迷いはない。
重力という自然の摂理すら味方に付けた葵に対し、タマは正確無比なる薙を放つ。
杭の先端へと切り込みを入れ、徐々に徐々にと押してゆき、やがて杖全体へとひび割れが走り──
「……!?」
──完全に粉砕した勢いのままに、葵の胴体へと振り抜いた。
葵は地面へと墜落したものの、一切の外傷はなく。
にも関わらず、体には力が入らず立ち上がれない。
這いながらも腕を支えにしてどうにか見上げれば、タマは上空から落ちてきた小さな何かを受け止めると、葵に見せるように手のひらを開く。
そこには一本の純白の爪楊枝のような物体、すなわち葵の武器の核が乗っていた。
「コレ、証として貰っておくわ」
どういう意味での“証”なのかは、葵は聞けず。
そこで、今まで行く末を見守っていた長沼が葵のもとへと歩み寄る。
「……喬木。お前は……触れてはならない領域に足を踏み入れてしまった」
「……」
「だが、お前は悪くないんだ」
「どういう……意味ですか」
「口でどれだけ高潔な事を語ろうと、実際に目の前にそれがあったなら、誰しも飛び込むだろうからな。
まして、お前には予備知識が欠けていた。
その状態で、自分自身で選び行動した。悔やむ必要はない」
具体的な事は語らず、長沼は口を噤む。
解らないことだらけであるが、どこか葵は言いようのない安堵を感じていた。
「……元が先輩方に与えられた物で、それを使うなって言うなら……それが正しいんでしょう」
「……あなたが次に目を覚ました時、そこは多摩市。名前は葵橋。役割はただのモブ。
けれどモブにはモブの幸せが、侵されない権利として存在している」
「……」
「あなたの周りの子たちも、あなた自身も……誰一人、悲しむことはない。
だから安心しなさい」
タマは葵のすぐ近くに立ち、刀を天高く掲げ、そして。
「
■
「チクショオォーッ!!」
怒声が響く。
太眉に無精ヒゲ、そして何より目を引く……と言っても同類が多すぎるせいで相対的に没個性なハゲ頭という相貌の青年は、溜まりに溜まった鬱憤を吐き出した。
「何でだよ! 何でクラスメイトが主人公みたいになってる夢をまた俺が見なきゃいけねーんだよ!
しかも今度はナレーションですらねえしよォ!」
彼の名は
その強面からは想像しにくいがれっきとした高校生であり、葵と同じく府上学園の2年B組に所属する生徒である。
「……うめえなコレ」
「喬木さん。これ、生地はホットケーキミックスですか?」
「ああ、やっぱり分かっちゃう? さすが船堀さん。
便利なのは良いんだけど何作ってもそれの味になっちゃうのがなぁ」
「いえ、チョコの味が立ってて美味しいですよ」
「ビターなやつ使って苦味で誤魔化してる、みたいな部分もあるけどね」
とある日の昼休み、葵は気まぐれに作り学校へと持ってきていたガトーショコラを友人へと披露していた。
予め一口サイズに切り分けたそれに爪楊枝を刺して口に運んでいるのは、部活の同輩でもある風間堅次ともう一人、船堀という名前の女子生徒。
家事全般を得意とする船堀に、葵は強い尊敬の念を抱いており、そんな彼女からのお褒めの言葉を頂いたことで照れ混じりに爪楊枝を手のひらの上で乱回転させる。
「それだ! 喬木君のソレ、夢の中で似たようなの見たぞ!」
「たかだが夢でうるせえなお前……」
「喬木君、やっぱりあの先輩たちと熱いバトルを繰り広げてるんじゃないか!?」
「残念ながらウチはそういうの無いなあ。訓練とかならまだあるけど」
「嘘だ! 生徒会って言ったら選ばれし能力者が集められて夜な夜な闇の軍勢と闘ってるってのが常識だろ!?」
「どこの宇宙の常識だそら」
葵を指差して荒ぶる大濠に、堅次は呆れた声を出す。
堅次たちは昼食の雑談の種として大濠が見たという夢の話を聞いていたのだが、その『葵がタマや長沼に襲われる』などという荒唐無稽な内容故、途中から半分BGMのようにして流していた。
大濠はそれが不満なようで異様なまでに興奮しており、話を聞くまで解放してくれそうにない。
「つーか、タマ先輩が魔法少女ってなんだよ。そもそも魔法少女がどういう意味だ」
「え? 魔法少女つったらあれだろ? 聖なる力を纏って悪と戦う正義の味方」
「
そこで、堅次は船堀へと視線を移す。
「……ふぇ!? か……風間さんはそういうのがお好みですか……?」
「……何言ってんだ?」
大濠から飛び出した妙な単語を聞いた堅次は、夏頃に連続で勃発した事件の経験から思わず船堀を見たのだが、それに気付いた彼女は慌て始める。
頬を染める船堀からの問いに、堅次には困惑の色しか無い。
「……悪と戦うって、喬木がソレってことになんのか?」
「そうだよなぁ……。喬木君はいいやつだし、タマ先輩たちもそんな事するとは思えないしな……」
「大濠くん、タマ先輩の方はともかく長沼先輩も知ってるんだね」
「おうよ! 前生徒会は伝説だし、長沼先輩はよくグミとかウエハースとかくれる優しい人だからな!」
得意げに語る大濠だが、おそらくそのお菓子の数々は汚れの染みないプラ製のカードだとか、銀色の小袋を取り出した後の、どちらがおまけが分からない抜け殻なのだろう。
葵も経験があるからよくわかる。
「ところで、『さかいタマでありさかいタマである』ってどういう意味なんだろうね。
なんで二度も
「さあ? でも夢ってそんなもんだろ?」
「お前がうるせぇから真面目に話聞いてやってるってのに何だその態度……」
すっとぼける大濠に、青筋を起こす堅次。
いつもどおりの光景に葵は薄く笑みを浮かべたが、そこで立ち上がる。
「……じゃ。それの残りあげるけど、早めに食べてね。
特に次の授業はあの厳しい先生だし」
葵はそう言い残して教室を後にし、廊下に備え付けられた手洗い場に向かう。
すぐ近くではなく、なんとなく距離のある場所を選んだ葵はそこで顔を洗い始めた。
「……」
火照った顔と頭が急速に冷やされていく感覚が、心地よく思える。
実際のところ、葵は大濠の夢の話をかなり大真面目に受け取っていた。
特に、タマの方が魔法少女どうこうと言うのは異様なまでに葵の心へと深く突き刺さる。
彼女の規格外の強さがソレ由来だとすると、ある意味で納得できる部分もあるのだが──
「……喬木か。こんなところで珍しいな」
「!」
後ろから名前を呼ばれ、葵は思わず肩を跳ね上げる。
主にその声質のせいで動揺が露骨に顕れた表情を、濡れた顔を拭くという建前でハンカチで隠しつつ振り返れば、そこには長沼が立っていた。
「……どうしたんですか?」
「こっちのセリフだ。お前、やたら激しく顔洗っていたから目立っていたぞ?」
長沼と会話を交わしつつ、葵は髪の毛の一部にも付着した水滴を拭う。
それに気が付かないくらい一心不乱に頭を冷やそうとしていた、ということだ。
「まあ、俺も用が有ったというのもあるがな」
長沼はそう言うと、片手に下げた本が入っていると思われるビニール袋を葵へと差し出す。
「ああ、また。今度はどんなのですか?」
「最近はノン……男女物に偏っていた気がしてな……。その中間だ。
ノーマルもあれば百合もあり。カプ厨精神がフツフツと湧き上がる」
「……」
「挟まってはいけない聖域を見守る感覚が堪らないな!」
相変わらず、一方的に語っている話を聞くに徹しているだけ。
だが、これに葵は変え難い日常性を感じている。
夢は、ただの夢でしか無い。