まちカド木属性   作:ミクマ

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単なる雑談ですよ

「……ここが、せんぱいの学校……」

 

 とある日の放課後、府上学園の校門前。

 門柱に手をかけて上半身を乗り出し、敷地の外から内側を覗き込む少女の姿があった。

 服装はこの学園のものとは異なる学生服であり、そんな彼女があからさまに怪しい行動をとっていながらも、部活などの用事のない生徒の大半はすでに下校を済ませている時間帯であった為、咎める者はこの時点まではいなかった。

 

「話に聞いてたとおり、色々変な雰囲気がするぅ……」

 

 知り合いから事前に得ていた情報から、彼女はここを警戒を要する場所だと認識しているようだ。

 もとより用心深い性格をしており、そこに妙な独自解釈が加わったことにより、なかなか敷居を跨ごうとはせず。

 

「君、どうしたん? うちの高校の子じゃないよなぁ」

 

「ひゅっ……」

 

 とはいえ、それも長くは続かず。

 闖入者の視点では門柱の向こうから突然ぬうっと現れた人物の顔を見て、思わず悲鳴を漏らす。

 

 ■

 

「あれー? 喬木先輩だけ?」

 

(仮)部の部室を足を運んだ葵を出迎えたのは、唯一の一年部員である水上桜。

 いくつかの所要を済ませてから訪れたために、他の面々は既に揃っているだろうと葵は予想していたのだが、それは外れたらしい。

 

「教室出るときに風間君が詰め寄られてるの見たけど……来てないんだ」

 

「まあそういう時もありますよねぇ。二学期の始業式の日もそんな感じでしたし?」

 

 飄々とした様子の桜との雑談を交わし始める葵だが、内心としては少々気まずい部分がある。

 部員としての関わりは相応にあるのだが、一対一での会話をした経験は数えるほどにしかないのだ。

 夏休み以降シャミ子らとたまに連絡を取っているらしい、ということは聞いているが深くは踏み込まず。

 ある一件で彼女の()()を知ってからは、葵のその悪癖に拍車がかかっていた。

 

「水上さんは風間君の所に行かなくていいの?」

 

「う〜ん、今日はいいかな。それよりゲームしません?」

 

 桜はゲームソフトの並んだ棚を漁りながら質問に答え、葵の心情を知ってか知らずか一本のパッケージを取り出す。

 それはいつぞやに堅次と遊んだ経験のある格闘ゲームであり、特に断る理由もない葵は誘いに乗ることにした。

 

「……いや、強くない?」

 

「私天才なんで〜」

 

 愕然としてつぶやく葵。

 このゲームを自身では所持していない分のブランクもあるとはいえ、それだけでは説明のつかない惨敗だった。

 軽くにやけて答える桜だが、それが嫌味には感じないのは普段の彼女の言動故か。

 

「まあそれは半分冗談ですけど、風間先輩とちょくちょく対戦してるんですよ」

 

「風間君と?」

 

「喬木先輩、前にこのゲームで風間先輩の事負かしたらしいじゃないですか。

 それが結構悔しかったみたいで、ほんと負けず嫌いですよね。

 付き合わされる私は大変ですよ〜」

 

 桜は苦言のように語りつつも、その表情は柔らかく。

 いつも一歩引いた所から物事を見ていることの多い彼女だが、その感情を最も強く揺さぶるのはやはり堅次であるらしい。

 

「それなら、早めにリベンジマッチ受けといた方がいいのかな」

 

「……私、人が頑張ってるのを見るのが好きなんですよ」

 

 突然、話の軸がぶれたような感覚に困惑する葵を流し目で眺めながら、何かを考える素振りを見せていた桜は、しばらくの後にその視線をまっすぐとしたものへと切り替えた。

 

「先輩的に心の底から実が入るのは、こっちの方じゃないですよね」

 

「……」

 

「ゲームに限らず、先輩たちをかち合わせるのは楽しそうな気はするんですけどねぇ」

 

「水上さんを楽しませられるかはともかく、勝負ならいつでもできると思うけど」

 

「そうもいかないんですよ」

 

 そこで桜は両腕を交差させつつ前へと伸ばし、手のひらを葵へと向ける妙なポーズを取りながらうなり始める。

 

「先輩、水属性の素養がだんだんと高くなってるじゃないですか」

 

「……うん?」

 

「10月の初めくらいからかな〜。

 時間が経てば経つほど、先輩にとってはモチベーションが低くなると思うんですよね」

 

 どう答えたものかと、沈黙する葵。

 桜の指摘するそれには心当たりしかなく、かと言って正直に答えるわけにも行かず。

 続けて放たれた言葉も冗談のつもりではなく、実際にそうなると確信しているらしい。

 

「ところで服の下の()()、どうするつもりですか? 今は冬服だからいいですけど」

 

「ああ……薄着になってくると間違いなく目立つよね。……ッ!?」

 

 返答に困っていたところへの畳み掛けるような追求に、葵はついうっかり口が滑ってしまった。

 目を見開く姿に桜は薄らに笑いつつも、葵の言葉を待っているらしい。

 

「……気付いてたんだ」

 

「そりゃまあ、()()()()の水には一家言ありますし〜」

 

「一家……」

 

「そこ引っかかっちゃいます? 単なる言葉の綾なのに」

 

 葵が口走ったその単語は、受け取り様によっては相手を怒らせかねないものであるが、桜は気にした様子はなく。

 

「もっと身の上話とかしたほうがいいんですねぇ」

 

「それ聞いてまともな反応返せる自信ないんだけど」

 

「あはは! ……あ、そうだ。

 私みたいな季節物に因んだ名前って、大体はその時期に生まれたから付けられてる訳じゃないですか。

 でも架空のキャラクターとかだと、基本名前のほうが先に決まって、誕生日はオプション的な設定な事が多いですよね」

 

 気が抜ける素振りを隠せずにいる葵に桜は破顔し、その場で思いついたらしい話題を振る。

 事情を知らなければ突飛なように感じるだろうが、彼女にとってはこれを“身の上話”と表現してもあながち間違ってもいないだろう。

 

「それ踏まえた上で、先輩は私の誕生日はいつだと思います?」

 

「……」

 

「当てずっぽうで答えて貰っちゃってもいいのに〜。単なる雑談ですよ?」

 

 苦笑する桜。

 葵はため息を漏らしつつも、確かに深く思いつめすぎることでもないかと考えて口を開こうとしたものの、それを遮る軽い音が響く。

 出どころは部室の入り口の方からで、どうやら誰かがドアをノックしたようだ。

 

「ごめんください……ああ、よかった。おったなあ喬木君」

 

「クッシー先輩?」

 

 引き戸を開ける前に述べられた、関西弁の混じった入室の挨拶。

 その人物は制服を着崩すことなく紺のリボンタイを身につけており、葵や桜の物とは異なる色をしたそれは三年の女生徒である事を示している。

 彼女は名を九段下といい、目的の人物であるらしい葵を見て安堵の声を上げた。

 

「どうかしたんで……」

「せんぱいっ……!」

 

「……しおん」

 

 葵が要件を聞こうと立ち上がったところ、九段下の背後から突然室内へと飛び入ってきた黒い影──小倉しおんに縋り付かれる。

 正体を確認した葵は名を呼び返したものの、しおんは胸に顔を埋めたまま何故か震えて動こうとはしない。

 

「その子校門におってなぁ、東府下とかとも違う見慣れん制服やからどうしたんかなあ思って声かけたんよ。

 そしたら喬木君の名前出したからとりあえず連れてきたんやけど、人違いやなかったみたいやな」

 

「……お疲れ様です。ありがとうございました」

 

「うちの学校緩いから放課後に学外の子来ても強く言われんけど、次は連絡入れてから来るとええよ〜」

 

 校風を考えると、断りを入れずに訪れたとしてもさして咎める者はいなさそうであるが、そこはしおんの性質をある程度察してのものだろう。

 軽い気遣いの言葉を残して九段下は去っていったが、それでもまだしおんは動かず、蚊帳の外で暇そうにしていた桜が口を開く。

 

「ねー先輩、その子()地元で引っ掛けたりしたんですか?」

 

「引っ掛けたって、そんな言い方……」

 

「あんまり強くは否定しないんだ〜」

 

 冷ややかな視線を葵へと向ける桜。

 そこでようやくしおんは葵から離れ、桜の方へと顔を向けた。

 どうやら部室に入ってきた段階では桜が視界に入っておらず、先程の会話で存在を認識したらしく、正眼に据えてなんとも言えぬ表情で見つめている。

 

「はじめまして〜。しおんちゃん? って言ったっけ? 私は──」

 

「……知ってる。水上桜……さん。一年生」

 

「あー、こういう子なんだよ」

 

 葵はしおんの言動にフォローを入れたものの、桜はにこやかな表情を崩さず。

 どちらかといえば驚いているのは葵の方だが、その調査はあまり深いところまでは行っていないと当たりをつける。

 すべてを把握していたとしたら、桜の立場として学年よりも先に挙げられる要素があるだろう。

 

「大切な事忘れてるよ〜。私は水属性なんだ!」

 

()()()か……」

 

「当然ですよねぇ?」

 

「……水属性?」

 

()()()()()()()()()……」

 

 大切な事ならば他にいくらでもあるだろうという考えと、初対面の相手にわざわざ言うことでもないだろうという考えが、葵の中でせめぎ合う。

 アピールなのか威嚇なのか、テーブルの上においてあった水入りのペットボトルを手にして、桜が激しく振っている中、水属性という単語に反応を見せたしおんは怯えるようにして葵の背後へと身を隠した。

 

「どうしたの?」

 

「……せんぱい、知ってるでしょ……? 私、水とか湿気とか苦手ぇ……」

 

「……あぁ」

 

「え〜? でも紙を作るには水がたくさん必要だし、インクにものりにも使ってるから本と水は切っても切り離せないよ?」

 

 葵が納得の声を漏らす中、桜の発したそれを聞いたしおんは明らかな動揺を見せる。

 

「ほ、本……?」

 

「ぱっと見た印象が文学少女っぽかったから言ってみただけだけど、違った?」

 

「……」

 

 桜はニヤニヤとした表情で、心踊るような様子を隠そうともしない一方、しおんは目を丸くして警戒を露わにする。

 おそらくはしおんにとって初めて合うタイプの存在なのだろう。

 

「……しおん。一応聞くけど、何しに来たの?」

 

「せんぱいに会いに来ちゃだめ……?」

 

「わぁすごーい。聞いてるこっちが恥ずかしいくらい」

 

「駄目って訳じゃないけど、連絡くらい入れてくれれば迎えに行ってたのに」

 

 桜に茶化され早まる動悸を抑えつつ、弁解をする葵はしおんの赤く腫れ上がった目元を見る。

 先程震えていたことといいあえて触れはしなかったが、自ら迎えに行っていれば()()なることもなかっただろうと葵は暗に示す。

 

「この学校のこと調べてもみたかったから……」

 

「それでコソコソしてたらクッシー先輩に見つかった、と」

 

「……あの人、こわい」

 

 やっぱり、という納得と、『言ってしまった』という思いからの力が抜けるような感覚。

 九段下という人物は品行方正で運動神経(せんとうりょく)もそれなりに優れ、それでいて面倒見が良いために他の生徒からの人望も篤く、教師陣からの評価も高いという人格者。

 

 ……の、だが。

 彼女は凄まじい強面なのである。

 当然ながら本人にとってはコンプレックスとなっており、『ペットショップ通いが趣味だが大抵威嚇される』だとか、『子供を泣かせることが特技』などという自虐を葵は聞いたことがあった。

 哀愁漂う表情で『何もしてないのにねぇ……』と呟く様が記憶に残っており、今この場に九段下がいなくて良かったと思ってしまう。

 

 とはいえ、カタカタと怯えているしおんを見て、初対面時の印象に関しては正直似たりよったりだったと考えつつも、口には出さない。

 

「とてもいい人だから、嫌わないであげてね。クッシー先輩の事」

 

「……せんぱい。その『クッシー先輩』って、あの人のあだ名でいいんだよね……?」

 

「え? そうだけど……」

 

「あの人のこと、あだ名で呼んでるんだぁ……。へぇ〜……」

 

 しおんはねっとりとした口調で確認をすると、葵の目をまっすぐと見つめる。

 九段下の事を葵がそう呼んでいるのは深い関係にあるという訳ではなく、紹介をした人物が使っていた呼称に倣ったというだけである。

 その仲介人は九段下と同じ学年故に距離感が近いというのはあるが、あだ名で呼んでいる後輩は葵に限ったことではない。

 葵はそんな釈明をすべきかと思考していたが、しおんの瞳の奥からなにか()()()()に射抜かれているような寒気を覚えて小さく息を漏らす。

 

「でもむしろ、しおんちゃんに最初に声かけたのがクッシー先輩で良かったんじゃないかな? 

 この学校不良多いからね〜」

 

「ふ、不良……!」

 

 ピシリと固まるしおん。

 話を聞いてみれば、この部室までしおんを連れて行く最中、複数の不良らしき生徒が深々とした挨拶を九段下へとした上、見慣れない人物であるしおんに反応を見せたらしい。

 とはいえ、“不良”という単語から一般的に危惧されるような自体にはまずならないと言える。

 なにせ制服を着崩す程度のことでさえ、教師を目の前にすれば即座に正すような(へタレ)ばかりなのだ。

 もっとも葵の感覚が麻痺しているだけで、そのような者達から注目をされた際しおんの状態は概ね想像はつくし、そのほうが正常だろう。

 

「先輩はもっとちゃんと、しおんちゃんの事守ってあげた方がいいんじゃないですか? 

 堂々として、関係性アピールするとか〜」

 

「……せんぱいは、()()なんだよね」

 

 どうもここで()()()()()を葵へと定め直したようで、挑発的に口を回す桜。

 そんな行為を容易にできるような性格を葵がしてないとは言うことをとうに把握しているようだが、しおんは異なる反応を見せた。

 普段年上らしくないという屈折した自尊心を密かに抉られつつも、言いたいのはそこではないだろうとも察せる。

 

「先輩って直帰すること多いから、三年生はともかく一年とはあんまり関われないんじゃないですか? 

 思いつくのは高尾先輩の部の子とか……あとは今の生徒会にいる子くらい?」

 

「……そう、なんだ」

 

 小倉しおんという人物は、かつての自分(たにん)とは逆となるポジションを求めている節がある。

 妹分ともまた異なるその立ち位置に収まることで、親しい相手に()()()つつ、自身のアイデンティティへと繋げたいらしい。

 しかし後輩と言う関係性は自然と出来上がってしまうものであり、どうやってしおんに声をかけるべきか葵は悩む。

 

「……先輩後輩って別に学校に限ったものじゃないし、しおんは他の人じゃ代わりになれない事してくれてるから、それじゃだめかな」

 

「せんぱい……」

 

 ひゅう、と桜が鳴らした口笛が響く。

 思考に耽っていた葵はその音で周囲への見当識を取り戻し、ふと目をやった出入り口が僅かに空いていることに気が付き、そこから覗いていた人物と目が合った。

 

「……喬木さん。今日は用事が出来て部活は中止になったので、部室を閉めに来ました」

 

「学校ですることじゃないのよねぇ」

 

「……」

 

 青ざめた顔を覆う葵。

 そっと扉を開けて入室してきたのは部長である柴崎芦花──と、もう一人。

 芦花とは対照的な身長が印象に残る、境多摩その人である。

 

「貴方ねぇ。クッシーが言ってた他所の高校の子って」

 

「初めまして! 柴崎芦花、闇属性ですよ!」

 

「私は見たことあるわねぇ」

 

「タマ先輩、うちの地元来たとき会ってましたっけ……?」

 

「知ってるってだけよ。上の階の屋根裏にいたわよねぇ」

 

「……!?」

 

 周囲をチョロチョロと動き回りながら自己紹介をする芦花に困惑しつつ、その上からの存在感に威圧されていたしおんはついに許容量の限界を超え、声にならない声を上げて卒倒する。

 

「処理落ちでしょうか?」

 

「オーバークロックはやめておきなさい」

 

「うなされてますね〜。アクムーって感じですね」

 

 その場に崩れ落ちそうになり葵に抱えられたしおんは、その聡明な()にこの場が特級の危険地帯であることを深く刻むことになった。

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