電車を待つホームの中。屋根の外ではただ雨が降り続く。しかしどうしよう、雨に濡れたにもかかわらず私は身体も財布も寒い。どうしようかと思いながら自販機を睨みつけつつしゃがんで震えていると女の人の声が聞こえてくる。
「ふー、傘持って来といて正解やったわあ」
ピンク色っぽいような赤っぽいような色の綺麗な髪、可愛らしいリボン。年齢は……私の一つ下かな。二つ下かも。
「ん?どしたん、そんなに縮こまって。しんどいんか?」
声をかけられる。それに対し私は声を震わせながら返事をする。
「いえ、ただ単に雨に濡れてしまって……自販機で温かいものを買うお金もないんですよ」
「ほー、そうなんか……よっしゃちょっと待っとき。温かいもん」
そう言うと彼女は財布を取り出そうとする。
「い、いいですよ!名前も知らない人同士なのにそんなの悪いですよ」
「ええってええって、親切は素直に受け取るもんやで。それに名前お互いに知らんのやったら今から教えたるわ。ウチの名前は琴葉茜やで」
少しポカーンとしてから私も自己紹介をする。
「そ、そういうことでしたら……私は結月ゆかりです。その……」
頬を紅く染めながら自販機と琴葉さんをチラチラと見てしまう。
「ええよええよ、何がええ?」
「では……ブラックコーヒーをお願いします琴葉さん」
「よっしゃ、じゃあウチも同じのにするわ。それと茜でええで?」
そう言いながらブラックコーヒーを二本買い、一本私に渡す。
「茜……さん?」
「茜やでー?」
「では……茜。ありがとうございます。それと私のこともゆかりでいいですよ」
「わかったでゆかり。まあそれにしても次の電車来るまで十分ぐらいあるなあ。ほんま田舎やわあ、それまで喋っとろーか?」
「はい、お願いします……」
茜の暖かなその笑顔。私はみるみるうちに心だけは暖かくなっていく。今頃自販機で売るならそれこそ『あったか〜い』になっているかも。
そうして話していると一つわかったことがある。
「マジで!?ウチもその辺住んでんねん!」
どうやら家はかなりの近くの模様。まあ最寄り駅がここなので当然なのだが。
「はい、そうみたいですね……またどこか遊びに行きませんか?」
「ええで、んじゃ連絡先交換しよか?」
そしてお互いにスマートフォンを取り出すが、致命的なことが。
「あ……嘘、電池が無い……!?」
「あ〜……それならウチの電話番号だけ教えたるわ」
そう言い紙に電話番号、更には住所まで書いて私に渡してくれる。
「住所はサービスやで、気が向いたら来てや?」
「あ、ありがとうございます……!」
「ええんやで、まあせやなあ。電車もうすぐ来てまうなあ。行先はウチの方が遠いなあ、しかもゆかりの行き先には止まらへんやん……もっと話したかってんけどな……ん?」
私は無意識のうちに茜の服の裾を引っ張っていた。
「その……今夜家に来てください。親切の恩返しに私にも晩御飯を御馳走するという親切をさせてください」
そう言いながら紙に住所を書いて茜に渡す。
「……ええんか?ウチが言うのもなんやけど今日知り合ったばっかやで?」
「いいんです……茜だからいいんです」
「ん、わかったわ。じゃあ今夜行くなー?約束するで!」
「はい、約束です」
そう言い、来た電車の中に乗っていく茜。どうしてこんなにも私は茜に心を許しているのだろうか。
その日の夜。
「やっほ、来たで〜」
茜は家に来た。
「どうも、いいですよ入っても」
「あいよ、んじゃお邪魔するで〜」
茜が靴を脱ぐところを何故かじっくりと見てしまう。
「どうしたん?」
「いえ、ご飯はこれから作るのでそこのリビングに入って椅子に座って待っていてください」
「おー、わかったわあ。なんかテレビ見ててもええかー?」
「ええ、いいですよ。お茶も出しておくのでごゆるりと」
そう言ってリビングに案内する。私はそのままキッチンへ。その前に冷蔵庫からお茶を取り出し、食器棚からコップを取り出す。
「にしてもウチが来るまでずっと待っとんたんか〜?」
「ええ、まあ……下ごしらえだけして」
「へ〜、まあええけど?」
やたらと私のことを見つつ顔をにやけさせながら椅子に座る茜。何か言いたげである。
「……なんですか」
「べっつにー?楽しみやなあってだけやで?」
「そうですか、楽しみにしててください」
食材だけなら買い溜めしてあったのでその辺はバッチリ。後は味だけが……
◇
「よし、出来た」
海老フライ、マカロニサラダにネギと豆腐のみそ汁。そして炊きたてのお米。見た目は完璧、マカロニサラダやみそ汁とかは味見もしてバッチリ。
「お待たせしました、茜」
すると茜は目をキラキラと輝かせる。好物でもあったのだろうか?
「海老フライやん!ウチめっちゃこれ好きやねん!」
「ふふ、それは良かったです。さあ、召し上がれ」
ルンルン、なんて効果音が聞こえてきそうなほどウキウキしている茜。可愛らしい、と思う。
茜は礼儀正しく手を合わせて
「ん、ほな!いただきます!」
と、食事を始めた。
まずは海老フライに手を付ける茜。付け合わせのタルタルソースをつけて一口食べる。サクッ、と音が聞こえる。
「ん〜、この海老フライ衣がサクサクで海老はプリプリでめっちゃうまいわ!このタルタルソースもめっちゃうまいけど……」
「ああ、それは私の自作です。そう言って貰えてとっても嬉しいです!」
「やんな!ウチこんな味なかなか食べられへんわ!」
そして次々と手を付けていく。どれも高評価なようで私はとても喜んでいる。その様子を眺めつつ私も箸を進める。
「ん〜、ゆかりもなんかニヤニヤしてんな?」
「そ、そうですか?」
「せやせや、めっちゃ顔にやけとんで?」
むむ。少し恥ずかしい……
「今度は顔が赤くなっとる、可愛ええなあ」
「ちょっ、そんな、照れます!」
かなり恥ずかしい!
「ご飯食べとる時やなかったら襲ってまうとこやわ……なんてな!」
……頭から煙とか、出てないかな。
「ん〜?本気にしてるんか?」
「い、いえ、いえいえいえいえ!別にそんなことは……」
「なーに言い淀んでんの?ウチに教えてみ?」
「……なくも、無いですけど。それ聞いてどうするんですか……」
「そんなつもり無かったけどそんなん言われたらほんまに本気にしてまうで、ゆかり?」
「……えっと、別に茜が相手なら……」
「今日初めて会ったばっかやけど?」
でも。
「あなたはそんな初めて会ったばかりの私に優しくしてくれました。あなたが買ってくれたコーヒーは何よりも美味しかったです」
「そりゃ当然や、困ってるのに見捨てられへんからな」
喉の奥に言葉がある。
「それに、約束通りこちらに来てくれました」
「約束を守らんアホがどこにおんねん、それも当然や」
すぐ、もうすぐ出る。言葉が。
「ご飯を美味しく食べてくれました」
「そらうまかったからな、ウチが今まで食べた中で一番な」
今すぐに言葉を紡いでしまおう。
「それに……一目見た時からあなたのことが気になって仕方ありません」
「……へぇ、実はウチもや。でもゆかりは誰にでもこうするわけやない、よな?」
「ええ、あなたにだけこうしました。他の人なら家にすら入れませんとも」
そう言うと茜は心底嬉しそうに笑う。
「ふふ、せやったら安心やなあ」
「どうしてですか?」
「ウチ嫉妬深いからなあ、誰にでもやってるんやったら狂ってまうところやったわ」
「なるほど……ああ、ちなみに茜も今日みたいに他の人に親切してたりしてるんですか?」
「ん?ゆかりやからしたんやで?小さくなって凍えてもうてまるで小さいうさぎみたいやったからな、さすがにほっとけんかったわ」
「な、なるほど……」
そんな風に見えていたのか私……
「で、ご飯食べ終わったあとはどうするん?」
なんてニヤニヤしながら聞いてくる。深呼吸して息を整えてから答えを口にする。
「……とりあえず、風呂に入りましょう。その後は私の部屋に……」
「それは、合意ってことでええやんな?」
私は静かに頷く。
「ふふ、楽しい夜にしよか……」
今のうちからとてもとても恥ずかしいです……
◇
それから、数ヶ月。
「にしても、ゆかりんさあ……」
「どうしましたか、マキさん」
「ここ数ヶ月かなり明るいよね。彼氏でもできたの?」
「か、彼氏とかでは無いです!」
「へぇ〜?じゃあ好きな人?」
という会話を公園で弦巻マキという友人としている。すると
「あ、ゆかり〜!ここにおったん!」
「茜!」
「ゆかりんが人を呼び捨てにしてる!?」
茜はこちらを見つけて走り寄ってくる。
「ゆかり、この人は?」
「私の友人のマキさんです」
「弦巻マキだよ、あなたは?」
「ウチは琴葉茜、ゆかりの彼女や」
「あっ」
「ふーん……そうなんだゆかりん、いつの間に?」
「ええまあ……」
思わずそっぽを向く。恥ずかしさもあるけれど。
「ゆーかーりーん?そんなビッグニュースなんで私に教えないんだ!」
「いたたたた!?マキさんマキさんちょっとギブギブギブギブ!」
関節技を決められてしまった。わかっていた。大切なことを言わないでいたらいつもこうだ。
「ふーん……仲良さそうやなあ……」
「いてて……ふう……何か言いましたか茜?」
「べっつにー?」
「拗ねてないで教えてくださいよー!」
「ゆかりんは私が狙ってたのにな……」
「もう、マキさんもなんて言いましたか?」
「ん?別に何もー?仲良さそうだなあってね」
この日から何故か茜とマキさんは対抗心を燃やして幾多の勝負事やゲームなどで買ったり負けたりを繰り返している。
しばらくこんな日が続けばいいな、と。私は思ったのだ。
えっと、最後まで読んでくださったでしょうか……?ここまで読んでくださって本当にありがとうございます……!
これを書くに至った経緯は、ふと、ゆかりさんと茜ちゃん書きたいなあって……それだけですが……