プロローグ
「え~とここは何処だ。なんで俺はここにいるんだ?」
けたたましいサイレンがデフォルトのBGMの如く耳を刺激する高度な文明社会の風景。先程までクリスマスイヤーを、トナカイコスの
これは夢か現実か?
これでもかと言わんばかりに握っていたフライドチキンの感触は本物だ。だが、どさくさに紛れた爆乳上司のおっぱいの感触だけはうろ覚え。
くそ! なんて毒づいたところで空いた左手に残るは空虚な胸の感触の残滓。
どんな状況に置いてもお馬鹿の脳内はブレないらしい。それ故に気づくのが遅れた。
雪の降る寒い季節の中で、街頭テレビに表示されている映像でカウントダウンが始まっていることに。
既にこの場では“西暦2025年のクリスマスは終わっている”と言うにも関わらず、“1人空気を読めないサンタコスのお馬鹿が注目されていることに”、クウェンサーは気付かなかった。
それ故に、この国が、オブジェクトを発明し、資本主義同盟となる日本と言う国であるなどこの場に置いて知るよしもなかった。
が、それも周囲が日本語を流暢に話しているのを聞いてしまえば自ずとわかる。
だが、わからないこともある。
「一体ここはどこなんだ・・・・」
真冬の気温にも関わらず額に汗を浮かべながら焦るクウェンサーに、それを教えてくれるものはどこにもいない。
1
クリスマスコスで一人注目を浴びている金髪少年を眺めながら、嵯峨楓は静かに嘆息する。
「また一人送られてきたか」
遠目でも分かる映えるような銀髪に鮮血食の瞳の少年は、白い息を吐きながら、ゆっくりと歩く。
まるで自分だけ世界から弾かれているように、周囲の誰もが視線を彼に向けることはない。
はじめの頃は本当にそこに存在してないかのような錯覚を覚えてしまいそうだったが、それがある種の自分の特殊な能力なのだろうと思うようになっていた。
すれ違い様に大胆に財布を抜いても気付かれず、すれ違い様に足をかけたところで自分が勝手に足をもつれさせたのだと思われる。
一見便利な特殊能力であるが、やはり寂しさを感じてしまうものだ。
今となっては至極どうでもいい悩みだったように思える。
そうして金髪の少年まで十数メートルまで近づいた時、楓は腰の左側に差していた日本刀を抜き放った。
漆黒の柄に漆黒の刀身に、蒼色に輝く刃と言う奇妙な日本刀を。
その一瞬の抜き放ちによる残撃が、衝撃と共に波を放ち空気を切り裂きクウェンサーに迫る。
「てゃああああああああああ!」
ハスキーボイスと共に突如上空から現れた騎士甲冑の存在が、コンクリート地面を陥没させる勢いで着地すると、未だに状況を読めないお馬鹿の首根っこを掴んで自分の背後へ引っ張った。
まるで潰れたヒキガエルのような、情けない声を絞り出したクウェンサーのすぐ後ろでは、一本の剣で残撃の波を切り裂く甲冑騎士の姿があった。
これは何の冗談だ? これは俗に言う映画撮影とか言うやつか?
まさか幼なじみがテレビ局を巻き込んだドッキリでも仕掛けて来たのではなかろうか?
「それでも今の致死間違いないリアルじゃないか! 嫌だ死にたくない! おっぱいまだ揉んでない! いや揉んでないけど感触をこの手に刻むまではカウントされないんだ! 夢なら誰か揉ませてくれおっぱい!」
「ガタガタ卑猥な言葉並べてんじゃねえ!」
騎士甲冑から気前のいい拳骨を食らったクリスマスバージョンのクウェンサーは、涙目を浮かべつつ、落ち着きを取り戻すためにフライドチキンをかじる。
「うぅ。やっぱりこの冷めても美味しいフライドチキンの味は本物だ」
「ったく。変な奴を助けちまったぜ」
呆れる騎士甲冑の人物の兜が、突如メカニカルな変形をして素顔が露になると、クウェンサーは驚きの声を上げた。
「す、凄い! 何そのヘルメット! どういう仕組み!? オブジェクト研究者を目指す俺のエンジニア魂くすぐる一品じゃないか!」
「こら放せ、触るなってどさくさに紛れてどこ触ろうとしてんだよ!」
鎧の隙間に手をねじ込もうと頑張ったクウェンサーだが、あっさりと手首をネジ切れんばかりに曲げられ組伏せられる。
奇しくも助けに入った恩人に組伏せられると言う奇妙な光景を前に、目の前で刀を構えていた楓は興が削がれたように、刃を鞘に収めてしまった。
「・・・・・無害か」
「俺としてはコイツの頭の中身は有害だけどな! てか先走りすぎたマスター」
「ほんの、ほんのたまにだがモードレッドの勘も当たるんだな。覚えておこう」
「おいてめえ。危うく貴重な
あきれ混じりにそう告げたモードレッドは、霊装を解除し組伏せていたクウェンサーの拘束を解いた。
無害認定されて本来喜ばしい筈なのに、お目当ての胸が触れずにがっかり感を醸し出していたが、すぐにモードレッドに首根っこを掴まれそれどころではなくなった。
「どうやら今ので騒ぎになったらしい。お前の格好が格好だけに余計に酷い。ケイサツが来る前に逃げるぜ。いいか楓、合流地点まで先走って暴れんじゃねえぞ!」
「煩いサーヴァントだな。これではどっちがマスター何だかわかりゃしない」
「そう思うなら自重しろよ。本来暴れる役目は俺なんだからな」
言いたいことが山ほどあったが、これ以上長居ができないこともあり、モードレッドはクウェンサーを担ぎ上げ、驚異的な跳躍力でその場を立ち去っていく。
それを見届けた楓は、モードレッド達とは正反対に慌てることなく歩き出す。
誰もが楓の存在に気付かず、先程までモードレッド達がたっていた場所に残るクレーターにばかり注目をしている。
これも見慣れた光景である。
意識しなければ誰も自分の存在に気づかない、まるで空虚な存在。
「本当に俺も・・・・・この世界も何なんだろうな」
そっと呟きながら、空から舞い降りる雪を眺めながら、静かにその場を立ち去るのだった。
※
雪が舞い降りる季節に邂逅を果たしたのは、何もサンタコスのお馬鹿達だけではなかった。まるでこの世界の神がパワーバランスでも量ったかのように、まるで運命的な悪戯を行ったかのように、異界からの来訪者を集わせた。
真っ白な雪原に佇むその姿は、薄汚れた兜と革鎧、鎖帷子を纏い、まるで雪原に浮かぶ黒い染みのよう。
そんな人物を前に透明な何かを握り構える女性は、鋭い眼光を向け整った唇で尋ねた。
「問おう。貴方は私のマスターか?」
緊張を僅かに孕み警戒心の強さを滲ませる声音に、その人物は吹き始める強い風のなか、独特の重たい声音で返す。
「俺は・・・・・
吹きすさぶ雪の中で響いた重厚な声音の後に訪れる沈黙。
まるで時が止まったかのような長さにも思える時間であったが、
「へーっくしょい!」
間の抜けたくしゃみが静寂をぶち壊した。
「う~さみぃ。なんなの? このやりとりなんなの? あんた達誰? 超シリアスな空気を勝手に醸し出してるところ悪いんだけど、トナカイコスのわたくしめに分かるように状況説明してくれませんかね! 俺はヘイヴィア=ウィンチェル上等兵ね! そこの剣士コスの美人さんから自己紹介お願いします!」
自分の姿がこの中で一番場違いであることをよく理解している馬鹿二人組の片割れは、下心丸出しの視線を女性剣士に向けながら尋ねると、
「問おう。貴方は私のマスターか?」
「今時そんなセリフを向けられるとは思ってもいなかったぜ。本国ではご主人様~なんて」
「違うようですね」
「ちょっと何でそこ話を最後まで聞いてくれないんですかね~!」
「ならゴブリンか?」
「俺の全身みてどこにその要素があるんだよ! 今さっき名乗ったじゃねえか!」
「そうか」
「そうだよ!」
「そうか」
まるで不毛なやりとりが極寒の中でのこの状況を前に、ヘイヴィアは己の不運を嘆きつつ叫んだ。
「アラスカよりひでぇぇぇぇぇぇぇぇ」