異世界ヒーロー   作:氷雨蒼空

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第十三話 少年は冒険する

17階層で盛大な地割れが起こる少し前。

ギルドの地下最奥で祈祷を捧げるウラノスに、ローブを纏った人物が現れる。そのフードの下から僅かに覗く白色の造形染みたものは、生物らしさが削げ落ちた、いわば残滓と言えるもの。

 

「フェルズか。良いタイミングきたものだ」

「そう言うということは、私が耳にしたダンジョンの“変質”の噂もやはり本当だったわけか。ならこれにも納得というもの」

薄暗い灯火に浮かぶ神とその手駒は、部屋に広がる湿り気を帯びた空気の中で、水晶に映し出される光景に、ただ無機質な反応を浮かべる。

 

17階層手前の階層主の広間にて現れたゴライアス亜種。

以前18階層に産み落とされた亜種とは別のものは、明らかに異質であることは理解できた。

 

前回はレベル6相当の冒険者がおらず、冒険者達はかなりの苦戦を強いられたが、今回はレベル6相当のサーヴァントがいて苦戦を強いられた。

 

ダンジョンに異変が起きているのは目に見えて明らかだった。

 

「“外からの来訪者”が明らかに原因か、もしくは」

 

フェルズの無機質な言葉に、ウラノスはそっと瞳を閉じる。

 

嘆く不死の鬼神(ラーヴァナ)・・・・・の力をうちに宿した少年か」

「変質したダンジョンにて少年は呑み込まれた。いよいよ救援が必要かと思うがどうするウラノス」

 

フェルズの意見に耳を傾けていたウラノスは、暫くの沈黙の後に、瞼を上げそっと天井を見上げた。

 

「まかせる」

 

ウラノスの言葉を聞き届けたフェルズは、気配を消すかのうようにその場から音もなく立ち消えるのだった。

 

 

 

 

神社の境内。

 

枯れ葉の絨毯がいよいよ紅葉の季節を知らせる節目の時期になると、祖母は実に精力的な活動を始めていた。

 

春の温かな季節には、春の陽気に当てられて変態が現れるなんて言葉を耳にするが、嵯峨家では決まって、秋になれば祖父の集めた春画(エロ本)を燃やす祖母の一大イベントが始まる。

 

もっともこれが例年として毎年続くようになってから、ご近所の主婦達はこぞって旦那の集めたコレクション(ガソリン)を提供するようになったこともあり、地元の妻子持ちの男性にとって悪夢の儀式と評されている。

 

『芋煮会のお知らせ』『秋刀魚祭り』『焼き芋祭り』『資源回収』

 

どれも回覧が回った次の日からは、男達はゴールDロジャーに変貌し、

 

『おれの財宝か? 欲しけりゃくれてやるぜ… 探してみろ この世のすべてをそこに置いてきた』

 

と、挑戦状を叩き付けては子供達の前で公開処刑されてきた。

 

楓の祖父は伝説の春画蒐集家(ビブリオマニア)として有名であったが、よく境内で楓に語っていたことがある。

 

『この世には様々な神秘が存在し、それら全てを見て回ることは不可能じゃろう。それは世界中の様々な美女(おなご)と出逢うことと同じくらい大変なことじゃ』

 

『冒険とはすなわち美女と出逢うこと他ならない』

 

『出逢いとはすなわち男のロマン』

 

『探せ楓。ワシは嵯峨財閥の経済力を駆使し、春画の眠る神秘(グランドライン)に宝を置いてきた。 欲しけりゃくれてやる… 探してみよ。 この世のすべてをそこに置いてきた』

 

『そして授けよう。嵯峨飛燕流装武術の秘奥義、無限の春画精製(アンリミテッドビブリオワークス)をな』

 

『いらない』

 

幼子ながら祖父の変態さ加減に辟易するほど、祖父がアホであることを理解していた楓は、祖父の悪趣味に染まることなく成長していた。

 

少なくとも祖母の行う秋の一大イベントを楽しみだった。

 

境内で集めた枯れ葉に投下されるエロ本(ガソリン)が燃えるのが好きだった。

 

幼馴染みの女の子と焚き火を一緒に囲むのが好きだった。

 

そんな細やかな日常が幸せだった。

 

 

 

 

 

「起きたみたいね」

 

うっすらと目を開けると、薄暗い空洞の中を照す焚き火に、退屈そうに薪をくべるフランチェスカだった。

 

「なんで」

「助けたわけじゃないわ。そこの馬鹿サーヴァントが落ちた先で勝手にあんたを拾ったのよ」

 

空洞の入り口で番をしていたランサーが、まるで困ったように頭を掻いている。

「ったく。そう言うことにしておくぜマスター。本当、俺って毎度こんなんばっかだな」

 

「何よ?」

「何でもございませんよマスター殿」

諦めにもにた自棄っぱちな返答を返し、ランサーは姿を消す。

 

「ありがとう」

「は? 馬鹿じゃないの。それより自分の心配したら? アンタの仲間も落ちたみたいじゃない」

 

フランチェスカにそう言われ、モードレッドとクウェンサーも地割れに巻き込まれたことを思い出す。

 

「今はまだ大丈夫だ。リンクは切れていない」

 

霊的な繋がりがまだある以上、モードレッドは生きている。

 

そう感じた楓はゆっくりと起き上がろうとしてふらついた。

 

「あんた霊力が空よ。あのサーヴァントを助ける為に過剰放出(オーバロード)したのよ。だから今現在アンタのサーヴァントは魔力霊力共に供給を受けられないわ。そして」

 

フランチェスカは楓に近づくと、楓の着ている上着のタートルネックを捲って、その部位を鏡で楓に見せる。

 

薄気味悪い漆黒の紋様が楓の首筋にまで及んでいるのが見えた。

 

「私はあんたを助けたわけじゃない。あんたが今の状態で死ねば封印は解放される。今死なれたら困るのよ。だからその封印を私に移しなさい」

 

フランチェスカは端的にそう告げる。

 

「断る」

 

即答する楓に、フランチェスカは勢いよく馬乗りになり、その胸ぐらを掴んだ。

 

「そう言うと思ったわ。別にこっちはお願いしてるわけじゃない。封印の依り代だって誰にでもなれるわけじゃない。私がアンタの許嫁だった理由も、私がいざというときの代替であることは理解してた筈よ」

 

フランチェスカの強気な姿勢に、それでも楓は首を縦に振ることはなかった。暫くの間みつめあう二人。

 

「どうでもいいが、おっ始めるなら俺は席を外そうか?」

 

ランサーが二人の側に姿を現しそう告げると、フランチェスカはふと自分の今の状況を改めて見直す。

 

馬乗りになって楓の胸ぐらを掴んだせいで、楓の上着が捲れて腹筋の割れた腹が見えているのと、楓のズボンのベルトが落下の際に壊れたのか外れていること、ズボンがそのせいで半脱ぎ状態になっていることなど、客観的にみれぱ、確かに情事に見えなくもない。

 

 

「・・・・なんでズボンが脱げそうになってんのよ! 馬鹿! 変態!」

 

理不尽なビンタが楓の顔面に襲いかかるのだった。

 

 

 

 

クリーンな戦争に様変わりした時代で、数々のオブジェクトと戦ってきたクウェンサーにとって、地割れに巻き込まれて落ちると言う体験は初めてだった。

 

幸運なことは、落ちる際にモードレッドがクウェンサーのかばってくれたことと、世界一運が無い女神様が側にいなかったことだろう。

 

「これでアクアが側にいたら助かってないだろうな」

 

自嘲気味に笑いながら、自分の前を歩くモードレッドの背中を眺める。

ミリンダと同じくらいの身長である彼女を見て、パッと見では力強さは感じられない。

こんな小さな体の何処に怪物と戦う力があるのか?

 

「不思議だ」

 

「あん?」

 

「ちょっと鎧を脱いでよく見せてくれないか?」

「今お前が怪我人じゃなかったら容赦なくそこの崖から落としてる所だ」

 

「それ怪我してなくても止めて! ピンピンしてても絶対死ぬから!」

 

上層を目指して歩く迷宮のような通路。登り道であるものの、必ずしもこの道が上層へと続いてるかどうかなんてわからない。

 

それでも歩かなければわからない。

 

かろうじて無事だった端末でマッピングしながら、クウェンサーは必死になってモードレッドについて歩く。

 

「くそ。魔物がうじゃうじゃいやがる」

 

幾つかのアップダウンを経験してそろそろ息が上がりかけてきた頃、非情にもモードレッドの口から絶望的な言葉を告げられ、クウェンサーはその場にしゃがみこんで頭を抱えた。

 

「ここまで来て魔物の群れかよ!」

円形に広がった岩場の大地には、そこかしこにミノタウロスを始め、上層では見られなかった魔物達がひしめいていた。

 

「クウェンサー。ハンドアックスはどれくらいある」

 

「え~と、1日に15キロほどまでなら使えるみたい。あくまで体感の重さだけど。まああれだけの魔物を吹き飛ばせるかわかんないけど」

 

「吹き飛ばせなくていい。さぁてこのど真ん中を突っ切る。俺が指定した場所に設置して指示通り起爆しろ」

 

「OK」

 

クラレントを片手に構えたモードレッドが、クウェンサーを担いで走り出す。

 

驚異的な跳躍力で魔物の頭上を飛び越え、時にはその頭部を踏みつけてはクラレントではね飛ばす。

 

そうして橋のように繋がった一本道に差し掛かり、

 

「ここを破壊する設置しろ!」

 

「了解だ」

 

追いすがる魔物達を斬り払い、クウェンサーがハンドアックスを設置するまでの時間を稼いでいると、前方からも魔物達が現れ始める。

 

「マジかよ! モードレッド! 急げ! 前方からも迫ってきたぞ」

 

「クウェンサー! 射線をあけろおおおお」

 

モードレッドの叫びに咄嗟に脇に逸れると、

 

 

「クラレントオオオオオオオオブラッドアーサアアアアアアアアア!!」

 

 

膨大な光が前方の魔物達を呑み込んで消し飛ばし、設置されたハンドアックスを起爆させる。

 

 

「モードレッド! 急いで掴まれ!」

 

崩れる地面の中でクウェンサーが咄嗟に手を差しのべるも、モードレッドはその手を掴むことなく跳躍して魔物達が集まる反対側へと飛び移る。

 

 

「嘘だろ」

 

「ここで食い止めねえと、ダンジョンが再生した時にこいつらが追い付いてくる。いけクウェンサー!」

 

「ふざけんな! お前を置いていけるかよ! 楓に会わせる顔がないだろ!」

 

半泣きの声で叫ぶクウェンサーに、モードレッドほ肩にクラレントを担いで笑みを浮かべる。

 

「生き残れクウェンサー! 俺はとっくに過去の存在なんだ。でもお前は違う! 英雄(ヒーロー)になれ。そんで」

 

 

モードレッドは魔物の群れの中へと突っ込む。

 

───てめぇが一端の英雄になった時、また会おうぜ───

 

 

「う、モードレッドの」

 

 

その背中が魔物群れによって見えなくなった時、クウェンサーは走り出す。

 

自分の無力さをバネに、それでも自分の出来ることを探しながら。

 

かつてベル=クラネルという友人の“冒険譚”を聞いたとき、自分にはどこか遠い国の話に思えていた。

 

だが今まさに迫られた選択肢を前に、クウェンサーは決めたのだ。

 

臆病さも慎重さも捨て、今まで数々の強大な運命(オブジェクト)に抗ってきたことを思いだし、

 

 

「モードレッドの馬鹿やろおおおおおおお!」

 

 

クウェンサーは冒険する。

 

 

ひたすら駆け抜け、極限の中で研ぎ澄まされたクウェンサーの神経は、すり減ることを忘れたかのように頭をさえさせた。

 

「まともにぶつけたんじゃ倒せない。でも指向性ならどうだ!」

グラム単価がプラチナより高い爆薬を、手の中で捏ねながら信管を差すと同時に、強化種であろう巨大な岩鎧を纏ったミノタウロスの股ぐらをスライディングし、その脚へと取り付け潜り抜けると、クウェンサーは振り替えることなく走り出す。

 

スイッチを押すと、後方ではを起点に群がるデッドリーホーネット等の魔物を巻き込んで、盛大な爆発が起こっていた。

 

これがクウェンサーの冒険(たたかい)で、クウェンサーらしい決断(ぼうけん)だった。

 

「待ってろよモーちゃん。今すぐそっちに行ってその尻を叩いてやる! 脇の下であれこれしてもらうだけじゃすまないからな!」

 

カッコいいシチュエーションを台無しにするのは、相棒共々クウェンサーの十八番である。

それ故に、5体の岩鎧を纏ったミノタウロスが隊列組んで前に現れた時には、

 

「ちょっと調子にのり過ぎましたかね?」

 

なんておどけて許しを乞うなんてみっともないこともやってしまう。

 

もっともそれで見逃して貰ったことなど、人生において一つもない。

 

「マジでどうする。考えろ」

 

頭の中でハンドアックスの残量を計算しながら、今だモードレッドまでの距離があるであろう回り道の距離を計算しながら、さらに視線で周囲を確認する。

 

そして導き出された答え。

 

「ヤバいどうしよう! 俺絶対絶命じゃないか!」

 

 

背後に迫るデッドリーホーネット。一般的な冒険者でも一人では突破不可能な布陣を前に、クウェンサーは片膝を付く。

 

「それでもヘイヴィアなら考えるよな」

 

今だ消えない心の炎に薪をくべ、もう一度立ち上がる。

 

 

 

「どうやら生きてるようね」

 

 

背後に群がり始めたデッドリーホーネット達が突如、蒼炎に呑まれ灰となる。

 

「ただの人間の割りに中々やるじゃねえか小僧。気に入ったぜ」

 

岩鎧を纏ったミノタウロスの装甲を、軽々と大槍が貫いてコアを破壊し、その素早い突きがいとも容易く強化種のミノタウロスの群を殲滅する。

 

「お前達は」

「故あって一時休戦中さ」

 

そう言って大槍を構えるランサーに、クウェンサーが慌てて掴み掛かる。

 

「急がないと! モードレッドが!」

 

焦るクウェンサーに対し、フランチェスカがその後頭部を叩く。

 

「落ち着きな。あのセイバーなら大丈夫」

 

 

そう告げてフランチェスカは、モードレッドのいるであろう方角にそっと視線を向けた。

 

(私の時は間に合わなかった・・・・・・今度こそまにあいなさいよ馬鹿)

 

 

 

 

 

本来中層前半の界で起こることの無い異変。殺戮の闘技場(アリーナ)が出現したことは、後にギルドにもたらされた情報によって冒険者達は知ることとなる。

 

37階層のコロシアムのように、強化種が無限に涌き出るそれは、霊力が殆ど残っていないモードレッドにとって、ある意味過酷な戦いと言えた。

身体能力が高いと言っても、それはマスターから供給される魔力や霊力があって維持されるもの。

 

「くそが!」

 

もはや負った傷の修復もままならず、クラレントをひたすら振り回すことも難しくなってきた所で、強化種ミノタウロスの豪腕がモードレッドの霊装鎧へ叩き付けられる。

 

 

(しまらねぇなあ・・・・・・マスター・・・)

 

「お前ともっと旅したかったぜ・・・・」

 

先が見えない天井に向け、そっと手を伸ばす。

 

 

「モードレッドオオオオオオオオ」

 

聞こえる筈のない声を耳にして、モードレッドは僅かに首を傾けると、視線の先ではバッタバッタと斬り払われていく魔物達の姿が見えた。

 

「マスター・・・-なのか?」

 

魔物達が向かってくる敵に対し反応し、迎撃体制に移行するも、数の暴力を圧倒的に無視した勢いに次第に魔物達の勢いは押されていく。

 

 

かつて戦国乱世にしれ渡った嵯峨飛燕流は、数々の戦場で多くの兵士達を想定した多対戦闘の技術。

それ故に一対百のキルレシオという驚異的な殺しの技術は、近代化が進むと更に海外から戦闘技術と知識が積極的に取り入れられ、その技単体では対人戦闘で最強とまでされてあた。

 

 

例えそれが魔物相手だとしても、戦いの中で瞬時に相手の特徴を瞬時に把握し、最適化された戦闘をこなす嵯峨飛燕流の前に敵ではない。

 

例え頑強な体を持っていようが、目や口の中は鍛えられないように、必ず存在する弱い部分を積極的に狙い、動きを封じた所で筋力が弛緩した一瞬を狙って首の骨や腕、足などを壊しに行く。

 

「迎えに来た」

 

「随分と遅かったじゃねぇか・・・って何で顔腫れてんだよ」

 

「時に理不尽なこともある」

 

意味不明だと苦笑するモードレッドは、歩み寄ろうとしてバランスを崩して楓に抱き抱えられるように倒れた。

 

強く抱き締められたことに、

 

 

「こんな時に不謹慎かもしんねえけど・・・・・・これも悪くねぇな」

 

 

ふと無意識にそんな言葉を口にしていた。

 


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