巨大なキノコ雲。それはこの世界に長く存在していたヘルメスにとって、初めてみるものだったかもしれない。
オラリオの街の高台から見渡していたヘルメスは、微少を浮かべながら沸き起こる高鳴りに微少を高笑いに変えた。
「いいぞ! この世界の異変に我々オラリオの神さえ巻き込んだか異界の鬼神。だが俺はそれすらも利用する」
「クックック。神が神を利用ねぇ。まさか俺が巻き込まれるとは」
ヘルメスの背後に控える数人の人物達。
その中の一人である人物が、白衣をはためかせて含み笑いを浮かべた。
「頼むよスラッダー=ハニーサックル。ヘルメスファミリアの私財を分け与えたんだ。有用な結果を残してくれたまえ」
「勿論だ。この世界でまさか未知のオブジェクトを開発出来るとはな。そしてクウェンサー=バーボタージュがいる」
「そう。そしてベル=クラネルもいる。ただ二人の
「いいのう。この世界という大舞台で余の華々しい活躍を見せつけてくれよう」
「ふふふ。異界でかつて暴君と呼ばれたセイバー。君には“あの少年”を見定めて欲しい。後は約束通り好きにしていい」
「ふ。それも余の好き勝手に含まれる内容じゃの。それでは行くとするでな」
気配なくその場から姿を消す深紅のドレスの少女。その姿を見送ることなくヘルメスは帽子を目深に被り直す。
(ベル君。この変容した世界の中では様々な悲劇が怒るだろう。だが君は英雄の一人として立ち向かわなくてはならない。“あの少年”が運命をどう受け入れるか君にもかかっている・・・・・・アルテミスの時と同様に過酷なことを任せることになってしまったな)
※
「「「「かんぱーーーーーーい!」」」」
多くの冒険者達で賑わう酒場“豊穣の女主人”
手慣れた様子で客達の間を縫うように給仕していくウェイトレスや、喧嘩一秒笑い十秒という格言は誰の言葉か、それだけ笑い声の絶えない陽気な酒場と言えた。
時に冒険譚や自慢話が飛び交い、男達の腕自慢が時折間を挟み、飽きればどこぞの女の魅力が語らわれる。
それが酒場であり、冒険者の憩いの場所だ。
「圧倒されるなぁ。でも料理が旨い! チキンだけじゃなくカエル肉がこんなに旨いならフローレイティアさんにも食べさせて見たかったなぁ。お姫様は食べるかわからないけど」
「食いながら話すんじゃねえよ。誰もとらねえから落ち着いて食えってんだ」
ウェイトレスが運んできた酒を呑みながら、モードレッドがクウェンサーの頭をわしゃわしゃ撫で付ける中、それを見ていたベルは楽しそうに笑みを浮かべた。
「あははは仲が良いんですね」
「良かねえ。だが短い間でも背中預けあった仲だ。少しは信頼してるさ。まぁあの粘土みたいな爆弾、ハンドアックスだっけ? あれ使うだけしか取り柄がねぇモヤシだけどな」
「酷い! 俺だって冷静に状況分析して戦ってるじゃないか! あのウネウネした黒いものだって!」
「はいはいわーったよ。クウェンサーちゃんよく出来ました」
結局クウェンサーは力でも言葉でもモードレッドに勝てなかったが、客観的に見ればベルにとって二人は生きぴったりに見えた。
ただ不思議なのは、この場においてまるで取り残されたように、静かな雰囲気を纏っている楓だった。
時折冒険者達は物珍しい格好のモードレッドやクウェンサーに話しかけても、楓だけは決して話しかけられない。
まるで誰も存在に気づいてないかのように。
ウェイトレスも楓に注文の為に話しかけられなければ言葉を交わさないくらい、どこか風景に違和感を感じさせるほどだった。
本人が意識しなければ誰も気づかない存在。
それはまるで自分から望まない限り、極力避けているかのような節がある。
「あ、あのぅ・・・・お食事どうですか?」
思い切って話しかけたベルに、楓は僅かに首を上げ、目の前に置かれた皿を見つめる。
「ここの料理は旨いな」
「ですよね! ミア母さんの料理は美味しいんですよ!」
「あれぇ? ミア母さんの料理“も”ですよね? ベルさん」
ひょっこりベルの背後から顔を覗かせるシルに、ベルは滝のような汗を流してこくこく頷く。
「そうです! シルさんの料理も美味しいんですよ!」
「うふふふ。ベルさんからのリクエストが入ったので、今から腕によりをかけて作って来ちゃいますね♪」
自ら地雷を踏んだ哀れなウサギに対し、
「頑張れよ」
「ドンマイベル」
「まぁ、誰かが向こう側で手招きしても川は渡るな」
モードレッドにクウェンサーと楓。
三人とも他人事のようにベルを哀れむが、地雷とは盛大に周囲を捲き込んで爆発するもの。
「それじゃあ皆さんの分も用意するので待っててくださいね」
他三名の殉職予定者が決定したのだった。
「お! 既に始まってたか。わりぃわりぃ遅くなって」
「ベル様~! お待たせしました」
「ベル殿遅くなって申し訳ございません」
「遅くなりました」
ベルと同じヘスティアファミリアの面々であるヴェルフ、リリルカ、命、春姫の四人が姿を表すと、空いている席へと促されて着席する。
「べーるーくーん!」
そして満を持して黒髪ツインテールの少女が着飾った姿で皆の前に登場し、早々にベルへと抱きついた。
「わぁ神様! ちょ、皆さん見てる前で」
「そうですよヘスティア様! はしたないです」
「うるさい! サポーター君! 主神が子供に抱きついて何が悪いのさ! そう言うわけで、“僕のベル君”と仲良くなってくれてありがとね」
「おい。なんか俺ガン見されてんだけど」
「ヘスティア様がすみません。ヘスティア様はベル様に近づく女性に手当たり次第警戒する方なんです」
モードレッドの隣に座ったリリルカが、申し訳なさそうに耳打ちをすると、種が割れて納得したのかモードレッドはつまらなそうに嘆息する。
「安心しろよ。俺はそう言う色恋に興味ねぇ。特に俺は俺より弱いやつにきょうみはねぇよ」
「なぬぅ! うちのベル君だって強いんだぞ!」
「おいマジで面倒くせぇぞ。どうすんだよ」
「大丈夫ですよ。ヘスティア様はお酒に弱いので、暫く放っておけば」
そんな助言にもならなそうな助言をするリリルカ。
「お! 今日も繁盛しとんなぁ。ミア母さんきたでー・・・・ドちびがいる! 何しにきてんねん! ここはお子様が来るところやないで」
丁度ロキがファミリアの子供達を連れて店に入ってくるなり、めざとく見つけたヘスティアに喧嘩をふっかけ始める。
「これはこれは、貧相な胸のロキじゃないか。知ってるかい? 胸は母性の象徴なんだよ。いくら身長あっても胸がないんじゃあ母性もへったくれもないよね」
「この胸だけしか取り柄がないドちびがぁぁぁ」
「なにぉ! ふん。いい加減その貧相な胸を張ふのはよひへふへほひは」
ロキにほっぺたを掴まれながらもこれでもかと言わんばかりに言葉で応酬するヘスティア。
もはや名物なのか冒険者達はふたりのやり取りで賭けを始め、互いのファミリアの子供達は関わることもなく互いのテーブル席でさっさと料理を注文していく。
そんなファミリアの中で、ベルはロキファミリアのテーブル席へと視線を向けていた。
アイズ=ヴァレンシュタイン。
ベルにとって憧れの存在である少女もまた、ベルに僅かに視線を向けると、ベルはそれに気づいて赤面しうつ向いた。
「ベル、もしかしてあの子のこと好きになの?」
クウェンサーがベルの脇腹を小突くと、意外にもふにゃりとした態度で照れ笑いを浮かべる。
「あははは。一方的に憧れてるだけなんですけどね」
「うんうん。わかるよ。憧れるっていいよねぇ。俺もさ、所属してる大体に美人はいるけど俺なんかが相手してもらえるような存在じゃないから」
きっとヘイヴィアが聞いたら、迷わず裏へ引っ張って行く事案発生レベルの発言であるのだが、本人は全く気付いていない。
最も無自覚な点について、クウェンサーとベルは似ているのだろう。
周囲を眺めていた楓たがらこそ、親切心と言う訳ではないが、この場の“一部の女性”の空気がおかしくなっていることと、その“台風の目”が何であるのかわかったということから、当事者へ告げることができたのかもしれない。
「どうでもいいが・・・・・・」
楓はベルにわかるように視線で周囲を指すと、ヘスティアを始め命以外のパーティーメンバーの女性陣が不機嫌な顔でベルを見ていた。
「べーるーくーんー」
「ベル様~」
「ベル様・・・・」
「え、えと、何で皆怒ってるのかな~」
ベル=クラネル。例えレベル4になっても女心に対するスキルは全く備わっていなかった。
※
オラリオの街から南東に十数キロほど離れた“歪な地”。
本来であればこの地がどういった地形でどのような場所であったかなど、オラリオの地の住民でさえ知らないことだろう。
いや、知っていたのかもしれないが、その様な些末なことは恐らくこの世界に関わる元凶にとってどうとでもなるのかもしれない。
だからこそ、自分達がここで何をしようが誰も気づくこともないのかもしれない。
「細かいことは何にしても、ヘルメスからの遣いがやっていいってさ」
赤が印象的なタートルネックの衣服を纏ったツインテールの黒髪の少女は、声高らかに叫ぶ。
「了解だ。こいつを起動させれば盛大な狼煙になるわけだ」
深紅の衣装に身を包み、夜風に銀色の髪を靡かせた男は背後の巨大な建造物を見上げると、微少を浮かべ呟く。
「醜悪だな。こんなものを使って“正義のヒーロー”か。これでは“あの男に”笑われるな」
「どうしたのよ?」
「何でもない。それよりいいのか?」
「なにがよ」
「神ヘルメスとやらの策謀は、正直君のやり方に反しているように思えるのだが」
そんな問いかけに、少女はくすりと笑う。
「珍しいわねアンタが私の心配? でも大丈夫。確かに気にくわないわ。街の住民を捲き込むやり方はいただけないけど、私達がそうならないように軌道修正すればいいだけのことよ。目標はただ一つ」
いつの時もブレない自分のマスターの言葉に、吹っ切れたような笑みを浮かべ、男は“白”と“黒”の刀剣を顕現する。
「嵯峨楓の討滅」
静かな声音でそう呟いた男は、少女と共にオラリオの街へ向けて駆け出す。
月明かりが浮かぶ宵闇に、揺れる草花をモニターごしに無機質な瞳で眺めていた少女は、出撃を果たす二人を見送った人物のことなど気にも止めず、ただシートにもたれ掛かったまま、小さな声音でそっと呟く。
「待っててねクウェンサー。今助けるよ」
※
酒場の賑やかな空気もいよいよ終息へと向かおうとしていた頃だった。
少し離れたヘスティア達の席では、楓達が初めてダンジョンに潜った話で盛り上がるなか、ロキ達のテーブルでは次の遠征についてのちょっとした話題が出始めていた。
「ベート」
ただ一人話を上の空のように聞いていた男に、団長のフィン=ディムナが声をかける。
「ち」
何やら落ち着かない様子のベートは立ち上がり、一度ヘスティアファミリアへ視線を向けると何も言わずに店を出ていっていしまった。
「ありゃお隣さんに刺激されたね」
「だね」
ティオナとティオネが揃ってそう告げると、フィン小さく嘆息する。
「ダンジョンかな」
「だろうな」
「若いのう」
フィンに相槌を向けるリベリアとガレスの隣で、アイズはふとテーブル席にいるベルとは違う雰囲気の、同じ銀髪の少年へと私選を向けていた。
(あの人・・・・・・・強い)
オラリオの酒場の喧騒が街に響き渡る時刻もとうに過ぎ、満月の光が雲間から覗き始めたころ、小さな塊がとてとてと街中をうろついていた。
冷え込む空気に耐えきれず、道で拾った布を羽織っただけの薄手のワンピース姿の小さな子供は、街を行き交う中でとある人物を目にすると、まるで反射神経の如くその人物へと真っ直ぐ走っていく。
「くそが。加護なしでダンジョンだぁ。ふざけやがって」
ポケットに手を突っ込んで歩くベートは、どこかやさぐれた様に見えるせいか、知っているものでも話しかけるのは難しい。
にも関わらず、そんなベートのズボンを掴む勇者がいた。
「あん?」
イラついた様子で見下ろすと、そこにはアホ毛をひょこひょこさせた小さな子供が立っていた。
「似ている人を発見! ってミサカはミサカはナンパのみたいに勇気を出して声をかけてみたり! ちょっとした上目遣いに見上げてみたりして」
(なんだこのガキ)
どこかの迷子かと周囲を見渡してみるが、どこにも保護者らしき者の姿はない。
面倒ごとに関わるのは御免だとばかりに無視しして歩き始めると、少女はとてとてとついてきてやたらと話しかけてくる。
「こんなに可愛い女の子が話しかけてるのに無視するなんて最低! ってミサカはミサカは口を尖らせて起こってみたり!」
「うっせぇな。消えろって」
瞬間、少女の足元に不穏な気配を感じ、とっさにベートは少女を抱き抱えて跳躍する。
すると、先程まで少女がいた場所に漆黒色の触手のような無数の手が現れていた。
「なんなんだ?」
「間一髪のところ助けてくれてありがとう。ってミサカはミサカはこれまた色気のある声でお礼を言ってみたり!」
「うるせぇガキだ。少し黙ってろ。舌噛むぞ」
驚異的な跳躍力で屋根伝いに走っていくと、触手もまて地面を伝いベート達をしつこく追尾してくる。
(狙いはこのガキかよ。このガキはいったいなんだってんだ)
「ちなみにあれが何かはわからないって、ミサカはミサカは首を傾げてみたり」
「ああそうかよ。くそ! 厄介なことに巻き込みやがって。面倒くせぇからぶっ倒す!」
少女を抱えたままのベートは、自分の足に装着された二等級装備、フロスヴィルトによる蹴りを叩き込む。
「な! くそが!」
まるで弾かれるような衝撃の反射に、とっさの判断でベートはその勢いを利用して後方へと飛び退いた。
このまま連続攻撃をしようものなら、間違いなくあの無数の手に掴まっていたことだろう。
レベル6へ到達したベートの攻撃を楽々と弾いた謎の存在に、流石のベートも内心で心が踊りそうになっていた。
「直感的に感じてはいたが、まさかここまで面倒とはよぅ。だが」
ベートは先の店でのことを思い出す。世の中には加護なしでダンジョンに挑み難なく生きて帰ってきた奴もいる。
自分の力の高みが一体どこにあるかなんてわかりゃしねぇ。
だが、それでもまだまだ未知の領域が存在することだけは確かだと、ベートはこの時確信し、傍らにいる少女へと視線を落とす。
「感謝するぜガキ。邪魔だから離れてろ」
そう言ってベートは一歩前に出る。
【
満月の夜だからこそ発揮できるベートのスキルが、ベートを戦闘超特化型のスタイルへと変貌させる。
獣人特有の固有スキルのそれは満月の夜にだけ発揮できる。
亜音速を越える速度で迫ったベートの一撃に、漆黒の触手は反射的に防御体勢をとるも、硬化のタイミングがズレたせいか、攻撃を弾くことが出来ずにあっさりと吹き飛ばされていた。
「おせぇよ! はっはっは! こいつは相手の動きに合わせて体表を硬化させてんのか! かてぇまんまじゃ柔軟に動け寝ぇ門な!」
あっさりとからくりを看破してしまえば、ベートにとってどうと言うこともなかった。
状況を覆された触手は防戦一方を強いられ、このまま決着が着くかと思われた。
「成る程。ウールヴヘジン。確かに厄介な能力であるが」
「あん?」
突如民家の屋根の上から聞こえた声に振り替えると、そこには見知らぬ白衣の男が立っていた。
「誰だお前」
「スラッダー=ハニーサックル。そう身構えなくても俺は君にとって雑魚だ。何せ設計士が専門でね。荒事は全部人任せなのさ」
「気に食わねぇなぁ。それでガキ相手にこんな怪物けしかけんのか」
「なんとでも捉えてくれ。その
「なら黒幕潰せばいいだけだろ。死んどけ」
石畳の地面を陥没させ、盛大な跳躍力を見せたベート。
「言ったろ? “荒事は他人に任せている”とな」
直後、ベートの背中に鈍痛にも似た強力な衝撃が叩き付けれる。
「ぐは!」
そのままの勢いで地面へと叩き落とされたベートに、ラストオーダーが走りよってくる。
「大丈夫! しっかりしてとミサカはミサカは泣きそうになって心配してみたり」
「うっせぇな・・・・・そんなことしてる暇があったら逃げやがれ。時間は稼いでやる」
レベル6。
思えばオラリオにはかつてレベル9まで存在していたが、その最強のファミリアが消滅して以来、その高みの力を知るものはほとんど皆無と言ってよかった。
それ故にレベル6という数少ないこの街の高みのランクに上がってから、強さのなんたるかを見失っていたことを、ベートは忘れていた気がした。
フレイアファミリアのレベル7でさえ強いと頭でわかっていても、自分が心のどこかでレベル6の強者という自負が抜けなかった。
それ故にこのざまだ。
「紹介しようオラリオの冒険者。こいつがオラリオの神々の加護システムをある程度解析して造り上げた
両目を眼帯で覆った長い髪の女性は、幾つもの鎖を解き放ちベートへと襲いかかる。
が、それは途中で猛烈な空中爆発によって阻まれる。
その様子にスラッダー=ハニーサックルは、まるで待ちかねたような笑みを浮かべ、今まさにハンドアックスが飛んできた方向へと顔を向けた。
「待ちかねたよ。クウェンサー=バーボタージュ」
「こっちは会いたくなかったけどな。スラッダー=ハニーサックル」