オブジェクトが目と鼻の先に迫った時、ベル=クラネルは走り出していた。
《大きくなれ 其の力に其の器。数多の財に数多の願い。鐘の音が告げるその時まで、
どうか栄華と幻想を 大きくなれ 神を食らいしこの体。神に賜いしこの金光。槌へと至り土へと還り、どうか貴方へ祝福を 大きくなぁれ》
春姫の
それでもこの早さはあの人の域じゃない。
援軍として駆けつけたアイズ=ヴァレンシュタインの背中を見つめながら、迫りくる対人レーザーをギリギリで避ける。
ほぼ神業的な回避技術を前に、この対人レーザーを放ってくる
「クラネルさん!コイルガンが上空から来ます!」
伝令役として戦場を飛び回っていたのはアスフィ=アンドロメダであった。
この場にいるものは殆ど知らないが、この事態を引き起こした発端はヘルメスである。無論ヘルメスはスラッダーが何かしら企んでいることは察していたが、まさかここまでのことを仕出かすとは考えていなかったのである。
アスフィ後はお願いねテヘペロと言わんばかりに、アスフィを生け贄に差し出してしまったわけである。
(あの主審後でフルボッコにしてやる)
オブジェクトの主砲の一つが上空を差し、ほぼ真上に向いた瞬間、コイルガンが打ち出され、衛生軌道上から落下して地表へと降ってくる。
だがこれはクウェンサーも読んでいた。だからこそベル=クラネルは対人レーザーが未だ降り注ぐ戦場のど真ん中でありながらも、仲間を信じて立ち止まっていた。
少し前から鐘の音が戦場へと響き渡り始めた時、オブジェクトは電子機器やコンピューターの演算では導き出されない脅威を肌で感じていた。
ベル=クラネルを中心に防御陣形が固められる。
《大丈夫。クウェンサー。必ず助けるよ》
それは認識介入によってねじ曲げられた願いであった。
そして誰もがそれを知っているだけに、彼女の行動に悲しみを抱く。
ごーん! ごーん!
響き渡る鐘のリミットオフを告げる音が、ベルの右手を上空に掲げさせたとき、オブジェクトもまて残りの主砲をベルへと向ける。
《まずい! 直線上に街が!》
ヘイヴィアから預かった通信機に叫ぶアスフィに、障壁を張れる者誰もが息を呑みながら魔法術式を展開した。
縦に重なり幾つもの障壁が主砲の射線上に展開されるとほぼ同時に、下位安定式プラズマ砲の光が大平原を明るく照らし、熱波が大地を溶かし焼き尽くしながら障壁へと激突。
魔法と科学のガチンコ対決は、圧倒的なエネルギー量を誇る下位安定式プラズマ姫砲と、歪んだ方向へとねじ曲げられた
「くそ! ミリンダあああああああ」
最後の障壁が破られベルもろとも光が飲み込むと思われた時。
「世話が焼けるな」
ベルの前に突如降り立った一人の男が、その手に構えた螺旋状の剣を弓で放つと、その膨大なエネルギーを相殺しながら直進していく。
だが殺しきれなくなった余波エネルギーが飲み込もうと、男もろともベルを呑み込もうと迫るなか、男は右手を前面に構えた。
「小僧。呆けてる場合じゃないぞ。ロー・アイアス!」
「ファイアボルトーーーーーーーー」
前面に展開された七つの障壁がプラズマ砲の残滓を防ぐなか、上空から迫るコイルガンをファイアボルトが迎撃に出る。
一人の人間の悪意によって想いをねじ曲げられた少女の願いを、ベルは真正面から受け止め、それを見事に打ち砕いてみせた。
上空で飛散するコイルガンの残骸の雨を避けながら、冒険者達はオブジェクトの障壁を破壊するために再び走り出す。
一人の
そんな冒険者達を、今度はゴリ押しで突破しようとオブジェクトが動き出そうとした時、
《掛けまくも畏きいかなるものを打ち破る我が武神(かみ)よ、尊き天よりの導きよ。卑小のこの身に巍然たる御身の神力を 救え浄化の光、破邪の刃 払え平定の太刀、征伐の霊剣(れいおう) 今ここに、我が命(な)において招来する 天より降り、地を統べよ 神武闘征!》
「フツノミタマ!」
命のフツノミタマが発動し、その巨体を大地へ縫い付ける。
「クウェンサーどのおおおおおおおおおおおお」
少年は走り出す。
「行け相棒!」
相棒に背中を押され、クウェンサーはお姫様がいる巨大な囚われの牢獄へ駆け出す。
《今は遠き森の空。無窮の夜天に鏤む無限の星々 愚かな我が声に応じ、今一度星火の加護を。汝を見捨てし者に光の慈悲を 来れ、さすらう風、流浪の旅人。空を渡り 荒野を駆け、物事よりも疾く走れ。星屑の光を宿し敵を討て》
「剥がれろ邪悪なる壁よ。ルミノスウィンド!」
魔法障壁へ叩き付けられる光の魔法により、障壁の強度が下がり続けるなか、ベルクラネルはヘスティアナイフを構えて走り出す。
ベルに続いてアイズも走り出す。
「強度がまだ保たれている!」
アスフィが悔しそうに顔を歪めるなか、一人の男が不敵な笑みを浮かべた。
「要は一点に亀裂を入れれば良いのだろう。さして難しいことではない。俺にはな」
カラドボルグをつがえた男は、オブジェクトの真正面に放つと、もう一本のフルンディングを放った。
カラドボルグが障壁に着弾した瞬間、カラドボルグの柄へフルンディングの先端がぶつかると、障壁へ一点の穴を空けて大爆発を起こして消滅した。
その隙を見逃すことなくベルとアイズが跳躍する。
「ベル」
空中でアイズが両手を組んで構えると、意図を理解したベルはそれを踏み台に更なる跳躍して、その亀裂へヘスティアナイフを突き立てた。
持ち主の成長と共に成長するナイフは、持ち主の思いを汲み取るようにヒエログリフを発光させ、その真価を発揮した。
盛大に、まるで巨大な強化硝子が砕けるが如く割れていく障壁に、誰もが歓声を上げるなか、クウェンサーはオブジェクトへ目掛けて走り続けた。
「今行くぞミリンダ=ブランティーニ」
「お連れします!」
アスフィがクウェンサーの手を取り肩を貸すと、オブジェクトのコックピットへ繋がる場所へとやってくる。
「お姫様。聞こえるな! “敵の罠だから絶対にコックピットハッチを開けるなよ”」
「あなたは一体何を!」
驚くアスフィにクウェンサーは口許に人差し指を充てて通信機の返答を待つ。
《うん。わかったよクウェンサー。コックピットハッチを開ければいいんだね》
「これは!」
「これが認識介入だ。あらゆる防御系システムコマンドを攻撃系のベクトルへ変換し、味方の命令を無視させる介入操作なんだ」
コックピットハッチへの扉が開くと、クウェンサーはようやくの対面を果たすために中へと降りていく。
互いに待ちわびた再会であったかもしれない。
ヘイヴィア等の親しい友人すら、クウェンサー達が中の良いことも知っていた。
そして戦場に出れば行動パターンからお姫様がクウェンサーを特別視していることも、また逆もあることなど、戦術に卓越したものが解析すれば容易に想像がつく。
だからこそ、クウェンサーは見落としていた。
目の前に座していたのが、ミリンダの言葉を繰り返すだけの“中身のない人形”で、スラッダーがクウェンサーへ用意した悪意に満ちたプレゼントできるあったことを。
「うわああああああああああ」
『クウェンサー、今助けてあげるね』
『クウェンサー、今助けてあげるね』
『うんクウェンサー。わかった。クウェンサー、何をすればいい?』
まるで壊れたロボットの如く、上の空で呟き、光を失った瞳を天井へ向けるミリンダに。
《どうかな、クウェンサー=バーボタージュ。俺からのプレゼントは受け取って貰えたかな》
モニターに写し出される悪意ある笑みに、クウェンサーはひたすら血走った目で睨み付ける。
「ミリンダに何をしたあスラッダー!」
《さあ。知りたければ俺を捕まえて見せろ。ここからが本当の“アマゾンシティ”の続きだ》
「絶対に殺してやる!」
《その前に自分とお仲間達の心配をしたあ方がいい。そいつはジュリエッタをモデルに造られたAIで動かしているが、此方が予め指定した作戦に沿って動いている。君がミリンダ=ブランティーニと再会したのをきっかけに、作戦が最終段階へ移行する》
突如前進し始め、更には街へ向けて加速するオブジェクト。
足元にいた多くの冒険者達は突然のことに対応できず、プラズマ式推進装置の余波に巻き込まれていった。
「くそ! 止まらないのか! ぐは!」
オブジェクトは本来エリート向けの設計であり、強化されていない一般人が稼働中のコックピット内にいることは危険であった。
Gの負担に押し付けられ動けないクウェンサーは、力を振り絞ってミリンダを抱き締める。
「くそおおおおおおおおおおおおお」
《相棒! どうなってやがる! お姫様はどうなってんだよ!》
「ミリンダはスラッダーの奴に廃人にされてた・・・・コイツを操作してるのは改良されたジュリエッタモデルのAIだ」
《アンジェリナリストでどうにかできねぇのかよ!》
以前クウェンサーが行った、AIにバグを発生させるための手段であったが、クウェンサーはスラッダーが対策してない訳がないと考えていた。 唯一自爆回避で止める方法はミリンダがAIのコマンドをAI以上の早さで上書きする方法しかない。
スラッダーの言う作戦の最終段階は、オブジェクトを街に突っ込ませ、わざと内部から重要部位に仕掛けた爆弾を起爆させ、わざと行動不能に陥れることだった。
そうすれば、行動不能に陥ったオブジェクトは、機密保護が働き鹵獲を防ぐための自爆機能が作動する。
そしてコックピットに閉じ込めたクウェンサーもろとも街の冒険者を抹殺できると言う作戦であった。
実に用意周到に練られた作戦だけに、クウェンサーは悔しさしか込み上げてこない。
「くそ! 俺はミリンダを助けられないのか! 冒険者みたいな力がどうして俺には」
『大丈夫。必ず助けるよクウェンサー』
「ミリンダ。お願いだ目を覚ましてくれ。こんなところで死ぬなんておかしいじゃないか!」
『大丈夫クウェンサー。私が守ってあげるから』
「ミリンダ! ミリンダ=ブランティーニ!」
世界と隔絶され鋼鉄の牢獄にたった二人取り残された中、クウェンサーの叫びが反響する。
《最後まで手を握り続けろクウェンサー。お前は俺と違いまだ間に合う》
モニターに繋がれた回線にノイズ混じりの声が聞こえた時、一羽の輝く白と黒の燕が何処からともなく二人の側へと舞い降りる。
《互いに寄り添い絆を深めた分だけ、どんなに離れても気持ちは無意識下で繋がっている。自分の為ではなく誰かの為に祈り続けろクウェンサー。その想いはお前だけじゃなくお前をの周囲へ光をもたらす。諦めるな。その手を握れ》
聞き覚えのある声が途切れると同時に、燕の放つ光はミリンダとクウェンサーの両手に宿っていた。
そしてクウェンサーはその手を迷わず握ったとき、
「ク・・・ウェン・・・サー?」
深き眠りについていたお姫様は覚醒した。
「おはようミリンダ。助けにきたよ」