今日から、帝国の歴史には残らない、しかし名誉ある計画が開始される日だ。計画の内容を端的に言えば、生物工学と魔導工学の組み合わせによる、安価で強力な魔獣の研究及び開発だ。我が国は全世界を支配し、光翼人以外のあらゆる生物を家畜として飼育しているが…如何せん我々よりも家畜の数が多過ぎて、頻繁に反乱を起こすのだ。規模もバラバラで直ぐに軍隊が鎮圧してくれているが、それでも被害は出るし軍備も少しは嵩む。はっきり言って反乱が起こる度に一々軍隊が鎮圧に掛かるのは馬鹿馬鹿しい。時間も掛かるし金も掛かるしで何も生み出さない。家畜共のせいで我々の金と時間が浪費させられている。この状況を改善する為に、この計画が立案された。もしこの計画が成功すれば、反乱が起きても魔獣を差し向けるだけで容易く鎮圧され、我々の浪費も最小限に収まるだろう。我々の力を存分に発揮せねば。
計画は順調だ。
予想してたよりも多くの予算が割り当てられた事もあり、よりハイエンドな生産方法で開発が出来る。皇帝陛下には、計画の完遂を以って感謝の意を示すとしよう。しかし、問題を挙げるとすれば材料の質が安定していない事だ。魔力を多く宿している家畜を選定しろと言ったのに、並程度の家畜が紛れるとはどういう事だ?調達班の人員を入れ替えるべきかもしれないな。材料の質は生み出される魔獣の強さとイコールする。良い魔力を持つ家畜を加工し、配合し、調整し、整形し、形成する。言葉にすればこれだけの作業に、しかしどれだけの労力を必要とするのか分かっているのか?ただでさえ良質な材料を使用しているのに、不純物ひとつ紛れるだけで全て台無しだ。後で調達班に一から要約なしでキッチリと説明してやるとしよう。きっと泣いて喜んでくれるに違いない。
遂に完成した。これ程に完璧な完成度は、最早一種の芸術作品と変わりない。全長50mの巨体と繰り出される能力によって、そこにいるだけで反乱を起こした家畜共を威圧し、蹂躙し、殲滅するだろう。勿論、魔獣である以上此方の制御が効かない可能性はあったが、そこは織り込み済みだ。脳に潜在洗脳と魔力誘導などによる厳重な安全装置を5重に仕込んでおいた。これ程のセーフティを破壊された時は、奴の脳は完全に破壊されて死んでいるだろう。今日の最終調整が終われば、3日後にはいよいよ覚醒の時だ。
3日後の覚醒が楽しみだ。お前もそうだろう?エルギヌス。
失敗した。
(以下、解読不可能な文章が数十行続く)
私達はとんでもないモノを作り出してしまった。アレは、エルギヌスは。覚醒した直後に5重の安全装置を完全に破壊し、研究所を吹き飛ばした。殺処分の為に派遣された装甲歩兵部隊1個大隊と装甲機甲中隊もあっという間に殲滅された。おかしい、どう考えてもおかしい。確かにエルギヌスは強力な魔獣として生み出された。しかし我々の軍隊が敗北する程に強力な能力は備わっていなかった。なのにアッサリと敗北するのは有り得ない。まさか、この短時間で進化した?そんな馬鹿な。
ああ、成る程、そういう事かクソッタレ。そりゃそうなる筈だ、道理で勝てない筈だ。これがもしその通りなら、パル・キマイラやアルカオンでさえもアッサリと負ける訳だ。奴は進化した。奴は我々の天敵となった。奴は我々を滅ぼし得る存在となった。今はグラメウス大陸を蹂躙している最中だが、絶対にそれだけでは終わらないだろう。奴には渡海能力が備わっている。グラメウス大陸とフィルアデス大陸を蹂躙しきったら、海を渡って他の大陸の蹂躙を始める。奴を倒さなければ、世界は、帝国は終わりだ。だが、我々に奴を倒す事が出来る有効な兵器が存在しない。奴を完全に滅ぼすには、時間も、技術も、資金も、ノウハウも、何もかもが足りない。
そして私は、まもなく死ぬだろう。帝国に此処までの損害を与える原因となった私達に、最早挽回の余地は一切無い。まもなく処分部隊が私の元に辿り着き、そして私が存在していた痕跡を全て消滅させるだろう。…こんな筈じゃなかった。
トーパ王国 王都ベルンゲン。
その街は正に、模範的な中世ヨーロッパを思わせる城と静かな城下街で構成された、第三文明圏の中で見れば田舎的な趣を持つ。
行き交う人々の種族は様々。人間族、獣人族、エルフなどの姿が見える。トーパ王国は、クワ・トイネ公国やクイラ王国のような多種族国家となっている故の光景だ。
日々の市民達や兵士達の苦労によって除雪されたその街の北部に存在する王城 ニーベルの会議室。其処で上座に座る国王ラドスの他、深刻な顔色の重臣達が会議をしている。
状況としてはトーパ王国軍1万5千が、世界の扉陥落によって最前線となった城塞都市トルメスに向けて出発。現在進軍中だ。
「…何故、今頃になって突然、何の前触れも無く神話の魔王が復活した…?いや、そもそもそれらの軍勢は本当に魔王軍なのか?どうやって確認した?」
「神話によると…魔王は勇者4人の内、3人の命をも使用して封呪結界に封じ込めたとあります。そしてこの結界は、時の経過と共に少しずつ弱まって行く、と。魔王復活は、封呪結界が消滅してしまった事によるものと思われます。しかも今回、魔王は大軍を編成して侵攻してきている為、時系列で考えると少し前に復活し、グラメウス大陸にて軍備を整えていた物と思われます…!」
「突然ではない、という訳か」
「はい。魔王の判別に関してですが、これは勇者一行の1人、獣人族ケンシーバの記憶から石版に魔写したものが残されています。報告してきた世界の扉からの報告でも、「正に石版に描かれていた姿そのものだ」と遺しています。他にも伝説の魔獣であるブルーオーガとレッドオーガも確認されている以上、今回の魔王復活及び魔王軍は本物であると判断します」
「そうか…」
王立大学の教授の言葉に、何かの間違いである事を願っていた王は、大きくため息を吐いて項垂れる。その様子に、外交担当大臣が発言した。
「いずれにせよ、万単位もの魔物が侵攻してきている。もしも我が国が陥ちれば、それこそ神話のようにフィルアデス大陸全土に魔物が拡散し、蹂躙しかねない!これは非常事態なのです、王よ!この事実を各国へと伝えても宜しいか?」
「うむ、魔物の動向は随時伝えてやれ。各国が援軍を組織中に戦況がどうなってるのか、把握しておきたいだろうしな」
「援軍の要請は…必要ですな」
「はい」
続いて発言するのは、騎士団長。
「当時の状況と比べれば、ドワーフの技術は向上し、武器の強度は遥かに高まっています。魔法もエルフの魔術研究によって、失われてしまった魔法も多いとはいえ、それでも質は非常に向上しております。そして戦術及び戦略も高度化し、軍の練度も合わされば。我々の強さは昔とは比較になりません。しかし…しかし神話でも確認されなかった40m以上もの超巨大魔獣に、我が国のみで対抗可能とはとても思えません。撃退するだけでも、大規模な援軍が必須と考えます」
「…そうだな。すぐに各国に魔王復活の知らせと共に援軍を要請しろ。列強国のパーパルディアの援軍は絶対に引き出せ。彼等の強力な軍勢の力を借りるのだ。小規模でも良い、何としても彼等の持つ軽量魔導砲をこの地に引っ張り出せ」
魔王軍本陣。
夜の暗闇を、幾つもの松明が周囲を照らす。その中の中心、一つの松明に3体の魔獣が居る。彼等はそれぞれ岩や瓦礫に腰掛けている。その中でも、1体の姿は異彩を放つ。身体は黒く染まり、大きく盛り上がった筋肉、そして何よりの特徴は。頭により黒く、そして渦巻き状に突き出ている角だ。そしてその身に纏わせる魔力は、近くにいる他種の魔獣を超越している。彼等の周りには無数の骨…人間だった物が散乱していた。今も彼等は、人間だった肉を喰らっている。
そして、彼は。魔王ノスグーラは静かに話し始める。
「どうやら、人間共は随分と数を増やしていたらしいな。…まぁ、食料の現地調達がしやすくなったと考えれば良いか」
「魔王様。今回の侵攻は何処までの御予定で?」
「
「そういえば、人間共も手強くなっているようですな。前回の時には見られなかった武器などがありました」
(…)「…アレから随分と時間が経っているからな。奴等も学ぶ事は学ぶ、という事だろう。いずれにしろ、魔帝様の復活の時が近付きつつある。それまでにある程度の征服地は拡げておくとしよう」
「「応!」」
ノスグーラの言葉にに気合を入れて応じたレッドオーガとブルーオーガだが、その後にレッドオーガの様子が神妙となる。
「ところで、魔王様」
「何だ?」
「前回の戦いで、我々は太陽神の使いに敗れました。太陽神の使い達は、強かった。甲高い音を鳴らして高速で飛び回る神の船、強力な爆裂魔法を吐き出す角を持つ鉄の地竜、全長が250mを超える魔導船…我々は手も足も出なかった。使者達の爆裂魔法の恐怖が、今も魂にこびり付いています。俺は魔法帝国の力を知らない。魔帝様は、あの太陽神の使いすらも上回るのですか?」
「…そんな事か」
ノスグーラは表情も変えず、語り始める。
「並の太陽神の使者でも、魔帝様の足元に及ばん。魔帝軍の対空魔船「天の浮舟」は音を超える速さを持つ。音の半分程度しか出せない神の船では、天の浮舟の敵にすらならん。巨大な魔導船も、魔帝軍の爆裂誘導魔法弾の飽和攻撃で容易く沈む。お前達にその力が無いだけの話だ」
「…?では、魔王様は?」
「
「なっ…!?それでも魔王様は、太陽神の使いに敗れてしまったのですか!?」
「
その時、ノスグーラの膨大な魔力がレッドオーガに叩きつけられる。それに晒されたレッドオーガの額から冷や汗が流れ落ちる。
「我は太陽神の使者に敗れたのではない。
「…御意ッ」
膨大な魔力の叩きつけが消失し、レッドオーガは思わず大きく息を吐く。
そんな様子を微塵も気にする事なく、ノスグーラは思考する。
(あの時とは時代も違う。再び太陽神の使者を召喚されたとて、あの男のような者がいるのかどうか。そういう類の強さだ、あの男は。…しかし、もしあの男に匹敵する強さを持つ者が召喚されたのならば…エルギヌスさえも手こずるかもしれんな。侵攻の片手間、何人かの人間の記憶を抜き取っておくとしよう)
(確か、あの男が名乗っていたのは…)
用語解説
特殊生物兵器開発計画主任
エルギヌスの過去設定を少し公開する為、急遽生やしたキャラ。
ラヴァーナル帝国最大の負の遺産を作り出してしまった元凶。本編で登場した走り書きは、ラヴァーナル帝国の処分部隊によって消失し、現在は残されていない。
太陽神の使者
神話の時代にて、魔王によって滅亡の危機に晒された人類が召喚した、異世界の軍勢。その強力な軍事力を以って、魔王軍に打撃を与え、魔王撃退の切っ掛けを作り出す。
「あの男」
今回の物語のキーパーソンの1人。太陽神の使者の1人であり、魔王との決戦の際、勇者一行の封呪結界の発動の時間稼ぎの為、太陽神の軍勢は魔王に攻撃を開始。魔王の攻撃によって太陽神の軍勢は甚大な被害を受ける中、
この事は何故か神話には語り継がれておらず、そして魔王も戦いの後に彼が生きて帰れたのかは知らない。