「ストーム1ッ!!」
レンジャー1-7の隊長が、ストーム1に向けて新品のヘルメットを放り投げる。それを視界の端で確認したストーム1は、ライサンダーJ9を拡張領域に格納。空いた右手で破損して使い物にならなかったヘルメットを脱ぎ捨て、刹那飛来したレーザーを回避。そしてヘルメットを受け取り、被る。
装着した直後、ヘルメットバイザーの機能が起動。一瞬のOS画面が流れ、消失。直後に簡易射撃補助システム、超小型生体電波両用識別式レーダーの画面、武器の装弾数、アーマースーツの耐久概算値が視界の端々に映し出された。
『ストーム1、聞こえるか!?』
「此方ストーム1!!残存戦力と合流、マザーシップとの戦闘を継続する!!」
『了解、此方もお前のシグナルを再確認した!増援は今からではとても間に合わん、お前と合流した部隊が正真正銘の全戦力だ!!』
弾幕を躱しながら、周囲を見る。空に居座るマザーシップからは相変わらず多量の弾幕が放出され、此方に殺意を示す。レッドカラーの誤射も厭わない程に。しかしフォーリナー通常戦力最強と謳われるレッドカラーでは、その程度の誤射では墜ちていない。被弾の反動を受けつつ、此方の周辺を飛び回っている。
そこにレンジャー1-7、4-3の各人が持つ武器から放たれる弾幕がレッドカラーを絡め取り、遠方に弾き飛ばすか、それとも耐え切れずに爆散する。
レンジャー7-6はレッドカラーの攻撃やマザーシップの弾幕を防御している。そのやり方は、周辺に量産されたコンクリートの塊を鷲掴んでは盾にし、時にはボロボロになったそれをプラズマ砲弾に向けて投げる等、兎に角我武者羅に。
唯一の機甲戦力たるタンク2は、全速力で廃墟を駆けながら140mmを撃ちまくる。大火力の戦車砲は浮遊砲台はおろか、レッドカラーでさえも命中すれば一撃で撃墜している。
「────」
ストーム1は左手のAF100を圧縮空間に格納。ストリンガーJ9を両手に持って大気吸収口が開くその時を待ちながら、巨大砲台一本と浮遊砲台4基を片手間に墜とす。それでもマザーシップの火力は1割も落ちていない。今は耐える、レッドカラーは彼らに任せ、マザーシップに打撃を与えられるその時を待つ。
唐突に、マザーシップの大気吸収口が解放された。
刹那、ストリンガーJ9の3速射。武器限界性能を引き出して続けて放たれた3発の反物質弾は、狙い通りマザーシップの大気吸収口に命中。再びマザーシップが悲鳴を上げる。しかし、それでもマザーシップが墜ちる気配はない。
それどころか、
「────ッチ」
思わず舌を打つ。その光景が示す事は、即ち砲台を攻撃しても火力は減少する事はない。この弾幕をどうにかするには、マザーシップそのものを墜とさなければ何ら意味を持たないという事だ。
(だが、どうする?いくら反物質弾を撃ち込んでも、火は吹けどそれ以外は健在だ)
(大気吸収口が弱点なのは間違いない、それ以外に撃ち込んでも、
レッドカラーに反物質弾を撃ち込みつつ、思考を回す。アドレナリンの過剰分泌と極限の集中状態に晒され続けている脳細胞は悲鳴を上げ、知恵熱を発している。
『────』
不意に、ストーム1の無線機がノイズ音を発する。数秒の後クリアとなり、通信機能が回復。
『────やっほー、聞こえる?スーくん』
大阪基地、スーパーコンピューター管理室の一室。
その部屋の中、篠ノ之束は1基の第一世代量子スーパーコンピューターに背中を預け、1つのノートパソコンと無線機を駆使して作業を進めていた。いや、正確に言うと
『お前、どうやって軍用通信に入り込んだ?』
「ふっふっふ…束さんの頭脳の前には、セキュリティなど…無意味なのだぁ」
『…どうした?』
「今、マザーシップの解析を進めてる所なんだけど…今わかってる事を直で伝えようと思って、ねッ…」
『束』
「聞いて。マザーシップには、ナノマシンに相当する自己修復機能が存在する可能性が高い。幾ら反物質弾で大気吸収口や、砲台を攻撃したところで、修復されたら実質ッノーダメージになる…!」
『束!』
「ストーム1ッ!!」
彼女は声を荒げた。普段見せていたおちゃらけな雰囲気は微塵もなく、そして彼の
「私は私のやるべき事をやるッ!!貴方は、貴方のやるべき事をやって!!」
『────』
暫しの、しかしたった数秒の空白の時が流れる。
『束』
「…何?」
通信を切り、彼女は作業に…否、再び
(あれ?)
「────ッ!!!!」
(気を、落とすな篠ノ之束ェ!!!!!!)
喝を入れて全身の制御を取り戻した刹那、右手を床に付き、倒れるのを阻止。床に落ちた鼻血を軽く拭き、再び背中をサーバーに預ける。
「フーッ…!!」
一つ深呼吸をし、改めて意識を電脳世界に落とす。
彼女の背中…脊髄部には、2ヶ月前に彼女を実験台として接続されたAMS接続専用機器があり、その接続部からコードが伸びている。その先は小さな機械を通し、そして大規模並列化された第一世代量子スーパーコンピュータ群に接続されている。
彼女がやっている事は、
フォーリナーの母船かつ最大最強戦力たるマザーシップ。その力は今も尚未知数と言っても過言ではない。何せ現在進行中の
しかし彼女は、不足するデータをストーム1の新品なヘルメットに搭載されている超小型カメラでマザーシップを観測し、それでも足りないデータは己の推測で強引に保管させる為に、
故に、幾ら中継機で負担を可能な限り軽減させているとはいえ。
「あっ………か、ぁ………ぁ…………あ…………」
彼女の脳は、その膨大な情報に嬲られていた。
人類最大の
身体がそんな状況でありながら、電脳世界の奥深くに飛び込んだ
(…これだけ解析しても、マザーシップの心臓が分からない。いや、正確には絞れているけど、それでも候補箇所は50以上…!!一体何が、何の解析が、何の方程式が足りてないの!?)
膨大な情報の波に晒されながら、彼女は思考を回し、そして記憶を探る。何でもいい、現状を打破出来る何かを求めて。
(
彼女は
あらゆる記憶、あらゆる知識、あらゆる計算式、あらゆる発想。彼女の全経験、全記憶、全能力を今この瞬間、限界を超えて引き出す。
(…ッ!!)
そして、
確かに、当時は机上の空論だった。だが、今ならば。
即座にその計算式の全文を思い出し、そして打ち込む。その計算式の挿入によって生まれる矛盾やバグは、即座に修正。
そこから、どれくらいその情報に
答えを手にした彼女は、即座に電脳世界からの脱出を開始。
(ッ…!!)
電脳世界からの脱出が先か、それとも彼女の人格の崩壊が先か。
彼女の身体の状態は、深刻化していた。
莫大という表現でさえも
最早意識は無いと言っていい程に混濁し、身体の痙攣も
「────」
ピクリ、と右手の指が動き。
「ッッッッッアア゛!!」
彼女は意識を取り戻し、刹那。脊髄部に接続されていたAMSコードを引き抜き、物理的に第一世代量子スーパーコンピュータ群から切断。
鼻から流れている多量の血も脳の激痛の前に気にする余裕もなく、両手で頭を抑えながら蹲り、苦悶の喘ぎ声を上げる。
(二度と、二度もこんな事やるもんかこんな事ッ!!死ぬ、冗談抜きで死ねるッ!!!!)
思考をする事でさえ脳が悲鳴を上げる。出来れば今すぐにでも意識を落として眠りたい。しかし、まだそれをする訳にはいかない。
彼女は、身体を動かそうと考えるだけでも激痛が走る脳を酷使し、何とか無線機を掴み取る。無線こそ切っていたが、まだストーム1に無線を送ることが出来る。
震える手で無線機の電源を入れ、トークボタンを押し込み、無線を繋ぐ。
「スーくん、マザーシップの、心臓が分かったよ………マザーシップのど真ん中、そこにある…一片1m弱の正方形の、超出力ジェネレーターを、反物質弾で…粉々にぶっ壊して。多分………1発だけじゃ…ナノマシンで急速修復、されちゃうから」
返答を待つ。時間は、僅かに数秒。
束からの短い通信を終え、改めて戦友達に向けて通信を開く。途切れる事のないマザーシップの弾幕を片手間に躱しながら。
「全員、よく聞け。マザーシップの弱点が分かった。中心部のジェネレーターを破壊すれば、マザーシップは墜ちる。方法は一つ、奴の真下に潜り込んで、真上に撃ち抜く」
『…だが、どうやって撃ち抜く?我々はマザーシップから見て、中心部と外縁部のちょうど真ん中で戦闘を続ける事で、何とか
『こんな状態で仮に無策で真下に潜り込んだら…消し飛ぶな、間違い無く』
「俺が1人で突入する。レンジャー1-7、4-3、7-6、タンク2はここから援護を頼む」
『幾ら何でも無茶だ、マザーシップだけじゃなくレッドカラーもまだ十数機は残ってるぞ?マザーシップにトドメを刺さるのは間違い無く
「心配する必要は無い」
何の感情も無く、淡々と呟かれたその言葉に、全員が沈黙した。
そうだ、今自分達が共に戦っている男は、決して常人では測る事の出来ないナニカを持っている。彼は
彼は間違いなく、人類史、否、
『…了解。幸運を、ストーム1』
「備えろ。隙が見えたら突撃する」
レッドカラーが突撃。即座に弾幕が張られ、被弾の衝撃で機体が傾くと同時に、反物質弾が直撃、爆散。
7本の巨大砲台からジェノサイドキャノンが立て続けに着弾。多方面からの衝撃波に戦友達の足が取られ、そこにレーザーの雨が突き刺さる。
返しに、大気吸収口に反物質弾の一撃。マザーシップが何度目かの悲鳴を上げ、一瞬。いや、ほんの刹那、攻撃が止まる。
だが、彼にとってはその刹那は、十分過ぎる隙となった。
───ガッッッ!!!!
地面を割る程のエネルギーで右脚を踏みしめ、そして前に走り出した。そのエネルギーによって生まれた初速は、50km/h。人類最速限界とされる速度を
2歩目は64km/h。
3歩目は76km/h。
4歩目は、90km/h。
マザーシップの真下までは、目測にして百数十メートル。秒速にして25m/sの速度で突き進むストーム1ならば、数秒で辿り着く距離。しかし、それはつい先程まで余りにも遠い距離だった。
しかし、今この瞬間は。届く距離にある。
勝利は、手の届く場所にある。
この時、マザーシップは
思考回路は疑問に埋もれ、そして埋もれた疑問にAIリソースを奪われて狙いがほんの僅かに荒ぶる。
マザーシップは
人類が負ける未来を観測した、人類が勝てる未来は一つたりとも観測されていなかった。人間という種族を観測した、人間という種族の限界を観測した。だからこそ、マザーシップはこの現在を理解出来なかった。
…いや。
ストーム1の双肩には、仲間の未来、戦友の未来、市民の未来。そして今、全人類の未来と地球の未来が託されていた。
故に、彼に一瞬の躊躇いは許されなかった。その躊躇いが100の戦友の未来を奪うからだ。
故に、彼に1歩の後退も許されなかった。そのたった1歩が1000の戦士の命を無駄にするからだ。
故に、彼にたった一度の敗北も許されなかった。その敗北が、幾万の兵士と市民の未来を閉ざしてしまうからだ。
故に、彼は倒れる事を許されなかった。彼が倒れたその時、人類の未来は潰えるからだ。
故に、彼は抗い続けた。故に、彼は挫けなかった。故に、彼は戦い続けた。
マザーシップが測り損ねたたった一つの要素。
遂にマザーシップ直下に辿り着いたストーム1。1mm違わずマザーシップの真下に止まり、両の足で地面を踏みしめて。ストリンガーJ9の銃口を真上に向ける。
照準を完全完了。引き金に掛けた人差し指を、引き絞る。
そして、放たれる反物質弾。全ての安全装置を解除され、限界を超えて5発連続で反物質弾を発射したストリンガーJ9の銃身は、冷却機構が間に合わず、赤熱化。
5発の反物質弾は、大気吸収口からマザーシップの内部に侵入。あらゆる物質を消滅させながら、遂にマザーシップの「心臓」を、1発も外さずに到達し、撃ち抜いた。
即座に多量のナノマシンが「心臓」の修復を試みるが、しかし5つの銃創を修復するには、あまりにも時間が足りなさ過ぎた。
『マザーシップ、大破!!墜落します!!!!』
『総員、直ちに退避しろ!!マザーシップが墜ちる、出来るだけ遠くに逃げろ!!!!』
「東から超大規模な振動を観測!!まもなく到達します!!!!」
「総員、衝撃に備えろォ!!!!!!」
『────』
無線が、ノイズを吐き出し続ける。
やはり先の衝撃波が原因だろう。正直ノイズを吐いてるだけまだマシかも知れない。
電源を入れ直したり、周波数を細かく弄ったりしても、中々ノイズは取れない。
「…チッ」
ゴンと、少し強くヘルメットを叩く。
『───せよ、誰か聞こえるか!?』
途端に、ノイズがある程度取れて無線から声が響く。この声は大石司令だろう。拾ったのは途中からだが、特徴的な声は良くわかる。
無線のスイッチを入れる。