入学試験の時期というのはどこの学校も忙しくなるものだ。大量の受験生を受け入れるための準備に始まり、試験問題に不備ないかの確認及び試験中の監督、それが終わっても大量の解答用紙のミスできない採点地獄が待っている。国内でも指折りの教育機関としてその名を轟かせる雄英高校においても死ぬほど忙しくなる時期である。
そんなもはや首が回らなくなるほど忙しい時期に、ヒーロー科の教員全てを集めた職員会議を開くなんてことは本来ありえない事だった。
「みんな集まったようだから始めるよ。この会議の議題には例の受験生―鯉谷君を入学させるかどうかさ。」
根津は一同を見回した後、手元の資料に目を落とした。資料からは人格的な問題も見られないし、筆記試験の成績も雄英に入学するには申し分ない。クラスを引っ張るような存在でこそなかったものの、常に誰かから必要とされる人間であったようだ。ここまでなら職員会議なんて開く必要はなかったのだが、問題は実技試験だった。
「それでは実技試験中彼女を追っていたカメラの映像を流します。」
セメントスの合図で映像が流され始め、一同は画面に目を向けた。
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「大失敗しちゃったなあ…。」
そんな会議が開かれたとは露知らず、件の人物である
「ギャーーーォ!!!」
「あなたはだいぶご機嫌ねえ……はぁ…。」
久々に来られて嬉しそうな彼とはまるで反対に、私の気分は最低値を更新し続けていた。まるで鉛でも飲み込んだように息苦しい。ふと自分の指先を見ると、笑ってしまうほど真っ白になっていた。
「そういえばギャラドスって図鑑でもやたら町破壊してたっけ…」
ポケモン図鑑のテキストを話半分でとらえていた私は、ゲーム画面越しに起こっているポケモン同士の技のぶつけ合いが現実になったらなんて、そんなこと考えていなかった。
○○の じしん! こうかは ばつぐんだ! △△は たおれた!
そんな風に終わったりしないのだと嫌というほど理解させられた。『相手がはがねっぽいからとりあえず“じしん”を』だなんて軽々しく“わざをせんたく”した私が次に見たのは、“地震”によって完全倒壊した建物の数々だった。その光景を見た私の冷静な部分が語り掛ける。『忘れてたの?このポケモンを怒らせた結果、地図から一つの町が消えたこと。』高揚していた気分が急速に冷めていく。周りを見ると他の受験氏が怯え切った目で私を見ている。その目が如実に語っていた。
―バケモノ―
そのときの背筋が凍り付く感覚は、たぶん一生忘れられない気がする。そこからはよく覚えていない。気が付いたらこのいつもの滝に来ていて、いつものように彼が遊んでいた。
「あー、これからどうしよっかなー…。」
河原の平らな岩の上で寝転がりながら考える。正直言って雄英に入ることについて特に心配はしてなかったのだ。座学の成績は問題なかったし実際手ごたえも十分あった。そして彼を信頼していたからこそ実技試験も大丈夫と高を括っていたのだ。だって彼は強いから。
「まあ現実は市街地を壊滅させただけなんですけどね……」
自分の言葉に自分で泣きそうになる。ホント何しに行ったんだ私。あれじゃ落としてくださいと言っているようなものだ。私が学校の立場だったら即お祈りメールの文書を作成している。後悔してもしきれないとはこのことだろう。頭の中でグルグルと嫌な考えが止まらない。
「…もういいの?」
「…ギューン…」
ふと気が付くと彼は泳ぐのをやめてじっとこちらを見つめていた。しばらくそうして見つめあっていると、彼は私の手が届かないくらいのところまで近寄ってきた。唸るような声と共に顔が近づき瞳を覗き込まれる。コイキングだったころの間抜けな黒い瞳はそこにはなく、代わりにあるのは真っ赤な大きい瞳。そんな彼の瞳の中には今にも泣きだしそうな自分の顔が映りこんでいた。
「…ごめんね…私がもっとちゃんと考えてれば……う゛ぁ゛っ!」
私の謝罪を遮るようにべろりと顔を一舐めされた。突然のことにぽかんとしている私にフンと大きく鼻を鳴らすした彼はまた泳ぎ始める。深く潜ったり顔を出したり、ときどき大きく飛び上がったり。彼の動作に合わせるように揺らぐ水面や飛び出るしぶきが夕日が反射してキラキラ光っていた。
「…はは、励まされちゃったよ。」
気が付くと頬に涙が伝っていた。この世に生を受けてからずっと一緒にいた彼を、こんなにも優しい彼をバケモノ呼ばわりさせたことが、悔しい。いろんな感情がごちゃ混ぜになって、胸がズキズキ痛む。
(ダメ、せっかく励ましてくれたのに…。)
気が付くと涙は大粒になっていて、こらえきれない嗚咽が溢れた。励まして泣かれるとは思っていなかったのか、彼が慌てて近づく水音が聞こえる。
「ごめん…少しだけ…泣かせて……。」
すぐ近くに来た彼に触れる。魚類特有の冷たい鱗に体を預けて、私は大声を上げて泣いた。泣いて、泣いて。ようやく泣き終わったころには、日は沈みかけだった。その間黙って私の涙を受け入れてくれた彼を見ると、赤い瞳には不安が揺れていた。
「…ごめんね、もう大丈夫。 ありがとう。」
そういいながら彼の頭を撫でると、彼は安心したように一鳴きして私の右手の甲に半ば埋まっているボールに収まる。昔からボールの中に彼の存在を感じるこの感覚が好きだった。私はボールを一撫ですると家へと足を向ける。
その途中で、彼に私の決意を話すことにした。
「私決めたよ。あなたとの約束、絶対に果たす。」
「……」
彼がまだコイキングだった頃にした、他愛もない約束。大きくなったら一緒にいろんなところに行こう。いろんな景色を見て、いろんな人に出会って、いろんな話を聞いて、そして、いろんな思い出を作ろう。
「そのためには、あなたを人前に出しても大丈夫なようにしないとね。」
ヒーロー免許と呼ばれる免許がある。これは普段法律で禁止された公の場における個性の使用を認めるものだ。これを手に入れるために受けた雄英だったが落ちたならしょうがない。やるべきことはいつまでも足踏みすることではなく、少しでもいいから前に進むことだ。
「また、頑張らなきゃね?」
「……♪」
ボールの中にいる彼が、優しく笑っている気がした。
その後異例の41人目の合格者になったという知らせが届くのはまた別の話。
下手に落としてヴィランになられるよりはヒーローとして育てたほうがましと判断された模様。