「悪いな諸君。」
バスに駆け込もうとした生徒たちの前に颯爽とピクシーボブが降り立つ。ニヤリと笑った彼女が個性を発動すると同時に、足元の地面が大きくせり上がる。
「合宿はもう始まってる。」
生徒たちが悲鳴を上げながら崖の下へと落ちていく。…………一人を除いて。
「……稲鍬。」
「ヤッテキマッシャー!!」
「すみません先生。オオアゴ?この人たち敵じゃないから、大丈夫だから、降ろして?」
「…………。」
「オオアゴ?」
そこにいたのは巨大なクワガタに掴まれ空を飛んでいる少女だった。機械のような見た目と、甲虫とはまた違う生物であることを示すような2対4本の脚。まるでレールガンのようにまっすぐ伸びた1対の大顎からは、威嚇のつもりかパチパチと電撃が飛び出している。抱えている主を守ろうと必死な様子だが、主がそれに渋い顔をしていることに気づいてすらいない。
「…ここに降りなくていい。下に降りて他のやつらと合流しろ。」
「あ、了解です。行こうオオアゴ。」
「……。」
「怒るよ?」
説教は嫌だったのだろうか。不満げにバチンッと大きく顎を鳴らした後、崖の下に降りて合流する後ろ姿を見送る。
「あれが例の子?」
「はい。」
魔獣の森に生徒たちが突入した後、宿舎へ向かいながらマンダレイと話す。
「なるほどねぇ…。」
そう、
「思い返せばUSJ事件からくすぶっていたのでしょう。何かあったとき自分は主をきちんと守れるのかという不安が。」
「そして期末試験でそれを爆発させちゃったんだ。」
USJ事件。大半の生徒たちにとってそこは初めてヴィランと相対した場所であり、彼にとってトラウマのスイッチを入れられた場所だったのだろう。それに気づかぬまま様々なイベントをこなし、期末試験で彼女というよ彼に与えられた課題。自分のせいで主が傷ついたときに落ち着いて行動できるかを見たそれは、結果から言えば失敗だった。
「試験はクリア。教員を一人倒してゲート脱出。それと引き換えに演習場の一部を更地に。その後からあのオオアゴくんが彼女を無駄に庇うようになったと…。」
「ええ。」
本来ならばこの林間合宿では個性を伸ばす限界突破の特訓を行ってもらう予定だったが、彼女に関してはそれは止めておいた方が良さそうだ。煙が上がる魔獣の森を見ながら、口からため息がこぼれた。
――
ところ変わって魔獣の森の中。A組のメンバーたちは絶望していた。
「昼飯抜き確定かよー!!」
「腹減ったァ!!」
現在時刻12時半を少し過ぎたところ。全員の昼食抜きが確定したのだ。飯田の提案で一時休憩をとることにした一同は思い多いの恰好で休みながら喋っていた。
「オオアゴだけ昼飯とかずりィぞ!」
「くそぅ…!オイラも女の子の膝の上であーんとかされてみたい…!」
「そっちに嫉妬はさすがに見苦しいぞ峰田…。」
オオアゴに甲虫用のゼリーを食べさせながら、彼女はアハハと笑った。オオアゴも空腹が満たされ主に構ってもらえてご満悦の様子で、しばらくすると寝息を立て始めた。その様子にクラスメイト達が最近気になっていたことを小声で質問する。
「そういえば、最近オオアゴちゃんの様子がおかしかったわよね?」
「うんうん。戦闘訓練中もやたらスパークしてたし。」
「えーと…。」
困ったように笑う彼女に蛙吹が言う。
「迷惑だなんて思ってるわけじゃないのよ。ただ私たちが聞きたいから聞いてるだけよ。」
「…うーん。話せば長くなるかもしれないけど…。」
本当に聞く?という彼女に皆がうなずきを返すと、彼女はオオアゴの頭を撫でながら語りだした。
この子が私を守ろうとするのは、この子がまだアゴジムシ…幼虫だった頃にあった出来事が原因なの。この子と一緒にいるときにヴィランに襲われたことがあって、その時私がこの子をヴィランから庇ったんだ。…あ、怪我とかはしてないよ?すぐヒーローの人に助けてもらえたから。でも、私が庇ったのは、この子からしたらすごい衝撃だったんだと思う。だってその日を境にこの子は強さを求めるようになったから。
そうして頑張って頑張って、この子の種族的に最強の姿。成虫になった姿が、今のこの姿なんだ。この子は思った。この姿なら私を守れるって。…でもそうじゃなかった。
USJで、私たちがの脳無ってヴィランをでんじほうで狙撃したの覚えてる?そうそう。あのヴィランの超再生の個性でノーダメージで抑えられちゃったあれ。あの時の攻撃って、この子一人で行える中で最強の一撃だったんだ。私はしょうがなかったって割り切れたけど、この子はそうじゃなかった。自分が出せる最強の一撃をを何もなかったみたいに扱われて、この子の自信にヒビが入っちゃったんだと思う。その小さなヒビが成長して、どうしようもない亀裂になろうとしてるんだと思う。
といっても、この子がこんなになるまで気づいてもあげられなかったんだけどね…。そう言って悲しげな顔を浮かべた彼女に、場に沈黙が訪れる。
その沈黙を破ったのはあまりにも意外な人物だった。
「イヤ、ソレハソイツノ自惚レガスギルダケダロ。」
「
黒影は寝ていたオオアゴを小突いて起こすと、その目を見ながら語りだす。
「オレモオマエモ誰カノ個性ダ。ソノコトハ理解シテルダロウ?」
「……。」
「ダカラハッキリ言ワセテモラオウ。オマエダケデ強クナルナンテ無理ダ。」
「……!!」
バチン!
怒りを表すようなオオアゴからの放電に黒影は話は最後まで聞けと手をひらひらとさせる。
「ダカラ共ニデ強クナレ。」
「……。」「共に…。」
「他ナラヌオマエラデ強ナルンダ。オレタチダッテソウシテキタ。ナア!」
「ああその通りだ。」
黒影から話を引き継いだ常闇が言う。その目には様々な感情が渦巻いていた。
「稲鍬がこいつの異変に気づけなかったのも、オオアゴが自信を失いかけているのも、原因はお互い知らず知らずのうちに見えない壁を作っていたことだろう。その壁を通して見えた相手を本当の姿だと思い込み、その壁を通して見える自分を強い存在だと見せかけてな。覆水盆に返らずだ。過ぎてしまったことはしょうがない。ならばこれからは一人と一匹、共に歩んでいけばいい。」
―思い返せばクワガノンに進化したその時から、お互いにどこか遠慮していた。強くなったのだからと、心のどこかに壁を作っていた。
「…ねぇ。オオアゴ。」
「……。」
「―――――」
――
日がだいぶ傾きオレンジ色に染まった空の元、ようやく宿舎にたどり着いた一同がぞろぞろと宿舎に入っていくのを見送った後。プッシーキャッツの二人が声をかけてきた。
「残念だったね。せっかくあの子のためにいろいろ考えてたのに。」
「そうそう。あれ見て『イレイザーってちゃんと先生なんだなぁ』なんて思っちゃった。」
「からかわないでください…。」
魔獣の森で何かがあったのだろう。現れた一人と一匹の顔は、悩んでいたのが馬鹿らしくなるような良い顔だった。もう問題は解決したと見ていいだろう。ならばこちらも遠慮しなくていい。
「あの様子なら明日からの稲鍬のトレーニングは少し厳し目にしても大丈夫でしょう。」
「うわぁ悪い顔…。」
「私情入ってないそれ?」
ねこねこねこ。と笑い声らしきものを上げるピクシーボブ達と共に、明日からどうしてやろうかと考えながら宿舎へと足を向けた。