神様なんて信じていない。
父は自分勝手で責任感などない、子どものような男だ。
母はそんな父に愛想を尽かして、若い男と不倫した。
そんな両親から生まれた私は必要とされず、故郷の皆からの軽蔑や憤りを一身に受けた。
母はもう家にいない。
父も夜遅くまで帰ってこない。
学校にも故郷にも、居場所などない。
それでも、
居場所がなくても、家がある。
雨風を凌げるだけの場所と自分の
私はそれだけの理由で、
そんな生き方が変わったのは、彼との出会いからだった。
神様なんて信じていない。
だけど、彼と出会ったことが神様なんてもののおかげなら、感謝くらいはして良いのかも知れない。
-------------------
「何をしているんだ?」
問い掛けられた時、最初に見つかったと思った。
だが、そこに居たのは村では見たことのない服装の少年だった。
だから安心して、そのまま無視を決め込んだ。
そのうち、飽きていなくなるだろうと考えての対応だった。
だが、思い通りにはいかず、少年はそのまま隣に居座って呆けるように、ただ座っていた。
不思議と恐くはなかった。
「家に帰らないのか?」
落ち着いた静かな声だった。
村の子どもは勿論、大人たちなど比較にならないほど、少年は大人びたような雰囲気を纏っていた。
だからだろう、安心して少しだけ気が緩んだ。
目に水が溜めっていく実感があった。
泣いても助けてくれない。
叫んでも助けてくれない。
だから閉じこもって我慢した。
ゲームに没頭して、他の全てを拒絶した。
それでも限界だったから、誰もいない場所に来た。
村からそれなりに離れている橋の下、この橋を渡れば山道に入る。
その先には、他の村や町がある。
私を誰も知らない場所がある。
行きたくて、私はその後に死んでしまうだろうから行けない。
ここにいても、その内死ぬけれど、死ぬのは遅い方が良い。
死ぬのは嫌だから...だから、いつも結局帰りたくもない
「帰り...たくない...」
ポツリとこぼれた言葉に涙が溢れてくる。
少年はどうともせずにしていたが、それが私にはありがたかった。
「じゃあ、俺と一緒に宿に行こう。」
「...えっ?」
彼が口にした言葉に呆気にとられる。
その時に私は顔を上げて、初めて彼の顔を見た。
額の真ん中で別れた髪、特徴的な逆さまな炎のような左額の字を持っている。
表情から感情は読み取れず、それでも伸ばされた手とこちらを真直ぐに見つめる瞳から真剣さと本気さが見て取れた。
だからだろうか、私は自然に自らの手を伸ばし、彼の手を握っていた。
そして私は久しぶりに、誰かに手を引かれたのだ。
--------------------
彼に手を引かれ、当然のように背負われた私はそこから理解が追い付かなかった。
彼が駆けるのは山道や林道、舗装されている道、わずかに荒れている道をひた走る。
私を背負っているのに、彼のスピードが落ちることがなくもう数十分は走り続けている。
「貴方!何者なの!?」
「私は継国縁壱という...」
ちがう!そうじゃない!と言いたいのをこらえて、私は自分の名前を彼に教える。
彼は走る間に話していても、全く息切れをしている様子がなかった。
さらに彼は、私が驚いていることに不思議そうにしており、根本的な部分での大きな食い違いを感じた。
今の速度と体力は、彼にとって当たり前のことで、私や他の人にとっては考えられないことである。
そして、それを彼は理解していない。
伝えたほうが良いのか迷っている間に、疲れていたからか、彼の温かさを感じたからか私はいつの間にか眠ってしまった。
『お前が生んだんだ!お前が責任を取れ!』
『ふざけないで!普段何もしないで遊び歩いてたくせに!こんな時だけでも役に立って!』
言い争う声で、夢を見ているとわかった。
あの時、母が家を出る前夜に聞いた言葉だ。
離婚を行うためにはどちらかが子供を引き取る必要があるらしい...
だが、私の両親は私を引き取ることをどちらも望まなかった。
考えてみれば、当然のことだった。
父は自分が楽しければいい、母は自分が不倫相手と一緒になれればいい。
2人にとっての幸せに私は必要がない、それだけの話。
私は自分の部屋で、ずっと耳をふさいで耐えた。
まるで押し入れに押し込められているような感覚...
私が、とても長いと思っていた罵りあいは、実際には30分にも満たないほど短い時間だった。
その間、ひたすら自分が必要のない存在かを口にされ続けた私は、もう生きる気力がわいてこなかった。
その後、母は家を出て、父は酒浸り、私は悪意に心を殺され続けた。
だが、それでも私は生きていた。
辛い、苦しい、死にたい......だけど死にたくない。
生きる理由はない、生きる気力もない。
なのに死にたくないのはどうしてだろう?
まぁどうでもいいことだ。
ゲームをしよう。
それで、他のことは忘れよう。
毎日、同じ行動を繰り返した。
悪意にさらされて、ゲームをして忘れる。
時々、耐えきれなくなったら1人で静かな場所に逃げる。
その繰り返しで、私の心は守られていた。
だけど、もうそれは終わりだ。
『じゃあ、俺と一緒に行こう。』
あの日に私の繰り返しを壊した声で、夢は終わった。
--------------------
女性は布団から上半身を起こして、夢について思いをはせる。
「15キロも離れていた場所を4時間前後で往復するのは、おかしいと思うのだけど...」
継国縁壱がいた宿は千景の村から山をいくつか超えた先の村にあった。町の中かつて村と呼ばれていた名残のある集落だった。千景が寝ていた間に彼は父にしこたま怒られたらしく、ずっと正座をしつつも、真顔で座っている様子が非常にシュールだったのを千景はよく覚えている。
あれから数年の時が過ぎた。
最終的に、今の千景は
「おはようございます。姉上。」
「おはよう、縁壱...姉上はやめて。」
「.........善処します。」
その間はなんだ?という言葉を千景は飲み込んだ。
身支度を整えて、朝の清掃を始めようとする千景の前に現れた継国縁壱は、現在千景の義弟である。
千景が継国の家に引き取られることが決まったのは、縁壱が千景と出会って数日後だった。
縁壱の父は人格者で、千景の実家に謝りに行き、千景の惨状を目の当たりにした。
もともと縁壱から理由を聞いていたらしく、それでも質の悪い家族喧嘩だと思ったらしい。
だが、現実は想像よりもはるかに酷かった。
縁壱の父と共に歩く千景を見る村人の視線は、軽蔑と非難しか含まれていない。
さらに、縁壱の父が千景を引き取ることを決めたのは、千景の父が発した言葉が決め手だった。
『生きてたか...』
心配でもなく、安心でもない。
まるで、いてもいなくても良いような言葉。
それから、すぐに縁壱の父は千景を連れて、その
その後、養子となることを千景は了承し、手続きもトントン拍子に進んでいった。
千景本人にとっては、願ったりかなったりの出来事に驚きながらも、縁壱に感謝しつつ厚意に甘えることにした。
「おはようございます。父さん、母さん。」
「おはようございます。父上、母上。」
「おはよう、2人とも。」
「フフ、おはよう。」
そして今、千景は来年から中学生になる。
血のつながりがなく、見る人が見れば、偽物と呼ばれそうな家族構成。
だが、千景にとって何よりもかけがえのない家族......
継国千景はこのとき、確かに幸せだった...
西暦2015年 4月3日
社会人ってすごいですね。自分がなってみて、学生は楽だったなーとすごく思います。