継国縁壱は勇者にあらず   作:立花・無道

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楽しんで頂けたら幸いです。


のぎわかば

乃木若葉は、目の前の少年の動作に対して、美しく無駄のない剣だと思った。

同時に、劣等感や敗北感などの普段は全く感じたことの無い感情が自分に芽生えていることにどうしようもない嫌悪を抱いた。

幼いながらも、若葉は数年間も剣を振り、居合の型を練習して今の実力を手に入れた。

同年代からはもちろん大人たちにも、一般的に天才と認められる程度には乃木若葉は優秀な剣士だったのだ。

 

だが、目の前の少年は初めて手にした竹刀で若葉のなじみの道場主に数回の打撃を打ち込み叩きのめした。

十にも満たない少年が行ったことに周りは騒然となり、彼の父であるらしい男性すら口を開けて固まっている。

 

 

その日、乃木若葉は自らの技など児戯に等しいと思えるような剣を視た。

本来ならば出会う事や交わることすらないはずの2人...未来の勇者である乃木若葉と理外の天才である継国縁壱は齢九つの時分にて、初めての邂逅を果たした。

ただ、邂逅といってもお互いに深い関わりを持ったわけでも、話をしたわけでもない。

若葉は縁壱の剣を見ただけ、縁壱は若葉のなじみの道場にいただけだ。

この出会いに何かしらの意味が生まれたのは、1年以上も後のことだった。

 

 

2014年3月31日

 

 

 

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2015年7月20日

 

 

 

「スゥー、ハァー...スゥー...ハッ!」

 

構え、呼吸を整え、鞘に納まった刀を抜刀し、再び鞘に納める。

乃木若葉は夏休みに入ってすぐ、自宅の道場に入り浸っていた。

居合と素振りをただ繰り返す。

小学生の女の子が送る夏休みとは言い難い光景が、そこにはあった。

 

「ひなたか...」

 

若葉がポツリと呟くように口にすると、やがて足音が聞こえ、道場の入り口から黒髪の少女が顔を出す。

 

「おはようございます!若葉ちゃん!」

「ああ、おはよう...ひなた。」

 

若葉が挨拶を返した少女は上里ひなた、いわゆる幼馴染の関係である。

 

「また、修行ですか?若葉ちゃん、少し根を詰めすぎですよ?」

「...自覚はしてる。だけど、このくらいじゃ彼には...」

「追い付けない...ですか?」

 

ひなたの言葉に、口を閉じる若葉。

無言ではあったが、その表情は焦りが浮かんでいた。

 

「来週から修学旅行です。今日は湯編みでもして買い物に行きましょう!気分転換も、修行の一環です!」

「...ひなた、だが...」

「若葉ちゃんの悩みは私には深く理解できません。だけど、今の若葉ちゃんはクラスの皆に恐がられてます。...新学期が始まってから、ドンドン酷くなってますよ...」

 

去年の春よりはマシですが...と付け加えられた言葉に若葉は、顔を引きつらせる。

 

「...そ、そんなにか?」

「そんなにです!」

 

そんなに怖いかな?と呟く若葉に、ひなたは思わず口元を隠す。普段と違う若葉のしおらしさに、小声で笑ってしまったからだ。

 

「ひ〜な〜た〜!」

「怒った顔も素敵です!若葉ちゃん!」

 

どこからか取り出したデジカメで写真を撮るひなたと、ひなたを追いかける若葉、道場内で騒いでいた2人に、若葉の祖母から雷が落ちたのは至極当然の成り行きだった...

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局、ここに来てしまったな...」

 

ひなたとの買い物を終えた若葉が足を運んだのは、ある神社の道場である。

2つの鳥居と参道を潜った先にある拝殿、その右手前に位置する形で建てられた道場は、それなりの大きさだが、それでもまだ拝殿前の空間には余裕があり、道場の周囲で数人が素振りをしても邪魔にならない。

その道場は、以前に若葉が縁壱の剣を見た場所だ。

 

「もう夕方だから、誰も道場にはいないか...」

 

指導者の都合で道場の開かれる時間は変わるが、夏休みは子どもが昼間に顔を出しに来ることもあるため道場の持ち主によっては朝から道場を開放してくれている場合もある。

この道場は、夏の間だけ門下生以外も出入りできる便利な場所である。

とはいえ、休みに夏場の暑い道場に顔を出す人など、実家が武道や武術に関係している人物ぐらいのもので、基本的に稽古のある日以外はガラガラの状態だった。

 

「流石に今から、何かするというのも閉めるときに邪魔になるし...」

 

帰るか。と若葉が呟き踵を返そうとしたときに、音が聞こえた。

ブンッ、ブンッと続けて何かを振るような音が断続的に聞こえてくる。

反射的に若葉は、音の聞こえる道場の裏手に足を運んでいた。

 

 

 

若葉が見たのは棍を振る黒髪の少女。

本来はそれなりの長さであるであろう髪を若葉と同じように後頭部に結い上げていた。

少女は若葉が来てからも、その前から行っていたであろう動作、右足を前に、棍を左右に入れ替えるように身体全体で回し続けている。

根を回したまま右から左へ、腰をわずかに捻り左から右へ、連続して繰り返す動きは非常にスムーズだ。

だが、不意に少女は棍の動きを止める。

 

「ずっと見られていると流石に気になるのだけれど...」

 

顔を見ずに告げられた言葉に、若葉はハッとして自分の状況が覗きのようであることをようやく理解した。

 

「す、すまない!自分も剣を振るのだが、棍の動きが綺麗だったから見とれていた!他意はない!」

「そう...嬉しいけれど、舞花棍(ぶかこん)だから大したことはないわ。」

「舞花棍?」

「ええ、棍の基本よ...私は継国千景。ここには父の付き添いで来たのだけれど貴女は?」

「......乃木若葉だ。」

 

笑いかけてくる少女、千景に若葉は少し遅れて返事を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、道場の人と顔見知りだったのね...」

「はい、千景さんは高知の神社の娘さんなんですね。」

 

千景が鍛練を切り上げると、自然と打ち解けた2人は、道場の縁側にて休憩がてらの談話に興じていた。

 

「年上ではあるけど、呼び捨てで構わないわよ、乃木さん。同年代なのだし...」

「いえ!千景さんは同年代には見えないくらいに落ち着いていますし、難しいです。」

 

そう...と千景は若葉が敬語を使うことを、呆れながら了承した。

 

「あの、千景さんはどうして棍を?」

「...そうね。少し面倒な話になるけれど、良いかしら?」

「は、はい!」

 

一瞬、考えるように黙った千景に、若葉は少しだけ緊張しながらも、肯定的な答えが返ってきたことに安心する。

 

「乃木さん、貴女は何かに選ばれた人間っていると思う?」

「......正直、わかりません。」

 

漠然とした千景の問い掛けに、若葉の頭に過ったのはかつて道場で起こった出来事。

選ばれた人間というものが何かはわからない若葉が、唯一理解しているのは、自分よりも優れた誰かが存在しているという事実のみ。

だからこそ若葉は、千景の問い掛けにわからないと返した。

 

「ただ、自分は何かに選ばれた人間ではないと思います...」

「そう...貴女は真っ直ぐなのね。」

 

千景は俯きながら答えを返した若葉を労うようにそう口にした。

 

「乃木さん、私は何かに選ばれた人間はいると思うわ。」

「...そう、ですか...」

「けどね...」

 

千景の言葉に、途切れ途切れ返した若葉の言葉を遮るように、千景は立ち上がり、根先で地面を鳴らす。

 

「選ばれた後でどうするかは、自分自身で決めるモノよ。誰かや何かに左右されるモノじゃないわ。」

「後、ですか?」

「ええ、ゲームみたいに王様に勇者に選ばれて、世界を救って終わり...じゃないもの。

私たちは、後の事を考えなきゃいけない。まぁ、今は選ばれたのどうだのを考えるような世の中じゃないけどね...」

「あの、千景さんはそれでも選ばれた人間がいると?」

「ええ、思ってるわ。」

 

断言した千景の顔は確信の籠った表情で、若葉はシンパシーのような親近感のようなものを感じていた。

千景もまた、痣の少年のような自分には届かない場所にいる誰かを視たのではないだろうかと...

 

「話を戻すけど、私は根を学ぼうと思ったのは、ある日不思議な棍を手に取ったからよ。」

「へ?......ふ、不思議な棍?」

 

大真面目な顔で説明する千景に、理解が追い付かない若葉は、首を傾げながら何とか返事をした。

 

「ええ、鉄みたいな感触なのに、異様に軽くて、手に馴染む黒い棍。銘は『黒閃』。私はその棍を自由自在に使いこなしてみたくなったのよ。棍を振り始めたのは、そんな理由。」

 

不敵に笑いかけてくる千景を見て、若葉は思う。

継国千景という少女は、黒い棍が自分を選んだと思っていて、その上で千景もまた棍を手にする道を選んだのだと...

 

「それが千景さんのおっしゃられた、自分自身で選んだモノですか?」

「そうよ。貴女から見てどう感じるかしら乃木さん...

私の選択は?」

 

千景の声に若葉は返事をしなかった。

いや、返事をできなかった。

乃木家の家訓である『何事にも報いを。』の通り、乃木若葉は何者であっても行動には、必ず返ってくるものがあると育てられた。

良く言えば素直で純粋。

悪く言えば頑固で偏執。

報いを度外視した行動を乃木若葉はできない。

乃木若葉が普段行っているのは、自身の意志による選択ではなく、行動による報いの肯定。

何者であっても、その行動による未来(結果)が自身にとって、納得できるものでなければならないという、強迫観念にも似た妄執である。

この事実を若葉は自覚すらできていない。

だから、自分が想像できないようなことを選択肢に上げることもない。

結局、乃木若葉は継国千景と平行線だ。

千景が何にも左右されない道を選択しているならば、若葉は報いに左右されて道を歩いている。

 

 

 

 

 

しばらく黙り込んでいる若葉を見て、千景は静かに話しかける。

 

「この辺りは電灯は少なかったから明るい内に帰った方が良いわ。私はまた、夏休み中に此処に来るわ。その時、また話しましょう乃木さん...返事を考えてくれてるみたいだから、待ってるわ...」

 

若葉は千景の言葉に頷きながらも、自身の思考に没頭していた。

その後若葉は、半分呆けたままで家路に着いた。

その後、若葉が修学旅行に向かう前に、2人がもう一度会うことはなかった......

 

 

 

 

 

 

正史では、あり得ることのない出会いと会話によって生まれた2人の勇者のつながり。

 

 

この数日後、乃木若葉は神に選ばれた勇者となる。

自身にとっては未知の存在に選ばれた若葉は、千景の言葉を思い出す。

 

千景や縁壱との再会、新たな勇者との出会いが彼女の運命を加速させる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




個人的に感じたことですが、若葉はメンタルが異様です。それが、家訓が礎になっているとすれば、時代設定的に非常に歪な少女ではないかと思います。
もちろん、周囲の助けや支えはあったと思いますが、それでも、乃木若葉は精神構造が異常だなというのが初期の印象でした。
ちなみ、若葉が嫌いなわけではありません。
千景のような迫害があったわけでもないのに、原作初期のように1つのことに固執するのは、もはやというイメージで執筆いたしました。

千景は縁壱と出会った数年で自分を愛せるようになりました。花結いが参考になってます。

長くなりましたが、次回もよろしくお願いいたします。
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