鋼の錬金術師Reverse 蒼氷の錬金術師   作:弥勒雷電

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第3話『東方の闇』part 1

大陸暦1930年11月19日

東方地区 リオール

 

エリシアとスヴァンはマスタングからの指示を受け、東方地区リオールに向かう列車の中に居た。

窓の外にはのどかな農作地帯が拡がる。

セントラル育ちのエリシアにとってはなかなか見る事も出来ない貴重な風景である。

 

「リオール事件。確かレト教って新興宗教の信者と反信者同士の争いに中央軍が介入したのよね?」

 

エリシアが東方司令部史料室から取り寄せたリオールに関する史料を見ながらスヴァンに尋ねる。

 

「ああ、公式発表はそうなってたけど、実はいろいろと逸話があるらしいよ?レト教を仕切っていた教祖は突然や行方不明になったみたいだし」

 

「そうなんだ」

 

スヴァンの返答にエリシアは興味深そうに頷くと史料に再び目を落とす。そして意外な名前を見つけ驚く。

 

「エドワード・エルリック」

 

エリシアがその名を呟くとスヴァンが顔をあげる。

 

「ああ、確か最初にレト教の不正を暴いたのがエルリック兄弟って聞いたことがあるな。でもまぁ、彼らがやったことで、レト教信者と反レト教市民との抗争に繋がったって言っている歴史家もいるけどね」

 

エリシアは懐かしい名前に思いを馳せる。15年前、父がこの世を去った時に一緒に泣いてくれた人。それから自分や母親の事を何かと気にかけてくれた恩人の1人。

 

「でも、それは曲解しすぎな気もする。もともと反レト教の市民はいた訳だし、例えエドワードさんとアルフォンスさんが暴かなくても、遅かれ早かれ抗争には発展していたんじゃない?それよりも抗争を未然に防げなかった軍の問題よ」

 

エリシアの返答にスヴァンは苦笑いを浮かべる。

 

そうこうしている間に窓の外にはリオールの駅舎が目に入り、列車がその速度を落とし始めた。

 

—————————————

 

「んー」

 

セントラルとは異なり幾分か空気が美味しい気がする。

エリシアは駅舎から外には出ると大きく伸びをする。

 

そしてリオールの駅舎前で落ち合う事になっている案内人の姿を探す。

 

すると眼前に辺りをキョロキョロしながら誰かを探しているだろう人影が目に入った。

 

「確か案内人の人が駅舎前にいるって聞いてたけど、まさかあの怪しい人がそうかな?」

 

スヴァンも同じ人物を見つけたのか、半ば訝しむ視線をその人影に向ける。

 

「ちょっと待って!」

 

その時、エリシアの心の中に懐かしさが溢れ出す。彼女はスヴァンを強く制し、その人物にに目を凝らした。

 

栗色のブロンドを後ろで三つ編みにし、更にフラメルの十字架を背負った真紅のマント。それを確認するとエリシアの顔が綻ぶ。

 

「エドワードさん!」

 

エリシアの声に振り向いたその人影は彼らの姿をその金色の瞳に見留めるとその瞳が驚きのそれに変わる。

 

「え?エドワードって?」

 

彼女の発言に驚くスヴァンを尻目にエリシアは彼の元へ走った。そして彼女を出迎えたその人物はまさにエドワード・エルリックその人であった。

 

「まさか、大佐が言ってた軍人ってエリシアの事か?」

 

その言葉にエリシアはニヤリと笑うと頷く。

 

「まさか大総統が言っていた案内人がエドワードさんだったなんて。お久しぶりです。2年ぶりくらいですか?」

 

エリシアの言葉にエドは少し興奮した様子で記憶を辿るように視線を泳がす。

 

「ああ、前にアルが帰っと来た時以来だな。元気してっか?」

 

エドの言葉に大きく頷くエリシア。

その時、スヴァンが追いついてくる。

 

「あの…これって?」

 

エドとエリシアを交互に見て不思議そうな顔をする。その様子にエリシアは驚いたように尋ねる。

 

「スヴァンは初めて?こちら元鋼の錬金術師のエドワード・エルリックさん。それで、こっちは東方司令部のスヴァン・スタングベルト少佐です」

 

スヴァンはエリシアからの紹介に驚きの表情でエドを見て背筋を伸ばし敬礼をする。そして先ほどの列車での発言を少し後悔した。

 

「スヴァン・スタングベルト少佐あります」

 

そう言ったスヴァンの様子に思わず吹き出すエドとエリシア。不服そうなスヴァンの肩をエドがポンポンと叩く。

 

「やめろやめろ!俺はもう軍人じゃないんだし、そんな堅苦しいのはいらないよ。で、マスタング大総統様からの遣いはお前ら2人?」

 

そのエドの質問の真意を掴めずにただ頷くだけのエリシアとスヴァンを見てエドは頭を抱える。

 

「ったく、大総統直々の依頼だからって、こんなとこまで来てみたら、お前らのお守りとは。やれやれだ。あの野郎、後で法外な額請求してやる」

 

その言葉にスヴァンは再度不服そうな顔をエドに向ける。

 

「ちょっと待ってください!今のどういう意味ですか?俺がイシュヴァール人だからですか?あなたは大総統直々に依頼を受けたのでしょう?」

 

思わぬスヴァンからの剣幕に一瞬エドはたじろぐ。更にスヴァンは興奮した様子で続ける。

 

「国家錬金術師の称号を剥奪された貴方にそんな言い方されたくはないです。俺たちはれっきとした国家錬金術師なんですから」

 

スヴァンの言葉にエドはムッとした表情で彼の姿を頭の先からつま先までをじっくりと見やる。

 

「国家錬金術師がそんなに偉いのかねー?」

 

そう言ったエドの予想外の冷徹な声色にエリシアは鳥肌がたつのを感じる。

 

「まぁ、年長者に対する敬意もないお前にこそ、言われる筋合いはないね。それに俺は称号を剥奪されたんじゃねぇ!弟に譲っただけだ!」

 

エドはスヴァンの方に向き直ると彼の眉間を指差しながら言う。その不思議な威圧感に少し圧倒されるスヴァンは一歩後退りする。

 

「何なら今からここで手合わせしてみるか?まだまだ国家錬金術師成り立てのお前らに負けるほど俺の腕も衰えてないぞ」

 

逆に今度はエドがスヴァンを挑発するように一歩更に踏み出す。

スヴァンは背中に冷たい汗が流れるのを感じた。

 

「ちょっとエドワードさんにスヴァンもここじゃ目立ちすぎます。2人とも!場所変えましょう?」

 

2人の様子を見るに見かねたエリシアが2人の間に割って入る。

 

《あーもう、スヴァンも一体どうしたのよ。エドワードさんも大人への尊敬の念とか言いながら大人げなさすぎ》

 

エリシアは心の中でそう悪態をつきながら2人に提案する。確かにあまり見慣れない栗色ブロンドの長髪男とイシュヴァール人の間の喧嘩となれば目立ちすぎる。

 

「「ふん」」

 

エリシアの提案にエドとスヴァンは渋々納得するも、互いに顔も合わせないまま、近くの喫茶店へと入った。

 

—————————-

 

 

「今回のお前らの任務がレト教絡みってのは本当か?」

 

喫茶店に入ったエドは特大のパフェを頼み、少しがっついて落ちつきを取り戻すとそうエリシアとスヴァンに尋ねる。

 

「はい。そうです」

 

エリシアはまだそっぽを向いているスヴァンに小さく溜息を吐きながらもエドの質問に答える。

 

そして、過激派組織スム・ダムの幹部がこの地域に逃げ込み、それをレト教信者が匿っているとの情報があることを告げた。

 

「なるほど」

 

エドはエリシアの説明に納得したように呟くと懐から何かメモのような物を取り出した。

 

「それでその捜索と逮捕にお前ら2人の錬金術師が派遣されたていう訳か。これは思った以上に大役だな?本当にこいつとで大丈夫か?」

 

エドは再びスヴァンを煽るような言葉を並べる。

 

「なっ」

 

「大丈夫です。彼意外と喧嘩っ早いし、頼りないところもあるけど国家錬金術師としても、軍人としても優秀です。私なんかより」

 

スヴァンはまた抗議の声を上げようとしてエリシアにその声を遮られた。そしてエリシアの言葉に暖かい何かを感じ、エドに敵対心を向けていた自分を少し反省する。

 

一方のエドもエリシアからの予想外の返答に苦笑いを浮かべ、「そうか」とだけ言葉を返す。

 

「『このリオールで案内人に会え。彼ならば君達が欲しい情報を持っているだろう。』というのが閣下からのお言葉です。」

 

スヴァンは素直にそうエドに問いかける。エドは少し考えたのちに一枚のメモを懐から出す。

 

「案内人か。あいつも最初からそう言えばいいのに。まぁ、そういう事ならあそこに行けば情報があるかもな。善は急げだ。行くぞ!」

 

エドはそう言うと立ち上がり、颯爽と喫茶店を後にする。

エリシアとスヴァンは慌てち立ち上がると店員に銀時計を見せ、エドの後を追った。

 

———————

 

「それにしても2年も会わないうちに綺麗になったな」

 

エドは改めてエリシアの姿を見て彼女の変化を素直に賞賛する。

 

「ありがとうございます。ウィンリィさんはお元気ですか?」

 

返す言葉でエリシアはもう1人の恩人、ウィンリィ・エルリックについて尋ねる。エドは15年前の騒動の後、錬金術師の資格を返上、“鋼”の称号は弟のアルフォンス・エルリックに譲渡した。

その後6年間の世界放浪の後、リゼンブールに戻り、ウィンリィと結婚、今4歳になる息子と1歳になる娘の父親である。

 

「あぁ、相も変わらず仕事に育児に大忙しだよ。息子も4歳になった。ちょうど俺たちが出会った頃のエリシアと同じ歳だな」

 

「そうなんですね!じゃ、こんな任務とっとと終わらせて早くリゼンブールに帰らないとですね。」

 

エリシアは無邪気にそう言うが、エドは今回の大総統直々の依頼ということが引っかかっていた。一筋縄ではいかないだろうという予感がする。

 

エリシアはふと自分達から距離を置いて歩くスヴァンに気がつき、エドの元から離れる。

 

「あいつ信用できるのか?」

 

自分の元に寄ってきたエリシアに視線を向け、前を歩くフラメルの十字架を見ながらスヴァンがエリシアに尋ねた。

 

「大丈夫よ。あの人は信用できるわ」

 

エリシアの凜とした表情にスヴァンは再び前を歩く背中を見る。彼はまだマスタング大総統はなぜ彼のような退役軍人を自分達の案内役に選んだのか不思議で仕方なかった。

 

当のエドは2人を省みることもせずリオールの街を歩く。そして雑貨屋を数件通り過ぎたのち、一本の路地へとその体を滑りこませた。

 

エリシアとスヴァンも後に続く。

 

すると街の喧騒と切り離されたように薄暗く静かな路地が続く。少し路地を進むと一つの木の扉がエリシア達の目に入った。

 

「俺だ」

 

エドはその扉を二度ノックするとそう告げる。すると扉が開き、エドが中に入れと手招きする。

 

エリシアはスヴァンの背中を押し、エドの脇を通り過ぎるとその木扉の中へと入った。

 

 


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