鋼の錬金術師Reverse 蒼氷の錬金術師   作:弥勒雷電

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第3話『東方の闇』part 2

—-リオール旧市街 路地裏

 

「なんか怪しくない?」

 

スヴァンは路地裏に突如出現した扉、その中に入るように促すエドを見てエリシアに小声で話しかける。

 

「んー。でも行くしかないでしょ。エドワードさんが私達を騙すような事はしないと思うし」

 

エリシアはそう答えるとエドの方に向かって歩く。

 

「早くしろ。誰かに見られるとまずい」

 

するとエドが声を潜めながらもスヴァンにも早く来るように言う。

スヴァンは一瞬躊躇の表情を見せるが渋々エリシアの後に続き、エドに促された扉を潜った。

 

エドが扉を閉めると青白い光が扉を包み、そこは元の煉瓦の壁に戻った。街は何もなかったように喧騒を続けている。陽は少し傾き出し、足早に家路を急ぐ人が増える時間にさしかかろうとしていた。

 

—————————

 

通された部屋は先ほどの路地と較べても引けを取らないほど薄暗く、小さなランプが一つ灯っているだけである。

 

エド、エリシア、スヴァンの順で中を進む。埃っぽい匂いに咳込みながらスヴァンは外で待っていればよかったと後悔を始めていた。

 

5分ほど歩いただろうか。

エリシアもスヴァンもどこをどう歩いたか分からない。今どの方角に向かっているかも分からない。そんな感覚を覚え出した時、視界の先が少しだけひらけた。

 

どこかの部屋に出たようである。

正方形のその部屋には左右の壁際には本棚がありみっしりとなにかの書物が並んでいる。右奥には茶色い事務机が置かれている。部屋の中央にはソファとテーブルがある。

 

薄暗さのせいか殺風景にも思えるその部屋に3人は足を踏み入れた。

 

「これは珍しい客だの?エドワード・エルリック。それにこちらは新しいお客様ですかな?」

 

すると部屋の奥、灯りの向こう側から声がする。

目が慣れてくると次第に事務机に座る男性の姿が視界に浮かんできた。

 

エリシアとスヴァンが目を凝らすとそこ座る初老の老人を見てエリシアとスヴァンは目を見開く。

 

「グラマン元大総統閣下、なぜ貴方がこんな所に」

 

声を上げたのはスヴァンである。

 

無理もない。

 

彼ら目の前にいたのは8年前に早々と大総統の地位をマスタングに譲り、隠居生活に入ったはずのグラマンの姿があったのだ。

 

だか が、グラマンはスヴァンの質問に答えるそぶりはない。

その様子を見てエドが口を開いた。

 

「ああ、現大総統閣下からの勅命でね。ちょっとアンタの情報網を使わせてもらいたい」

 

エドの言葉にグラマンはヒゲの下に笑みを浮かべた。

 

「ふぉっふぉっふぉっ。なるほど彼からの勅命というのはスム・ダム幹部がこのリオールに逃げ込んだというあれかな?」

 

グラマンの言葉にエリシアは冷静になぜ彼がその事実を知っているのか疑問に思った。

 

過激派組織スム・ダム関連の情報は今や超S級の極秘事項である。それを元大総統とは言え、8年も前に退役した一般人に知り得るものではない。

 

「どうしてその情報を!スム・ダムの情報は統制が敷かれていて一般市民には知らされていないはず」

 

スヴァンも同じ問いに行き着いたのであろう。

エリシアの頭に浮かんだのと同じ質問の声をあげる。

ただこの状況でその質問をした所で皆目自分達を納得させる回答は得られないだろう。

 

スヴァンはこの非日常な状況に判断が短絡的になっている。

グスマン元大総統と渡り合う事が必要ならば、思った事を口にするだけでは到底太刀打ちできない。

 

エリシアは脳内をフル回転させ、グラマンにかけるべき言葉を探した。

 

一方のグラマンはエリシアの予想通り、そんな彼を滑稽なものを見るような視線で一瞥するとスヴァンを指差し、エドに問う。

 

「こんな男で大丈夫か?」

 

グラマンはそういうとエドがニヤリと笑う。また自分がからかわれたと真に受けてまたスヴァンが少しだけ前のめりになった。

 

「スヴァン、ここは私に任せて」

 

今度はグラマンに対して噛み付こうとしているスヴァンをエリシアは半ば呆れながら制すると頭の中で整理した内容を口にする。

 

「グラマン元大総統閣下、直接お目にかかるのは初めてと思います。私は中央司令部第7師団所属エリシア・ヒューズ少佐です。一応国家錬金術師です。今日はよろしくお願い致します。」

 

エリシアはそう言うと頭を下げた。その姿にグラマンは目を細め、エドワードは感心した様子を見せ、スヴァンはまだ自分の名前すら名乗っていなかった事に気付き、自分の無礼さを恥じた。

 

「こちらは東方司令部所属のスヴァン・スタングベルト少佐です。彼も一応国家錬金術師です。」

 

そう言うとエリシアはクスリと笑う。その仕草にグラマンの表情が少し柔らかくなるのを感じた。スヴァンは深々と頭を下げる。

 

「先程は無礼な事を申し申し訳ありませんでした。東方司令部第2師団所属のスヴァンン・スタングベルトです。」

 

スブァンは自らの無礼を詫びると顔を上げ敬礼をする。

エリシアはその相棒の様子に小さくうなづくとグラマンに対して向き直った。

 

「エドワードさんとの会話である程度合点がいきました。なるほど。軍直属の情報屋という事ですね?グラマン元大総統閣下。前に大総統から聞いたことがあります。東西南北の各地域に軍に精通した情報屋がいると」

 

エリシアの言葉にじっと耳を傾けるグスマン。

その様子を見て更にエリシアは続ける。

 

「そして軍が掴んだスム・ダム幹部がこの地域に逃げ込み、レト教信者が匿っているとの情報源はグラマン元大総統閣下ってことですね」

 

エリシアの推理にグラマンは満足げに頷く。

 

「そちらのお嬢さんはなかなか聡明みたいだ。さすがヒューズ准将の愛娘と言ったところかな?100点満点の回答じゃ」

 

グラマンはそういうと杖に体を預けながら立ち上がり、スヴァンを一瞥する。スヴァンはその鋭い視線に思わず目をそらした。

 

「如何にも私がマスタングに情報を提供した張本人さ。他にもいろいろあるが見てみるか?」

 

グラマンは右手に持つ一冊のノートをひらひらとはためかせながらそういう。

 

「え?なんですか?」

 

グラマンからの誘いに思わず身を乗り出したエリシアの襟首をエドが引っ張り制する。

 

「やめとけ!無闇にあのノートを見ると法外な情報料を吹っかけられるぞ」

 

そのエドの忠告に今度はグラマンが大袈裟な笑い声をあげた。その様子にエドは不服そうな顔を見せる。

 

「ふぉっふぉっふぉっ。昔このノートを見て軍からの退役金を根こそぎ持っていかれたバカがいたな」

 

グラマンからの指摘にエドの顔が真っ赤に染まる。

 

「うるせー!いつか絶対に取り返してやるからな!」

 

エリシアはグラマンの言うそのバカがこの人なんだと察し、思わずある考えが浮かぶ。

 

「って、私達をここに連れてきた理由って…まさか!?2人で私達に法外な情報料を払わすため?」

 

そう言って顔を引きつらせ後ずさりをするエリシアにエドは頭を抱え、グラマンは更に笑い声をあげる。

 

「心配せんでも情報料は大総統閣下からもらっておるよ。そなたらへの協力も含めてな」

 

グラマンの言葉にエリシアはホッとしたように息をつく。

一気に場の空気を掴んだエリシアをスヴァンは流石だと感嘆した。

既にグラマンの心を掴んでいるように見える。

 

それに比べて自分はやはりこの身体にイシュヴァールの血が流れている事を卑下に感じているのだろうか?アメストリス人の嘲笑や言葉を簡単に受け流す事ができない。

 

この東方でイシュヴァール再興、融和政策を担当する身としてその事実は確実に自分自身の足枷になっている。だが、今はまだどうしたらいいか分からない。

 

エリシアは自分のことを優秀だと言った。

だが、こういう場面を目の当たりにすると彼女に対して劣等感しか感じない。年下の彼女に憧れて国家錬金術師を目指したとう始まりからして間違っていたのではないかと思わされる。

 

「ちょっと待て!大総統から既に依頼料をもらってるって事は俺たちが今日来ることも知っていたな?この薄れたぬきが!」

 

エドがグラマンの悪戯心に気がつき、そう悪態をつくとグラマンはより一層大きな笑い声をあげた。

このエドワードという男も不思議な男だとスヴァンは思う。

言葉遣いは荒いし、性格も悪そう、だが、得てして周りからの信頼を集めている事が流石のスヴァンにも手に取るようにわかった。

 

グラマンは机からソファに移動すると深々と腰を下ろす。

 

「今日はもう日暮れも近い。また明日出直してくるといい。そこのイシュヴァールの坊主は先に戻って今夜の宿でも取ってこい。エドワード・エルリックとお嬢さんには別件の話があってな」

 

グラマンの言葉に何かに気付いたエリシアは申し訳なさそうに両手を合わせてお願いする仕草をスヴァンに見せた。

 

「後でちゃんと教えろよな!」

 

ひとり除け者にされる事に異を唱えようとしたスヴァンだが、そこにもなにか意味があるのだと察して、足早に部屋を出て行く。使用人らしき女性が出口までの道を案内してくれるようである。

 

木扉を閉め、路地に出るとグラマンが言うように空に少し夕暮れの色が重なり始めていた。

 

スヴァンは足早に路地から外に出ると少し賑わいが薄れたリオールの旧市街を少し歩く。

 

《多分あの祭壇で起きた錬成陣のことだろう》

 

スヴァンはエリシアが残された理由をそう察していた。彼女の身に何かに別の事が起こっているのではと今回の任務が大総統から言い渡された時から薄々感づいてはいたが、先ほどのやり取りでスヴァンの中で確信に変わった。

 

《エリシアが話せるようになったら話してくれるだろうし、いらぬ詮索はしないでおこう》

 

そう心に決め、スヴァンは既に予約していたホテルの中に入った。

 

——————

 

一方、グラマンの部屋に残ったエリシアとエドはグラマンと向き合うようにソファに腰を下ろす。

 

「それで、君はもう一つ聞きたい事があるだろ?」

 

まるでエリシアを試すように尋ねてくるグラマンに少し気圧されながらもエリシアはエドをみた。

 

まだ父に瓜二つな男性の事はエドにも話していない。

 

「大総統からはこいつにも情報を入れるように言われておる。心配せんでも良い」

 

全てを見透かすようなグラマンの発言にエリシアは自分の思考が読まれているのではないかと言う錯覚に陥る。

 

「なんだ?俺にも関係あることか?」

 

エドの問いに少し迷った末、エリシアは小さく頷く。

 

「実は…」

 

エリシアは素直にあの日祭壇の間で経験した事を2人に話す。彼女の話を聞く中でエドの顔がどんどん険しいものになっていく。

 

「それは本当なのか?」

 

エドの冷えきった言葉にエリシアはゾッとする。恐る恐る頷くエリシアにエドは天を仰ぎ頭を掻き毟る。

 

「大総統の野郎、嫌な役回りを押し付けやがって。あのな、エリシアよく聞け?真理の扉から無傷で帰ってくるって事はそれ相応の対価を払ってるってことだ。そう、このじじいの調査料みたいにな!」

 

そう言ってグラマンを一瞥したエドは真剣な表情を崩さずに更に続ける。

 

「しかもその通行料は金じゃない。お前が望むもの、未来、夢への対価だ。その時お前は何を願った?」

 

エドの言葉にエリシアはハッとする。

 

「あの時、とっさに思ったの。『パパ、みんなを助けて』って」

 

エリシアの言葉にエドは泣きそうな顔になる。

 

「エリシア、よく聞け。多分お前の通行料はおそらくお前の目の前で消えた将兵たちの体、魂だと思う。お前は彼らのおかげで無事戻ってこれたんだ」

 

エドの言葉にエリシアは脳天をオノて真っ二つにされたような衝撃を受ける。涙が頬を伝い、声にならない嗚咽が漏れた。

 

「うそよ…どうして?…ひどすぎる…。ねぇ…エドワードさん…彼らは…もう…戻ってこ…ないの?」

 

エリシアの嗚咽交じりの言葉に苦痛の表情を浮かべるエド。彼は膝をつくエリシアの傍に腰を下ろすと背中をさする。

 

「正直分からない。たが、可能性はある。俺は昔、とあるどでかい代償とともにアルの体と魂を真理から取り戻した。でもエリシアが同じ事をしても多分全員を取り戻すのは無理だ」

 

エドの言葉はエリシアを更に絶望のどん底へと突き落とす。泣きじゃくるエリシアの様子にグラマンもこれ以上話ができないと判断し、彼女を宿まで連れていくようにエドに指示を出した。

 

 

 

 

2人が去った後の部屋でグスマンは黄昏ていた。

 

「小僧が粋な事をやりおった。これはちょいと厄介な事になりそうじゃの」

 

グスマンはかつての愛弟子マスタングに対して悪態をつくと、胸ポケットから一枚の写真を出す。

 

そこに写るのはこのリオール旧市街のカフェでお茶を飲んでいる3人の人物。

 

金髪色白のグラマラスな女性

白髪痩躯の青年

そして中肉中背、無精髭とメガネが特徴的なグスマンもよく知る人物に似た男性

 

「お前は一体何者なんだ?」

 

グスマンの問いは薄暗い虚空に吸い込まれ、誰もその答えを示す事はなかった。

 

 

 

 

 

 

 


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