鋼の錬金術師Reverse 蒼氷の錬金術師   作:弥勒雷電

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第4話『嶮しき茨の道』part 1

 

大陸暦1930年11月20日

アメストリス東方地区 リオール旧市街

グラマンの隠れ家

 

「ほーう。君が来るとは驚いた」

 

グラマンは早朝の来訪者に驚きを隠せないでいた。

 

「スヴァン・スタングベルト少佐。エドワード・エルリックとエリシア・ヒューズはどうした?」

 

敬礼の体勢を維持していたスヴァンはグラマンのその問いに答えることなく神妙な面持ちで彼に尋ねる。

 

「グラマン元大総統閣下。ひとつお聞きしたいことがございます。よろしいでしょうか?」

 

スヴァンはそう言うと敬礼を解く。

 

「一体今、この国で何が起ころうとしているのです?15年前の再来でしょうか?」

 

スヴァンの問いにグラマンは苦笑いを浮かべると杖を支えに彼の元に歩み寄る。

 

「どうして君はそう思う?」

 

グラハムは質問を質問で返す。

 

「昨日ホテルに戻ってから15年前の資料を取り寄せました。その中に書いてあった国土錬成陣と呼ばれる代物、規模は違いますが、あの時エリシアを襲った錬成陣に酷似しています。」

 

なるほどとグラマンは唸った。

まだ彼としても一体この国で何が起ころうとしているのか実態を掴めていなかった。それに気になる事も出てきている。

 

突如過激化した過激派組織の活動。

ヒューズに似た男性の存在

トロント遺跡で行われていたであろう何らかの実験。

 

まだまだ断片しかない情報での判断は早計である。

 

「まだ何とも言えん。何か起こるかもしれないし、ただのテロで終わるかもしれない。マスタングも言っていたが、まだまだ情報が少なすぎる。ただ…」

 

そこまで話をしてグラマンは言葉を切った。

スヴァンは少し体を前のめりに傾ける。

 

「昨日の夜、私の情報屋稼業の仲間が3人ほど行方不明となった。酒場で飲んでいる姿まで確認できておる。これが何を意味するか分かるか?」

 

その言葉にスヴァンは息を飲む。

人が3人消された。しかも極秘裏に動く情報屋稼業がか…

スヴァンは背筋に冷たいものを感じる。

 

「後でエドワード君とエリシアにも伝えようとは思うが、敵は我々が思っている以上に厄介だろう。しかし確実に我々の動きを嫌がっている節がある。まずは君達の任務を完遂する事だな。あと少しで2人も来るだろう。そうしたらレト教の情報教えてやるとしよう。一度宿に戻りたまえ。それまで私は奥の部屋で休むとしよう」

 

そう言うとグラマンは白杖を頼りに立ち上がる。

 

「1つだけ忠告しておこう。君はまだこの世界のことには無知すぎる。あまり下手に首を突っ込むと早死にするぞ?イシュヴァールの青年よ。お前は彼女を護りたいのだろ?」

 

スヴァンは耳が痛かった。

国家錬金術師だと言ってもこの世界には知らない事も多過ぎる。

先のスム・ダム掃討作戦、このリオールに来てからの話も初めての経験ばかりだ。

 

グラマンの言う通り、まだまだ自分はこの世界に対して無知である。

 

「その自覚があるだけましだな。もし彼女を守りたいなら彼女と一緒に学び、世界を知り、真理を学べ。さすれば今、君が感じている焦りや不安はそのうち消える。焦って下手に首を突っ込むと彼女を失うか早死にするぞ。冷静さを忘れるな。」

 

その言葉にスヴァンはただ頷くしかできない。

グラマンは徐に右手を上げて伸びをすると大きな欠伸をして部屋の奥へと消えていった。

 

—————————

 

《真理を学べと言われてもな…》

 

真理なら錬金術の基礎学習で学んだくらいである。そんなものを知らなくてもこれまでは十二分にやってこれた。

 

《俺はイシュヴァール人初の国家錬金術師だぞ。俺が学んできたのは手段や技術であって、その真髄までは理解できていないということか》

 

「イシュヴァラの神よ。私はどうすればいい。何をすればいい」

 

スヴァンはそう呟くとフラフラと立ち上がり、

グラマンの隠れ家を後にする。

このままではエリシアに置いていかれてしまう。

その焦りと不安で頭の中がいっぱいになる。

 

スヴァンは当てもなくリオールの街を歩く。

すれ違う人々は彼を避けるように歩く。

それほど今の彼のそれは危ない雰囲気を醸し出していた。

 

今は何も考えたくない。その心の中に生まれた空虚感にスヴァンはただただ無力を感じずにいられなかった。

 

『下手に首を突っ込むと早死にするぞ』

 

グラマンが去り際に言った言葉が脳裏から離れない。

 

《エリシアはいつの間にそんなやばい山に首を突っ込んでいるんだろう。もしかしてまだ巻き込まれていることにも気付いてないのか》

 

スヴァンは同じような思考をただ繰り返し、リオールの街を歩く。

その時、何かが右膝にぶつかった。

 

「いったーい!!」

 

思わず足元を見ると3歳くらいの幼女が尻餅をついた状態で泣いている。その声にスヴァンは周りの景色が灰色に染まっていた事に気がついた。ぱっと視界の色が元のそれに戻る。

 

「あぁ、ごめんごめん。大丈夫?」

 

その場にしゃがみ幼女を立たせるとお尻についた土を払ってあげる。その時母親らしき女性が駆け寄ってきた。

 

「すみません。アリサ大丈夫?」

 

そういいながら女性はスヴァンに会釈をする。

 

「ロゼおねーちゃん!ちょっとお尻痛い」

 

アリサという名の幼女の言葉に笑みを浮かべるロゼと呼ばれた女性。

 

「すみません。お怪我はありませんか?」

 

そう聞かれてロゼの顔に見惚れていた自分に気がつく。

どこか自分の義理の母と同じ懐かしさをスヴァンは感じていた。

 

「いえ、私は大丈夫です。ぼーっと歩いていた私も悪いです。ごめんね?」

 

スヴァンはロゼにそう言うと再びしゃがみアリサと目線を合わせると頭を下げる。するとアリサはうんと大きく頷いた。

ロゼは再びスヴァンに会釈をするとアリサに歩くよ促す。手を繋いだ2人はスヴァンの背後にある建物に入ろうとしていた。

 

Panti asuhan(孤児院)

 

ふと孤児院と書かれた看板が目に入った。

 

「あの…」

 

スヴァンは思わずロゼに再び声をかける。

前髪がピンクでそれ以外は黒髪という特徴的な髪色の女性が振り返る。

 

「ここ孤児院ですか?」

 

「えぇ、そうですが」

 

スヴァンの質問にロゼは毅然と答える。そしてスヴァンの事を値踏みするように見た。

 

「突然すみません。こんな事を言ったらびっくりするかもしれませんが、これだけを私から寄付させて下さい」

 

スヴァンはそういうと銀時計と軍人コードの入った紙を渡す。

銀時計を見たロゼは目を見開き、

スヴァンの事を一瞥すると丁重にスヴァンに返した。

 

「どうして?」

 

スヴァンは驚きの表情でロゼを見る。今まで孤児院を見つけたら寄付をしてきた。自分自身、戦乱で両親を失い、寺に預けられた。そこから孤児院を転々とし、15年前に額に傷のある男に拾われた。

 

それからはイシュヴァール再興と融和政策で大量の金と物資がイシュヴァールには入ってきた。それまでの生活苦が嘘に思えるほど生活は安定した。

 

一方で軍に入ってから知った事もある。

イシュヴァール政策の予算確保のため、アメストリス国内の各都市の予算が削られていたこと。そのしわ寄せは弱者である老人や孤児、妊婦、病人に向けられていたこと。

 

だから自身への贖罪の意味も含めて孤児院には寄付をしている。

だが、断られたのは今回が初めてであった。

 

「私たちは自分達の足で立って生きていきます。軍からもレト教からも施しは受けません。お気遣いは感謝します」

 

ロゼの言葉にスヴァンは一瞬戸惑う。

おそらく哀れに思った軍人からの施しだと彼女は思ったのだろう。

だが、根本的な部分でそれとは違う。

 

「実は俺も孤児院出身なんです。貴方達の力に是非なりたい。何か力になれる事はないでしょうか?」

 

孤児院出身と聞いたロゼは口元に手を当てるが、すぐに笑顔で「じゃ、子供達の相手をしてあげて下さい」と返す。

 

するとアリサがスヴァンの元に駆け寄り、手を握ってくる。

 

「おじさん、遊ぼう!」

 

そう思うアリサにスヴァンは「あぁ」と笑顔を向けた。

 

その時、その少女の手を握った時、スヴァンは少しだけ救われた気がした。

 

————————————

 

一方ホテルでは出発の準備を終えてロビーに降りてきたエドのもとにエリシアが駆け寄る。

 

「何?スヴァンの坊主がいないのか?」

 

エドの問いにエリシアが頷く。

 

「えぇ。『野暮用があるからグラマンさんの所にはエリシアとエドワードさんで行ってくれ。俺がいると聞けない話もあるんだろうしな』ってさっき電話がかかってきました」

 

「あー何をやってるんだ。あいつは。まぁ、仕方ない。俺たちだけで行こう。それよりもお前は大丈夫か?」

 

先程は号泣したエリシアであったたが、目は少しまだ腫れているが顔の血色は良くなっている。

 

「はい、大丈夫です。今進まないといつまでも前には進めない気がするし、涙なら昨日とさっきで流し尽くしました」

 

そう言って少し腫れた目をさすりながら笑うエリシアにエドは思わず口を開く。

 

「グレイシアさんに似てきたな?俺たちが初めてあった頃のグレイシアさんにそっくりだ」

 

エドからの突然の言葉にエリシアは笑みを浮かべた。

 

支度を終えた2人はホテルを出てグラマンの隠れ家に向かう。

街は昨夜闇夜に起こった事を忘れたかのように昨日と同じ喧騒を取り戻し、賑わいを見せている。エリシアは周りで楽しそうに話し、笑い、遊んでいる人達を見て溜息を吐く。

 

「ここにいると過激派組織が暗躍してる事なんて忘れそうになるね、なんか不思議な気分だわ。なんか1人で悩んでるのがバカらしくなってくる」

 

エリシアの言葉にエドは何も言わずに頷く。

 

「この平和を守るのがお前達の軍の役目だ」

 

今度はエドの言葉にエリシアが頷く。

 

再び2人は薄暗い路地へと入り、木の扉を潜る。

 

するとこれも昨日と同じように薄暗い部屋の中でグラマンが悠然と2人を出迎えた。

 

グラマンは今度は1人足りない事に気がつき、目を細める。

 

「お、今度はあのイシュヴァール人の坊主はどうした?一緒ではないのか?」

 

グラマンの言葉にエドとエリシアは目を見合わせる。

 

「今度はってスヴァンが来たのですか?」

 

エリシアの問いにグラマンはコクリと頷くのをみて再び目を見合わせた。

 

「あぁ、小二時間ほど前に来た」

 

「何をしゃべった?」

 

今度はエドがグラマンに問う。

その問いにグラマンは首を左右に振る。

 

「何もしゃべっとらん。彼にはまだ早過ぎる。それよりもエドワード・エルリックよ。わしはこの件から手を引かせてもらうぞ」

 

グラマンの言葉にエドは驚きの表情を浮かべる。

 

「何があった?まさか…」

 

グラマンはエドの問いにバツが悪そうに頷く。

 

「昨夜のことだ。対象を探索していた工作員3名が消息を絶った。いずれもマース・ヒューズ准将に似た男性を探していた奴らだ」

 

その話にエリシアの肩がピクンと反応する。

エドがそっと彼女の手をを握る。

 

「奴らにやられたって事か?」

 

「あぁ、1人は完全に消息を絶ち、残りの2人は変死体で発見された。しかも体内の血液がすべてなくなっていた」

 

グラマンから聞かされた奇妙な話にエドは静かに考え込む。

 

「警告ってとこか?これ以上、自分達の事を詮索するな…と言ったところか?」

 

エドの考えにグラマンも同意する。

 

「分かってくれたなら理解してくれたまえ。我々の情報網はこの国の生命線だ。それに敵が予想以上に強大で厄介な可能性も出てきた。これは中央で動いた方が良い。マスタングには私から連絡は入れておくく事にするよ。」

 

グラマンの言葉にエドとエリシアは従うしかなかい。

そこまでにグラマンの言葉には逼迫感と焦りが感じられた。

 

「で、情報は?」

 

「これがスム・ダム幹部の潜伏状況と不完全だが例の奴らの情報だ」

 

エドとエリシアはグラマンの使用人から暗号化された調査報告書を受け取ると立ち上がると頭を下げた。

 

「巻き込んですまなかった」

 

「巻き込まれてなんぞない。我々が安易に首を突っ込んだ結果だ。気をつけろよエドワード・エルリックにエリシア・ヒューズ、君達の無事を心から祈っているよ」

 

グラマンがそう場を締めくくると早々に彼の隠れ家を後にした。

 

木の扉から路地に出ると彼らが出てきた扉から青白い光が迸りると跡形もなく元の壁に戻っていく。継ぎ目には錬金術の後は残っていない。

 

《錬丹術の応用か》

 

エドがそんな事を考えているとエリシアは不思議そうにもともと木の扉があった場所を指でなぞっている。

 

「こうやって入口の場所をころころ変えて潜伏場所がバレないようにしてるんだ。もうここには扉は現れる事はないよ。それより早いとこホテルに戻って暗号の解読をしようぜ」

 

エリシアは振り返ると小さく頷くとエドの後ろに続き、

ホテルまでの道のりを歩く。

 

おもちゃを与えてもらった子どものようなエドとは対照的にエリシアは考えていた。

 

《また3人も犠牲になった…私のせいだ》

 

再び彼女の脳裏に暗い影が舞い降りようとしていた。

 


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