鋼の錬金術師Reverse 蒼氷の錬金術師   作:弥勒雷電

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第4話『嶮しき茨の道』part 2

スヴァンがホテルに戻る頃には少し夕闇が街を覆い始めていた。路地から吹いてくる隙間風が少しだけだけ肌寒さを感じさせる。

 

「あ、スヴァン」

 

ホテルのロビーに入るとエリシアがちょうど降りてくるところだった。シャワーを浴びたのだろう。栗色の髪の毛が少し湿っている。

 

「どうした?」

 

エリシアはそう尋ねるスヴァンの顔に少し闇が晴れたような表情を見て少し安堵した。昨日グラマンの家に行った後の思いつめたような様子に少し心配していたのだ。

 

「あ、ママに電話でもしようかと思って。今エドワードさんの部屋でグラマンさんからもらった調査報告書の解読をやってる」

 

エリシアの話に少しバツが悪そうに頭をかくとスヴァンは「分かった」とだけ答えるとその場を離れる。

 

スヴァンはエドの部屋の前に立つと小さく深呼吸をする。内心今日の別行動の事を咎められるんじゃないかと不安を抑えながら部屋を2度ノックする。

 

「へーい。開いてるよー」

 

そんな軽いエドの声に機嫌は悪くないらしいと安堵するとドアを開けた。

 

「失礼します」

 

扉を開けたスヴァンをその視界に捉えたエドは少しスヴァンの顔を凝視するとニヤリと笑う。

 

「ちょっとはマシな顔になったじゃねーか」

 

スヴァンはその言葉の意図を図りかね、笑みを返すしかできない。そしてエドの隣に腰を下ろすと恐る恐るエドの様子を見る。真剣な眼差しで調査報告書に目を落としている彼の姿を見てスヴァンは安堵した。

 

「それで何か分かりましたか?」

 

スヴァンの問いにエドは顔を上げた。

 

「あぁ、スム・ダム幹部はやはりレト教の施設に匿われているみたいだな。こちらは信者を装った軍の工作員の手引きで中に突入できるように軍の駐屯部隊に明日報告しよう。これ、一応目を通しておいてくれ」

 

スヴァンはエドから報告書を受け取る。

 

「ありがとうございます。拝見します」

 

スヴァンはそういうとページを一枚一枚めくって行く。スム・ダム幹部の顔写真とプロフィールから始まり、レト教施設内部の見取り図と潜入経路、レト教信者の予定、イベントスケジュールとその詳細が主な内容である。

 

スム・ダム幹部の面々はレト教施設本塔の10階に匿われているらしい。

 

「凄い」

 

調査内容の綿密さにスヴァンは唸った。

今まで軍にいた中でここまで完璧な調査報告書は見たことがない。それほどグラマンの情報収集が凄いということだろう。

 

スヴァンがもう一度資料に目を通そうとした時、部屋のドアが開き、エリシアが中に入ってきた。

 

「よし、行くか」

 

エリシアを見てエドが立ち上がる。その様子にスヴァンは目を丸くして2人を見た。

 

「どこに行くんですか?」

 

スヴァンの問いにエドは笑みを浮かべる。

 

「まぁ、ついてくれば分かるさ。行く場所と理由は歩きながら説明すよ」

 

そう言われスヴァンも渋々立ち上がるとエドに続く。

 

「あの、スヴァンも連れて行くんですか?」

 

今度はエリシアが恐る恐る質問するとエドは2人を見返し状況を理解し、頭をかく。

 

「お前、話してなかったのか?」

 

エドの問いにエリシアが頷くとエドは額に手を当て宙を見上げた。

 

エドは2人に軍服から私服に着替えるように告げた。エリシアは白色の絹製のシャツに茶色の皮製の上着を羽織り、黒のズボンスタイル。スヴァンはフード付きの長袖の服に紺色のズボンに着替えると軍人には全く見えない。2人の私服にエドは満足するととホテルを出た。

 

夕闇が包み込み始めたリオールの街を歩く。商店街を抜け、歓楽街に入ったところでスヴァンが声をあげた。

 

「そんなことって…」

 

道中、エリシアはあの遺跡の地下祭壇で起こったこをスヴァンに告げた。そしてその父に似た人物がこの街にいること、グラマンの尽力により、その尻尾を掴んだことを順に話す。

 

「そういう訳だから今からその酒場に向かう」

 

そしてエドが最後にそうまとめた。エド達3人はグラマンからの情報でマース・ヒューズに似た人物が度々目撃されている酒場に向かっている。

 

 

「多分スヴァンにはまだ理解できないと思うし、これはあくまで私の事情。それに危険かもしれない。だからホテルに戻っている方がいいと思う」

 

エリシアは申し訳なさそうにそう言い、エドを見るが当のエドは我関せずとも言いたげに澄ました顔でただ前を見て歩を進めている。

 

「いや、行くよ」

 

スヴァンの言葉にエリシアは目を丸くする。

 

「でもグラマンさんが手を引きたがるほどの相手よ?昨日、グラマンさんところの人が3人も殺されてるって言うのに」

 

エリシアの言い分もスヴァンには理解できた。これが危険なことは今朝単独でグラマンを訪ねた時から薄々感じていた事である。

 

 

《でもだからと言って逃げたくない》

 

スヴァンの心の中にはそのような想いが湧き上がっていた。

 

「君の気持ちは十分理解しているつもりさ。危険だって事もね。でも今は俺が君のパートナーなんだ。それに戦力は多い方がいいだろ?」

 

「でも…」

 

まだ納得した様子じゃないエリシアが口を開こうとした時スヴァンはそれを遮る。

 

「もう誰かの帰りを待つのは嫌なんだ。だから俺も一緒に行く。行かしてくれ」

 

スヴァンの決意に満ちた瞳にエリシアは何も言うことができなかった。エドに助けを求めるように視線を送るも彼はそんな2人を見てニヤリと笑った。

 

 

「決まりだな」

 

「エドワードさん!」

 

自分を助けるどころかスヴァンの言い分に同調したエドにエリシアは抗議の声をあげる。

 

「お前がスヴァンを巻き込みたくない気持ちは分かる。でも男がそれなりの覚悟を決めた事だ。そうだろ?」

 

エドはそうやってスヴァンを見る。

スヴァンはエドの視線に臆する事なく頷いた。

 

「それにスヴァンの言うように戦力は多い方がいい。俺は錬金術使えないし、役立たず…だからな」

 

そう言って自嘲気味に笑うエドの様子に思わず吹き出すエリシア。

 

「分かったわ。今まで話してなくてごめん」

 

そう眉を潜め申し訳なさそうに謝罪するエリシアにはスヴァンは胸を張り笑顔を作る。

 

「俺にはイシュヴァラの神が付いているんだ!簡単には死なないよ。君に誓う」

 

そう言って胸を叩いたスヴァンの得意の台詞にエリシアも笑顔を浮かべる。2人の様子をエドは微笑ましく見守っていた。

 

「あれじゃないか?」

 

そしてしばらく歩くとエドが目的の酒場を見つける。3人は店の前に立ち酒場の看板を見上げる。

 

【歌姫の館】

 

と看板には書かれている。その時、エリシアが突然後ろを振り返った。

 

「どうした?」

 

エドの問いにエリシアは首を左右に振る。

 

「ううん。大丈夫です。誰かに視られているような気がしただけです」

 

エドとスヴァンが周囲を警戒するが、怪しそうな人影は見えない。エリシアも不安げに辺りをキョロキョロと見渡していた。

 

「虎穴に入らずんば虎子を得ず。とりあえず中に入りましょう。それから考えればいいんです」

 

酒場の前に戻ってきたスヴァンが2人にそう告げる。

 

「そうだな」

「そうね」

 

エドとエリシアはスヴァンの提案に首を縦に振ると3人は酒場の扉を開けた。

 

 

「うわぁ」

 

中に入ったエリシアが感嘆の声を漏らす。

酒場の中は実に活気に溢れていた。

 

街中の人が集まっているのかと思うくらい、所狭しと酒を飲み、談笑している。前方にはステージもあり何やら見たことのない楽器が置いてある。

 

「それはギターっていう遠い大陸の楽器らしいよ。今日のメインイベントの歌手が使うらしいんだ」

 

ギターと呼ばれる楽器を不思議そうに見ているエリシアに店員の男がそう教えている。エドとスヴァンもその聞いたことのない名前の楽器に興味を持つ。

 

「カウンターしか空いてないけどいいかい?」

 

店員にそう言われ、エドが快諾すると3人はステージ横のカウンターに3人並んで腰を下ろした。

 

「ざっと見た感じ、それらしき人物は見当たらないな?まっ、とりあえず飯でも食うか」

 

エリシアとスヴァンは頷くとカウンターに置かれているメニュー表に手を伸ばした。

 

 

—————————-

 

 

同刻リオールの街某所

 

「あら、早かったじゃない」

 

アメンダは扉を開けて不機嫌そうに入ってきたヴァルニスを見てそう尋ねる。ヴァルニスには珍しく不機嫌そうな顔をアメンダに向ける。

 

「うるさい」

 

そうとだけ告げるとヴァルニスはソファに腰を下ろした。その様子にアメンダは何かを察したようにいたずらっ子のような顔になる。

 

「まさかあの娘とでもバッタリ会った?」

 

アメンダの言葉に更に不機嫌になるヴァルニスの様子に彼女は自分の予想が当たったと思った。

 

「へぇ。昨日殺した奴らから漏れたのかな?それとも全くの偶然か。どっちでしょうね?」

 

アメンダの問いにヴァルニスは更に不機嫌そうにテーブルに置いたウィスキーの蓋を開く。

 

「偶然に決まってるだろ」

 

ウィスキーを瓶にそのまま口をつけて一口飲んだヴァルニスがこれも珍しく怒鳴るように言う。

 

アメンダは彼の変化を興味深く見る。体には大した変化もない。興奮しているのかどこか呼吸は早い。そして何より全身の毛が逆立っているかのようにイライラしているのが分かる。

 

「しばらくはあの酒場に行けそうにもないわね?」

 

アメンダの問いにヴァルニスは彼女を睨みつけると再びウィスキー瓶に口をつけ、「うるさい」とアメンダを威嚇した。

 

「はいはい。でももしかしたら近いうちに出会うかもね?彼女は1人だったの?」

 

ヴァルニスは目を閉じるとあの時、酒場前で見つけた3人組の姿を思い浮かべる。

 

「ああ、3人いたよ。イシュヴァール人の男と、栗色長髪の元国家錬金術師さんとな」

 

ヴァルニスが出した意外な人物の特徴にアメンダも思わず飲みかけていたジュースを気管に入れてしまい咳き込む。

 

「エドワード・エルリックが彼女に協力している。多分スム・ダム絡みの事だとは思うが、念には念で酒場には入らずに戻ってきた」

 

ヴァルニスは少し冷静さを取り戻したかのようにあくまで平静にそう答える。

 

「当分はあの酒場に行けそうにもないわね?それにあのやることやらないと厄介な事になりそうだし」

 

そう言うアメンダにヴァルニスはこくりと頷くと腕を組み何かを考え始める。

 

「あ、私男を漁りに行ってくるわね」

 

そんなヴァルニスの邪魔をしないようにとアメンダは軽口を叩くと立ち上がる。ヴァルニスの前を通り過ぎる時に彼と視線が会う。

 

「大丈夫。彼らに手は出さないわ」

 

そう言って部屋を後にした。その後ろ姿をヴァルニスは横目で見送る。

 

「遊んではあげるけどね」

 

しかし部屋の外に出たアメンダはそう呟くとその顔に卑しい笑みを浮かべた。

 

 


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