大陸暦1930年11月20日
アメストリス東地区 リオール
既に辺りの店は店仕舞いを済ませ、辺りは昼の喧騒がまるで嘘かのように静まり返っている。そんな雑踏の中でエリシアは言葉を失っていた。
《何、この気配…》
エリシアは目の前に降り立った人のような獣…
否、獣のような人間の気配に戸惑いを感じていた。
「エリシア!避けろ」
エドが叫ぶ。その声に心より体が先に反応したエリシアは右へ飛んだ。エリシアの居た場所にその敵が突っ込んでくる。
何とか敵の突進を避け、転がるように体を回転させたエリシアは白色の手袋を両手にはめる。
四足歩行の状態で地を這うように駆け出した敵が再びエリシアに迫る。そこにエドが割って入った。敵の左側頭部に飛び蹴りを食らわす。
「スヴァン、エリシアを!」
言われたスヴァンはエリシアに駆け寄ると彼女と同様に錬成陣の書かれた手袋をはめる
「お前、要らない」
だが、エドが注意を引いたはずの敵はエドを見上げ、そうか細呟くと後ろに向き直る。そしてスヴァンとエリシアに狙いを定めた。
《こいつ…》
エドは相手が自分を相手にしない事に苛立ちを感じた。だが、同時に敵の狙いがエリシアであるも悟る。
「お前、捕まえる」
敵はそう呟くと4本の手足で地面を蹴り、エリシアとスヴァンの方へ突っ込んでくる。
「させるかー」
スヴァンは地面に手を合わせて真紅の長槍を何本も精製し、一気に敵に向かって投げつける。
10本ほどが敵に命中、動きを止めた。
「よし!行くわよー」
そこにエリシアが手を合わせて指をパチンと鳴らす。
途端に周囲の温度が下がり始める。
そして動きを止めた敵の周りを氷漬けにしていく。
「んぐぐぐぐぐ」
敵は氷漬けにされていく自身の下半身を見てもがくもどうすることもできない。
氷は敵の腰から腹、胸へと侵食を続け、次第に敵の動きを奪っていく。
そして頭のてっぺんまで氷漬けにされると敵は完全に動きを消した。
一瞬の静寂が辺りを包み込む。
「凄いな。エリシアの錬金術初めて見たよ」
エドは素直にエリシアの成長を喜ぶ。
そしてかつて対峙した氷の錬金術師を思い出した。
「こいつは一体何者ですか?」
スヴァンの問いにエドも下を向いた。
可能性としては人と何かの動物の合成獣(キメラ)という線もあるがエドは奇妙な違和感を感じていた。
《なんだ?こいつは》
その違和感が何なのかな分からない。だが、確実エドは自分は知っていると分かっている。
《こいつは…まさか…》
そう平和な暮らしの中で封印したはずの記憶。
それはかつて対峙した異形なるもの。
この国を構築して破壊しようとしたもの。
そしてエリシアの大切な人を奪ったもの。
「エリシア、この氷はどれくらい保つ?」
エドの問いにエリシアは少し考えると半日くらいと答えた。その回答に今度はエドが考え込む。
「スヴァン、駐屯軍に連絡できるか?彼らの牢獄に運んだ方がいいだろう」
そう言ってエドはコンコンと氷漬けになっている敵を叩く。その時エリシアとスヴァンは目を見開いた。エドの影がすっと一直線に伸びていき、そこから金髪の髪が見え始めたのだ。
「エドワードさん!」
エリシアがエドの後ろを指差す。
刹那、エドは前転をしてその影と距離を取る。
「ふふふ…」
そこには金髪の髪に色白、紅い目をしたグラマラスな女性が微笑んでいた。
《こいつ…気配が》
エドは焦る。
彼女の気配を全く感じなかったのだ。ぞくりと全身に寒気が走る。その感覚はかつて戦った異形なるもののそれと似ていた。
「お前、ホムンクルスか?」
エドは先ほど感じた違和感と併せてたどり着いた答えを相手にぶつけた。金髪の女性はまだその唇に淫靡な笑みを浮かべている。
「疑問形だから許してあげる。でもね、私たちはホムンクルスではないわよ!」
そう言って伸びた手を前に差し出す。
刹那女の爪が伸びエドに襲いかかる。
エドはとっさに横へ飛びその攻撃をかわすが、錬金術を使えない今となってはこのリーチの差も覆す攻撃の術がない。
「エドワードさん」
スヴァンの叫びにエドは身をかがめる。
再び真紅の長槍が金髪の女性に襲いかかる。
だが、金髪の女性は不敵な笑みを浮かべると爪先を操作し、すべての長槍を両断する。
「何だよ!こいつ!」
スヴァンが目を見開き、驚きの声をあげる。
「イシュヴァール人が小賢しいわね」
金髪の女性はターゲットをスヴァンに変えると爪先を伸ばす。スヴァンは反応が遅れ、彼の額に向けて鋭い刃と化した爪が襲いかかる。
「スヴァン!」
エドが彼を庇おうと懸命に走る。
だが、間に合わない。
「ちぃ!!!」
スヴァンは舌打ちをすると再度手を合わせ、真紅の盾を精製し眼前に掲げる。だが、金髪の女性の爪はその盾をも貫き、その刃はスヴァンの左肩に突き刺さる。
「なっ…」
スヴァンは右肩に走った痛みに顔を歪めた。そして奇妙な感覚を感じる。気力や体力が左肩から抜けていくような感覚。
おぞましく不快な感覚にスヴァンは気を失いそうになる。
「スヴァン!」
エリシアが叫ぶ。その時エドと目が合った。
彼の目配せに気がつくと彼女は地面に手をつくと鉄の曲刀を錬成してエドに放り投げる。
「なかなかいい趣味してるじゃねーか!」
エドはそうニヤリと笑うとスヴァンの肩に突き刺さっている爪牙に向けてまっすぐ剣を振り下ろした。
だが、金属音とともにエドの剣の刀身が折れ、宙を舞う。
「なんつー硬さしてんだよ!」
エドは相手の爪牙の硬さに驚く。
「スヴァン、お前錬金術師だろ!なんとかしろ!」
エドはそう叫ぶと地面を蹴り金髪の女性の方へと向かう。左手から伸びた爪牙を掻い潜り、女性の懐に肉薄し、体当たりを食らわす。
「小賢しいわね!エドワード・エルリック」
金髪の女性はそう叫ぶと後方に飛びエドと距離を取る。その反動でスヴァンの左肩に突き刺さっていた爪牙を抜き、エドを背後から襲う。
「やばっ!」
エドの反応が一瞬遅れ、足をもつれさせその場に倒れる。そこに押し寄せる爪牙の波。
「エドワードさん!」
スヴァンが叫んだその時、彼の眉間のすぐ手前で爪牙が動きを止めた。金髪の女性は不思議そうに自分の手に視線を移す。
「なっ…」
なんと彼女の両指が氷漬けになっている。爪の付け根まで氷漬けにされ、彼女はこの攻撃を仕掛けた人物の意図を察した。これでは爪の伸縮は不可能。
そしてエドはこの所業の主を見ると親指を立てた。
「エリシアよくやった」
そうエリシアはスヴァンの影に隠れこの機会を狙っていたのだ。エドはエリシアのこの状況での判断と度胸に改めて彼女を見直した。
「さてと…」
相手が攻撃できないと悟ったエドはパンパンと手を払うと立ち上がり、金髪の女性の前に立つ。
「いろいろ聞かせてもらおうか」
その言葉に金髪の女性は挑むような瞳をエドに向ける。スヴァンとエリシアはただその様子を見守るしかできなかった。
「お前のその爪の能力、確かラストとか言う奴の能力、硬化はグリードだな!お前やっぱりホムンクルスだろ?一体何者だ?何が目的だ?」
エドは先ほどと同じ質問を金髪の女性に向ける。
だが、金髪の女性は未だに淫靡な笑みを浮かべている。自身の武器を封じられた状況でも変わらないその様子にエドは背筋がゾクッとするの感じる。
「あーら!そこまで分かってるのね?やっぱり貴方の存在は邪魔だわ!それからそのお嬢ちゃんの錬金術も厄介ね。それに…」
そう言って笑う金髪の女性の瞳が光った。
刹那にその顔が歪み、異形なものに変わっていく。
「な、なにあれ?」
エリシアはみるみる変わっていく金髪の女性の変わりように口を抑えて目を見開く。今まで見たことのない異形の姿に声が出ない。
純白の肌には青白い血管が顔中に浮き出て…
吸い込まれそうだった瞳の色は…
燃えるような真紅に色を変える
髪の毛が赤みを帯びて浮き立つ様子が更にその異常さを冗長する。
そして真紅に輝く瞳がエドを捉えた。