鋼の錬金術師Reverse 蒼氷の錬金術師   作:弥勒雷電

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第1話『真理の扉』part 1

大陸歴1930年11月9日 6:30am

イーストシティ グレニッジホテル

 

目を開くと見慣れた白色に塗装されたコンクリート調の天井が目に入った。

 

夢か…

 

久しぶりに父の葬儀の時の夢を見たとエリシアはそう思った。

 

《全く今日は大事な作戦があるのに縁起が悪い》

 

彼女はそう心の中で悪態をつくとベットから這い出し時計を見る。まだ朝の6時半、9時の集合までには時間がある。

 

《少し早いが司令部にでもいくかしら》

 

彼女はシャワーを浴びるとクローゼットから群青色の軍服を手に取るとその身に纏う。そしてエリシアは鏡に映った自分の姿を見る。

 

あの頃の父と同じ軍服を身に纏っているのは母親と同じ栗色がかった金髪の長髪を肩まで下ろし、栗のような藍色の瞳、小粒な鼻と口の少女がそこにはいた。

 

彼女、エリシア・ヒューズは身を翻すとテーブルの上に置かれた六芒星の刻印をされた銀時計をポケットに入れ、部屋を後にした。

 

—————————-

 

同日 7:20am

イーストシティ 東方司令部

 

「おはよう。ヒューズ少佐、早いな。集合は9時だぞ」

 

ヒューズ少佐と呼ばれたエリシアは自身の現在の勤務先である東方司令部の廊下で前から歩いてきた男性に声をかけられた。

 

彼女は壁際に寄り、敬礼の姿勢を取る。

 

「これはマイルズ司令。おはようございます。朝早くに目覚めてしまい、やる事もありませんので、医療錬金術の研究査定報告書でも書こうかと思いまして」

 

彼女の返答に東方司令部司令官マイルズはサングラス越しの目を細める。

 

「そうか。それはご苦労なことだ。だが、お前ほどの勤務実績があればそれほど頑張らなくても十分査定は問題ないと思うが?」

 

マイルズの言葉に彼女はふっと笑みを浮かべる。

 

「いえ、カインズ准将の査定は厳しいですから。作戦の集合時間までには切り上げるようにします」

 

エリシアはそう答えると再度敬礼をし、踵を返す。その背中にはこれ以上の問答は不要と書かれている。

 

マイルズはその様子を見てやれやれと肩を落とすと彼女の後ろ姿を見つめる。そこに彼に付き従っている側近の男が口を開く。

 

「あの女性士官初めて見る顔ですが?国家錬金術師でしょうか?銀時計を所持しておりました」

 

「エリシア・ヒューズ少佐だよ。若干18歳にして国家錬金術師の資格を取った今やセントラルのエースだよ。大総統きっての推挙で今回の作戦に参加してもらうことになった」

 

その上司の返答に側近の男は感嘆の意を漏らすしかできない。マイルズは彼女の姿が見えなくなったことを確認すると踵を返す。

 

「蒼氷の錬金術師エリシア・ヒューズか。どういう理由があるかは知らんが18歳で国家錬金術師とはあのエルリック兄弟以来か。大総統も何をかんがえているのやら」

 

ふとマイルズは彼女が作戦に参加する際にセントラルから送られてきたエリシアの経歴書のことを思い出し、独り言のように呟いた。

 

一方のエリシアはマイルズと別れた後、今回の遠征中に自分にあてがわれた部屋に入ると椅子に腰を下ろした。

 

「ふぅ」

 

小さく溜息を吐くとデスクの上に置いた六芒星があしらわれた銀時計に目を向ける。

 

国家錬金術師の証、軍の犬、血税泥棒証などいろんな揶揄をされるこの銀時計である。それが故に恩人であるロイ・マスタングから国家錬金術師への推挙を打診された時は迷った。

 

国家錬金術師の巷での評判のこともあるが、父を殺した軍に入ることも母親の気持ちを考えると憚られた。

 

『あなたは貴方のやりたい事をやりなさい。貴方がパパの後を継いでお国のために働きたいと言ったら泣いて喜ぶと思うわよ』

 

あの日の母親の言葉でエリシアは国家錬金術師になる事を選んだ。特に発展が遅れている医療分野研究をこのアメストリスで更に進める事が今の彼女に課せられた使命であり、彼女が父に変わって国に貢献できる唯一の目標であった。

 

—————————————

 

『エリシア、東方で過激派組織の掃討作戦が行われるのは知っているな?』

 

3週間前、突然大総統府に呼び出されたエリシアは恩人であり、父上親代わりであるロイ・マスタングからそう尋ねられた。

 

ロイ・マスタングは14年前のキング・ブラッドレイが死亡したクーデターの鎮圧で多大な功績を認められ准将に昇格、その後イシュヴァール再興に尽力、2年で結果を出し、大将へ昇格した。

 

その後グラマン大総統の退役後、軍内部からの圧倒的な支持を得て晴れて目標であった大総統の地位につく。

 

それから8年の間、軍民分割などの民主化政策を進め、まずは大総統の任期を4年と定めた。また民主化に向けた政策は民からの信頼も得て、二期続けて総統の椅子に座り続け、今年が最後の年になる。

 

しかしながら未だ軍民分割政策の軍内部からの反発も根強く、それが目下の彼の大きな悩みでもある。

 

『はい。存じております』

 

エリシアの返答にマスタングは満足げにうなづく。

 

『ならば話が早い。今回の作戦はセントラルとしてもかなり重要視をしていてね。うちからも軍を派遣することになった。それに君も同行してもらいたい』

 

『私がですか?』

 

医療分野を専門にしているエリシアにとっては当然の質問だった。戦闘用錬金術も得意ではあるが、専門分野ではない。

 

『あぁ、今回の作戦では大規模な戦闘になると私は読んでいる。そこには君のような医療分野に精通した錬金術師が必要だ。カインズ准将の許可は取ってある。また君が今持っている任務についてはハボックにやらせることにした』

 

そのマスタングの有無を言わさぬ物言いにエリシアは異を唱えることもできず、首を縦に振るしかなかった。何分大総統の決定に異を唱えることなどできない。

 

エリシアはこうして彼の鶴の一声で現業をハボック大尉に引き継いだ後イーストシティへと向かうことになった。

 

「はぁ」

 

エリシアは誰もいない部屋の中で再度溜息を吐いた。

 

『君も軍の一員だ。今後の医療錬金術の研究にも現場を見ておくといい。だが、無茶だけはするな?君に何かあったらヒューズに化けて出られるからな』

 

そう言って締めくくったマスタングの笑い声が脳裏に反芻される。彼の言うことは理解できる。確かに現場での経験は今の研究職一色の自分にとっては願ってもない機会でもある。

 

でも人がたくさん死ぬだろう戦場はやはり少し怖い。それがエリシアが今回の作戦への同行に気が向かない理由でもあった。

 

その時、ガチャリと部屋のドアが開いた。

エリシアはその音にまとまらない思考を中断させ、ドアから入ってくる人物に注意を向けた。

 

「あ、エリシアおはよう。早いな」

 

入ってきたのは銀髪に褐色肌、赤い瞳を持つ男性士官の青年であった。その出で立ちからイシュヴァール人であるとすぐに分かる。15年前のクーデター後のイシュヴァール再興政策において、イシュヴァール出身の軍人も増えた。

 

錬金術を習い始めるものも増え、彼スヴァン・スタングベルトは少年期より錬金術の基礎を学び、イシュヴァール人初の国家錬金術師となった。

 

「スヴァンも掃討作戦に参加するの?」

 

「あれ?部隊表みてなかったのか?俺とお前は同じ第2連隊所属だぞ?」

 

「あぁ、自分の所属だけ確認して後は見てなかった」

 

エリシアの返答に項垂れるスヴァン。

 

「まぁ、なんたってうちの上官が対策本部長だからな。参加しない訳には行かないよ。それにもうこの東方で内乱なんてごめんだよ。せっかく大総統の尽力で勝ち得た平和を誰にも壊されたくないんだ」

 

《昔から変わらないなスヴァンは》

 

エリシアは彼のまっすぐな思いを聞き、率直にそう思う。戦場が怖いと怯え、今回の作戦の意味を理解しながらも乗り気になれない自分とは大違いである。

 

スヴァン・スタングベルト少佐。

東方司令部所属の国家錬金術師。二つ名は血晶。

イシュヴァール内乱後に生まれ、幼少期に両親が行方不明となり、その後後の武僧に拾われる。

 

エリシアとの出会いは彼女が10歳の時、マスタングが東方司令部から大総統として中央に異動する際の式典に参加した時だった。エリシアの錬金術に魅了された彼はその後、錬金術を学び、彼女と同じくマルコーに師事していた。

 

国家錬金術師になった後は東方で治安維持軍に従事、数々の戦功をあげている。

 

エリシアとは対照的にマルコーの医療錬金術を戦闘用に応用する研究をしている。

 

 

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「なぁ、今回の作戦どう思う?」

 

集合場所に向かうため、廊下を2人で歩いている時、ふとスヴァンが口を開く。

 

「どう思うってどういうこと?」

 

エリシアの問いにスヴァンは苦笑いを浮かべながら答える。

 

「たかが過激派組織の殲滅作戦に中央からお前みたいな国家錬金術師を召集するなんて規模が大きすぎないか?ってな」

 

スヴェンの言葉にエリシアは少し唸ると天井に目をやり少し不安そうに自分に視線を向ける彼を見る。

 

「確かにね。動き方が派手すぎる感はあるけど、あの大総統が変なことするはずないでしょ?私たち国家錬金術師は軍の方針に従う。それ以上でもそれ以下でもない。そして今のマスタング大総統はその方針を間違うような人物じゃないと思うわ」

 

「まぁ、そうだな。俺たちみたいな下っ端が考えても仕方のないことか。お互い生きて帰ろうぜ」

 

スヴァンのその言葉はエリシアの胸の中にざわつく何かを強く埋め込んだ。やはり戦場のことを私は分かっていないんじゃないか。そんな思いに駆られる。

 

「おぃおぃ、そんな不安そうな顔をお前がするなよ!同期の中で成績トップのお前がそんなんじゃ、俺まで不安になるぞ?」

 

ドンっとスヴァンに背中を叩かれる。

 

「ごめん」

 

「っとまあ、お前のことは俺が守ってやるよ!なんて言っても俺にはイシュヴァラ神が付いてるからな」

 

そう言っておどけるスヴァンの様子に思わず笑みが浮かぶ。彼のこういう底のない明るさに何度助けられたか分からない。

 

「ははは!イシュヴァラの神って」

 

少し救われた気がした。

 

「頼りにしてるわよ?血晶の錬金術師さん」

 

エリシアは先ほどのお返しとばかりにスヴァンの背中をドンっと叩くと彼を置いて歩き始めた。

 

《私は大丈夫。私だけじゃない。ここにはたくさんの仲間がいる。そして私も彼らを助けるんだ》

 

エリシアは胸にそう強く想いを刻み、過激派組織スム・ダム掃討作戦に身を投じた。


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