今回の作戦は『駐屯軍と連携して実施せよ』との命令をマスタングからは受けている。もし仮に東方司令部から援軍を得るとしても彼ではなく自分の上官であるスガサ・マークイン中佐の第2連隊が遣わされるのが常識なようにも思う。
だが、当のライオネットは不思議そうに彼女を見た。
「ん?まだ聞いてなかったのか?」
ライオネットはそう前置きすると小さく溜息を吐き、とエリシアの顔を見つめる。その瞳は全てを見透かしているような鋭さがあり、エリシアは一瞬体をビクつかせた。
「君とスヴァン・スタングベルト少佐は俺の部隊に編入されたんだ。そして俺が今回の作戦指揮を執る事になった。マイルズ司令から辞令が届いているはずだが?」
編入?辞令?
エリシアは一瞬耳を疑った。
まだ今の部隊に配属になって3週間も経っていない。普通で考えたらありえない人事である。
しかしながら少し冷静に考えるとその辞令の元凶にエリシアは察しがついた。
《おじさんは私を東方から中央に戻したいのかしら》
エリシアはマスタングが出した辞令の意図を読む。
ライオネットの第3連隊はその大半が中央軍である。
一方の第1連隊のアームストログの部隊とスガサ・マークインの第2連隊は東方軍が中心である事を考えると、この第3連隊にいた方が中央への帰還は早まる事を予想するのは容易い。
もしくは早速カインズ准将あたりがエリシアの帰還を打診したのだろうか。たが、マスタングがカインズの打診があったからとはいえ、素直に受けるとも思えない。
それに自分だけでなくスヴァンも一緒に異動したその意図をもエリシアは測りかねていた。
そんな事を考えていたエリシアはライオネットの向こう側から水色の青年がトレイに人数分の飲み物と食べ物を運んでくる姿を確認した。
嫌な予感がした。
そして彼はエリシアの姿をその目に留めると髪の色と同じ水色の瞳を輝かせて笑う。
「エリシアちゃん!!まさかエリシアちゃんと同じ部隊になれるなんて感激だなー」
カイルの無邪気な姿な声に彼女はため息を吐く
「何?何!その反応?感動のあまり声も出ない?」
「私はあなたと友達になった覚えはありません」
カイルのあまりにも軽快な物言いにエリシアはイラつき、ぴしゃりと斬って捨てる。やはりこの人を好きにはなれないとエリシアは思う。
「そんなーひどい」
「だってまだ私たち1回しか会ってないでしょ?まともに話もしてないし。友達みたいに振舞われる筋合いはないわ」
エリシアのきつい一言にカイルは少し顔を引攣らせるが、さらに言葉を続ける。
「じゃ、これ友達の印に」
すっと差し出された飲み物にエリシアは顔をしかめる。オレンジ色の液体の上に白い泡が乗っている。少しだけ鼻につくアルコールの匂いにそれが麦芽酒であると分かる。
「私はまだ未成年です」
エリシアは再びぴしゃりとカイルを強く制すると顔を背ける。そのエリシアの様子にカイルは母親に怒られた子どものように苦笑いを浮かべ、グラスを持つ手を手前に引き、口をつけると一気に飲み干した。
「将軍、今は勤務中ではないのですか?」
カイルの行動以前に感じた違和感をエリシアはライオネットにぶつける。
「今日は俺たちは移動日、こいつらは非番だよ。俺は元から酒はダメだから飲む気は無いけどな」
そう言って麦芽酒に舌鼓を打ち、生ハムにがっつく彼を見て笑みを浮かべる。
「そうでしたか。それは失礼しました。私は今から取り敢えず司令部に行って辞令を確認してきます。作戦内容については後ほど」
エリシアはこれ以上ここに居ても仕方ないと感じ、そう言って敬礼をすると足早にその場を離れた。カイルが自分を呼ぶ声が聞こえたが構う暇はないと聞こえなかった振りをする。
「信じられない」
エリシアは色々な意味を込めた言葉を呟くとしばらく駐屯地の雑踏の中を歩く。
すると眼前に石造りの建物が見えた。外観の全てが黒色の石で塗り固められた砦。
これがリオール駐屯軍司令部である。レト教信者の拠点を接収したその素材には希少価値の高い黒曜石が使われており、太陽の光を浴び、黒紫色に輝いている。
エリシアは改めてその妖美に輝く建物を見上げると当時のレト教教主が錬金術で金を作っていたという噂話もにわかに噂話ではないのではないかと疑ってしまう。
「どうして俺が行ったらいけないんだよ」
すると建物の中から叫び声が聞こえる。何か中でゴチャゴチャと口論している声が聞こえた。
《エドワードさん?》
その声は確かにエドのものであった。エリシアは思わず司令部の中に飛び込む。そこには頭を抱えるスヴァンの隣でリオール駐屯軍司令官イライザ・ヴァーツタイン少佐に噛み付くエドの姿があった。
するとスヴァンとイライザがエリシアの存在に気づき、彼らの目線を追うようにエドも振り返る。
「エリシア、お前からも何とか言ってくれ!」
エドの言葉にエリシアは目を丸くした。全くもって状況が分からない。だが、ひとまずはエドと口論をしていたこの部隊の指揮官であるイライザの前まで進み、敬礼をする。
「エリシア・ヒューズ少佐です。着任のご挨拶が遅くなり申し訳ありません」
イライザは赤い瞳をエリシアに向けると彼女を頭からつま先までを何度も見る。
「エリシア・ヒューズ少佐。そんなに固くならなくてもいいよ。私達の階級は同じだからね」
褐色肌に赤い瞳、銀髪をショートカットに切りそろえたイライザはそう笑みで返した。
イライザ・ヴァータイン少佐。
このリオール駐屯軍を指揮する数少ないイシュヴァール出身の女性士官。イシュヴァール人の父とアメストリス人の母を持つ。
見かけによらずその武勇は中央まで聞こえてきており、『東方の虎』と呼ばれていることをエリシアも耳にしたことがあった。
イライザは椅子から立ち上がると脇に立つ部下から書類を受け取り、エリシアの前に差し出す。
「ヒューズ少佐。東方司令部マイルズ司令より辞令を預かっています」
エリシアは敬礼の姿勢を解くとイライザの部下から表面に何も書かれていない茶封筒を受け取る。
「拝見します」
エリシアは封筒を開けると中の紙を取り出す。
『エリシア・ヒューズ少佐 1930年11月22日 本日付で中央司令部生体錬成第5研究所付 東方司令部第2連隊への転属を命じる』
そこにはそのように書かれていた。先ほどライオネットの口から聞いていたのでそれほどの驚きはない。
「承知致しました」
エリシアはイライザに向けて敬礼をすると彼女も敬礼で返す。そして双方に笑みを浮かべる。
「よろしくね!ヒューズ少佐。蒼氷の錬金術師の力頼りにしてるわ」
イライザはそう言うと手を差し出してくる。エリシアは彼女のその容姿さながらの垢抜けた雰囲気に好感を持った。
「こちらこそ、少佐とご一緒できるなんて光栄です。よろしくお願いします」
エリシアは握手に応じると笑みを浮かべる。
そして手を離すとまだそっぽを向いたままのエドとそのエドに困り果てた様子のスヴァンの方に向き直った。
「エドワードさん、スヴァン。今朝はすみませんでした。おかげさまでよく休めました」
エリシアが2人に向けて深々と頭を下げる。
「ああ、もう大丈夫か?」
「元気になったみたいで良かった。俺もエリシアと同じ辞令をさっきもらった。それから昨日入手した情報はヴァーツタイン少佐とブラックフィールド将軍には伝えてある。もうすぐ作戦会議があるって」
エドは面白くなさそうに手を挙げ、ふいっと横を向く。その様子が10以上も年長の所帯持ちの男性の仕草と思うとエリシアは思わず吹き出す。
一方のスヴァンはそのエリシアの元気な姿に安堵の表情を浮かべた。
「ところで今、何か揉めてました?」
エリシアはエドの様子ですべて分かっていたが、エドの様子が面白くそう突っ込んで見る。予想通りエドはふて腐れたまま口を閉ざしたままだ。
そんな彼の代わりにイライザが呆れたように口を開いた。