1930年11月15日
イーストシティ 東方司令部国軍病院
颯爽と病院の正面玄関の扉が開かれる。
そこから黒色の軍服を身に纏った兵士が10人ほど入り込んできた。兵士達は2列に並び扉の両側に並ぶ。その手には保安用のライフルが見て取れる。
少し間を置いて今度は群青色の軍服の兵士が5人ほど入ってきた。
突然の出来事に病院の待合にいた一般市民の視線が一度に集まる。いくら国軍病院だからといって轟々しい。
住民の顔に一抹の不安の色が浮かぶ。
「皆のもの済まない。私のことは気にしないでくれ」
そして最後に1人の男性が同じく群青色の軍服を翻し、中に入ってくると開口一番、待合室の住民にそう話かける。
その彼の姿を見留めた一般市民からどよめきが上がった。
男はその様子にフッと笑みを浮かべると病院内を真っ直ぐに歩き、部下が待たしていた昇降機に乗り込む。
《一体、このイーストシティで何が起ころうとしているのだ》
簡単な報告はマイルズ大将、そしてエリシアと作戦行動を共にしていたスヴァンから聞いている。しかしその内容は信じるに値しない。
彼は最初はそう思った。
もうあの化け物はいない。15年前に全ては終わったはず。
そこまで考えていると昇降機は3階に到着、少し古さを強調している昇降機の扉がギシギシと音を立てて開いていく。。
廊下に出てるとアルコール薬品の匂いが鼻を突く。
ナースステーションで目的の人物の部屋番号を尋ねると看護師が1人病室に案内してくれというから彼は彼女の申し出に甘える。
ナースステーションから突き当たりの角を曲がった1番奥の部屋が目的の場所である。その病室の前に病院には不釣り合いな大男と緑色の髪に色白の端正な顔をした男性が立っていた。
2人は彼の姿を視認すると敬礼をする。
「こんな東方までご苦労様です。閣下」
大男の方がそうロイ・マスタング大総統に挨拶する。
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「将軍2人が揃って出迎えとはな」
ロイ・マスタングは意地悪な笑みを浮かべ、出迎えの2人、アレックス・ルイ・アームストロング大将とライオネット・ブラックフィールド大将に声をかける。
「閣下がわざわざ出向かれるとの事であればどんな激務であっても駆けつけますぞ!」
アームストロングはそう言って豪快に笑う。
その横ではライオネットが何やら不服そうにマスタングを見ている。
「ライオネットは不服のようだが?おそらくまだ20歳にもなっていないお嬢様を見舞うためにわざわざセントラルから出向く必要ないと言いたいところか?」
意表を突かれたライオネットは思わずアームストロングを見た。
彼は何一つ表情を変えずにライオネットの次の出方を見守っている。
「閣下がわざわざ出向いて労いをするような事ではないとは思いますが…」
「バカを言うな。閣下はエリシア・ヒューズの父親代わりに世話をしてきたのだぞ?初陣で負傷し、病院に運ばれたとなれば気が気でないだろう」
ライオネットの諫言に異を唱えたのはなんとそのアームストロングであった。この場に自分には味方がいないと理解したライオネットはそのまま口をつぐみ、そんな不服そうな顔を崩さないライオネットにマスタングは苦笑いを浮かべる。
「ああ、あいつに何かあったらヒューズに化けて出られるからな。それに君らからの報告も聞かねばなるまい。スム・ダムの頭の調査状況と合わせてな」
そう言うマスタングの厳しい視線に2人は背筋を伸ばす。
一瞬の緊張感ののち、マスタングは自分でも顔が引きつっているのがわかる。
「それで彼女の容態は?」
その問いにはライオネットのとなりに立つ医療班の士官が口を開く。
「はい。トロント遺跡地下の祭壇の間で倒れているところをスヴァン・スタングベルト少佐が発見してこの病院に運んだのですが、それから意識が戻っていません。目立った外傷もなく、命には別状はないとの事ですが」
報告にあがったスヴァンという名を聞き、先程少し話を聞いた男性が脳裏によぎる。
「スヴァン・スタングベルト少佐か。彼は確かあのイシュヴァール人の?」
「はい。また少々妙なこともありまして」
スヴァンに関する質問にはアームストロングが応える。
彼は小さくため息を吐くと少し目線を落とす。
「アームストロング大将、詳しくは中で聞こう。ライオネットはもう軍務に戻っていいぞ。それでスヴァン・スタングベルト少佐にここへ来るように伝えてくれ」
そのままマスタングとアームストロングはエリシアの病室に入る。そうして1人病室の前に残されたライオネットは小さく溜息を吐いた。
《アームストロング大将が言った妙なこと…おそらくあの時、エリシア・ヒューズ以外の兵がその姿を消していたことだろう。そして大総統の真の目的はそちらと言ったところかな》
そうライオネットはマスタングの行動を分析する。
だが、今自分がその会話に入る理由も義理もないとも感じ、マスタングからの命令通りその場を後にした。
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病室はそれまでの古ぼけた廊下や待合室とは違い、立派に改装されている。ドアと反対側の壁面に頭を向けるようにベットが置かれている。またテレビやラジオ、洗面にシャワーと設備の方も及第点であろう。
《一体一部屋どれくらいの改装費がかかっているのか…そもそも予算は大丈夫なのか》
そんなことを考えながら病室に入ったマスタングは一通り周りを見回すとベットに横たわる女性に目を落とす。彼女はまさにまるで何もなかったかのような穏やかな寝顔である。
マスタングは少し時間を忘れ、思わずその吸い込まれそうな寝顔に思わず見入ってしまう。
大親友だった男の忘れ形見。
《まさか今回の作戦でこんな事になるとは…》
マスタングは心の中に後悔の念が少しだけ浮かぶ。
「ゴホン」
アームストロングが咳払いをするとマスタングははっと顔を上げ、襟を正し、彼の方を向いた。
「すまん。少し感傷的になってしまった」
「いや、彼女は亡きヒューズ准将の忘れ形見。閣下のお気持ちをお察しします」
彼の労いにマスタングは素直に頷くと大きく深呼吸をし、ベッド脇の丸椅子に腰を下ろす。その視線は鋭く、さっきまで感情的になっていた男とはまるで別人である。
「話を聞こうか」
そうマスタングが舵を切ると、アームストロングは堰を切ったように話を始めた。
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アームストロングからの情報を聞く中でマスタングは心身がざわめくのを感じていた。アームストロングの話は先日のマイルズやスヴァンからの報告は相違ない。
ただ一点を除いては…
「正体不明の錬成陣に地面から這い出す黒色の手、それに天井に現れた一つ目だと?」
マスタングが驚きとともに立ち上がる。
「はい。彼女とともに残存兵の探索を行っていたスタングベルト少佐からの報告によるとそのような現象がそこで起こっていたとのこと」
アームストロングは言いにくそうに言葉を選んでいる。
そしてら彼自身も合点がいっていない表情をしている。
《無理もない。その現象はまさに…》
マスタングは少しだけアームストロングの心中をねぎらった。
彼にとってもエリシアは大事な娘のようなもの。
彼女が幼少時代には近所の丘陵や公園でよく遊んでいたらしい。
彼自身も今回エリシアの身に起こった事についてある程度の確信を持っているのだろう。話が一通り終わると小さくため息を吐き、目尻を下げながらマスタングの言葉をまった。
「なぜ発動した?」
一言だけマスタングはそう問いかける。
その刹那、一瞬だけだが、アームストロングの顔が空中を彷徨った。
「分かりません。祭壇の間をくまなく探索しましたが、錬成陣はおろか不審な点は見られませんでした」
「スタングベルト少佐が嘘をついている可能性は?」
「彼の小隊の幾人かが現場を目撃しております。その可能性は低いかと」
そのアームストロングからの返答にマスタングは「うーむ」と唸ると再び丸椅子に腰を下ろし、黙りこんだ。