その頃、エリシアは微睡みの中にいた。
意識ははっきりとしているが周りはぼやけた見たこともない空間である。その中の一つの窓から何やら映像が飛び込んでくる。
幼き時に父と遊んだ記憶。
母の手作りのアップルパイの味。
父との想い出。幼き時だけの記憶のはずなのに
全てが懐かしい。
全てが昨日の事のように蘇る。
『せっかく真理から助けてやったのに』
その刹那、父親の顔はあの遺跡で出会った父と瓜二つな男性の顔に変わる。エリシアはじっと彼を見つめ問いかける。
「貴方はだれ?」
だが、目の前の男は何も答えない。
エリシアは半ば期待した。
父が実は生きているのかもしれないと。
だが、次の瞬間彼の姿が歪み、周囲は真っ白な空間に変わる。気がついた時、目の前には全身真っ白な顔のない誰がが立っている。
「いやっ!!」
そう叫んだ時、目が覚めた。
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白を基調にした殺風景な部屋、おそらくイーストシティの病院の一室だろうか。
「おぉ、お嬢様のお目覚めか」
その言葉にハッとする。
声の主を見るとそこにはロイ・マスタング大総統とアームストロング大将の姿を目に留める。
「あ、私…」
「いや。そのままでいい。すまないが医師を呼んでくれ?大将」
体を起こそうとしたエリシアをマスタングはそう制し、
アームストロングに指示を出す。
「はっ!」
マスタングの意図を察したアームストロングは急いで部屋を飛び出していった。
バタバタとアームストロングは部屋を出て行く。
扉が力強くバタンと閉じられるとベットの脇の花瓶が少しだけより揺れた。
「やれやれ、相変わらず加減と言うものを知らん」
マスタングはそう言って苦笑いを浮かべるとエリシアを見た。
2人の視線が交わり、しばし2人の空間が流れる。
エリシアはなぜ大総統であるマスタングがここにいるのかという疑問と彼が来てくれた事にひどく安心している自分に気がつく。
「率直に聞こうと思うがいいか?」
マスタングの問いにエリシアは首を縦に振る。
「何があった?」
刹那、マスタングから発せられた質問が鋭く自分の心と記憶を抉っていくのを感じた。
「一体何を見た?」
確信を迫るマスタングの言葉にエリシアは一瞬たじろぐ。
そしてあの時の出来事に思いを馳せる。
胸が締め付けられる感覚。
そんな気持ちを私に経験させるために彼はここに来たんじゃないと言う事は理解している。
ではなぜ、大総統直々に見舞いなど…
彼はあの錬成陣や、異形の手、片目のお化け、全身真っ白の顔のない人間とも呼べない生物について何か知っているのだろうか。
「どこまでご存知なんですか?閣下は」
エリシアは単純に自分の心配だけでわざわざ来てくれた訳ではない育ての親に嫌味を込めて尋ねた。
「閣下はやめなさい。今は君と私しかこの部屋にはいない。おじ…さんでいいぞ」
マスタングはそうおどけてみせる。おじ…さんの言い方に少し引っかかりを感じたが、無視する。
「アームストロング大将から概略は聞いた。正体不明の錬成陣に地面から這い出す黒色の手、天井に現れた一つ目というところまで」
エリシアはその言葉に少し目を伏せる。
「そっか。スヴァンからの情報か」
そう言ってベットにもたれたエリシアにマスタングが言葉を続ける。
「では、もうすこし具体的に、そして確信から聞こう。君は真理の扉を見たのか?」
エリシアはその言葉の意味を理解できなかった。
だが、おそらくあの事を指し示しているのだろうと思考を巡らせる。
「大きな真っ黒い片目と目が合った時に一瞬で気を失いました。次の瞬間、真っ白で何もない世界に飛ばされたようでした。そこで複雑な紋様が記された大きな扉がありました。そこに居た真っ白な体に顔のない人のようなものと話もしました」
その話を聞きながらマスタングは息がつまるのを感じた、
また一方のエリシアはその彼の様子にエリシアは彼が何か知っていると悟った。
「おじ…さんは何か知っているの?」
その問いにマスタングは苦渋の表情を浮かべる。
それはおじさんと呼ばれたからでなく、15年前の記憶は自分でも時々忘れてしまいたくなるほどで、正直エリシアにその話をしたくないのが正直なところであった。
「それで何か持っていかれた?」
エリシアはそのマスタングの問いの意味がわからず、ただ首を傾げる。
「持っていかれたの…でありますか?」
自分の言った意味を理解していないと分かったマスタングは苦笑いを浮かべる。
「通行料…という言葉をその真っ白で顔もない得体の知れないものからそんな話はなかつまたか?」
その言葉にエリシアがビクッと反応する。
それをマスタングは見逃さなかった。
『通行料はもうもらってるから帰りな…』
エリシアは心の中で反芻する。
確かにあいつはそう言った。
「えっと…」
もちろんマスタングのおじさんも同じように伝えるつもりである。
「おじ…さんもあいつに会ったことあるの?」
そうとしか考えられなかった。
彼の物の言いようはマスタングのおじさんも同じものを見た。そしてそれはあまり良くないこと。エリシアは言いようのない不安にかられる。
「あぁ、一度だけな」
そのマスタングの言葉にエリシアは顔をあげる、
「あれは真理の扉という。人は誰でも持っているこの世の真理というものだ。扉の中を見るには通行料と呼ばれるものが必要でかつてある者は右腕と左脚をある者は全身を、そして私は視力を奪われた」
エリシアはその突然の話に少し戸惑う。
「真理?おじさんも視力を?でも今は…」
彼女の問いにマスタングは小さく頷く。
「あぁ。それなりの対価を払って取り戻させてもらった。真理は言えば錬金術の源、この世の摂理を司るようなものだ。先の2人は錬金術師としての禁忌を犯し、私は闇なるもの手により強制的に開かされた。おそらく君が見たものはそれだろう」
エリシアはマスタングの言葉に考えを巡らす。
「今は理解できなくても良い。詳しいことは追って教えてやる。それで君は何を持っていかれた?」
マスタングからもう一度同じ事を聞かれ、その強い眼差しに引き込まれそうになる。
「おそらく何も。『通行料は既にもらっている』とその真理の世界の人は言っていました」
エリシアの返答に目を見開きマスタングは何かを考え込み始める。
「そうか。なら良かった」
マスタングはそういうと立ち上がり窓際に寄る。
「その時誰かに会わなかったか?その錬成陣を発動させた誰かが、そこにいたと推測される」
マスタングはそう質問を変える。エリシアはその問いに1番にあの父と瓜二つな男性の顔を思い出す。
「じ、実は…」
彼女にはもう一つ、マスタングに必ず伝えなければならない事が残っていた。
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「ヒューズと瓜二つの人物だと?」
マスタングは思わず椅子に腰掛け、目を見開き遠い記憶の中でいくつかの可能性を必死に探る。
《他人の空似か、はたまたかつて対峙した姿形を自由に変えられる奴らの仕業か、もしくは…》
そこまで思考を巡らせマスタングは1番考えたくない思考に行き当たったことに憤りを感じる。だが、今はエリシアに全てを伝えるわけにはいかない。まだ不確実なものが多過ぎる。
「なるほど。状況は理解した。ありがとう。感謝する。エリシアは今は体の回復を優先してくれ。ヒューズに似た男性のことは私の方で調べてみる」
ひとまずマスタングはこれ以上の情報はエリシアからは出てこないと感じ、そう言葉をかける。後半部分は育ての親としての責務、エリシアに対する労りの気持ちからである。
どう言われても自分も人間の心を持っている。
そう自分に言い聞かせる。
一方のエリシアは彼の意図を感じ、不服そうな顔を向ける。
「なんだ?不服か?」
「なんだじゃないですよ!おじさんは分かりやすすぎます。私ももう国家錬金術師です。子供扱いは無用です」
エリシアの予想外の反撃にマスタングは一瞬返す言葉を忘れる。
彼女は育ての親からの返答を待たずに更に畳み掛けた。
「それにパパの事が今回の事に何らかの関係があるなら私がそれを何とかしないといけないと思うんです。だから安っぽい言葉で遠ざけないで下さい」
マスタングは思いもよらないエリシアの言葉に一種の感傷に浸る、
《子は知らぬ間に大きくなるとはこの事か》
ふっと笑みをもらすとマスタング尚も攻撃姿勢を崩さないエリシアの頭をぐじゃぐじゃと撫でる。
「分かった分かった。だが、まずは傷を癒して軍務に復帰しろ。セントラルに戻ったらうちを訪ねるといい。その時に全て教えてやる」
マスタングは駄々っ子をあやすようそう言うと、何か言いたげなエリシアに背を向け、病室の扉の方に向かう。
「もういいぞ。待たせたな」
扉を開けるとそこにはアームストロングとこの病院の医師だろう男性と看護師が立っている。
「では、先生彼女をお願いします」
アームストロングの言葉に医師と看護師が病室の中に入る。入れ替わるようにマスタングは外に出た。
「お話は終わりましたか?」
アームストロングの問いにマスタングは少し難しい表情を浮かべ答えた。
「あぁ、子とは知らぬ間に大きくなる事を痛感させられたよ。ヒューズにもこの感覚を味あわせてやりたかった」
「私は独り者ゆえ、そのような感覚は分かりかねます」
アームストロングの返答にマスタングはふふっと笑みを浮かべる。
「だが、忙しくなるぞ大将。君やあの鋼のにも手伝ってもらわなければなるまい」
マスタングの返答にアームストロングはその意味を理解して真剣な眼差しを彼に向ける。
「なるほど。また国が荒れますな」
「いやそれだけは避けなければならない」
マスタングは強い意思の籠もった瞳で前を見つめる。そしてそこに彼らの方に歩いてくる銀髪に褐色の肌の軍人を目に留める。
「そうか。彼にも色々と手伝ってもらわなければな」
そうマスタングの瞳が怪しく光ったのをアームストロングは見逃さなかった。