同刻
東方地区ドラン地方トロント遺跡 祭壇の間
「なぜあの娘を助けた。国家錬金術師を取り込めば我々の計画は更に一歩前進していたのだぞ!」
仮面を纏ったその男は眼前の飄々とした男性をそう怒鳴りつける。だが、怒鳴られた本人は意に介する様子もなく、人を食ったような瞳を仮面の男に向けた。
「気まぐれ?いや、魂がこうなんか引き寄せられる感覚ってやつ?まぁ、俺が助けたいって思ったから助けただけだよ。そうカッカするなよ」
男は眼鏡をくいっと持ち上げ、そう仮面の男に告げる。
仮面の男はイライラした様子を見せると両手をあわせて地面に掌を当てる。その刹那、眼鏡の男性の足元が隆起する。
「おいおい。何すんだよ」
眼鏡の男はそう叫ぶと隆起した地面から飛び降り、腰に携えた投げナイフに手をかける
「あのなぁ。あの娘はお前の望むそれにはまだ未熟なんだよ!真理の扉を開いても怖気づいて扉を開く事すら出来なかった。まずは経験を積ませ、知識を持たせないとな」
眼鏡の男は更に錬成を続けようとする仮面の男の足元に投げナイフを投げ、そしてそう告げる。その言葉に仮面の男は体を起こし、その口元に不敵な笑みを浮かべる。
「まあ、良い。まだまだ候補は沢山いるからな。今回はお前の言葉を信じてやろう。だが、次は私の命に背くことは許さんぞ。ヴァルニス」
ヴァルニスと呼ばれた男は仮面の男のその言葉に笑みで返すとその場から消えた。
「もう少し素直ならあいつも使えるんだけどね」
その時、仮面の男の背後から声が聞こえ、暗闇から女性が1人現れる
「ふん。変に人間の知識を持ってるが故に頭の回転も早い。あいつの監視を緩めるなよ。アメンダ」
仮面の男は金髪を腰のあたりまで伸ばし、妖美なグラマラスな体にぴったりとまとわりつくような服を纏っているアメンダと呼んだ女性にそう告げる。
「あら、次は私を使ってみないかい?先生?ヴァルニスの監視はニール1人で大丈夫でしょう?」
アメンダは妖美な雰囲気にグラマラスな肉体を仮面の男に擦り付けながら言う。
「ふん。誰を狙うつもりだ?」
「ふふっ。内緒」
アメンダはそれが仮面の男からの合意と捉えたのか不敵な笑みを浮かべるとその場から姿を消した。
「やれやれ。困ったやつらだ」
仮面の男はそう呟くと祭壇の中へと入っていく。そしてその姿は見えなくなった。
—————————-
1930年11月17日
イーストシティ 東方司令部
エリシアは目覚めた後2日後、病院で検査を受け退院した。
今日はマスタング大総統へのスム・ダム掃討作戦の結果報告とガーザス・ロズワルドの行方調査の経過報告である。
病み上がりの身でありながら、そこにエリシアも参加していた。
マスタングは結局、エリシアを見舞った日から予定を繰り下げてまで今日までこのイーストシティに滞在。昨日はトロント遺跡の検分にも行ったのだという。
エリシアは病室でのマスタングとのやり取りを思い出していた。
父の名を出した時のあの狼狽、
そしてこのイーストシティへの長期滞在。
自分とのやり取りの中で彼の中で何か感じるものがあっただろうと推測する。
今はスヴァンの上官のスガサ・マークイン中将がトロント遺跡での制圧作戦を報告している。
事の顛末についてはマスタング達が去った後、病室に入ってきたスヴァンからだいたい聞いていたので、エリシアは聞き流していた。
だが、マスタングの口止めなのか、エリシアの身に起こったことはひた隠され、報告には上がってこなかった。
《あの時私は私を信じて付いてきてくれた部下を死なせた。彼らの家族になんと説明するつもりなんだろう。おじさんは》
ふとそんな想いに駆られる。
目覚めた日から日を追うごとにあの時に錬成陣に巻き込まれ、この世から消滅した将兵の顔が浮かんでは消える事の繰り返しだ。
そんな事を考えているとマークイン中将の報告は終わり、次に第3連隊指揮官のライオネット・ブラックフィールドが壇上に立ち、スム・ダム首魁のガーザス・ロズワルドの探査経過報告に始めた。
《ブラックフィールド大将、顔は格好良いんだけどやっぱりあの冷めた瞳と雰囲気は好きになれないな》
そんな事を考えていると周囲にどよめきが走った。
それはライオネットが
「スム・ダム首魁ガーザス・ロズワルドはイシュヴァール地方へ逃げ込んだ模様。複数のイシュヴァール人が彼を援助しているとの情報も入っています」
との内容を報告したからであった。
「その情報はどの筋からだ」
マスタングがその場に立ち上がり声を荒げる。
そのマスタングの様子をあざ笑うかのようにライオネットは笑みを浮かべ口を開く。
「もちろんイシュヴァールの民からです」
ライオネットの言葉に場内にイシュヴァールに対する疑念の声が出始める。このテロ行為もイシュヴァール人が手を引いているだの、彼らは我々の再興支援に泥を塗ったなど憶測や怒りの感情が渦巻き始める。
キング・ブラッドレイ政権が瓦解し、グラマン大総統指揮の元、マスタングが舵を取ったイシュヴァール再興と融和政策。
形上は双方の歩み寄りは見えたかに見える。
だが、まだまだアメストリス人からすればイシュヴァールとは心底相入れないのかもしれない。
この社会全体の縮図を改めて見せられたような気がしたマスタングは隣に座る東方司令部司令のマイルズ大将の顔を見る。
するとマイルズは立ち上がり、ライオネットを睨みつける。
「ブラックフィールド大将。その情報が本当なら由々しき事態です。早急に我々の方でも裏取りと探索を進めさせます」
マイルズの言葉をライオネットは鼻で笑う。
「ふん。我々中央軍の情報が不確かだと?」
彼がそう言った時マスタングが再度口を開く。
国家権力の象徴である大将2人が険悪な空気を醸し出す。
本来ライオネットは反イシュヴァール思想が強い。
「もうやめんか!ブラックフィールド大将、君の今の発言は私も初耳だ。なぜ一報を先に私とマイルズ大将に入れなかったのかね?」
マスタングの問いにライオネットは真剣な顔でマスタングを見る。その瞳はまさに対抗心そのものであった。
「閣下に事前に報告していては握り潰されると思ったんですよ。閣下とマイルズ大将はイシュヴァールに対する思い入れが強いですからね」
その言葉に今度はアームストロングが立ち上がろうとした。それをマスタングが制する。
「そうか。分かった。ブラックフィールド大将、貴重な調査報告を感謝する」
そうマスタングは皮肉から入る。
「だが、国としてイシュヴァール政策を進めている事もある。事を焦るな。それにもしガーザスがイシュヴァールに逃げ込んだなら逆に好都合だ。かの地には我々に協力してくれる人たちの方が多い」
そう言ってマイルズ大将を見た。
「だがな。マイルズ大将。彼が少し調査しただけで上がってくるような情報を君が把握してない事は問題だな。以降の調査は君が率先して行いたまえ。そしてできるだけ早くガーザスの行方を捜せ。早くせんと第2、第3のガーザスが出てくるぞ」
そう強い言葉で締めくくったマスタングは少し不服そうなライオネットを一瞥し「続けてくれ」とだけ言う。
一連のやりとりを見ながらエリシアは中央軍も東方軍も一枚岩じゃないと感じた。軍民分割の政策は進めど、人々の意識、価値観はそう簡単に変わるものではないと思い知らされる。
その後のライオネットの報告は紛糾する事なく終わり、報告会は滞りなく閉会した。
「エリシア」
会場を後にしたエリシアは誰かに呼び止められる。
彼女が振り返るとそこにはマスタングの姿があった。
「もう大丈夫なのか?」
マスタングの心配そうな顔にエリシアは頷く。
2人は並んで廊下を歩き始めた。
「私のことよりも閣下は大丈夫ですか?やはりまだ軍上層部が一枚岩になれてないみたいですね」
エリシアの言葉にマスタングは苦笑いを浮かべる。
「いやーまったく面目無い。ライオネットの奴は特別でね。彼は生粋の軍国主義者なのだよ。いつも何かと私に突っかかってくる。もしかして私に気があるのかな?」
真剣な表情でそう言うマスタングにエリシアはプッと吹き出す。その様子に彼は満足げに微笑む。
「やはり君は笑っている方がいい」
そう言われてエリシアは顔を赤らめる。
「ありがとう…ございます」
エリシアはそう返すのがやっとでそれ以降黙り込んでしまった。しばしの沈黙が2人を包む。
「そうだ。大事な事を伝え忘れていた」
マスタングは突如手をぽんと叩き、そう沈黙をやぶる。
「後で、私の執務室へ来てくれたまえ。あのイシュヴァール人の錬金術師と一緒に」
「スヴァンとですか?」
その問いにマスタングは小さく頷く。
「承知致しました」
そう言って敬礼をしたエリシアはマスタングと別れ、自分の部屋へと向かう。
《改まって一体何の用だろう》
そういろいろと想像を巡らせる中でエリシアは自分の前を歩く銀髪に褐色肌の軍人の姿を見つけた。
「スヴァン」
そう彼を呼び止め、駆け寄る。
「エリシア、もう体は大丈夫なのか?」
彼女の姿に驚く彼にエリシアはうんと頷く。
すると周りにいた彼の同僚だろう人たちがエリシアを興味深そうに見る?
「なぁなぁ、この子誰?」
紫色の髪の小柄な青年がそうスヴァンに尋ねる。
「あ、俺の名前はカイル。スヴァンとは同部屋で所属は第3連隊。で、君は?スヴァンの彼女?」
その言葉にスヴァンは飛び上がり、右の拳がカイルの左頬に命中する。
「この子は俺の同期、俺と同じ国家錬金術師だよ」
その言葉にカイルは目を丸くする。
「まじ?じゃあ君があの蒼氷の錬金術師?もっとごつい人かと思ってたのにこんなに可愛い子ちゃんだったなんて」
《なにこの軽薄な男…》
エリシアは苦笑いを浮かべながらスヴァンを見る。
「スヴァン、大総統がお呼びよ」
エリシアはカイルを無視してそう告げる。
「え?大総統が?」
スヴァンは目を丸くする。
「そう、分かったらさっさと行くわよ」
そう言うとエリシアは彼の襟首を持って引っ張る。
「エリシアちゃん!今度ご飯でも行こう!」
カイルのその叫び声だけが、廊下に響く。エリシアは恥ずかしさに顔を赤らめ、下を向きながら歩く。
「悪く思わないでくれよ?あいつ悪気はないんだ」
スヴァンの言葉にもエリシアは答えない。
《悪気ないのは分かってるけどあんな人は嫌い》
エリシアは再度自分の気持ちを確認する。
しばらくして2人は大総統の執務室に到着した。