「朝夕に、神の御前に禊ぎして。皇御代に仕え奉らむ。思ひ猛りて吾が為す業を、遠津神固め修めし、大八洲。天地共に永遠に栄へむ」
布団に横になった少女の前で私の祖父、音海善吉が朗々とした声で祝詞を読み上げる。
その後ろでは、不安そうな顔をしている少女の両親の隣で白い狩衣姿で青年、椥辻亮悟さんが厳しい顔で胡座を組んでいた。
そして私は彼の隣で、彼と同じような白い狩衣を着て正座で待機している。
「亮悟、繭良。…いつでもいけるように」
「応!!」
「はい」
祖父の言葉に短く答え、短剣のような呪具と霊符をそれぞれ手に持った。そして軽く腰を上げる。
直後に少女の身体が痙攣したかと思うと、彼女から化け物が飛び出した。それは奇怪としか言えない笑い声を上げる。
ケガレ。禍野と呼ばれる異界の住人。
「陰陽…呪装!斬浄穢符。万魔調伏、急急如律令!!」
「万魔調伏、急急如律令」
亮悟さんの手には刀身全体に紋様の入った剣が握られ、私は両手で同じように紋様のある槍を握る。
バッと亮悟さんはケガレに飛びかかりその両腕を切り落とし、私は槍の切っ先でケガレを十字に切り裂いた。
一歩下がれば亮悟さんの剣がケガレの額に突き刺さりそしてーーー
「祓へ給へ、清め給へ」
亮悟さんがそう言い終えると同時に、ケガレはセーマンを残して消えた。
それを見た祖父が「もう大丈夫ですよ」と両親に告げれば、彼らは少女の名前を呼びながら近寄る。
「繭良、後始末よろしくの♡」
「私がやるの?うん、任せて」
(
そんな風に考えながら、少女の胸からお腹にかけて墨を浸した筆で文字を書いていく。
それが終わったら少女の両親に「また何かありましたらご連絡を」みたいなことを祖父が言ってから、狩衣やその他の道具を入れたバッグを持って歩き去る。
その道中で祖父……いやこれは他人行儀過ぎるか。お爺ちゃんが口を開いた。
「また腕を上げたの。亮悟、繭良」
「へへへ☆ありがと、じっさま」
「ありがとう、お爺ちゃん」
今日のケガレ祓いは祖父から見ても、それなりに手際がよかったのだろう。槍の扱いもかなり慣れたし、こうしてケガレ祓いに参加できる程度には実力も付いた、と思う。
「そう言えば、亮悟。ろくろは今日は来れんなったのか?」
「えっ」
「えっ、じゃないですよ亮悟さん。亮悟さんが昨日ろくに声掛けたって言ってたじゃあないですか」
「……あ゛……」
彼の頬に汗が一つ流れたかと思うと、頭を両手で抱えながら絶叫し出した。
「ああああああああ~~~~っ!!そうだったすっかり忘れてたあああああ~~~~~~~~~~っ!!あの野郎!「今日こそ必ず行く」とか「現地で待ってる」とか言って結局来なかったじゃないかあああああっ!!」
私と祖父は耳を指で塞ぎ、亮悟さんに呆れた目を向ける。
「アイツの戯言を真に受けるお前もお前じゃがの」
「それにろくのことだし、どうせまた女の子に告白して玉砕でもしてるんじゃない?それじゃお爺ちゃん、私こっちだから」
「む?もうそんな所かの。ではまたの、繭良」
「今日はお疲れ様、繭良ちゃん。またね」
「亮悟さんもお疲れ様でした」
笑顔で歩きながらそう言って、交差点に差し掛かった辺りで二人と別れた。
「もうあれから二年、か……」
若干日の傾いてきた空を見上げて呟いた。
二年前にろく、幼なじみの焔魔堂ろくろが陰陽師を止める原因となった事件、『雛月の悲劇』からそろそろ二年が経つ。
毎日のように亮悟さんはろくに陰陽師をやらせようとしているけど、何かしらの大きなきっかけでもない限りは無理だと思う。
例えばそう、運命の出会いとか。
「確かお爺ちゃんは……今日、星火寮に引っ越してくるって言ってたかなぁ」
なら学校が始まる前に一度くらい彼女に挨拶でもしておこうか。同じ陰陽師なんだし、一緒に仕事することもあるだろうから。
「会うのがちょっと楽しみだよ」
未来のヒロインに想いを馳せる。