貴女を花に例えるなら   作:Binegar*Blue

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あぶれてしまったこの気持ちとどのように向き合えばいいのだろう


エピローグ

今にも凍りつきそうな夜空の下、私は事務所の屋上にいた。そこは、私と彼女の秘密の場所。

約束した大樹の下で私は彼女を待っている。こうやって椅子に座り何かを待つ時が私は一番辛かった。オーディションの合否通知も、ライブが始まる前も、何かを待つときはいつも胃がキリキリと音を立てそうな緊張感が身に染み付いて離れようとはしなかった。そんな感覚はいつになっても好きになれなかった。

ましてや、今日私たちはいつもみたいに楽しくお話をするわけでもなく、「好き」を言い合うわけでもない。私はこれから私の「大事」を傷つける。

意図的に――

突き放す。

 

「卯月」

 

聞こえてきた声は、最後に会った時と同じ透き通ったまっすぐな声だった。

 

「遅くなってごめん。待たせちゃったかな」

 

約束の時間はとっくに過ぎていた。

 

「ううん、そんなに待ってないよ」

 

当たり前のように嘘を吐く。

私は随分前から待っていた。

なんどもなんども、この屋上で待っていた。

でも、あなたはー

 

「ねぇ、凛ちゃん」

 

私は問いかける。

 

「私、今笑えていますか」

 

彼女は顔を凍らせた。まるで世界が壊れてしまうことを知らされた人みたいに。

 

「卯月…き、急にどうしたの?」

 

私の「笑顔」ではない表情は、よっぽど彼女を動揺させたらしい。

 

「もしかして遅れちゃったこと怒ってるの?乃々との撮影が長引いちゃって…」

―その単語を聞いた時

ひび割れするような

ひどい痛みが頭の中を駆け巡った

 

「…そう…ですか…」

 

私は立ち上がり、足早に距離をとる。

 

「乃々ちゃん…かぁ…」

 

乃々ちゃんとの撮影、乃々ちゃんとの仕事、乃々ちゃんの衣装選び、乃々ちゃんとのお出かけ、乃々ちゃんと………。

乃々ちゃんと、ののちゃんと、ノノちゃんと、××ちゃんと……

 

制御できない自分の思考回路が暴走してしまう前に、私は深呼吸をする。

愛憎は表裏一体、まさにそうなる一歩手前。

乃々ちゃんが事務所に来てから想い続ける私の気持ちと比例して、

彼女と私の距離はみるみる離れていく。

 

だから私は確かめたいことが一つだけあった。

 

「ねぇ、凛ちゃん?」

 

私は、声のトーンを一つ下げた。

 

「私、凛ちゃんにとってなんですか?」

 

「そんなの…決まってるじゃん。

私にとって大切な人だよ。それ以外に答えなんてある?」

 

凛ちゃんは戸惑うことなくはっきりと答えた。

私は足を止めて、薄れゆく希望に縋るような思いでまた確かめた。

 

「私のこと、まだ―好きですか」

 

凛ちゃんの足音が一息ずれて止まる。彼女の息を吸う音が聞こえて、息とともに吐露する。

 

「もちろん、大好きだよ、卯月」

 

甘い言葉は私の心に溶け込んで、深い溝にはまって消えた。不覚にも笑みがこぼれた。

 

好きな人に「好き」と改めて言われると、やはり頰が緩んでしまうのを止めることはできなかった。

あぁ、私やっぱり凛ちゃんのこと大好きなんだ。

 

―でも

 

―こんなに こんなに

あなたが好きなのに

 

―きっとその思いは全て届かない

 

「ねぇ、どうしたの卯月。なんかいつもと様子が違うよ?もし悩んでるなら、聞かせてよ」

 

黙りこくってうつむく私に、しびれを切らしたのか凛ちゃんは駆け寄って、ぎゅっと、私の両手を握った。

ずるいや、凛ちゃん。そうやって寄り添われたら私、またあなたを好きになっちゃう。

うつむいたまま、凛ちゃんの流麗な円弧を描いたような黒いニットタイツを履いた太ももの先を、私より少し小さい足を見つめる。

やっぱり…私は凛ちゃんのこと…。

そう思って、悩みを打ち明けようと顔を上げようとした瞬間、ふと握り締められた凛ちゃんの腕が目に入った。

手首には見たこともない腕輪がしてあった。これは…

そういえば乃々ちゃんも同じものを…していた。

 

私の中にある迷いはだんだんと消え去っていった。

 

「乃々ちゃんの事…」

 

「え?」

 

「それじゃあ、乃々ちゃんの事はどう想ってるんですか?」

 

愛しさと、憎しみと、妬みで溶け出しそうな思いは、心の牢獄から逃げ出した。震える声で、唇を噛み締めながら、言葉を連ねる。

 

「私、今まで凛ちゃんとのお仕事すごく楽しかったです。今までにない、一人じゃ見られない景色を凛ちゃんとなら見られました。凛ちゃんは年下なのに、私よりしっかりしてて…一度立ち直れなくなりそうになった時も、私の手を取ってくれました……そんな凛ちゃんが私、私……」

 

握られた手は強く、強く握られて、凛ちゃんの暖かさで、徐々に熱を帯びる。

しかし、私にはその熱はもはや余分なものになってしまっている。

 

「―大好きでした。」

「それなら、ちゃんと目を見て言ってよ、卯月」

 

こんな顔、絶対に凛ちゃんに見せたくない。

これから起こってしまう出来事を思うと、今にも泣き出しそうだ。

 

「でも!」

 

でも言わなくてはいけない。

 

そうしなくちゃならない。

 

だってそれが、私にできる最善のことだから。

 

突き放そうとする声色に、凛ちゃんは半歩下がった。

 

「でも私なんだか、今の凛ちゃんは好きになれないんです。」

 

「それって乃々が関係あるの?」

 

凛ちゃんはやっと気づいたようだった。私はうつむいたままうなずく。

 

「私、最初は乃々ちゃんとお仕事した時すごく嬉しかったんです。最初の内は気が合わないんじゃないかなーって、心配していたんですけど、乃々ちゃんと凛ちゃんは事務所で会ううちに打ち解けあって、私の心配も杞憂のようで、ほっとしました。」

 

最初はどうとも思わなかった。

 

「乃々ちゃんと仲良くしてる凛ちゃんは私と出会った時みたいに、頼もしくて、お姉ちゃんみたいで。」

 

けれどその優しさが妬ましくなった。独占したくなった。

 

「私以外にその優しさを向けている時を目にすると、なんだか、私の中で『凛ちゃんはもう私なんかに愛想をつかしたんだろう』って

凛ちゃんが乃々ちゃんに取られちゃうんじゃないかって、疑心暗鬼になって、不安になって仕方がなかったんです…」

「そんなこと…」

「大人気ないって私も分かってます!でも私…」

 

これ以上他人に私の幸せを奪われたくなくて、

でもその幸せは誰かの幸せかもしれなくて、

私がわがままをいえば誰かは不幸になってしまうかもしれない。

 

そんな思考が堂々巡りで

 

幾多の矛盾と迷いが混ざり合った心で、正直に笑うことができるんだろうか。

私は、アイドルとして笑顔を作る事ができるのだろうか。

 

今出せる精一杯の笑顔を、涙を流しながら、凛ちゃんに向け、震える声で、私の気持ちを伝える。

 

―今、凛ちゃんの前じゃ

素直に笑えないんです

 




大風呂敷に投稿したものを加筆修正したものになってます。
不定期に更新し続けていくので、温かい目で見守ってくれると幸いです。
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