大幹部、田中一郎の喜劇   作:アズッサ

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大使の口調ってけっこう難しいんですよね


悪の密談

 田中は後頭部に鈍痛を感じながらむくりと起き上がった。

 気が付くとそこは埃まみれで、荒れ放題のバーのような空間。周囲には不作法にも自分の家に土足で上がり込んでいたチンピラたちがニタニタをこちらを眺めながら思い思いに酒を飲んでいるのが見える。そんな有象無象は無視して、田中は立ち上がり、スーツの埃を払いながら、まるで常連客のようにバーカウンターへと歩み寄った。

 店のマスターのようにグラスを拭く黒霧が「何にいたしますか?」と聞いてくる。

 

「焼酎だ。ウィスキーもいいが、日本人ならば焼酎だ。日本酒はどうせおいてないのだろう?」

「ロックで?」

「当然だ。銘柄は任せるよ。おぉ、痛い。頭を殴るとはヴィランという連中は乱暴が過ぎるのではないかね」

「申し訳ございません。ですが、だからこそのヴィランであるとお考え下さい。こちらをどうぞ、あまり有名どころの酒は取り揃えていないのですが」

「ふん……」

 

 黒霧に出された焼酎を口に含みながら、田中はちらりと右へと視線を向けた。

 そこには死柄木が亡霊のように、しかし真面目な様子で新聞や雑誌を読みふけっていた。その紙面には「オールマイト出現!」、「凶悪ヴィランを一撃KO!」という見出しがでかでかと書かれていた。それを読む彼は、非常にイラついている。

 

「嫌いなら見なければ良いじゃないか」

「黙れ」

 

 バッサリと切り捨てられるので、田中はもうこの話題はしないでおいた。

 

「で、わしをこんなところに連れてきて何をするつもりかね」

「さぁな」

 

 器用に二本の指で新聞をめくる死柄木。

 

「俺はただお前を連れて来いと言われただけだ。理由は先生も教えてくれなかった」

「そうかい。言っておくが、わしは何もできんぞ」

「はぁ?」

 

 田中は当然の事を答えただけだが、死柄木は小馬鹿にしたように、鼻で笑う。

 

「今、お前に向けられてる大量の殺気がわからないのか? その中で、お前は平然と、酒を飲んでいる」

「ふん、長い人生を歩んできた。命を狙われることなんぞたくさんあったよ。だが気持ちの良いものではないぞ? 考えてもみたまえ、四六時中、監視者がいてはろくにホステスにも通えん。尾行をまく技術だけは上達してしまった。わしとしては女性を喜ばせる社交ダンスを覚えたかったのだがね、教室にも通ったのだがまぁ結局飽きてしまってまさに三日坊主という奴だった」

「そこまでは聞いてない」

「あぁそうかい。ところでカメレオンはどこにやったのかね。まさか殺してないだろうね。彼は弱いが運転手としては重宝しているのだが」

「別室で監禁中ですよ」

 

 代わりに答えたのは黒霧だった。

 

「まぁ一応の処置です。彼の個性は意外と便利ですからね。死柄木弔を襲う直前まで、彼の存在には誰も気が付かなった。良い暗殺者になれますよ」

「あはは! そうかね、まぁ彼はもとよりそういう用途だからその評価は嬉しいものだね。あはは! そう、人を殺すのに派手な武器はいらない。こう、首の、ここのところだな、血管に空気でも入れてやればそれで死ぬ。隠密性と速さだよ。火力なんてのは本来不必要なのだ。それをそこらのヴィランどもはどうにもわかっていないようだがね」

 

 田中はまるで挑発するように、周囲のチンピラたちに言い放つ。彼らもそれを受け取り、より一層の殺気を田中に向ける。中には立ち上がり、何かしらの個性を発動させるものもいた。

 一触即発の状態であった。

 

「テメェおっさんよぉ、あんまし調子こいて」

 

 チンピラの一人が田中へとつかみかかろうとした瞬間。彼の目の前に全身の骨を折られた男が頭上から落とされる。

 その男は全身の至る場所からミミズのような触手を伸ばしていたが、それすらも力を失い、両腕両足はありえない方向に捻じ曲げられていた。

 

「ぎゃっ!」

 

 不幸なチンピラがまた一人。彼は両足をへし折られていた。

 

「おや……これは予想外ですね」

 

 声音からは何の焦りも見られない黒霧。死柄木に至っては反応すら示していない。

 

「彼を拘束していたのは触手の個性を持っていたのですけどねぇ? 人間一人なら複雑骨折させる力があったのですが」

「おやそうなのかね。だとするとその彼にはかわいそうなことをしたかな? あはは!」

 

 田中のそばにカメレオン男が姿を現す。田中とは付かず離れずの位置にいたが、突起状の目は常にチンピラたちの動きを確認していた。

 

「まぁ不幸な事故だったということにしようじゃないか。世間様に顔向けできないことをしているからこうなる。社会勉強不足だな」

 

 実際、田中はそのことまで把握したうえでわざと挑発の言葉を発したのである。すでに、彼は自分の安全を確信していた。それは少なくとも殺されることはないという安全である。一発、二発、それこそ腕に一本はおられるかもしれないと考えていたが、予想以上に自分は安全らしいと分かると上機嫌になり、にこにこと笑顔が増えていった。

 

「まるで、今まで多くの人を殺してきたかのような言い方ですね?」

 

 会話の内容はさておき、流れは雰囲気の良いバーのようだった。

 黒霧の質問に対して田中は焼酎を一口飲みながらうんうんと頷く。

 

「数は数えちゃおらんがねわしの一声でそうさな……千人以上は死んどるだろうな。まぁ色々と理由があったのだよ。だが、同時にわしは世界も守ってきたぞ? 正確にはわしがいた組織が、というべきだが。わしが主に担当してきたのは政治家たちに金を渡すことだったのでなぁ」

「それはそれは。大層なヴィランじゃないですか。ちょっと、尊敬しますよ」

「ふん、人殺しを尊敬するとはな。第一、貴様らのような快楽犯罪者とわしを一緒にしないでもらいたいね。わしには崇高な目的はないが、わしのいた組織にはれっきとした目的があった。人間を守るというね。ただ意味もなく殺す連中とはわけが違う」

「これは失礼を。ここには様々な者が集まります。あなたのおっしゃったように快楽で悪事を侵すもの、はたまた思想からか……色々です。ですが、ここは自由です。いかなる目的、思想があろうともね?」

「あはは! そうかね。ならわしの目的からするとここにいる連中は皆殺しになるところだ」

「おい、あまり調子に乗るな」

 

 その瞬間、田中の鼻先にナイフが突きつけられる。ヒュンッと風を切る。

 死柄木が食事用のナイフを指の間に挟んでいたのだ。

 

「やれやれ、食器で遊ぶなと教わらなかったかね」

 

 しかし田中は平然としている。

 

「お前の話はどこまでが真実なのかがわかんねぇんだよ……一声で数千人を殺してきた? 政治家に金を融通してきた? そんな裏社会のフィクサーみてぇな奴がどうして中学校教師なんざしている。お前の背後は徹底的に洗った。だが、出てくる情報はちぐはぐででたらめだ。第一、そんな目立つような奴を放置するほど、世間のヒーローは甘くない。俺たちヴィランだってそうだ。大なり小なり、そんな目立つ奴は名前が知られる。それがたとえ本名じゃなくともなぁ?」

「それは単純に情報隠蔽ができていないだけだよ死柄木君」

「あん?」

 

 ガラの悪い生徒を諫めるような口調で田中は言った。

 

「我が栄光のショッカーもそこの部分は非常に苦労した。暴走する改造人間、組織の離反者、邪魔をしてくる敵対組織、上位組織からのパワーハラスメントとかね。いくら金を使ったかわからないぐらいさ。あはは!」

「ところで」

 

 田中の長い言葉が一区切りついたのを見計らい、空になったグラスを交換し、新しい焼酎を注ぐ黒霧。

 

「ショッカーとは、なんですか?」

 

 黒霧の質問を受けて、田中はぴたりと表情をなくした。

 

「ショッカーとは命の守護者。人類を統率し、守護する組織」

 

 その田中の答えに、その場にいた全員があ然としていた。

 表情の読み取れない死柄木も、黒霧ですらも、田中が何を言っているのかわからない、いきなり何を言い出すのかといった空気を纏っていた。

 

「まぁ、これは組織の建前さ。中には屑の中の屑もたくさんいた。わしらの組織としてはそういう連中の方が使いやすかったというのもあるかな? 人を殺すことに快感を覚えているような奴はこっちが指示さえだせばなんの疑いもなく殺しをやってくれるのでね。まぁ、中には、面倒な奴もいたものだが……まぁこれは例外といったところだろうな。うん」

「わかった。お前はあれだ。精神破綻者だ。サイコパスってやつだな」

 

 死柄木はそう判断したのか、田中への興味が失せ始めていた。口から出る言葉のすべてが胡散臭く、本気なものが感じられない。

 言ってることもちぐはぐで正直を言えば、何一つ信用できないのである。

 死柄木とて、何も調べていないわけではない。情報屋とも呼ばれるような連中から仕入れることもあれば、探偵稼業を営むものに周辺調査を依頼したことだってある。それらがあてにならないと分かれば役所の職員と『お話』をすることで情報を仕入れることだってしてきた。

 ついうっかり、役所職員の片腕を『崩壊』させかけたこともあるが、それをやっても田中一郎という男の本質に迫れないのである。

 第一、カメレオン男に関してもだ。その見た目からして個性についてはある程度予測ができる。しかし、まさかたやすく人間の骨をへし折るとは思ってもみなかった。

 

(わけのわからねぇ、カメレオンを引き連れて、情報隠蔽能力は目を見張るものがあるにせよ、こいつはつまらねぇ思想家だ。ヒーローの次にむかつく存在だな)

 

 なぜ先生はこの男を連れて来いといったのだろうか。

 いや、違う。もっとそれよりも気になることが彼にはあった。

 

(なぜ、先生は……この男と直接話をしたがっているんだ)

 

 わからない。気に入らない。死柄木にとって先生とは全てだ。文字通り、先生であり、父親のような存在であり、神に等しい存在である。先生のためなら自分はどんなことでもするだろう。その覚悟もあるし、それが当然であるとわかっている。

 しかしだ。今回ばかりはわからない。こんな、意味不明なことしかしゃべらない中年の男をどうして求めたのか。

 第一、ショッカーなどという組織はここ数十年の記録をあさっても存在しない。あらゆる犯罪集団を調べ上げた。なんならカルト集団にも手を伸ばした。

 それでもショッカーという組織の名は片隅にも出てこないのである。

 死柄木は無意識に首をかきむしっていた。

 わからないことにイライラする。悟ることができないことにイライラする。何より、目の前の田中一郎という男がとてつもなく、気に入らない。

 すると、バーに設置されたいささかクラシックな黒電話が鳴る。黒霧がそれを受け取り、二、三、と返事をすると彼はその身を一瞬で店内に伸ばした。時間として数秒程度だろうか。その瞬間、バーにいるのは黒霧と死柄木、そして田中とカメレオンのみだった。

 

「すみません。人払いをお願いされたのもので。田中様、先生がぜひお話をしたいとのことです」

「先生が!?」

 

 ここで初めて死柄木が大きな反応を示した。

 黒霧はそのために他の連中をどこかへと飛ばしたというわけだ。

 

「その、先生というのはあれかね。私の、大使のようなものかね」

「えぇ、まぁ大体は。あの方は私たちの進むべき道を教えてくれる、まさしく先生です」

 

 黒霧は言葉を続けながら何やらを機械を操作する。するとカウンターのそばにモニターのようなものが下りてきて、映像が映し出された。暗く、鮮明な画質ではないが、その中央に巨大な椅子に座った人影が見えることがわかる。

 否、それは椅子ではない。巨大な、生命維持装置ともいえるものだった。無数の管、用途不明の機械の類、心音や脈を図る音、こぽこぽと液体の循環する音も響く。そしてその中央に座するものはさらに異質であった。呼吸器をつけた、人型。男とも女とも判別できないのは、顔面がえぐられたように潰されているせいだろうか。目も鼻もなく、口だけがかろうじて残っているような顔面。

 

『初めまして。ショッカー大幹部、大使殿。僕は……AFOと呼ばれているものだ。彼らからは先生とも。故有って、本名は名乗れないが……』

「いえ、結構。本名を名乗れないという理由は色々ありますとも。いやしかし、これは驚いた。先生とはあなたのことでしたか。悪の中の悪、極悪の権化、AFO……なるほどあなたが、彼らの背後にいたのか」

 

 田中はわざとらしく、仰々しいしぐさで挨拶を返した。

 その瞬間、死柄木から殺気を向けられていることはわかっていたが、彼がこの場で自分を害するつもりがないことは予想できていた。

 

「なるほど、なるほど。あなたがわしを探しているということはつまり……」

『察しがよくて助かるよ大使。そう……マイスのことだよ』

「あはは! なるほど、あれですか! あはは!」

 

 田中……大使は大声で笑い、バーカウンターをバシバシと力強く叩く。

 

「残念だが、わしにあれの情報は期待しないでもらおうか。なんせ、あれは上位組織の機密情報だからね。わしのような中間管理職にはとてもとても……」

『果たしてそうかな? 組織が潰えていく中、ただ一人生き永らえた君が、何も持たないはずがないと僕は踏んでいるのだがね?』

「買いかぶりすぎですな。本当に、わしはマイスのことは知らない。わしはあれが嫌いでね。仮に知っていたとしても……貴様ら、新人類に教えるはずが、なかろう」

『君は……僕たち、個性が嫌いなようだね』

「あぁ嫌いだ。あぁ。いや正確には違うな。好ましい奴もいたさ。だが彼らは死んでしまったよ。今この世界にいて、わしが好ましいと思う奴はなかなかいないね」

『ははは! 君たちの組織の理念を考えればそうなるのもわかる。だが、もはや組織はない。そうだろう?』

「……」

 

 饒舌な大使は初めて、口ごもった。

 

『しかし、かの巨大な組織が潰えたというのにも関わらず、ため込んだ情報、技術の流出は驚くほど少なかった。残りカスだったよ。まぁ、その残りカスのおかげで、僕はこうして生きていることができるのだが』

「貴様……その機械、どこかで見たことがあると思ったよ」

 

 先生が繋がれる装置を大使は知っている。

 それは、とある天才を生き永らえさせるための装置だった。

 

『そう、ショッカー最初期の人工維持装置さ』

「気に入らんな。我がショッカーの技術を、貴様ら新人類がわが物顔で使うということは!」

『そう怒らないでくれ、大使。僕としてもこれは必死だったんだ。少しでも、長生きはしたいからね』

 

 先生は小さく笑いながら、続けた。

 

『だからもう一度聞きたい。マイスのことを、教えてほしい』


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