大使はスーツの内ポケットをまさぐったが、目当てのものがないことに気がつき、溜息を一つ。
すると黒霧が己の黒いもやの中からたばこの箱とライターのセット取り出す。近年では健康被害をうんぬんということで各種フィルター付きの電子タバコが普及していたが、大使はあいも変わらず古いタイプのたばこを愛用していた。そこに特別な意味もないが、一つ文句を言うとすればこれらの古いたばこはクラシックスタイルということで少々値段が張る。
こればかりはもう癖になってしまっているので、今更変えようとも思わない。
「申し訳ございません。こちらに移送した際に、持ち物検査をしていましたので。良い趣味ですね。私は吸いませんが」
「ふん……そもそも吸えるのかね。全く失礼な連中だな」
言いながら大使は一本取り出し、火をつけた。
黒霧が灰皿をよこすと、大使は灰を落としながらモニターを、先生を睨みつける。
「あえて、わしも君の事を先生と呼ばせてもらうとしようか。マイスの事を、どうして君が知っているのかはこの際問わないことにしよう。どうせ、ハイエナのようにこそこそと探り回ったのだろう」
『その通り。悪というものは時に姑息に、時にプライドを捨てて地べたをはいずりまわることも必要だからね。だが、苦労したよ。私の配下も何人も消えた。あの頃の私は、まだ弱かったからね』
「それは、嫌味かね。なんの力も持たない無個性の、いや旧人類に対する冒涜だよ」
大使の顔からは表情が消えていた。
「あぁ全く。嫌になる。わしはこの世界が嫌になるよ。右を見ても左を見ても個性、個性、個性! 個性がなければ幸せじゃないとでも言いたげだ! わかる、今のわしにはわかるぞ。彼がどうして組織を立ち上げたのかがわかる! 博士や、あの少女たちには申し訳ないが、わしはほとほと新人類が嫌いだ! 憎いとすら思う!」
大使は唾をまき散らし大声を上げると、落ち着きを取り戻すようにたばこを一気に吸い上げ、そして氷が解けすぎた焼酎を一気に呷った。
そして癖なのか、しきりに鼻の頭をこする。こすりすぎて赤くなっていた。
「ふん。まぁいい。ここでわしが抵抗しても、わしには貴様らに抵抗するだけの力はない。そこの、カメレオンも同じだ。こいつも、長い間、改造人間として生きてきたが、旧式のポンコツだよ。人間なら殺せるが、個性次第では手も足も出ずに破壊される程度さ」
大使は隣で、にらみを利かせている死柄木に向かって言った。
「まぁ間違いなく、こいつは君には勝てんよ。どうせ、姿が見えなくなっても、やりようはあるのだろう、お前たちには」
『ははは! 弔は僕が手塩にかけて育てたのだ。姿が見えなくなる程度の敵には、負ける道理はない。まぁそれでも、まだまだ修行不足、勉強不足ではあるのだけど』
「先生……」
『済まない弔。悪く言っているわけじゃないんだ。君には素質がある。つまりもっともっと強くなれると言いたいんだ。誇ってもいい』
「はい」
二人のやり取りを見て大使はわざとらしく顔をしかめた。
「麗しき師弟愛とでも言うのかね。全くもって素晴らしいことだよ」
『そう言っていただけると嬉しいよ。さて、話を戻そうか。大使、君は本当にマイスの事を知らないのかい?』
「知らん! 何なら、君の無数にある個性の力を使ってわしを自白させてみたらどうかね?」
大使がその言葉を発した瞬間、死柄木、黒霧の纏う空気が変わる。
殺意ではなく、警戒と驚きであった。場の雰囲気がピリピリと変化していく。それを察知したカメレオンが一瞬、体をこわばらせ、動き出そうとするが、それは黒霧によって止められる。カメレオンの首が黒いもや、ワープゲートに包まれていた。カメレオンの首から上はそこには存在せず、別の空間に出現したもやの上に出現していたからだ。
首のない胴体、胴体のない首が別々の空間に存在するというわけである。
「動かないでください。そのままねじ切りますよ」
「お前、なぜ、先生の秘密を知っている」
死柄木が大使のネクタイを掴み、自らの方へと力づくで引き寄せる。
「知っているさ。AFO、個性を奪い、与える能力を持つ男。数年前、オールマイトに殺されかけた。皮肉なものだな。貴様の、自分の弟に分け与えた個性が巡り巡って自分を殺すことになるとはな」
「お前ぇ……!」
『弔、いいんだよ。彼は僕のことを知っているだけだ。彼と、彼の組織と僕にはそれなりの因縁というものがある』
「因縁……先生、教えてください。こいつは、この男は何なんですか。ショッカーとは、マイスとは何ですか。それは、俺たちの、敵連合に必要なものなんですか。あなたに、必要なものなんですか?」
『必要だ。脳無……あれの完成度を高めるためというのもあるが、僕としては、そう、人間というものの限界を超えるマイスに興味がある』
死柄木の質問に、先生は優しく教え導くように答える。
『それに、僕は彼には、ぜひとも連合に入ってほしい』
「先生!」
「どういうことですか!」
先生の言葉は、意外だったのか死柄木も黒霧も動揺の言葉を発した。
『彼はね、ショッカーの支配人だった男だ。ゆえに大使と呼ばれた男だ。組織運営には欠かせない力を持っている。それに、彼はかつて陰謀渦巻く政治家たちの中にいて、彼らを意のままに操っていた男さ。この日本が矮小な島国なのに、なんだかんだとここまで続いてきたのは彼らのおかげという側面もある』
「先生、それがわからないんです。どこをどう調べても、この男の正体にたどり着けない」
『それはそうさ。なんせ、彼は……何世紀も前の人間だからね』
先生の言葉に大使はつまらなさそうに「ふん」と鼻を鳴らすだけだった。
『正直を言えば、僕より長生きだろう、君』
「その通りだ。こうして醜く生き残っている」
「どういう、ことだ?」
先生と大使とで交わされる言葉の意味を死柄木は理解はしていた。
彼はそこまで馬鹿じゃない。優秀である。二人の会話の流れからどういうことを話しているかぐらいは推測が建てられる。
(AFO、先生は個性が発現した黎明期から生きている。その方法は何等かの個性によるものだと先生は語っていた。光る赤ん坊が生まれてから今に至るまでゆうに数百年は経過している……だとして、この男、大使も同じだけ生きているだと? なら、こいつも個性があるのか。寿命を克服できる、個性が)
「わしには個性はない」
すると大使が、まるで死柄木の考えを見透かしたように答える。
「まぁ世間体を考えて、わしの個性は一応「健康体」などと言わせてもらっている。病気一つしない個性だと言えばみな信じてくれたよ」
「お前……体をいじってるな」
個性ではない。しかし長い時を生きる。ならば導き出される答えは一つだ。
大使は、肉体を改造している。それがいかなる手段の改造であるかはさすがに死柄木でもわからないが、これは間違いない結論だと確信した。
だとすれば、大使をガードする、この薄気味の悪いカメレオンの肉体に似合わない怪力にも説明がつく。
「その、カメレオン野郎も、改造されているな?」
「ご名答!」
大使はぱちぱちと手を叩く。
「皮肉なものだ。まさかわしが……あの男、将軍と同じようなことになるとは思ってもみなかった。わしはあの男が嫌いだったが、もうそうは言えないものだ。彼と同じような体になってしまったからな。あぁ、いや、話がそれたかな」
大使は一呼吸おいた。
「とにかく、わしは貴様ら新人類が個性などと騒ぐよりも前から貴様たちと戦ってきた。旧世代の人間だよ」
「なるほど……合点がいきましたよ。我々がどれほど探してあなたの背後にたどり着けないわけです」
黒霧はどこか感心したように頷く。
「旧世代の人間のデータベースなど、それこそ著名人でもなければ残らない。そういうことですね。しかし、件のショッカーという組織が網にかからないのはどういうことです」
「それこそ簡単だ。ショッカーは秘密結社だが、ショッカーにも上位組織がある。それらの力があれば存在を闇に葬り去ることもできる。それ以外と言えば、ショッカーの技術、財産をそっくりそのまま奪おうとかいう連中もいた。そういう連中からすればショッカーという組織が残っていては困るし、逆に世間に知られては困るというわけだ」
『もっと言えば、君たちの組織は間違いなく世界を支配していた。裏から、経済を、戦争を、そして恐怖を……素晴らしい。惚れ惚れする。まさしく、僕が夢見た悪の組織!』
先生はどこか楽し気だった。
(あの先生が、ここまで楽しそうに語るなんて、久しぶりかもしれない)
死柄木はモニター越しの先生を見てそう思った。
先生とて喜怒哀楽がないわけじゃない。多くは、その感情を律して表面化することはないが、些細な声音の違いで多少の感情は読み取れる。しかし、今の先生はそんなことに気を遣わなくとも喜んでいる、楽しんでいるということがわかる。
(先生がそこまで興味を持つショッカーとはなんだ。その組織の支配人だったというこの、田中一郎……大使とは、何者だ?)
いつしか死柄木は興味を持ち始めていた。それは好意的なものではないにせよ、好奇心の一つぐらいはそそられる。
もしかすれば、それは死柄木本人が気が付いていないだけで、嫉妬という感情であったかもしれない。
なんにせよ、彼は、ショッカーという存在を強く記憶した。
「世界を支配していた……か。もしそれが本当ならすげぇよ、尊敬する。悪の先輩じゃねぇか? だがわからない。なぜ、そんなバカでかい組織が跡形もなく消えた。聞けば聞くほど、壊滅するような組織には見えないが?」
「自然消滅といえばいいかな。いや、実際は大打撃を受けたという事実もある。指導者の損失という結果もある。だが、結局は我が組織はその意味を亡くした。故に、自然消滅していった。まるで指先から壊死していくようにじわじわと、長い長い年月をかけて、組織は滅んだよ。なんせ、我が組織から旧人類は全ていなくなった。わしを、除いてな」
「……そこだ。そこがわからない。なぜ消滅する。個性があふれて、お前たちに何の不都合がある?」
『それは簡単だよ弔。その答えは大使は何度も口にしていたはずだよ? さぁ、授業だ。考えてごらん。ショッカーの目的、大使の言葉、そして……僕たち個性を持った人類という存在を』
問われて、死柄木は考える。
そして結論はすぐに出た。
「お前たちショッカーは……俺たちのような人間を、いや個性を持った人間を過去からずっと、殺して回っていたということか」
「その通りだ」
大使はふっと鼻で笑いながら頷く。
「個性が発現した初期、黎明期の頃は差別や対立が多かった。個性を持ったものとそうでないものの間で殺し合いもあったと聞く。なるほど、理解した。お前たちはその最もたる存在。無個性の人間こそが、唯一無二の人間であると唱える狂った宗教思想……いや、もっと根源的なガイア、アニミズムってやつか」
「その通り!」
ばんばんと大使はカウンターを叩いた。
「これはね、れっきとした種の存亡をかけた戦いなのだよ! 我々旧人類という種族を生き永らえさせるため、我が組織は、ショッカーは戦いを続けてきたのだ。貴様ら新人類の脅威から、旧人類を一日でも、一秒でも生き残らせるために! そのために我がショッカーは日本に三発目の原爆が落とされないように動いてきた! キューバ危機も阻止してきた! 重篤な感染症が広がる前に防いできた! まぁ、わしはその指揮を執ったことはないがね」
それらを防ぐために多くの人間を殺してきたことも大使は語った。
実際に、その指揮を執ったのは大使ではない。今は亡き仲間たちがそれぞれのできることを全力でやった結果であるとも。
「あぁみんな頑張ってきた。わしも頑張ってきた。組織のために政治家たちに金を配り、法案を可決させてきた。大佐は核の炎が世界を包まないように頑張ってきた。まさしく英雄だった! 博士も、今に思えば将軍も、みな頑張ってきた」
そこまで言って、大使はまるで子供のように涙を流した。
「だがね、もうそれも過去の話だ。この世界は新人類に埋め尽くされた。残った二割程度の旧人類で、何ができる……わしはもう諦めている。組織はその理念を失い、崩壊した。わしにはね、もう何もないのだよ」
ショッカーの理念。人類を、無個性と呼ばれるただの人間を可能な限り生き残らせること。
進化した人類、新人類から守ること。
だがその理念は、果たされることはなかった。
「それだけじゃないな。お前たち、裏社会から人類を操るっていうが滅ぼす気はなかったんだろう。人類という種族、文明を残す為に間引きをしていた。お前たちにとって不必要なものを切り捨てる一種の選民思想だ。なるほど、なるほど、合点がいった。お前が口々に人類を守ってきたといいながら殺してきたともいう言葉の矛盾が解決できた」
死柄木は初めて、大使に向かって笑った。
それも大声で。
「ははははは! 最高だ! 狂ってやがる、最高に狂ってる! なんだお前、極悪人、ヴィラン中のヴィランじゃねぇか! おい黒霧、こいつは愉快だ。屑、外道は何人も見てきたが、どいつこいつも結局は加虐趣味の延長線だったが、こいつは違う! 本気だ、本気でそう思っている! 化け物だよ、こいつは特殊な力もなにもいらない、ただそうあるべくしてある生粋の、ヴィランだ!」
死柄木は理解したのだ。大使を、ショッカーというものを。到底それは死柄木には許容できないものであったが、それでも彼は理解はした。
多かれ少なかれ思想というものは利権というものが絡む。どういう綺麗ごとを吐いても背後には金があり、権力がある。
この大使という男もそういう側面はあるのだろう。いやむしろ、こうして話してみてわかる。この男はまさしくその俗物的な要素の塊だ。手に入るなら、使えるならそれらの利権も権力も行使することに抵抗がない。
だが、死柄木からすれば『その程度』のことは問題ではない。そのようなものは多かれ少なかれ、善人悪人問わず持っているものだ。
だが、それ以上に。ショッカーという組織はそれを超えている。それらの欲望を内包したうえでさらに深い、ある種の明確な目的をもってそれをひたすらに実行している。
旧人類、無個性というただの人間を守護する。その為に命を奪う。これほどまでに狂った、それでいて明確な目的はない。
ただ人類を守護する。その目的のみで行動しているというわけだ。
そしてその方法とは。
「恐怖だ。あんたらがやってきた行為は恐怖による統制! 邪悪そのものだ!」
そして、彼はもう一つの矛盾に気が付く。
「だが、お前らの目的はおかしいよなぁ? 人間が、どうして個性を発現させたのかは知らん。興味ない。だが、今もこの瞬間、個性を持った人間は生まれている。個性同士が混ざり合い、次々と新しい個性が生まれていく。無個性も残っちゃいるが、それでもこのまま人類の繁栄が続けば消える」
死柄木はその答えにたどり着いていた。
「お前らショッカーの目的は、最初から果たされることがない、全くの無意味な行動だったってことだ」
「あぁ、そうだ。それの、何が悪い?」
大使の返答に、死柄木はぞくぞくと震える。
「例え、我々人類が滅びると分かっていても、指をくわえて待っていることなどできるわけがない。我々人間も生き残りたいからな。だから、殺してきた。言っただろう、これは種の存亡をかけた戦いだったと」
合格だった。こんな狂った奴は初めて見た。くだらない人道主義でもない、コンプレックスでもない。一方では正しく、一方では明らかに間違った理由を掲げ、矛盾を理解してなお、この男、大使は行動している。
俗物でありながら、その中身はどす黒く邪悪だ。それを反省するつもりも微塵もない。なのに組織の理念を遂行しようという生真面目さもある。律義さもある。
しかしそれは使命感ではない。そうする必要があるからするというだけだ。
その目的が自分たち、個性というものを滅ぼそうという目的であっても、それはもはやどうでもいい。死柄木は、大使という男を気に入り始めていた。相変わらずむかつくオヤジであり、唾は飛ばすし、見ていてイライラとする顔だが、それでも、この邪悪の塊のような、大蛇のような男を彼は一人のヴィランとして、見ていた。
「賛成だ。お前は、俺たちの連合にいるべき人材だ。いつでも俺の寝首をかくといいさ。俺もその時はお前を殺す。だが、お前のその狂った頭は俺たちに必要なものだとはっきりと認識した。お前は無個性だが、化け物だ。頭脳というか、その精神構造というか、ありようというべきか、まるでゲームに出てくる狂った悪の幹部そのものじゃねぇか」
「それは褒められているのかね?」
「あぁ、珍しく、俺が他人をほめている。あんたは、ヴィランだ。誇ってもいい。ヴィランだ」
死柄木は両手を広げた。
「第一、あんた、その御大層な理念を守るつもりなんてからっきしないだろう?」
死柄木は大使の奥底にあるどす黒いものを見抜いていた。
大使は答えない。つまりは、そういうことだった。
「あんたにしてみれば、そんなことはどうだっていいわけだ。あんたは、ただただ悪党だ」
「ふん、なんとでも言うがいいさ。それに、悪いが、わしには興味のないことだ。しょせん、わしは小悪党だからね。わしのような男は、あとからいくらでも湧いて出てくる。それに、今更こんな男が必要かね、君たちに。そもそもわしにメリットがない」
『一つ』
先生がモニターの向こう側で立ち上がり、画面へと近づいてくる。
『一つだけ、僕が君に与えられるものがある』
その瞬間、モニター画面から先生の姿が消える。
「それは個性じゃない。君に個性はいらない。与えれば君は自殺するだろうからね」
瞬きする間もなく、大使のすぐ隣には先生がいた。
「ほう、わしに何をくれるのかね」
──仮面ライダー──
その、先生の言葉は死柄木にも黒霧にも聞こえなかった。
大使の脳内に直接届く声。それが何等かの個性によるものであることは大使にも理解した。
その言葉を伝えると同時に先生の姿はまた消える。
入れ替わるように死柄木が再び大使へ、
「ようこそ、敵連合へ。大使、俺はあんたを歓迎する」
死柄木からの一方的な言葉に大使は何も返答はしない。
なぜなら、大使は……笑っていたからだ。
『いい笑顔だ。大使』
先生もまた大使を歓迎した。