大幹部、田中一郎の喜劇   作:アズッサ

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まぁつまるところ、あれですよ
今回出てくるあれは個人的な趣味です


古き遺産

 すべての事柄は偶然に帰結する。

 それゆえに、この戦いもまた偶然でしかない。

 無数の夥しい肉色の触手と固くしなやかな樹木の枝が空中でぶつかり合う。

 数で勝る肉色の触手は、しかして樹木の枝の強靭さの前にちぎれ、弾かれ、ねじ切られていく。

 

「そこまでだ、ヴィラン」

 

 男の名はシンリンカムイ。個性は樹木。その名の通り、己の肉体を樹木とし、自在に操る能力を有したヒーローである。

 彼が、その現場に居合わせたのはまさしく偶然であった。パトロールをしていたわけでもない。他の何か仕事があったというわけではない。ただたまたま通りかかったというだけの話だった。

 突如として現れたヴィランの暴虐。それが、いつ、どのようにして現れたのかはわからない。無数の触手を操り、ところかまわず破壊活動を始め、あまつさえ人々をその触手で捕らえる暴挙。

 大方、変異系、異形系の個性の暴走か何かであるとは予測をたてられた。

 それを、ヒーローたるシンリンカムイが見逃すはずがなかった。

 ゆえに彼は颯爽とその現場へ駆け出し、ヴィランと対面したというわけである。

 

「貴様に警告する。ただちに人質を解放しろ」

 

 もはや何度投げかけた言葉なのかはわからない。

 シンリンカムイは毅然と言い放つが、ヴィランからの返事はない。

 

(こいつ……そもそも、意識はあるのか? いや、知性が、感じられない。それに、なんだ、この個性は)

 

 自らを狙う触手、砕けたコンクリート片を投げつける触手、そして無作為に人々を捕らえる触手。ゆうに五十は超える触手を操るヴィラン。

 その姿はあまりにも醜悪であった。

 シンリンカムイは、いかなる似姿であろうとあいてを侮辱することはない。だとしても、そんな彼でも、目の前のヴィランは醜悪、下劣という言葉しか浮かばない。

 上半身は肉色の触手だけで構成されたかのような、正気を失いそうなほどのおぞましい。それはまるでイソギンチャクのようにも見えた。本来、人間であれば頭部があるべき場所には頭も顔もなく、回転のこぎりのような牙とぽっかりと空いた大きな口だけが広がっていた。そんな上半身を支える下半身はどういうわけか虎のような意匠を持っていた。いや、俊敏性も高い、チーター、もしくはジャガーとも言うべきか。

 アンバランスな見た目ながらも、その俊敏性はシンリンカムイと同等であった。

 

(あえて、いうなれば……イソギンジャガー!)

「助けて、シンリンカムイ……!」

「はっ!」

 

 その時、シンリンカムイは子供の震える声を耳にした。無数の触手、捕らわれた人々は多い。その中の一人、子供の声。

 ならば彼はやらねばならない。助けなければならない。

 

「待っていろ、すぐに助ける!」

 

 

 シンリンカムイは再び体の樹木を伸ばし、ヴィランへ、イソギンジャガーへと攻撃を再開する。

 

「受けろ、先制束縛!」

 

 敵が何であれ人々を守る。

 それがヒーローの務めであるから。

 シンリンカムイは己の必殺の一撃を放つ──

 

「ジャジャジャジャ!」

「なにっ!?」

 

 イソギンジャガーも同じく触手を伸ばす。だが、強度という点ではシンリンカムイの樹木枝の方が強力であった。

 だが、シンリンカムイの油断であったのか、それともこれを予測しろというのが無理な話なのか。

 

「毒……溶解液!?」

 

 シンリンカムイの枝によって切断されるイソギンジャガーの触手。だが、その切断面や先端から分泌される液体がシンリンカムイに触れたとたん、じゅうじゅうと音を立て、腐った匂いを漂わせた。同時に、シンリンカムイの肉体、樹木が腐るようにぼろぼろと崩れていく。

 この瞬間、シンリンカムイは相手との相性が最悪であることを理解した。炎などを操る敵ではないにしても、問答無用の溶解液は肉弾戦を得意とするヒーローにとっては天敵でしかない。

 

「なん、だと!?」

 

 その隙をつかれ、一瞬にして間合いを詰めたイソギンジャガーの蹴りがシンリンカムイの胴体へと直撃する。

 

(馬鹿な……なんだ、こいつは、複数の個性を、持っているのか!?)

 

 ダメージを受け、意識が朦朧としかけるも、シンリンカムイはまだ膝をついていない。

 

「触手、毒液、高速移動……加えてこのパワー。なんという敵だ……!?」

 

 

 敵は強い。それははっきりとわかる。しかし、シンリンカムイは立ち上がる。

 なぜならば負けるわけにはいかないからだ。

 だって、自分は、ヒーローなのだから。

 

 

 

 

 

 シンリンカムイが戦いを始めるその少し前までさかのぼる。

 大使はたまの日曜日だというのに黒霧からの連絡を受け、仕方なく準備をしていた。

 

「それで、血を抜かれていたと?」

『えぇ、それで若いものを脅して、こちらまで来たようです。その際に、あなたのお知り合いだと言うので』

 

 スーツに着替え終えると、まるで示し合わせたかのように黒霧のワープゲートが開く。

 

「ふむ……見ない顔だな?」

 

 バーに到着した大使は、死柄木の殺気を受けても平然としている一人の女性に気が付く。モスグリーンのワンピース姿に銀色のポシェット。なんとも奇妙でアンバランスな組み合わせなのに、不思議とその女には似合っていた。このご時世、頭髪の色も様々で、赤やピンクもあるというのに彼女は驚くほど黒く、長く、まるで一つの巨大な宝石のようにも見える。

 そのくせ見た目はまだ若い、二十代半ばでどこにでもいる若い女性といった姿だが、大使はその顔に見覚えがない。

 だが、彼女のすぐそばで体を縮こませながら潜む影を見て、すぐに理解した。

 巨大な蝙蝠の羽をもった、ひどくやせ細った男……蝙蝠男である。

 

「お久しぶりです、大使」

「君か……楠木美代子君」

 

 大使はほんの少しだけ目を見開いて驚いたが、すぐさまにこにこと笑みを浮かべて、美代子と今にも彼女を殺しそうな殺気を向ける死柄木の間にどすりと座った。

 

「顔も、声も変えたな?」

「えぇ、さすがにいつまでも同じ姿というのは生きづらい世の中ですから。それに比べて、あなたは全く姿が変わらない。変える気もない。ちょっと尊敬しますわ」

「あはは! 自分で言うのもなんだが、わしの顔はどこにでもいる中年オヤジだからね。誰も気にはしないさ。それに、職場さえ変えればみんな気にしなくなる」

「まぁ、かわいそうに。かつての田中一郎は存在感の塊でしたわ。政治家の誰も彼もがあなたを意識していた。好意的、あるいは見下しながらも日本の政治家はあなたを中心に回っていたのに……」

「それは過去の話だよ、美代子君。そういう君は今、何をしているのかね」

「OL……のようなものです。どこにでもいる」

 

 美代子の言葉に大使は目を丸くした。

 

「OL? 君が? なんの冗談だね」

「冗談ではありませんわ。無職というのは、意外と目立ちますので、こうして日々細々と働いているのです」

「緑川のところはどうしたかね。あそこはまだ大企業じゃないか。あぁ、そっちの系列か?」

「まぁ、そういうところですね。他人の力を借りるのは少々気が引けましたが、そうも言ってられませんでしたから」

「おい……」

 

 昔話に花を咲かせる二人の間に割って入るように、死柄木がテーブルを叩き、美代子を睨む。

 

「あんたもショッカーとやらの関係者か」

「そうですね。正確には元ショッカー、そして裏切者といったところでしょうか」

 

 美代子は気にしたそぶりもなく、にこりと返答した。

 

「彼女は最古参のメンバーだったのだが、見事に裏切ってくれてね。彼女に潰されたショッカーの作戦、基地は数知れないよ。全く、ひどいことをする」

 

 付け加えるように説明する大使。

 それはまるで自分の娘を紹介するかのような気楽さがあった。

 

「ごめんなさい、大使。でも、とても楽しかったの。ルリ子さんの下で、あなたたちと戦う日々は私の青春でした」

「よくもいう……わしが若ければ首を絞めてるよ」

「まぁ怖い。でも大使、私を呼んだのは、あなたでしょう? わざと基地を破壊させて、ショッカーを知るものの反応を見る……とはいえ、本命は私ではなかったようですけど」

 

 美代子の指摘に大使はぶすっとした表情を浮かべて、黒霧に酒を注文する。

 差し出されたグラスの中身を一気に呷り、大使はうんうんと頷いた。

 

「そう、目当ては君じゃない。だが、君が来てくれるとは思ってなかった。それに、うちの若いものを干からびさせるのは感心しないね?」

「正当防衛ですわ。私、敵連合さんのところに案内してほしかっただけですのに、あの人たちったら、襲ってくるものだから」

 

 美代子のそばで蝙蝠男はがちがちと牙を鳴らしていた。

 

「二人ほど血を抜かれましたよ。顔面蒼白です」

 

 黒霧は淡々と述べているが、その実、体のもやをいつでも展開できるように警戒していた。

 

「ですけど、少し貧血する程度ですよ? 殺してはいません。何かと、厄介ですからね?」

 

 美代子の言い様に、大使はちらりと黒霧を見る。

 黒霧は無言のまま頷いたように見えた。美代子の言っていることは嘘ではないらしい。

 

「御託は良い。用件を言え。何が目的で俺たちに接触してきた?」

 

 死柄木はぴくぴくと右の指を強張らせている。いわゆるブチ切れる寸前という奴である。

 

「改造人間が一体、暴走して行方をくらませました」

「ほぅ?」

「あなたの、目論見通りですよね、大使」

「うん? 何のことかな?」

 

 とぼけて見せる大使であったが、そうは問屋が卸さない。

 真っ先に反応を示したのは死柄木だった。

 

「おい、どういうことだ。改造人間? 暴走? そんな報告は受けてないぞ大使」

「わしだって、破壊に向かわせた連中から報告は受けておらんよ。ただまぁ、基地破壊の際に重要物資を施設外に脱出させる装置が設置された基地がいくつかあったとは記憶しているがね?」

「チッ……んで、その暴走したって奴はどんなのだ?」

「ここ、テレビか、ラジオはございますか?」

 

 死柄木の質問に対する返答のつもりなのか、美代子は逆に返してくる。

 

「ございますよ。少々、電波は悪いですが」

 

 黒霧がどこかからリモコンを取り出し、バーの隅に設置された小型のテレビを点ける。

 するとそこにはニュース中継が放送されていた。

 

『現在、謎のヴィランが街で暴れています! なんと恐ろしいヴィランでしょうか……無数の触手でところかまわずものを掴んでは投げつけて、大量の人質を取っています! イソギンチャクのような上半身なのに下半身はまるでジャガーのような、二体の動物が融合したような姿! 邪悪の化身のようです! うわっ毒液だ! あいつ毒液まで吐き出すぞ! なんの個性だ!』

 

 絶叫のただなか、黒煙の上がる街並み、それを実況するレポーター。

 カメラ映像が激しくぶれる中、しかし彼らもまたプロなのか、はっきりと街中で暴れるヴィラン……否、改造人間を映し出していた。

 イソギンジャガーであった。

 

『シンリンカムイ、シンリンカムイが単身戦っています! がんばれーシンリンカムイ! そいつをやっつけろー!』

 

 イソギンジャガーと戦闘を繰り広げるシンリンカムイもテレビの画面に映り込む。

 シンリンカムイは己の四肢を複数に枝割れさせ、イソギンジャガーの触手と対抗する。無数の触手同士のぶつかり合う。片や無差別の破壊活動、片や捕らわれの人々を守る為。

 壮絶な戦いが繰り広げられているのはテレビを通しても伝わってきた。

 しかし、映像を見る限りでは、ややシンリンカムイが押され気味であった。人質がいる手前、大きな行動をとれないのが原因なのは明らかである。

 

「今現在、このように暴れています。今はヒーローが対応していますので、大丈夫だとは思いますけど。大使、これはあなたの計画ですよね? こうすることで、あの人に、本郷猛さんに、メッセージを送る……そういう、ことですよね?」

「それで釣れたのが、君という点はいささか不満ではあるがね」

 

 大使はぱちんと額を叩いた。

 

「あぁ、死柄木君。怒らないでくれよ」

 

 同時に大使は怒りの矛先を自分の向けつつある死柄木をけん制した。

 

「仮に、あれが倒されてもこの連合の足はつかんよ。あれは、ショッカーの残した遺産。連中が調べたところで、君たちとのつながりなど、出てきやしないからね。もちろん、これは先生にも許可を取っているとも」

「チッ……」

 

 先生という言葉を出されれば、死柄木とて何も言えなくなる。

 

「まぁなんだ。これはわしなりの、君たちへのアピールだよ。一応、わしらは仲間だ。こちらも、手の内を見せておいて損はないだろう?」

 

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