大幹部、田中一郎の喜劇   作:アズッサ

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ショッカー、復活の時

 激痛が、意識を飛ばすことを許さなかったのはシンリンカムイにとって幸いだった。

 今の彼は無数の毒液を浴び、体の至るところが腐食を始めていた。常人であればそれは致命傷どころか一瞬にして肉も骨も溶け落ち原型をとどめていない。だが、彼は樹木という個性を最大限に発揮していた。樹木を操るとは肉体を枝のように伸ばすだけではない。シンリンカムイは己の肉体を『漆』でコーティングしていた。それで毒液の浸食を防いでいた。

 とはいえ、これには相当の体力を消費する。言わば、体液を漆に変換しているのだ。制限も大きい。

 なおかつ、迅速に人質を解放しなければならない。幸い、ヴィラン、イソギンジャガーは毒液を人質には向けていない。それは偶然なのか、意図してのものなのかはわからないがとにかく都合がいい。

 

(全力のウルシ鎖牢で、まずは奴の触手をすべて封じる……さすれば、奴は人質を手放さざるを得ない!)

 

 シンリンカムイは走る。彼が戦い始めて、八分が経過しようとしていた。

 他のヒーローたちの到着にはまだ時間がかかる。むしろ、この場に自分が居合わせたのは偶然であったが、良かった。

 そのおかげで被害の拡大を防げたからだ。

 しかし、なんにせよ、目の前のヴィランは早急に倒さなければならない。

 シンリンカムイは次の一撃を最後にすると決めていた。人質を助け、ヴィランに一撃を与えて止める。そのプランはすでに構築済みだ。

 完璧を求めるならば、他のヒーローが駆けつけてからの方がよいだろうが、果たしてそんな余裕があるかどうか。

 待っている間に、人質にもしものことがあれば、そちらの方が問題なのだから。

 

「先制束縛! ウルシ鎖牢……!」

 

 今現在、シンリンカムイができる最大数の枝を伸ばす。それらの枝は瞬く間にイソギンジャガーの触手へと絡まり、力尽くでねじ切る。

 優先するのは人質を捕らえる触手。ブチブチとちぎれてゆく触手、落下する人質。そんな彼らをひっかけるようにさらに枝を伸ばす。この時点で、シンリンカムイが展開できる枝の本数、その限界を超えていた。そのせいで一本、一本がか細く、弱いものとなってしまうが、それでも人一人をぶら下げるには十分である。

 その間に、シンリンカムイはイソギンジャガーとの距離を詰める。

 そして…… 

 

「はぁっ!」

 

 渾身の一撃。自由にさせておいた右拳を、残った個性の力で樹木、硬質化させながら彼は右ストレートをイソギンジャガーの頭部めがけて振り降ろす。

 鈍い音と共にイソギンジャガーはぐらりと体を揺らしながら、ゆっくりと地面に伏した。

 その際、頭部からあふれる毒液が顔や腕に降り注いだが、シンリンカムイはそれでも、人々を守るように、枝を安全圏内まで伸ばしていた。

 すべての人質をゆっくりと枝から降ろすと同時に、シンリンカムイは膝をつき、崩れる。

 刹那、大きな歓声が上がった。

 

 

 

 

「さて……それでは、私は帰らせて頂きますね」

 

 テレビ中継が終わると同時に、美代子は席を立つ。

 が、それを阻止するのは黒霧だった。黒いもやが美代子の前に立ちはだかる。それを見て、蝙蝠男ががちがちと牙を鳴らすが、美代子はまるでペットをなだめるように頭をなでる。

 

「そう簡単に帰せるわけがないでしょう?」

「まぁ、心配性ですのね。ですけど、私が帰ってこないとなると少し、面倒なことになりますよ?」

 

 美代子は振り向くことなく黒霧に答える。

 

「黒霧君。帰した方がいい。その女は信用も、信頼もないが、同時に自分が消えた時の保険もかけている女だ。多分、これはわしの予想だが、その女をこの場で殺すなんてことがあったら、ヒーローたちにこのアジトの事がばれる。それぐらいのことはするぞ、その女は」

 

 大使の忠告に、黒霧は無言であるが、もやを少し弱めたように見えた。

 

「私、あなたたちの事をヒーローに報告することはしませんわ。だって、今日は懐かしい友人と会ってみたいと思っただけですもの」

「それをはいそうですかと信じられるほど、俺たちは善人じゃないんだがな?」

 

 死柄木はばりばりと首筋をかいているが、美代子に攻撃をするそぶりはなかった。

 

「どちらにしても同じですよ。私が行方不明になったら、このアジトの事はバレます。ですが、今日は、今回だけは私は何も言いません。誰にも報告はしません」

「帰してやろう死柄木君。本当に、この女と関わるとろくなことがないぞ?」

「チッ……黒霧、その女を適当な場所に飛ばせ」

 

 渋々納得したように、死柄木が指示を出すと、黒霧はもやで美代子と蝙蝠男を包み何処へとワープさせた。

 

「はぁぁぁぁ……ショッカーてのは、あんなのばかりなのか?」

 

 わざとらしく、深い、大きなため息をつきながら死柄木は大使を睨んだ。

 

「あれは特別だよ。わしでもよくわからん。あの女はその昔、選ばれた人間をショッカーへといざなうのが役目だった。まぁ案内人だな。それが気が付けば裏切者となっている。まさかまだ生きてるとは思っていなかったがね……」

「なんで殺さなかった」

「手が出せなくてねぇ。ショッカーには敵が多いと話しただろう? あの女はそのうちの一つに寝返ってね。それがまたショッカーと並ぶ組織力を持っていたせいで、何もできなかった。多分、その組織は今も形を変えて残っていると思うよ。だから、あの女の気まぐれのうちに帰しておいて正解なのさ。信用も信頼もできんが、あれで律儀なところもある。言わないと言えば、絶対に言わないさ。二度目はないがね」

「面倒臭ぇ……」

 

 ばりばりと首筋をかきむしる死柄木。

 だが、彼はそれをぴたりと止めると、別の質問を投げかけてくる。

 

「まぁあの女は今度会ったら殺すとして……本郷猛って、誰だ?」

 

 その言葉は無機質ながらも、有無を言わさぬ迫力があった。

 死柄木はまるで長年の親友と肩を組むようにして、大使に腕を伸ばす。わきわきと指をくねらせながら、大使の顔を覗き込むようにして聞いた。

 嘘をついたら殺す、ぼかしても殺す、適当言ったら殺す。そのような意図は大使でも察せられる。

 

「あの改造人間の暴走も、あんたの、メッセージらしいが、その相手は誰だ? 本郷猛って男なのは話の流れでわかるんだが、そんな名前、聞いたこともねぇ。だが、こんだけのことをしてまで炙り出したい奴なんだろう? 教えろ」

「普通に聞けば教えるとも」

 

 大使は気にせず、答えた。

 

「本郷猛。またの名を、仮面ライダー。ショッカー最大の敵にして……最高傑作の改造人間だった男だよ」

「仮面……ライダー?」

 

 死柄木にはとんと聞き覚えのない単語だった。

 

「まぁ知らないのも無理はないさ。かつて、我がショッカーではとあるプロジェクトが進んでいた。改造人間とそれを強化するスーツ、システムの構築がね。まぁ色々とあってとん挫したのだが、その唯一の成功例が本郷猛という男さ」

「で、裏切ったと?」

「察しがいいねぇ、死柄木君」

「大体流れでわかる。というか、裏切られすぎだろ、ショッカー」

「あはは! 本当だよ、これ以外にも結構な数の離反者が出てしまっているんだ。あはは!」

 

 何が面白いのか、大使はばんばんとテーブルを叩いて破顔する勢いで笑った。

 

「で、その本郷とかいうのがなぜ、気になる。最大の敵ってことは、お前らはそいつに滅ぼされたのか?」

「前にも言ったが、ショッカー及び組織が滅んだのは人間がいなくなったからだ。とはいえ、彼、本郷君によって齎された被害は大きかった。戦力のすべてを破壊され、幹部も殺された。ショッカー、GOD機関、以降の組織も……すべて本郷君に、仮面ライダーによって潰されたよ。まさしく最強最大の敵さ。いやぁ参ってしまうな」

「ふーん……知らねぇな、名前も聞いたことがない。だが、先生が目を付けたショッカー、それを滅ぼしたってことは相当な奴なんだろうな。でも、俺は名前を知らねぇ、世間の連中だって知らねぇだろうな。いわゆる、隠しキャラってわけだ。それで、あんたはその男を、どうしたいんだ?」

「もちろん、会ってみたいのさ。そして聞いてみたい。この変わり果てた世界は、君が本当に守りたかった世界なのかとね。これはわしの心からの本音だよ。だって知りたいだろう? 人知れず、影ながら戦い続けている男の答えを。個性が溢れて、人間を超越したお前たちがはびこるこんな醜い世界が、君の求めた世界なのかと。わしは純粋に聞きたいのだよ」

「そいつは生きてるのか?」

「そう簡単に死んでくれたらわしらも楽だったさ。だがね、どーにも死なないんだよあの男は。何度も殺し損ねた。何度も立ち上がってきた。その繰り返しだった」

「叩いても、潰しても、立ちふさがる……か。反吐が出るな、影のヒーローってか?」

 

 死柄木は小さく肩を震わせた。

 

「なんだよ、俺も会ってみたくなったな。そして、潰したいな、そいつ」

「彼は強いよ。正直言おう、君じゃ勝てん」

「それでもだ。平和の象徴オールマイトはもちろん殺す。だが、あんたの話を聞いてその仮面ライダーにも興味がわいたな。そいつが、戦い続けて今の世界があるなら、そいつはあれだ、つまり……俺たちヴィランの生みの親みたいなもんじゃねぇか。それが、ヒーローやってるってか? 最高だな。最高の、皮肉だよ」

 

 死柄木は何かに満足したのか大使を解放する。

 

「あぁ、楽しみだなぁ……早く俺たちも華々しくデビューしなくちゃなぁ?」

 

 

 

 

 

「あー……美代子さん、どこ行ってたんですか……」

 

 目良善見は充血と隈で疲れ切った瞳を泳がせながら、デスクに戻ってきた美代子に恨み節を言い放った。

 日頃の激務のせいか、覇気もなく、目良の言葉はかき消えるような小ささであったが、同時に執念に似たものも内在していて、はっきりと他人の耳に届く声であった。

 

「ごめんなさい。急用ができたので」

 

 美代子はにこりと笑顔で返す。

 向かい合って正面の席に座る美代子は紺色のスーツに着替えていた。それが彼女の、今の仕事着である。

 楠美代子が所属する組織の名は、ヒーロー公安委員会。事実上、全世界のヒーローたちのトップであり、まとめ役である。美代子はその委員会の一人であった。

 

「急用って……いきなり消えるもんだから、仕事が僕の方に全部回ってきてるんですよ……仮免再補修の人数多すぎ、これに付け加えて来年度の仮免実習のスケジュールも仮決めしておかないといけないし、全国のヒーロー科の入学予定者数の計算もあるのに……あとついでに、なんか、うえの方が騒いでましたよ、変なヴィランが出てきたせいで調査委員会も発足するとかで……」

「まぁ、大変」

 

 パソコンを立ち上げ、デスクに積まれた書類の整理を始める美代子は目良の話には興味を示していなかった。

 なぜなら全部知っているからだ。ヴィランの調査委員会とはつまり改造人間の事を調べるというわけだろう。彼らとて無能ではない。それがなんであるか、いつのものかを特定することぐらいは容易なはずである。

 そして混乱する。歴史の闇に消えたはずの組織。ショッカーの存在に突き当たるのだから。

 しかし美代子はそのことを、情報をヒーロー公安委員会で、話すつもりはない。

 だが、一人だけ例外はある。美代子はデスクに備え付けられた電話を取り、短縮ボタンを押す。

 数回のコールの後、通話が開始される。

 

「私です。美代子です。えぇ、突然のお電話申し訳ありません。あなたにお伝えしたいことがあります」

 

 

「単刀直入に言いますね。ショッカーは復活しました」

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