彼と出会ったのは遠い、気の遠くなるような昔だったはずだ。
世界が何度目かの混迷を極めた時代。個性というものがまだ超能力、超常として扱われていた時代。
個性あるものと無個性との間で当然引き起こされる争いは徐々に拡大し、ついには大規模な衝突となった。一歩間違えれば世界は荒廃する。滅びる危険だってあった。
だから自分が動いたのだ。混乱を収める簡単な方法はつまるところ、恐怖である。人々は言うだろう、それは独裁だ、独善だと。だからなんだというのだ。博愛を唱えるだけで世界に安寧が訪れるならとうの昔にこの世界は完全平和を確立している。なのにこうして争いが起きる。
とどのつまり、人類には恐怖という抑止力が必要なのだ。だから大国は核兵器を常備したし、常に戦力を揃えた。
かつて、世界を裏から支配していた組織の事は知っていた。我々のような個性に目覚めたものを、そうであると知られる前に、秘密裏に抹殺してきた組織。彼らもまた恐怖を力とした。
その存在を知った時、歓喜した。まるで、自分が求めたような悪の組織だった。そんな、素晴らしい組織が存在していたなんて、これはもう運命だと感じた。
次なる悪は、僕なのだと。
ならばこそ、個性の発現した新たなる時代において、恐怖という抑止力になりえるのはやはり個性だ。圧倒的な力を持った個性である。
目に見えて、そして人々にとって最も身近なものとなった個性。これほどまでにわかりやすいものはない。その中で、自分の覚醒した力はもはや天恵であったと言えるだろう。
個性を、奪い、与えるという力。至ってシンプルで、わかりやすい能力。
個性を求めるものには与えることで、不要であるものからは奪うことで、彼らの望みを叶えてきた。すると彼らは仲間になった。気が付けば自分は大きな組織力を得た。
そして、秩序を与えた。
間違いなく、自分は恐怖による統制と秩序を確立していた。
だが、愚かにもそれに反抗するものがいた。かつて、超常を狩るものたちがいたという噂は聞いていた。だが現れたのはなんとも弱い、そしていとおしい自分の弟であった。非力で、虚弱で、かつての自分ならなでるだけで潰してしまいそうな弟。
力もないのに、自分に立ち向かうその姿には憐憫すらあった。だから弟に力を与えた。
それでも、弟は自分から離れていった。
そして、あの男が現れた。
鋼のような男だった。それは肉体の比喩表現ではない。いうなれば、男の存在そのものだろうか。
カスタマイズされたバイクに乗り、仮面をつけた男。赤いマフラーを身に着けた男。暗い、深い緑のグローブとスーツを身に纏い、風車を携えたベルトを持った男。
裏社会を支配し、悪の帝王として君臨する自分の前に、男はたった一人で現れた。幾人もいた部下たちはなすすべもなく男の前に倒れていった。いかなる個性を使ったのか、いやそもそも個性があったのか、男は徒手空拳だった。拳と足、肉体のみで個性を扱う猛者を、まるでいともたやすく撃退した。
高速移動を可能とし、音速すらも突破する部下の一撃を男はただ上半身をそらすだけで交わし、逆に放り投げた。ダイアモンドよりも固い表皮を持つ部下の肉体はただの一撃、狙いをすました針のような一撃で貫通された。八本の腕を持ち、それぞれに武器を持った異形の部下が繰り出す縦横無尽の攻撃は一度も男を捕らえることなく、武器のすべてを瞬く間に破壊された。
毒液、光線、溶解液、飛行能力、電撃、いかなる個性を前にしても男はただ一つの肉体のみでそれを制圧した。
彼の事は知っていた。裏社会の帝王、悪の王として名をはせるようになればいやでも耳に入る。事実、いくつもこちらの計画を潰された。
だが彼は常にこちらの邪魔してきた。的確に、完璧に、完膚なきまで組織は蝕まれていった。
あの時、うぬぼれがあったことは否定できない。たかが一人の男に何ができると、かつて存在した闇の組織のように壊滅するわけがないと高をくくっていたのも事実だった。
気が付けば、かつての部下たちは全滅した。そして表の世界ではヒーローたちがのさばった。
そこには弟の姿もあった。
そう、あの男の名は確か……仮面ライダー……。
そして、僕は……<彼>と対面した。
だから、僕は……悪になると決めたのだ。
「先生、聞いとるかね?」
大使の声で、AFOははっと意識を取り戻した。
「眠っていたのかね? 珍しいもんだな」
「僕だって、眠たい時は眠るさ。それに、色々とやることも多くてね」
「そうかね。それで、あんたの依頼だけどね、とにかくかき集めるだけ集めてきたよ」
「ありがとう、大使。しかし、見事なものだね。どうやって、一介の中学校教師が資金をかき集めれるんだい?」
その空間は暗黒だった。
周囲を動力パイプで埋め尽くし、まるで巨大生物の内部のような場所。詳細は不明、しかしてここがAFOの住処であることを大使は知っている。
そんな彼でもここが具体的に日本のどこなのかはわからない。東京のどこかなのは間違いないだろうが、ここに来るときは大体、AFOの何等かの個性によって転移させられている。
そう、大使の目の前にはAFOがいた。巨大な生命維持装置と人工呼吸器に繋がれた半死半生の男。顔が潰れ、口元だけがかろうじて残った醜悪な姿が闇の中でぼうっと映り込むように、鎮座していた。
見る者がみれば、それは玉座やご神体のように見えるかもしれないが、大使は磔にされた罪人というイメージが先行した。
「まぁあれだな。昔取った杵柄という奴だ。金を後生大事に抱えている連中というのは痛いところが多い。昔なら、簡単にしっぽを掴んで搾り取ってやれたのだが、いやはや恥ずかしい。あの無能のカメレオンの奴が情報収集に手間取るせいで、これっぽっちだ。これじゃ政治家も動かせんよ」
大使はアタッシュケースに積まれた現金をAFOへと見せる。札端、優に数千万はくだらない金額だろう。
それは大使が、敵連合に合流してからかき集めた資金である。一軒家であればローンを満額返済できる、もっと言えば都心の高級マンションで贅沢できる規模の資金であったが、大使は申し訳なさそうな表情を浮かべるだけだった。
大使は、かつて表の顔として政治家の秘書をしていた。その政治資金を用意することに才能を発揮し、政治家たちを操ってきた男である。
もちろん、それはかつての組織のバックアップあってのことでもあったが、政治の中枢にいて、政治家を……時の総理大臣すらも操れるのは大使の持つ才能がさせたことである。
そこに金というものを詰め込めば、人間というのはあっさりということを聞く。
だが、やはり組織の壊滅は大きい。かつては国家予算規模の金を自在に操れた男も今ではマンション一つを買うだけの資金しか集められない。それに、良くも悪く今の世情は悪党が動き辛い世の中だ。
いたるところにヒーローがいて、個性を使う人間がいる。下手に動きすぎれば目を点けられてしまう。
なので、脅すというやり方はあまり取れない。煽て、気をよくさせ、掠め取る。大使に大金をはたいた者たちはまるで慈善事業をしたような気分でいることだろう。
「それに、あんたらの活動資金としても雀の涙だろう。なんと言ったか、あんたらの作ってるあれ、ドクターの研究の足しにはなるだろうが」
「脳無だね。大使、君が提供してくれたショッカーの改造技術に、ドクターも喜んでいたよ」
「そうかねぇ……純粋な、戦力を生み出すという改造に関してはあんたの方が上だろう? 第一、手に入ったショッカーのデータはその殆どが初期型のものだ。古臭い、時代遅れの技術だよ」
「彼はそうは見ていない。確かに、大使の言う通り、今回手に入った最初期の改造技術は今更なものばかりだった。だが、温故知新という言葉がある。君たちは、戦闘能力を向上させるために改造人間を作っていたわけじゃない。そうだろう?」
「よくご存じで」
AFOはなんでもお見通しだなと大使は素直に関心した。
果たして、彼はどこまでショッカーの事を、組織の情報を知っているのだろうか。裏社会の人間である以上、かならずどこかで組織との接触はあるはずなのだが、そのころの大使はすでに閑職に近い扱いを受けていた。そして気が付けば組織が滅んでいたというわけである。
それに、この男は仮面ライダーの事を知っている。
「そういえば、あんたはわしに仮面ライダー、本郷君の事を教えてくれると言っていたが、わしを誘って以降、その話がないのはどうなんだね。契約違反じゃないのか?」
「ん? あぁ、そのことか。済まない、忘れていたわけじゃないんだ。ただ、僕としても優先するべきは死柄木の成長であり、敵連合の土台を盤石にすることなんだ。ドクターもその為に動いているしね。あぁ、話が逸れたね。仮面ライダーの事だが……実は彼、五年前に一度、日本に戻ってきているよ」
AFOの言葉に大使は「そんなことは知っとる」と落胆気味に答えた。
「かつてほどじゃないが、わしにも情報を仕入れるつてぐらいはある。それぐらいの情報は知っとる。あんた、オールマイトにもそうだが、仮面ライダーにもこっぴどくやられているじゃないか。君の部下の……あの大きい奴だよ、彼も死にかけたのだろう?」
「ギガントマキア……正直、驚いた。彼を、一撃で倒す男がいたなんて、最初に聞いた時は僕は信じられなかったよ。彼の治療に結構な資金を必要とした。ドクターも怒っていたなぁ」
「ふん、彼は無敵だよ。パワーだけで勝てるとは思わんことだ。まぁ、なんにせよ、あんたの出鼻をくじいたところで、本郷君はまた日本から姿を消した」
「僕が確認できる範囲で、彼の足跡をたどってみたところ、最初は欧州にいたらしい。そこから中東に移動しているね。海外にも友人はたくさんいるのだが……あはは! 全員と連絡が取れなくなってしまったんだよ! あっはっは!」
AFOはひどく愉快に笑い声をあげた。
彼が笑うたびに、生命維持装置が異音を出しているのを見れば、面白くて笑っているわけじゃないのはすぐにわかる。何かしらの個性が影響を与えて、それに対して警報が鳴っているのだ。
「そして僕はオールマイトに倒されこのざまだ。なんだって彼はわざわざ五年前に僕たちの前に立ちふさがったのやら……それまではずっと君たちの遺産の処理していたようだけど」
「なるほど、だから日本にいなかったというわけか……それにしても残党……ねぇ? 大方、組織の技術をネコババしたテロリスト崩れだろう」
「その中には僕の友人たちもいたのだがね。はてさて、仮面ライダーも働き者だ。どこで聞きつけたか、的確に友人たちを潰して回った。ご丁寧に、組織の技術もすべて破壊してね。この、生命維持装置も手に入れるのに相当の被害が出た。正直、海外での活動は控えたい気分だよ。立て直すのにも時間がかかる。まぁ、その分、この日本での組織作りには専念できた。それこそ、地べたをはいずりまわって、情けなく、恥ずかしげもなく」
「その努力は認めるよ。だが、なんというか、因果だな。どうにもわしら悪党というのは必ずブチのめされる決まりがある」
「そうだね」
AFOは否定も何もせず頷いた。
「だからと言って、やらない理由にはならないだろう? 常に未来を見続けなければね」
「そこには同意するよ。ま、わしらの最終的なゴールは正反対ではあるが……」
「超常能力の否定か。それこそもう果たされることのない目的ではあるのだけど……仮に、一つだけ、君たちの理念を成功させるカギがあると言ったら、どうする?」
AFOの問い掛けに大使は一瞬、能面のような顔つきをした。
「下らんね」
大使はたばこを取り出し、火をつける。
その瞬間、AFOの周りに独自の気流が発生する。たばこの煙は何処へと流れてゆき、AFOのもとには届かない。
「ここは一応、禁煙なのだがね」
「それはすまないね」
そう言っても、大使はたばこを消すことはなかった。
一息だけ吸って、大使は答える。
「個性を制御する、個性を抹消させると言いたいのだろう?」
「あぁ。まだ未確定の情報だけど」
「その程度の考え、わしらがやってこなかったとでも思うかね? とうの昔に、何度も実行したさ。だが、種の進化の速度はすさまじい。仮にこの世界のすべてを無個性に戻すなんてことは、どう計算しても不可能だ。一時的な抹消が、何になる? いや仮に今生きるすべてを無個性にできても、また世代を重ねれば抗体を持った個体が生まれるだけだ。まぁ、社会の混乱を引き起こすという点では武器になりえるだろうが……それだけだ。ヒーローも馬鹿じゃない。対策ぐらいはしてくる」
一息に語った大使はもう一度、たばこを口にくわえ、一気に吸い出す。
大量の煙を吐きながら、大使はため息交じりに言い放った。
「あんたが、何を求めてるのかは知らん。かといって、わしはあんたのやろうとすることを否定はせんよ。何かやりたいことがあるなら協力はする。今のわしは、一応、あんたらの傘下だからね。言いたいことは言わせてもらうが?」
「ご意見番というのは重要だよ。弔も、まだまだ直情的なところがあるからね。とはいえ、そろそろ僕たち……いや弔たちも表舞台に出なければいけない時期に来た。今年……オールマイトが再び舞台に立つ」
「雄英の教師になるのだろう?」
それは世間ではまだ公表すらしていない情報であった。
「そう。そこでヒーローの卵たちを育成するらしい。だから、それをね、潰してあげようと思うんだ。楽しそうだろう?」
AFOは興奮を隠しきれていない様子で、笑い声をあげる。
「一応、そこにはわしの教え子も含まれそうなのだがね」
「おや、そうなのかい? まだ入試は先だろう?」
「合格するよ、少なくとも一人はね。あともう一人いるが……まこっちは運が良ければだな」
大使の脳裏には二人の生徒の顔が浮かんだが、それは些細な事だ。
AFOに教える必要もないだろう。
その内の一人、緑谷出久が夜な夜な、不法投棄の海岸で何やら訓練をしているのを知ってはいるが、それこそどうでもいい話だ。彼を鍛えている男の事も。
特別、教えるほどの事じゃない。この思考も、AFOの何かの個性で読み取られている可能性もあるが、それならそれだ。
「計画の具体的な内容は新入生たちが入ってからになるのだけどね」
「ずいぶんな弾丸スケジュールだな。それで、そのお披露目の日に、わしも出向いた方がいいかね? 幹部としては祝いの席にはいた方がいいだろう?」
「君の言う教え子と対面することになるかもだけど、良心が痛むかい?」
「いいや?」
大使はきっぱりと答えた。何を当たり前のことをとでも言いたげにすっとぼけた表情である。
美代子と再会したときからだろうか、いやこの敵連合に参加した時からだろうか。
大使にとって、隠れ蓑であった教師という立場はもはやどうでも良いものとなっていた。
「実はね、今日、退職届を出してきた」
「この時期にかい?」
AFOとしてもこれは意外だった。
「即断即決だよ、何事もね。それに、教師というのは、まぁ、悪くはなかったが、政治より金にならん。それに、部活動の顧問などというものを任される身にもなってほしいね。形ばかりの顧問でも、いなければならないのは本当に、過去からの悪い風習だ」
「それは、それは。ご愁傷様だったね。ということは今後は敵連合として集中的に動いてくれるということでいいのかな?」
「まぁそうなるな。と言っても、今は堪え時だな。ショッカーの改造人間でかく乱はできているだろうが、それでも監視の目が厳しくなってはいる」
「その通り。悪の組織は派手に、しかしてひそやかに。これが基本だね」
AFOはのどを鳴らすように笑う。
「さぁ始まるよ、僕の夢が。僕の戦いが。僕の憧れが」