~食堂~
俺たちが所属する『リアデルハイト』の朝は早い。初めて見るゴロツキどもが食堂にゾロゾロと姿を現す。顔を見合わせても挨拶一つもない。警戒している訳ではなさそうだ。
「あんまりキョロキョロするなよ。落ち着いて食えねぇだろ」
ギャレの言葉はいつにも増してトゲがある。朝が苦手ではないのは知っている。昨日の出来事をまだ引きずっているみたいだ。
「テンメェ、返事くらいしろや!まだ昨日のこと引きづってんのかぁ?」
「あっ、昆布入ってる」
「テメェッ!オレのビーフシチューに昆布なんかいれんじゃねぇッ!!」
俺は昆布をギャレの皿に放り投げた。視線を入口に向けると、無意識に立ち上がってしまった。異様な雰囲気が食堂全体を包み込む。ゴロツキどもの視線が一点に集中している。
「あれってもしかしてよぉ……マシリアか?」
「とんでもなくヤバい感じがする……」
ギャレも気づいたようだ。マシリアが食堂に入ったとたん、男たちの見る目が変わった。 絡まれているようだ。
俺はどんなことを話しているのか気になって忍び足で近づく。
「私は朝食に来ただけだ。そこを開けてもらう」
「ちょっとぐらい付き合ってくれよ、ネエちゃん」
「悪いが食事は決められた者としか相席できない。それに『リアデルハイト』の決まりに例外はない」
「連れねぇこと言うなよぉ。なんだったらメシも奢るからよぉ」
がらの悪い男がマシリアの髪に触れようとした瞬間、周囲の空気が一変した。
「食堂のメニューは全て国から補助金が出ているんだっ!食事を奢るなどと二度と口にするなっ!」
突拍子もない理屈にゴロツキどもは呆然としている。俺はその場から離れるため人垣に潜り込む。
「トム、どこに行く気だ?」
「へっ?」
「仲間を見捨てることは『リアデルハイト』の理念に反する。私の言いたいこと、わかるな?」
「な、何をすればいいんだ?」
「私の食事の時間を邪魔した男に君の力を見せてやれ」
この人はさっきから何を言っているんだ……?
頭の中がぐにゃぐにゃと音を立てた。
「おもしれぇ!お前に勝てばネエちゃんと食事に付き合ってもらえるって魂胆か!」
勝手なことばかり言いやがって!少しは俺の身にもなれ……あれ?ギャレの姿がない。あのヤロウ逃げやがったな!
「さあて、どうする?ソルダで勝負するか?」
ダメだ。こんな人の多い場所で剣なんか抜けるか。他の手段を考えないと。
「へっへっへ、じっくりいたぶってやるよ」
「親はいるか?」
「なんだって?」
「親はいるのかって聞いたんだ」
「時間を稼ごうなんて見え透いた真似はさせねぇよ。こっちは空腹でイライラしてんだ」
「もし俺が思念体を呼べるって言ったら信じるか?」
「思念体を呼ぶだってぇ?ハッ、おもしれぇ!それならおふくろの思念体でも呼んでもらおうかな~」
ゴロツキどもが小馬鹿にしたような笑い声を上げる。気づけば俺の周りは野次馬で埋め尽くされていた。
俺は影も形もない思念のイメージを作り上げ、目の前にいる男の記憶に残留する母親の姿を創出する。
「――
俺の前に思念体が現れた。食堂内にどよめきが広がる。
「ホ、ホントにおふくろ……なのか!?」
『あんた、またそうやって人様に迷惑をかけているんじゃないのかい?』
「そ、そんなのテメェには関係ねぇだろ」
『全く困った放蕩息子だね。やっと世のため人のために役立ってくれると思っていたのに』
「いつまでもガキ扱いするんじゃねぇ。もう家には帰らないって決めたんだ。だから立派な軍人になるまではよぉ……」
『そうかいそうかい。アンタがそういうなら好きにすればいい。だけど無茶だけはするんじゃないよ』
「ああ……わかったよ」
母親の思念体は白い煙が立ち上るように消えていった。ゴロツキは目頭を押さえている。辛気臭くなってしまったが、戦意を挫くには十分だ。
「メシの時間を台無しにして悪かったな」
ゴロツキは食堂から出ていった。周りにいた野次馬も席に戻っていく。
マシリアを探すが見当たらない。利用されたのか。わかってはいたけど腹は立つ。一言ぐらいあってもいいよなと思いつつ、窓側の席に目をやると一人の女性と目が合った。
「アナタってヴィルヌーヴ班の人?」
「ああ、そうだよ。君は?」
「ワタシはクリスティナ・サワラギ。アナタと同じよ。昨日は所用があって合流できなかったの」
「そうなんだ。俺はトム・シェマーゼ」
「アナタって思念体を呼べるのね。しかも善意の思念体。聖式の隷属授術って悪意の思念体しか呼べない人が多いって聞いてたけど、アナタってすごいのね」
「あれぐらいの下級の思念体なら練習すれば誰でも呼べるよ」
クリスティナと名乗る女は小柄でマシリアより幼く見えるが、黒髪を撫でる仕草に大人っぽさを感じなくはない。青い目は吸い込まれそうなほど透き通っている。
「ワタシって
「ソルダは平均よりちょっと上。オルデリクスはギリギリだった」
「うそぉ!?あんなに扱えてたのに?」
「思念体の消散試験で試験官を襲っちゃったんだよ」
「消散試験って生み出した思念体を試験官の指示するタイミングで消滅させるテストよね?」
「なんだよ『そんな簡単なこともできないの?』みたいな顔しやがって」
「してないじゃない。トムって意外に不器用なんだなって思っただけ」
俺はお喋りに夢中になって時間を忘れていた。
「訓練もうすぐよね?早く行きましょ!」