俺とクリスはマシリアに前もって指示された場所に到着した。更地のような場所だ。遅れてギャレが現れた。しかめっ面でクリスを見ている。
「おめぇが昨日いなかったっていう――」
「ワタシはクリスティナ・サワラギよ。クリスでいいわ。アナタがソルダの扱いに長けたギャレ・ボマードね?」
「おおっ!オレの腕の良さを知っているとは光栄だぜ!」
急に上機嫌になった。馬鹿も煽てりゃなんとやら。
「まあ、そこの何もかも中途半端な奴より本当に必要とされるのはオレのような際立った剣技を使いこなせる男だろう!」
「力任せで剣を震ってだけで偉そうにするな!」
「嫉妬は見苦しいぜ。なんならここで斬り合うか?」
「馬鹿馬鹿しい。お前の挑発になんかのるか」
クリスは黙って俺たちを見ている。呆れているだろう。幼稚な言い争いをしているんだ。
「ねぇ、あそこにいるのって……思念体じゃないわよね?」
ギャレが振り返った。俺は視線の先にいる正体に意識を集中させた。
「お、おい。なんで思念体がこんな所に現れるんだ?」
思念体が現れる場所に決まりはない。だけどその人の意志が強すぎたり、誰かが意図して生み出したりすれば説明はつく。
「まだマシリア班長が来てないわよ!」
「だけどよ、このまま放置するわけにもいかないぜ?」
「もしあの思念体が善意だったらどうするの?善意の思念体を斬り払うことは軍規に反するわ」
「そ、それは……」
善意と悪意は思念体がこちらに敵意があるかどうかで判断すればいい。善意の思念体には実体のある武器は通用しない。でも前回みたいなこともある。こちらから手を出さなければ反撃してこないヤツもいる。
ならどうすれば……。
「あの思念体、こっちに向かってきてない?」
ゆったりと歩く思念体にクリスは顔を強ばらせた。ギャレは剣を構えるが斬り伏せるべきか迷っている。顔から出る汗を見れば誰でもわかる。
「トムスケ、さっきから黙ってねぇで少しは頭を使え!」
お前に言われなくても――ん?そうか!
朝起きたことを思い出せば、もしかしたら善意と悪意の区別ができるんじゃないか?
「トムの
「それも面白いけど、その前にやってみたいことがあるんだ」
俺は迷子に優しく問いかけるように思念体に話しかけた。
「俺たちはお前と戦う気はない。もし苦しいことや悩んでることがあるんだったら教えてくれないか?」
思念体は歩みを止めない。俺の声が虚しく響いただけ。
「アイツ、俺たちの声が届いてないようだぜ」
「どうしたらいいの?」
「あの思念体は……悪意だ」
「おいまさか話が通じねぇから悪意だって決めつけたわけじゃねぇよな?」
「悪意の思念体には言葉は通じない。朝起きたことが根拠だ」
「ああ!そういえばあのコワモテの男が話してた相手ってトムが生み出した思念体だったわ!」
「ホントに斬っていいんだな?」
それ以外の理由なんて思いつかない。敵味方がわからない以上、話の通じない相手は倒すしかない。
「いくぜ……」
「ちょっと待って――
クリスがギャレの聖剣に
「みんな、おはよう!」
マシリアだ。清々しい笑顔を見せつけてくる。
「三人はどうしてビーフシチューに昆布を入れられたような顔してるんだ?」
俺たちに笑う余裕はなかった。釈然としない空気をごまかす言葉も思い浮かばない。マシリアが畳み掛けるように追い討ちをかけた。
「ギャレ、トム、クリスティナ。君たちは気づいていると思うがテストをさせてもらった」
「やっぱり……」
クリスのため息混じりの本音が漏れた。落ち込んでいるのが手に取るようにわかった。
「まず結論から述べよう。君たちは不合格だ」
「チッ、気に食わねぇな。いきなりテストだとか不合格だとか……それが『リアデルハイト』のやり方かよ」
ギャレは聖剣を出したまま不満の矛先をマシリアに向ける。
「いや、私のやり方だ。それと意見を述べる前に剣を収めろ。ギャレはもう少し感情をコントロールする努力をした方がいい。君はソルダの試験で優秀な成績を残しているんだ。だから私が見込んで配置してもらったんだ」
ギャレは誉められたのか貶されたのか理解できてない。言葉に詰まっているからだ。
「そしてクリスティナ?」
クリスは呼び掛けに応えない。心ここにあらずといった顔だ。
「クリス、班長が呼んでる」
「えっ!?ワッ、ワタシですか……!?」
俺がクリスを現実に戻すとマシリアが苦笑いを浮かべる。
「クリスティナ・サワラギ、今日が初めてだったな?」
「は、はい!よろしくお願いします!マシリア・ヴィルヌーヴ班長!」
「君は動揺し過ぎだ。肩の力を抜いて心に余裕を持て。仲間が余計不安になる」
「うぅ……」
クリスはマシリアの辛辣な評価に落胆した。浮き沈みの激しい性格みたいだ。
「クリスのソルダに苦手意識があるのは把握している。だがそれを補うほどのオルデリクスの扱いに長けているのだから、もう少し自分の力に自信を持つんだ。決してオルデリクスは縁の下の力持ちだけではない。それを君が一番よく知っているはすだ――」
「んあっ!?」
変な声が出てしまった……。唐突に評価対象が変わるんだから驚きもする。緩んだ表情筋に力を入れなければ。
「トム・シェマーゼ、君は真面目過ぎだ。考えすぎる悪い癖がある。自分でも理解しているだろ?」
「よく言われる」
小さいときから言われてきたことをあからさまに言われるとむしろ清々しい。
「フフッ、消散試験の時もそうだ。君は悪意の思念体を召喚し、試験官の指示に耳を傾けていた。だがそこに"悲鳴"が起こった」
「悲鳴?」
消散試験すら受けていないギャレに"悲鳴"の意味は理解できないだろう。
「悲鳴に集中を乱された君はあろうことかオルデリクスを切り離してしまった。後の説明は不要だな」
「悪意の思念体を生み出した術者は思念体が放つ悲鳴に苛まれるのよ。それにトムは試験中に妨害が入ることを知らなかったの?」
「知ってたよ。でも耳栓は没収されちゃったし、ひたすら耐えるぐらいしか思い浮かばなかったんだ」
「規則に耳栓は持ち込めないって書いてあるのか?ちゃっかりしてるぜ」
ギャレから『規則』という単語が出るとは思わなかった。そんなことより……。
「規則には書いてなかった。試験前に所持品の確認をさせろって言うから――」
「まさか耳栓のこともゲロっちまったのかよ!?」
ギャレが呆れ返るように言った。俺は当然のように首を縦に振る。
「トムって――」
「ハハハ、真面目を通り越して大バカモノだ」
クリスとマシリアは人の気持ちも知らずに笑いだした。俺はふつふつと沸き上がる気持ちを抑え、二人の屈託のない笑顔を脳裏に焼きつけた。