いつものように食堂に向かうとギャレの姿がない。クリスが遅れてきた。
"朝食は全員で決まった時間に食べる"
マシリアが決めたルールだ。時間さえ守れば冷たくあしらわれることはないんだ。
俺は予感した。ギャレは寝坊したんだと。そしてボサボサの髪で現れる光景を予知した。
「マシリア班長、早いですね」
「大したことじゃない。普段通りの時間に来ただけだ」
あれ?朝食が四人分用意されてる……。
「どうしたトム?顔色が悪いようだが」
もはや確信犯だ。よりにもよってクリームシチューだなんて。
「ギャレはまだ来ないの?」
クリスって訓練の時と違って髪型変えるのか。
「何よ。寝起きって髪を整えるの大変なの、男と違って」
「別に悪いとは言ってない。むしろ――」
今の方がカワイイなんて思ってしまった自分が悔しい。
「ちょっと何で顔背けるのよ!」
「班長殿!おはようございます!ギャレ・ボマード、遅ればせながら参上致しましたぁ!」
遅れてきた分際で謝罪の一言もないのか?
「トム、『君は一体どういう教育をしてるんだ?』ってマシリア班長がお怒りじゃない!」
「俺は教育係じゃない。寝起きが悪いのは今に始まった訳でもない」
「いいから早く座れ。スープが冷める」
ギャレが席に座ると四人はひたすらスプーンを口に運んでいく。沈黙に耐えかねた例の男が重い口をこじ開けた。
「どうして決まった時間に四人で食事するなんて考えたんだぁ?」
俺も不思議に思った。他の班はみんなバラバラに食事している。別の班の人間と食事するものもいる。端から見たら俺たちは異端だ。
そう思われていても不思議じゃない。
「四人で一緒にいられるのは当たり前じゃないからだ」
俺はドキッとした。マシリアの真意はともかく考えていることは同じのようだ。
「みんなで一緒にいられる時間を大切にしたいってことですよね?」
「それもある。もし誰かが欠けたら二度とその時間は戻ってこない。今という時間を大切にできれば私たちの絆も深まる。だからこそ遅刻する者は仲間を蔑ろにするのと同じだ」
ギャレのスプーンを運ぶ手が止まった。
「すんません……」
「それと食事を残すことも一切許さない。感謝気持ちも忘れてはならない」
ですよね。黄色にトラウマを持っている俺にクリームシチューを振る舞うなんて感謝するしかないですよね。もう目を瞑って食べます。
「トムは感謝の気持ちを全面に出して食事をするのか。そんなに食い足りないならお代わりもご馳走するぞ」
「マシリアは俺に恨みでもあるのか?」
「そんな捨てられた子犬みたいに涙ながらに訴えるなんてトムには叶わないな」
「良かったね。好きなだけお代わりしていいって、自腹で」
「ヨッ、この大根役者」
「大根役者は誉めてないだろ……自腹ってなんだ?クリーニング代でもう金ないよ……」
俺が懐事情を嘆きながら足下に目を落とした。先の尖った真っ白な靴が見える。俺たちが食事しているテーブルを見下ろすように立っている人物。誰だ?と思い俺はゆっくりと見上げた。
「ロード先生?先生も朝食ですか?」
「気づかれてしまいましたか。見覚えのあるお顔を拝見しましたので、ご挨拶にと」
クリスは目を丸くしてスプーンを勢いよく置いた。
「お、おはようございます!」
「ロード先生もオレたちと一緒に食おうぜ!」
ギャレの言葉を遮るようにマシリアが立ち上がる。
「貴方のような庶民からかけ離れた方がなぜこのような場所に?教官専用の食堂があったと思うのですが、そちらに行かれた方がよろしいのではないですか?」
「僕は朝食を取りに来たわけではないと先ほど申し上げましたよ?」
「ですがこのような場所にいたことを部外に知られれば、ご公務にも支障をきたすと思いますが」
サヴァン・ロード先生は王子でもあるんだっけ?
糸目で穏やかな雰囲気のせいか全くといいほど威光を感じないのは俺だけだろうか?
「相も変わらず手厳しいですね。リアデルハイトの旗印と持て囃されるのも頷けます」
マシリアを目標にする人は多いんだろうな。重量のある聖剣を軽々と使いこなしオルデリクスもなんのその。しかも顔立ちも整っていて頭もいい。噂を聞きつけたゴロツキたちがファンクラブまで作ってしまったらしい。
なのにどうして俺たちはマシリアの班に置かれたんだろうか?得手も不得手もある顔触れ。お世辞にも優秀とは言えず、落ちこぼれを集めたようなチームだ。
俺がマシリアだったら能力のある人間を側に置いておきたい。
「僕のお願いを聞いてもらいたいのですが、お時間はよろしいですか?」
「もったいぶらずに何でも言ってくれよ。最近キッツイ訓練ばかりで体がなまっちまってんだ」
一言多いぞ、ギャレ。マシリアが鋭い目つきで睨んでいる。
「フフフ、元気があるのはいいことです。それでお願いというのはですね、この写真に写る飼い犬を探してきてもらいたいのです」
ロード先生は内ポケットから一枚の写真を取り出した。可愛らしい茶色の子犬が目をキラキラさせている。
「キャー!超可愛い!先生のワンちゃんですか?」
クリスが写真を食いつくように見ている。どっちが犬かわからない。
「フフフ、違いますよ。僕の知り合いが最近ペットを逃がしてしまったと連絡してきたのです。僕としても助力を惜しまないつもりだったのですが、なにゆえ多忙な身の上あまり自由に動ける立場でもございません」
「猫の手も借りたいのがロード先生の今の状況ってこと?」
「部下を指導する立場としてお恥ずかしい話ですが、全くもってその通りです」
マシリアは手を口に当てて何かを考えているようだ。
「僕から提案があるのですが、もしギャレ・ボマードとトム・シェマーゼが依頼を解決して下されば特別補講を免除致しましょう」
「マジ!?」
ギャレが跳び跳ねる。僅かに残ったシチューがテーブルに飛び散った。俺がさりげなく拭く。
「マシリア班長、ワタシも行っちゃダメなんですか?」
「クリスは私と一緒に君の苦手なソルダの訓練だ。トムとギャレは正午までに依頼を片付けるように――」
クリスは露骨に嫌悪感を示した。羨望の眼差しが痛い。逆に俺が訓練を受けたい気分だよ。
ロード先生は申し訳なさそうな表情をすると、俺たちの前から去っていった。