サクラゼンセン   作:雨魂

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心の再生ボタンを押せ

 

 

 

 十八話/心の再生ボタンを押せ

 

 

 ◇

 

 

 

 それから時は流れ、オーディション当日を迎えた。

 

 梨子ちゃんがレコード会社からオーディションの誘いが来た、と伝えてくれたあの日から約二週間。今日のために俺と彼女は死に物狂いで新曲を作り、それを完成させた。

 

 審査内容は審査員と面接をして、それから制限時間内で実技をする、というもの。一次審査の書類審査は案外すんなりパスしてしまったので、実質本気で臨むのは今日の二次審査から。この二次審査が通ると、一か月後の最終審査へと進めるらしい。そこで実力と才能が認められれば、晴れてプロになれるというシンプルなもの。

 

 でも、大して難しい審査じゃなくてよかった。ほとんどの奴らは書類審査で篩にかけられるけど、俺の場合は担当者から直接誘いが来たおかげで、最初から今日の二次試験に集中する事ができていた。ネットの情報だけで詳細は分からないが、俺のようなパターンの奴は面接でおかしな事を言ったり、審査員が聴くに堪えない歌を歌わなければ、大抵は最終審査に進めるという。

 

 その点はまず大丈夫だとは思っている。面接はほぼ付け焼き刃だけど、歌には自信がある。その二つのうち、どちらにウエイトを置くかと考えれば、どう考えても後者。面接が標準的ならば、間違いなく通過できる。

 

 

「…………」

 

 

 レコード会社の中にある廊下に並べられた椅子に座りながら、俺は小さく息を吐く。両隣には俺と同じように面接と実技の順番を待つアーティスト志望の男女がいた。でも、そこにいる奴らの中で楽器を持っているのは俺だけ。

 

 多分、他の連中は歌やダンスで勝負しようとしているのだろう。そんな感じの見た目や格好をしている奴が多いので、そう判断した。要項に服装は自由と書いてあったから、俺は白のドレスシャツに細身のブラックデニム、スニーカーという割とラフな出で立ちで臨む事にした(他の奴らと比べたらきっちりしてるように見える)。

 

 俺がやろうとしているのは弾き語りだけなので、特に服に関しては気合いを入れなくていい、はず。少なくとも、アイドルのようにビジュアルで売り出したいと思われるようなイケてる見た目はしていないので、気合いを入れる方向性はギターと歌だけに絞った次第である。

 

 静かな廊下で自分の番を今か今かと待ち侘びる。当然、緊張はする。ここでしくじれば俺はまたしがないフリーターに逆戻りになる。せっかく掴んだチャンスだ。これを逃してしまったら、次はいつデビューの機会がやって来るかは分からない。

 

 だから今回で合格し、プロの世界へと足を踏み入れたい。そうすれば、梨子ちゃんも真姫さんも凛さんも、そして()()()()、きっと喜んでくれる。

 

 

「それでは次の方、どうぞ」

 

 

 扉の傍らに立っていた若い女性にそう言われ、俺はギターケースを持って立ち上がる。背中に視線を感じる。おそらく、廊下に座ってる奴らの視線だろう。

 

 『なんでギターなんて持ってるんだ』、『楽器を使わなきゃ自分の良さが表現できないのかよ』、『しかもなんだよその格好。あいつはライバルにはならないな』、なんていう小声が聞こえてくる、気がした。被害妄想かもしれないが、中にはそう思っている奴が確実にいる。

 

 だが、そんなのどうでもいい。俺は、ここにいる奴らとは違う。誰も聴いてくれない駅前で、何百回と路上ライブをしてきた。雨の日も風の日も、馬鹿の一つ覚えのように、性懲りも無くギターを抱えてあの場に立っていた。

 

 そして、俺は春に奇跡と出会った。

 

 あの子と積み重ねてきた二カ月半は、きっと無駄なんかじゃない。あの子は、燻っていた導火線に大きな炎を点けてくれた。その結果が、今の俺だ。

 

 何も臆する事は無い。単純に、積み重ねてきたものだけを表現しろ。既に撮られた映画のDVDと同じ。心の再生ボタンを押すだけ。そうすれば自動的に、俺のすべてが歌として現れる。

 

 これはただ、俺が今まで積み重ねてきたものを見せる作業に他ならない。だから頑張る必要も、臆病になる意味も存在しない。

 

 何も考えず、心の再生ボタンを押せ。

 

 

「────失礼します」

 

 

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 

 

「…………遅いなぁ」

 

 

 

 私は、自分の部屋で彼の帰りを待っていました。

 

 ソファに座り、友達からもらった伊勢海老の特大クッションを抱きながら、掛け時計が時を刻むのをジッと見つめ続けています。

 

 彼がアパートを出たのが、およそ五時間前。レコード会社の本社は都内にあるので、長くかかったとしてももうそろそろ帰って来てもいい頃です。

 

 

「はぁ……」

 

 

 小さなため息を吐き、私はソファにごろんと横になります。それからクッションを抱き締めて、餌が出てくるのを待つ猫のように、そわそわと左右に揺れていました。

 

 もし、自分がオーディションを受けている立場だったなら、きっとこんな気持ちにはなりません。でも、今はそうじゃない。私が高校や大学の受験に出かけて行った日、両親はこんな気持ちで私の帰りを待っていたんでしょうか。なんともどかしい。これならいっそ、彼の代わりに私がオーディションを受けた方がマシでした。

 

 そんな風に、時が静かに流れて行くのを何もせず待つ。数時間前に顔を合わせたばかりなのに、今すぐ会いたいと思ってしまう。この感情は、いったい何なのでしょう。

 

 

「分かってるよ」

 

 

 抱き締めていた伊勢海老のクッションに顔を埋め、独り言を呟きます。

 

 私は、自分の感情にそこまで鈍感じゃない。高校生の頃なら気づけなかったかもしれません。でも、今はもう大学生になって、あの頃よりも広い世界を知って、自分がどんな人間なのかも少しずつ理解したつもりでいる。

 

 だからこそ、今の私が彼に抱いている感情は、きっと普通ではない。普通か異常かの二択ならば、確実に異常である、という事だけは確かに分かるんです。つまり、それがどういう意味を持つのかも。

 

 

「…………でも」

 

 

 この気持ちを言葉に出すのは、たぶん正解じゃない。自分が思っている事、抱いている感情をありのままに声に出していいのは、子どもの頃だけと相場が決まっています。何故かって? 大人は我慢ができる生き物だから、です。

 

 一時の感情に流されてそれを言ってしまったら、これまで積み重ねてきたもの、これから積み重ねていくはずだったものが、すべて無に帰してしまう。

 

 そうならないために、私は我慢をするんです。何度も打ち続けて硬く、鋭くなった刀のように、私の理性は彼にこの感情を伝える事を未然に防いでくれる。

 

 それに、いま私がこの気持ちを伝えたところで、彼の心には届かない。それは近くにいる私だからこそ分かる事。彼が何を最も大切に思い、何のために生きているのか。彼の水晶体が何を映しているのか。私はこの二か月間、ずっと見つめ続けて来たんですから。

 

 

「…………」

 

 

 私はソファに寝そべったまま、壁に掛けられたカレンダーを見つめます。

 

 春に大学の寮が火事になり、私はこのアパートに越してきました。寮の修復には三カ月ほどかかると、大学からは言われていました。あと一カ月弱もすれば、私はこのアパートを出て、寮に帰らなくてはいけなくなる。

 

 それも、形式的な事なんですが。

 

 引っ越し先がこのアパートじゃ無ければ、私は迷わなかった。自分の意思だけで、前へ進めたはずでした。

 

 けれど、私は出会ってしまった。

 

 そして、その人の手を取ってしまった。

 

 それが自分の未来にどんな影響を及ぼすかも、深く考える事もせずに。ただ、この人の力になりたい、というひとつの心情に溺れてしまった。硬く結んだ結び目が解けにくくなるのは、自分でも分かっていたのに。

 

 

「言え、ないよ」

 

 

 私を無条件に信じてくれている彼に、告げられるはずが無い。でも、時は前にしか進まない。

 

 私はその時、彼にすべてを伝えられるのでしょうか? 

 

 

「あ」

 

 

 玄関のドアが、誰かに叩かれる音が聴こえてきます。私は咄嗟に身体を起こし、玄関へと急ぎました。

 

 そして、扉の外に立っていた彼に言いました。

 

 

「おかえりなさい」

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 それから彼の部屋に行き、私はテーブルを挟んで彼と向かい合うように座りました。オーディションから帰ってきた彼は、何やら思いつめたような表情をしています。歌詞が思い浮かばない時によく浮かべている顔です。

 

 

「オーディション、どうだった?」

 

 

 彼の方から語り始めるビジョンが見えなかったため、私から話を切り出す事にしました。すると彼は表情を変えないまま、私の目を見て口を開きます。

 

 

「うん。合格だってさ」

 

「ほんと? すごいよ拓海くん」

 

 

 嬉しい報告を受けて、私は思わず微笑みます。ですが、それを言った彼の顔は浮かないまま。何かがあった、と思わずにはいられません。

 

 

「ありがと。来月に最終審査があって、それを通ればデビューが決まるみたいだよ」

 

 

 その言葉を語る声にも、どこか寂寞たる雰囲気を感じます。なんというか、私に言いにくい事でもあるような。そんな声音をしていました。

 

 

「……でも、喜べない何かがあったの?」

 

「う……流石に分かっちゃうか。ダメだな、俺」

 

 

 私が訊ねると拓海くんは右手の拳で自分の頬をこつん、と軽く殴ります。あんな顔をしておいて、私に隠し事をしているつもりだったんでしょうか。本当に、この人は裏表が無い真っ直ぐな人です。そんなところも、私は。

 

 

「何があったの?」

 

「うん。別に審査員にダメ出しされて凹んでる、っていう訳じゃないよ。歌もギターも、上に行っても通用しそうだって褒められたくらいだった」

 

「じゃあ」

 

 

 どうしてそんな顔をしているの、と私が訊ねようとした時、その質問を遮るように拓海くんは口を開きます。

 

 

「けどね、一番褒められたのは────()だったんだ」

 

「あ…………」

 

「審査員は、俺の歌やギターよりも梨子ちゃんが作った曲に耳を傾けてた。歌い終わった後、驚いてたよ。『こんなに良い曲が作れる新人がいただなんて』ってね」

 

 

 彼の言葉を聞き、おおよその意味を理解しました。

 

 

「そう。俺をオーディションに誘ってくれた人も、審査員も、たぶんライブに来てくれるようになった人たちも。みんな俺の歌じゃなく、梨子ちゃんの曲を聴きに来ていたんだ。曲が良いから、それを聴きたいと言って集まってくれていた。俺はただ、君が作った曲をカバーしていたに過ぎない。今さらだけど、気づいちゃったんだよ」

 

 

 拓海くんは静かな声で私に語ります。そうじゃない、と彼の言葉を否定する事は、できませんでした。

 

 

「でも、それは私が作った曲を拓海くんが上手に弾けて歌えるからであって」

 

「分かってる。けど、結局もとを辿ればはそうなんだよ。今まで俺が作った曲で人が集まらなかったのに、梨子ちゃんが作った曲を歌い始めてから一気に聴いてくれる人が増えた。それってつまり、俺がすごいんじゃなくて、曲を作った梨子ちゃんがすごいっていう事にしかならない。…………なんで、今まで気づかなかったんだろ」

 

 

 自分の前髪を握り締めて、拓海くんはそう言います。彼のその表情が悔しさを含めたものに変わったのを、私は見逃しませんでした。

 

 

「拓海くん…………」

 

「一緒に作ったって言っても、俺が手掛けたのなんてほとんどない。九割が梨子ちゃんが作ったものだ。一を百にする作業は二人でやった。でも、ゼロを一にする一番大変な作業は、全部梨子ちゃんがやってくれた」

 

 

 テーブルに視線を落とし、そう語る彼の姿を私は黙って見つめ続けます。

 

 

「もし、最終審査に通ってデビューする事になったとして、それからもずっと君と曲を作っていけるわけじゃない。だから」

 

 

 拓海くんはそこまで言って顔を上げ、私の目を見つめてきます。

 

 

「梨子ちゃん」

 

「はい」

 

「最終審査で歌う曲は、最初から最後まで俺が作る。君の手を借りないで、俺が本当にプロのミュージシャンに相応しいか。それを────結果で証明してみせる」

 

 

 そして、そんな確固たる決意を私に語ったのでした。

 

 




次話/太陽が西から昇っても気づけない


六輪
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