ソードアート・オンライン - トワイライトブレイズ -   作:弥勒雷電

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第10話『記憶の果て」

しばしの静寂、これから彼の儚い記憶の物語はついに最後の時を迎える。彼がこの話終えた時、あたしはどんな風に言葉をかけたらいいのだろう。

 

多分そこに気の利いた言葉なんてない。そして彼もそれを望んでいないだろう。

 

あたしはコップを手に取り水を一口だけ口に付け、乾き始めた喉を潤す。そして何も言わずに彼の次の言葉をまった。

 

 

———————————

 

 

「やっぱり嫌な予感しかせんわ?戻った方がいいんちゃうか!」

 

今俺たちは地下29階と30階を繋ぐ回廊にいる。老婆心か、俺が本当に腰抜けなのか、この先地下30階の入り口から何やら不穏な空気を感じた俺は皆をそう呼び止めた。

 

「だから大丈夫やって!俺ら強くなったし」

 

目の前で振り返ったユキマサがそう答える。

 

「だってまだ、お宝見つけてないやん?あんたは相変わらず心配性やなぁ!」

 

彼に同調するように背後からユリが言葉を繋ぐ。

 

「ここまで来て戻るわけにはいかんやれろ!帰りたいんやったらお前1人で帰りや?」

 

先頭を行くタケルは半ば興奮気味にそう言い放つ。

 

思えばこのフロアボスのレアドロップアイテムはタンク専用の鎧。本来装備できる武具が少ないタンク職、レアアイテムとは縁遠かったタケルにとって。初めての攻略戦に向けて是が非でも手に入れておきたいはず。

 

彼がこのタイミングで折れるとは到底思えなかった。

 

「はぁ…分かったよ」

 

俺のいつもより大きめのため息が回廊の中に反響する。

 

そうして、俺たちは順々に地下30階への扉を潜った。

 

 

———————————

 

 

「そこからはリズも察している通りさ。地下30階はトラップフロアだった。奇しくも俺の不安は的中した。」

 

ラズエルの話にあたしは口を挟むことができない。挟むべきでもない。

 

どこか異国の物語を聞いているような錯覚にすら陥る。それほど彼の話はあたしの心を鷲掴みにして話さない。ラズエルの事をもっと知りたい。いつのまにかそう思うようになっていた。

 

先程潤したはずの喉は既に乾きを覚え始めてた。

 

「部屋に全員が入った途端にまず扉が閉まった。そしたら周囲が真紅に染められて、けたたましい警告音が鳴り響いた。その時はほんまに後悔した。出口をふさがれたトラップフロア。想定できたんは太刀打ちできないほど強大なボス戦か…」

 

ラズエルはそこで言葉を一度切る。

 

「大量のモンスターに襲われる。所謂モンスターハウスかやった」

 

 

—————————

 

警告音が鳴り響いた刹那、

周囲におびただしい数のモンスターが現れる。それも見たこともないモンスターばかりだ。

 

おそらく60層以上にいるモンスターだと推測できる。いまの俺たちではこの数を相手にできる訳がないのは一目瞭然だ。

 

「これはあかん!早く転移結晶を使え!!」

 

俺はそう叫びながら転移結晶を作動させ…

 

作動しない。転移結晶が作動しない。

 

くそう、やられた。

ここに来て転移結晶無効化フロアとは…

 

「おぃ!これなんやねん!!結晶が反応せーへん!」

 

ユキマサが叫んだ。タケルやユリ、ギルドの連中皆それぞれが同じ動きをし、同じ絶望感を得る。

 

「も、モンスターハウスや」

 

誰かの叫び声にその場にいた全員に戦慄が走った。

 

ーーモンスターハウス

 

各ダンジョンに存在すると言われているフロアトラップのこと。広大なワンフロアに数百体のモンスターがひしめき、如何なるアイテムによる脱出は叶わない。彼らが生存するためにはいち早く次の階かフロアに進むしかない。

 

しかも通常はモンスターのレベリングは自身のレベルと同等か、明らかにマージンを確保できそうな相手のはずである。量より質、いや質と量をいいとこ取りしたトラップ設定なんて無理ゲー極まりない。

 

「みんな回避に徹して階段を目指せ!モンスターとまともにやりあ…」

 

タケルが意を決してそう叫ぶ。だが、言葉を言い終わらない間に彼に骸骨型モンスターが襲いかかった。爪牙を剣で受け止めるも一瞬にして振り切られる。タンクのタケルがパワーで遅れを取る。

 

その事実に俺は恐怖以外を感じなかった。

やばい。本当にやばい。

 

タケルは態勢を崩され、モンスターの第二撃を止める術を持っていなかった。刹那、彼の腹部にモンスター爪が突き刺さる。

 

「きゃあああ」

 

ユリの声がこだまする。

タケルの体は宙に持ち上げられ、爪が腹部から背中へ彼の体を貫通すると血飛沫エフェクトが舞う。そして次第に彼の顔から血の気が引いていくのが見て取れた。

 

「うぐっ…ごめん…みんな生き…」

 

タケルは今にも崩れ落ちそうな瞳で精一杯の懺悔をすると呻き声をあげる。そして彼は自らの死に抗うように渾身の力で右手の剣を振るった。だが、その刀身はモンスターの体を傷つけることなく真っ二つに折れた。

 

刹那…絶望に駆られた表情のタケルの体をまばゆい光が包み込む。

 

そして彼のポリゴンはまさに水晶のように砕け散った。

 

「うそやろ!!」 ユキマサが

「いやああああ」 ユリが

「タケルーー!!」 俺が

 

口々にタケルの死に叫び、ギルマスであり親友だった仲間の死に皆一時呆然となる。それは他のギルドメンバーも同じであった。

 

「止まるな!こっちや!走れ!!」

 

俺はすぐに意識を切り替えた。こう言う時は咄嗟の判断とアクションで命取りになることもある。そして俺は咄嗟に傍のユリの手を掴んで走り出した。途中階下に繋がる階段が目に入った。

 

そして幸いにもここから階段まではモンスターは手薄だ。

 

「ユキマサ!こっちや!急げ!」

 

俺たちが走り出したのに気づいて少し遅れてユキマサも走り出す。だが、そのすぐに彼の進路は虎と鷲のキメラのようなモンスターによって阻まれる

 

俺たちに振り返る余裕などない。背中越しにユキマサの悲鳴が聞こえるが、振り返る余裕もない

 

「りょうちゃん、ユリ!助け…」

 

ユキマサの声は次第に聞こえなくなり、ポリゴンが砕け散る音が聞こえた。

 

散り散りになった他の仲間の事など考える余裕などない。

俺は自分とユリを安全に階段まで走り抜ける事だけに集中する。

 

敏捷パラメータを上げていた事が功を奏した。

本当に一見無駄に見える敏捷パラメータはモンスターとのエンカウント停止、器用さや俊敏さの向上、頭の回転などさまざまなところに恩恵をもたらす。

 

俺たちに向かってくるモンスターは岩石系、ヘドロ系など動きの遅いやつらばかりで助かった。彼らの動きを先読みし最大加速で振り切る。

 

「ユリ、もうすぐや!頑張れ!」

 

手を握る彼女からの答えは帰ってこない。意識が飛んでいるのか、自身を喪失しているかはわからない。だが、クラスメイトが立て続けに死んだのだ。高校生の女の子からすれば思考停止なってもおかしくないとも考える。

 

「きゃっ」

 

階段までもう少しの所でユリが態勢を崩して転んだ。

その時に不幸にも握っていた手が離れてしまう。これでは俺の敏捷ボーナスの恩恵を受けられない。

 

「ユリ!」

 

俺はユリに駆け寄ろうとした。だが、それをユリは全力で静止する。

 

「こないで!りょうちゃんだけでも生きて」

 

一瞬ユリの言っている意味が分からなかったが、ふと彼女の足に視線を向けた時、衝撃かはしった。

ユリの左足首から先が無くなっていることに気づいたのだ。そして彼女の背後から全身刃物のモンスターがゆっくりと近づいてくるを見とめた。

 

「ユリ、諦めるな」

 

俺はなんとかユリに駆け寄ろうとする。だが、ユリはそれを頑なに拒否する。

 

「ここでりょうちゃんまで死んでもたらタケルやユキマサや私の事、誰が思い出してくれるん?それにりょうちゃんの忠告聞いとけばこんな事にはならんかった。だからりょうちゃんは生きて、生きて、現実世界に帰って、私たちのことみんなに伝えて?」

 

「ユリ…」

 

そこまで言われたからか、既に自分が安全圏の近くにいるからかユリの元へ一歩踏み出すことができなかった。その様子を自分の願いを聞いてくれたと納得したのかユリは満面の泣き笑い顔で俺を見る。

 

「りょうちゃん、大好きやで!ほんまにほんまに大好き!だからほんまはもっと一緒に冒険したかっ…」

 

その時、全身刃物のモンスターがユリの体に剣を突き刺した。か細い彼女の体が真紅のエフェクトに染まる。

 

ユリが顔をこっちに向けた。

彼女の最後の顔は涙でも恐怖でも痛みでもなく…

 

笑顔だった。そして声にならない声で。

 

「早く行って…そして生きて」

 

と俺に言葉を残して彼女のポリゴンが崩れだした。

 

 

——————————

 

 

あたしの涙腺完全崩壊。

 

壮絶な最期、別れ、ユリさんの気持ち、

ラズエルの後悔、仲間の懺悔。

 

この世界に生きたものなら誰でも理解はできる。あたしは溢れ出る涙を抑えきれないでいた。抑えようにも抑えられない。

 

「あ、ごめん。辛い思いさせてもた」

 

この涙を見て焦ったようにラズエルがポケットからハンカチを取り出す。「ありがとう」とお礼を言いハンカチを受け取るとグッと目に当てた。

 

「聞いてくれてありがとうな」

 

そんなあたしにラズエルは礼を言うとラズエルは視線を下に向ける。

 

「ごめん。全部聞いたら気の利いた一言でも言ってやろうと思ってたのに無理じゃん。もーう。感情移入しすぎた」

 

あたしはそう言葉を返すとハンカチを目元から話天井を見上げる。茶色い天井に備え付けられた天井扇が規則正しく回っている。

 

今あたしは必死に心の整理をつけていた。今のあたしにはこの手の話はダメ、自分と重ねて感情移入して止められなくなる。しばらく天井扇の旋回を見つめたあたしは大きく深呼吸をして視線をラズエルに戻した。

 

彼の方がピクピクと揺れている。

その様子にあたしはすっとと彼の手を握った。はっと飛び上がるように彼は顔をあげた彼の困り果てた、感情むき出しの表情が視界に入る。

 

「ねぇ、ラズエル。わたしにはラズエルの後悔や苦しみは分からない。でもあたしが一緒に背負ってあげる。1人で苦しむことはないわ。だってあたしがいるじゃんね?大丈夫、みんな貴方のこと恨んでなんかない。大丈夫。だって仲間なんだから」

 

あたしは自分でも訳の分からないことを口走っていた。自然と自然に出た言葉だった。私の言葉にラズエルは首を縦に数回振る。

 

ラズエルの嗚咽に似た声が聞こえてくる。

あたしは彼の涙が枯れるまで付き合ってやろうと考えた。

 

そしてじっと彼の手の温もりを感じていた。

 

 

 

-第10話『記憶の果て」 完

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