ソードアート・オンライン - トワイライトブレイズ -   作:弥勒雷電

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第1話『黄昏の狩人』

ーーーアインクラッド第52層 東部アバルの深森

 

風の精霊のいたずらだろうか。

枝葉が踊り、木の匂いを運んでくる。

 

そこに無警戒に現れたのは一匹の兎…

そしてその獲物を狙う視線がひとつ…

 

「よーし、良い子や」

 

俺は矢をつがえ、息を大きく吸い、小さく吐く。

木の陰に隠れている俺の存在に獲物はまだ気づいていない。

 

意識を指に集中させると眩い黄緑色に輝く。

 

「ふ、狙った獲物は逃がさへん」

 

そして体の後方に強く引いていた右手の指をすっと離した。

 

一瞬だった。

 

鏃が空を切り、放たれた矢が狙いを定めた獲物に真っ直ぐに向かっていく。

 

鏃は獲物の背中の突き立ち、そしてその体を貫通した。

 

キュウと小さな叫び声をあげ、獲物が動かなり、結晶となって消えると俺の目の前に加算経験値とアイテムドロップの情報が浮かび上がる。

 

周囲を警戒してから木陰から出ると宙を指で叩き、バーチャルコンソールを出現させる。

 

アイテム欄をスクロールさせ、目的の物を見つけると口角が自然と緩むのを感じた。

 

「任務完了。さて帰るか」

 

転移アイテムを手に取ると行き先を告げる。すると紫色の光が体を包んだ。

————————————

 

ーーアインクラッド50層 アルゲード 故買屋

 

「モイラの卵4つにヴァンサンベアーの毛皮5つ、そしてラグー・ラビットの肉かぁ。この短期間に揃えるなんて流石!黄昏の狩人ラズエルさん。」

 

身長180cmを越える褐色肌の男が目の前ではしゃぐ姿を見て半ば溜息を吐く。目の前にいるこの店の店主エギルがさっきの狩りの依頼主である。

 

「さぁ、報酬を貰おか?」

 

エギルが品物の確認し終わったことを確認するとそう切り出した。任務完了の折には長居は無用、それがまぁ、流儀みたいなものである。

 

「もう少し余韻に浸せてくれ。特にラグーラビットの肉は最近食べ損ねたんだよ。」

 

エギルの言葉に苦笑いを浮かべる。

そっちの事情は知らへんわと心の中で毒づくが、口には出さず、エギルから視線を外す。

 

古ぼけた店内の様相に懐かしさを感じる。

棚に並ぶ珍しい骨董品なのかガラクタなのか分からない物を見ながら、あることに俺は気がついた。

 

「ってか、エギルさん料理スキル持ってるんやなぁ?」

 

その質問にエギルの動きが止まる。黙ったまま、報酬銀貨の入った袋を渡すと出て行けと手で合図してくる。何か変なことでも聞いたのだろうか?

 

ラグーラビットの肉を食べるには料理スキルが必要。それを突っ込んだ時の彼の態度を見るかぎり、そんなスキルは育ててないというのは容易に読み取れる。

 

「はぁ、どうやって調理をするつもりやったんよ。もしよかったら俺作りましょうか?」

 

実は一時期料理にハマった関係でスキルはコンプはしてないがそれなりには育っている。

 

「お前、作れるのか?」

 

エギルはその問いに首を縦に振る俺を見て、その表情に期待と羨望の眼差しを浮かべている。

 

「その代わり、俺にも半分食べさせてくださいよ」

 

かくして、追加報酬にレア食材を使った料理を堪能した俺が自分の家に戻ったのはもう夜も深く更けてからであった。

 

———————————

 

 

ーーアインクラッド 42層 サバナの町

 

家に着くと弓と矢筒を玄関先におき、家の中へと足を踏み入れた。二階建てのその家の二階の一室を彼は住居として間借りさせてもらっている。

 

既に夜は遅い。足音には気を使う。

物音を立てないスキル、ハイドステップを発動はしているが、居候の身では気が気ではない….。

 

なんとか自室にたどり着くとベットに倒れこんだ。仰向けになり天井を見上げると小さな溜息が出る。体の疲れが一瞬で抜けて行くようである。

 

ふと机の上に封書が置いてあることに気がつく。

重たい体を起こして封書を手に取り、中を見ると再びレア食材狩りの依頼であった。前線の攻略組の二大勢力の片方、聖龍連合の料理人からであった。

 

「詳細を翌日聞きに行くか」

 

再びベットに横になると、目を閉じた。

 

ーーーアインクラッド第52層 東部アバルの深森

 

『52層の東部アバルの深森の奥にスモールドラゴンの群れが出現したんだけど、彼らを20体狩ればレアの食材が手に入るクエストがあるんだ。お願いできないか?」

 

聖龍連合本部にまで出向いた俺はこの男の依頼を一瞬迷いを感じた。基本クエスト攻略依頼は受けない主義ではある。

 

だが、今回は報奨金と獲物がスモールドラゴンであること、ドロップするアイテムは自由にしていいとの話に心を動いた。

 

その事が少し面白くない。

 

「いいやろ。引き受けます」

 

スモールドラゴンがドロップする肉、羽、ツノ、瞳、尻尾などは全て高値で取引される事、今懐事情が寂しいこと、そろそろの新しい武器が欲しい事も考えると首を縦に振るしか選択肢はなかった。

しばらく奥に進むとドラゴンの鳴き声が聞こえてきた。

広場のような場所に出ると上空を無数のドラゴンの群れが行き来するのを確認した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

エクトラクエスト『赤竜の咆哮』

ーーーーーーーーーーーーーーー

■依頼人

52層 ベーレの村の村人

■依頼内容

東部アバルの深森にスモールドラゴンの群れが巣を作り始めた。このままでは森を狩場にしている村人の生活が窮してします。スモールドラゴンの群れを追い払い、森の安寧を取り戻してほしい

■報酬

レア食材 赤龍の尻尾

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

物陰に隠れて様子を伺う。ターゲットになっているスモールドラゴンは体長15メートルと比較的小さいドラゴンではあるが、鋭い爪牙を持っており、油断するとその高い攻撃力の前に即死もあり得る。

 

 

「これは予想以上に骨が折れそうやわ」

 

自然と悪態の1つも言いたくなる。一方で胸の底が熱くなる、気持ちが高ぶりを感じる。

 

まず手始めに1匹を狙ってみることにした。

木陰から弓を構え矢を番い、空を舞うスモールドラゴンに狙いを定める。矢を引くと指が黄緑色の光が鏃を包み込んだ。

 

「はっ」

 

気持ちを入れて矢を放つと一直線に矢が飛んでいく。

重力に逆らいながらも尚、勢いを落とさず、スモールドラゴンの腹部に突き刺さった。

 

「ちぃ。予想以上に硬いか」

 

舌打ちをすると再び宙を見上げる。先ほどの矢が突き立ったスモールドラゴンが何もきにすることなく空を泳いでる光景が彼のプライドを更に刺激してくる。

 

「あれを使ってみるか」

 

コンソールパネルからスキルリストを開き、設定をする。そして再度矢を番えると先ほどのスモールドラゴンに向けた。

 

一撃で仕留めるならドラゴンの柔らかい頭部に矢を突き刺すしか無い。

 

刹那、体が銀色に輝いた。そして、銀色のオーラを帯びた矢は狙い通りスモールドラゴンの顎から脳天を突き抜けた。

 

眩い光に包まれ、スモールドラゴンが四散する。

 

「よし。」

 

ラズエルは小さく拳を握るとゲットしたアイテムを確認する。レアアイテムの竜の泪と龍肉がリストに追加されていた。

 

エクストラスキル『銀射手』

極限まで集中力を高め、攻撃の命中率と攻撃力、クリティカル率を向上させるスキル。発動条件は不明。

 

いつのまにかスキルリストに実装されていたスキル。

攻略組に入っていない自分がもっといる事が周囲に知られないようひた隠しにしている。それに剣や槍など打突系の武具が主流の中、弓のエキストラスキル。また発動条件も不明、直接効果というよりは間接効果での意味合いが強いという代物。

 

普段は使う必要のないスキルで今回初めて使ったが、悪くない。

 

その時空の異変に気付いた。スモールドラゴンが空を舞うのをやめ、地面を見下ろしている。まるで仲間を倒した人間を探しているように見える。

 

「まさか、トラップ?」

 

ドラゴン一体を倒すと他のドラゴンと戦闘状態になるトラップが存在すると少し前に48層の町の酒場で聞いたことを思い出した。

 

「まじかよ」

 

正直ついてない。

ソロで立ち向かえる相手じゃない。

 

少し思案すると俺は木陰からもう一度空を見上げた。

 

スモールドラゴンは何事もなかったかのように空を旋回している。いくつかのインターバルを置くと元に戻るのかもしれない。

 

念のため、場所を移動し、弓に矢を番えた。銀色を帯びた矢が再びスモールドラゴンの脳天を貫く。そして紫色の文字で加算経験値とアイテムドロップを確認すると空を見上げる。

 

同じようにスモールドラゴンの群れは飛行をやめ、地上から仲間を撃ち落とした敵を探している。

 

「………27、28、29、30」

 

30秒数えた時、スモールドラゴンは探索をやめ、何もなかったかのように飛行を再開した。

 

——————————-

 

30分後…

 

「これで、17体目」

 

銀色の矢が17体目のスモールドラゴンの脳天を貫き、眩い水晶が四散する。そして木陰に隠れ、じっと時を待ち、スモールドラゴンをやり過ごす。

 

あと3回、この動作を繰り返えせば、クエストクリアのはず。最初はどうなるかと思ったが、なんとかなるものだ。

 

「え?ここなに?どうしてドラゴン?」

 

インターバルのカウントが20を数えたその時、その目が1人のプレーヤーを捉えた。赤いワンピースに白いドレスエプロン、ベイビーピンクの髪と特徴的な出で立ちの女性プレイヤー。どこかで見たことある気もする。

 

「あ、危ない」

 

一体のドラゴンが狙いを定めたように彼女に向かって突進していく。

 

「逃げろ!はやく!」

 

言いながら俺は矢を番え、急加速で彼女に襲いかかるスモールドラゴンを狙う。当の彼女は完全に恐怖に腰が砕けてしまっている。

 

「ーーはぁぁぁぁ!」

 

銀色に煌めく一陣の光が彼女を襲うスモールドラゴンの脳天を貫く。ドラゴンの牙が彼女を襲う寸前でドラゴンは四散する。

 

あと2体……

 

俺は木陰から飛び出し彼女のところまで駆け寄ると彼女の体を抱えて木陰に飛び込む。

 

「大丈夫か?走れるか?」

 

彼女は泣きそうな顔で首を左右にぶんぶんと降っている。まだ戦闘状態は続いている。スモールドラゴン2体は森の中まで俺たちを追いかけてきた。

 

「ちぃ!捕まってろよ」

 

俺は舌打ちをすると走る速度を上げた。

狩人という職業柄、敏捷性と命中率などのステータスに多く振っている。足には自信があった。

 

次第にスモールドラゴンの認識範囲の外に出れたようで、戦闘状態を解除する文字列がコンソール上にポップアップとして現れる。

 

それを確認すると俺は足を止めて抱きかかえていた彼女を地面に下ろした。改めて成り行きとはいえ、助けた女性を一瞥する。赤を基調にしたワンピースに白いドレスエプロン、ベビーピンクのボブショート…なかなか奇抜ないでたちに改めて目がいく。

 

メイドだろうか?それともそういう趣味なのかとあれこれ思案していると、彼女と目があった。

 

「あっ…」

 

まだ手に彼女の体の感触が残っている。

少し気恥ずかしくなって俺は彼女から視線を外した。

 

「あ、助けてくれてありがとう。。何かクエスト攻略してたよね?あたしっていつもタイミング悪いんだよね」

 

彼女がバツの悪そうな顔で頭を掻き、舌を出しながら苦笑いを浮かべる。

 

「いや、無事で何より。」

 

クエストは1からやり直しだろうがまぁ、あの場面に遭遇して助けないという選択肢はない。もう目の前で誰かが死ぬのはごめんだ。

 

「ねぇ!助けてくれたお礼に一杯奢るよ!」

「いや、いいよ。大したことはしてないし」

 

彼女からの誘いは正直嬉しかったが、他人に深入りする義理もないので、固辞した。だが、彼女は諦めた様子もなく、俺の右腕に腕を絡めてくる。

 

「いいじゃん!あたしの気が済まないの!さ、行くよ」

 

その強引さに戸惑いながらも嫌じゃない自分に少し驚く。俺は彼女の手に引かれるままに後をついていく。

 

「あ、あたしの名前はリズベット。48層でリズベット武具店やってまーす。よろしくね。」

 

俺の手を握ったまま、振り返りそう自己紹介をした彼女、リズベットの天真爛漫な笑顔に胸の中がざわつく。そしてリズベットと繋いだ手から伝わる久々のぬくもりに体温が上がるのを感じる。

 

俺はこの時まだ気がついてなかった。

彼女リズベットとの出会いが、彼女の存在が俺のアインクラッドでの人生を変える転機となることに…

 

 

 

ーー第1話『黄昏の狩人』 完

 

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