ソードアート・オンライン - トワイライトブレイズ -   作:弥勒雷電

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第6話『空白の時間』

ーーアインクラッド第50層 アルゲード

 

「こんにちわー」

 

あたしはエギルに頼まれたもののうち、武具倉庫に残っていたものをいくつか先に運んでおくことにして、エギルの故買屋を訪れていた。するとそこには何やら疲れた様子のキリトくんが椅子に腰を下ろしていた。

 

「軍の大部隊を全滅させた青い悪魔。その青い悪魔を倒した二刀流使いの50連撃。これはまた大きく出たなー」

 

エギルが苦笑いを浮かべながら新聞を眺めている。

その話はここに来るまでに何人かのプレイヤー、商人からも聞いた。

 

正直面白くない。二刀流のことはこの前あたしが彼の剣を作った時に二人の秘密にしたことだったはず。それをいとも簡単に話をしちゃったんだから自業自得だ。

 

「まっ、あたしとの秘密を簡単に暴露しちゃったんだから当然の報いよねー」

 

思わずからかわずにはいられない。キリトくんはあたしを一瞥するとふてくされたようにそっぽを向いた。まぁ、彼にも事情があったんだろうけど、アスナも知らないあたしたちの秘密がなくなったことは少し寂しい。

 

二人の秘密だったのに……

 

だからこれくらいのからかいは許してもらわないと困るなど自分勝手な思考を重ねながらももうちょっとだけ彼をからかっていたいという衝動にかられる。

 

だが、その楽しみを邪魔するかのように勢いよく店のドアが開いた。飛び込んできた人物を見てあたしはっとする。あの一件以来、少しアスナに嫉妬を覚えている自分を感じ、自己嫌悪に陥ることが多い。

 

「キリトくんどうしよう。大変なことになっちゃった。」

 

アスナは息も絶え絶えに泣きそうな表情で彼のことを見た。

 

 

どうやらアスナの血盟騎士退団がキリトくんによる引き抜き行為とみられたらしく、血盟騎士団団長のヒースクリフに呼び出されたらしい。

 

あたしはその時初めて、アスナが血盟騎士団を退団しようとしたこと、キリトくんと一緒に少し休養をとることを考えていることを知った。

 

何?そこまで二人の関係は進んでたの?

 

とショックな面もあったが、二人が順調なのもまた喜ばしいことだとも思った。攻略の鬼と呼ばれていたアスナが見つけた守るべき大切なもの……。

 

たぶんキリトくんと仲良くなってからぐらいからだろうか。

アスナが少し人間っぽくなったのは……。

 

「さすが、リズベット武具店だな。品質はピカ一だ」

 

エギルにそう話しかけられてはっと我に返った。物思いに更けていた自分に気が付き赤面する。そのあたしの様子にエギルはふふっと笑みを浮かべる。

 

「だいぶ差を開けられちまったな」

 

これはおそらくキリトの事だろう。言われたくない一言を言われた気がして、あたしはエギルから目を離した。

 

「うるさい。残りは夕方までには持ってくるわ。」

 

あたしはそういうとそそくさとエギルの故買屋を後にする。

エギルのいう事は正しい。あたしとアスナとは雲泥の差だ。おそらくキリトもアスナのこと…

 

親友だから喜ぶべきなのかもしれない。でも同時に親友だからって自分の気持ちを抑えてしまってもいいのと心が問いかけてくる。

 

正直苦しい…。

 

まぁ、考えても仕方ない。

 

事実としてアスナとキリトは親密になっている。そして親友の恋は着実に成就に向かっているのだ、

 

そこにあたしが付け入る隙は……今のところない。

 

そんなことを考えながら歩いていると視線の先にとある人物を捉えた。

 

何やら情報屋らしき人物と話をしている。

 

私は彼の後ろに立つとその青年の名を呼んだ。

 

「ラズエル」

 

青年は振り返ると驚きの表情を浮かべる。

  

「お前……なんで」

 

彼は唖然とした表情であたしを見た。そのラズエルの頬の一つでもひっぱたいてやりたい気持ちにかられたが寸前のところで我慢する。

 

「それはこっちのセリフよ。どれだけ心配かけたと思っているのよ。」

 

少し声が大きかっただろうか……。

ふと周囲を見回した。広場の通行人があたしたちを見て何やらひそひそ話をしている。途端に顔が熱くなるのを感じる。ここは込み入った話をするのは人が多すぎる。

 

「ちょっとこっちに来て」

「おい、ちょっと待て」

 

私は抵抗しようとする彼の手を引くとアルゲードの街を元来た道に戻った。

 

ーーアインクラッド第50層 アルゲード エギルの故買屋

 

「だからここは駆け込み寺じゃないってよ」

 

再びここに戻ってきてしまった。

 

エギルは悪態をつきながらも紅茶に似た飲み物を俺たちに出してくれる。俺の対面にはリズが腹持ちならない表情を浮かべ、腰を下ろしている。正直これ以上に気まずい状況はない。

 

「で、どうしてあたしから逃げたの?」

 

リズの言葉の意味を俺は理解できないでいた。あたしから逃げる?なんのことだ……

 

「俺は別に逃げてはいない」

 

俺は正直に答えるもリズは納得した様子もない。

 

「でもあたしにこと避けているでしょ」

 

避けてるも何も俺はもともとお前とは関係ないと言いかけた時、間にエギルが入ってきた。

 

「お前ら一体どういう関係なんだ?」

 

そこにエギルが話を挟んでくる。俺はリズベットを再度見つめた。どうして俺にこう付きまとうのか正直わからない。

 

「42層の展望台で何があったの?」

 

その言葉に一瞬、心臓をわしづかみにされたような感覚に陥る、あのおぞましい声が再び頭の中にこだまする。

 

「お前、なんでそれを?」

 

俺は思わずエギルの顔を見た。

エギルも困ったような表情を浮かべる。

 

「何?エギルさんも何か知ってるの?」

 

リズは視線を矛先に向ける。すると彼は怯むような表情を一瞬見せた。

 

「いや、俺はなにも……」

 

俺がさっき話をした内容を話すべきか悩んでいるのだろう。歯切れの悪い物言いにリズは顔をしかめる。確かに殺人ギルドの話なんか出したら、このじゃじゃ馬が俺を放っておくはずがない。

 

だが、この状況ではリズベットの追及を逃れられそうもない。展望台のことを知っているという事はあの時、聞いた足音はリズのものだっただろうか。

 

「お前が助けてくれたのか?」

 

俺の問いにリズは首を左右に振った。

 

「あたしじゃないわ。あなたの家主の薬師の人。あたしが展望台についた時にはあなたは既に特殊な神経麻痺毒にやられていたの。そこにヘルブレッタさんが現れたの」

 

ヘルブレッタさんがあの場所に……?

俺はその事に何か引っかかるような感じがした。

 

「それで、展望台で何があったの?あたしには事情を知る権利があると思うわ」

 

そんな俺の思考を遮るようにリズは机の上に体を乗り出し、俺の胸倉をつかもうとしてくる。

 

「まぁ、ちょっと落ち着け」

 

咄嗟に間に入ったエギルがリズを宥める。この辺りは年長者の流石と言ったところだ。そしてエギル自身も俺の隣に腰を下ろし、アイコンタクトをしてうなづく。

「事情を知る権利か……」

 

もしあの時、本当にリズに命を助けられたのだとしたら……彼女には確かに知る権利がある。もう十分に巻き込んでしまっているのだ。

 

「分かった。離そう。だが、一つ約束してくれ。これ以上俺には関わらないと」

 

俺は思案した後、話す事に決めた。

だが、その言葉に異を唱えたのは思わずもかなエギルであった。彼は俺の手を掴むと首を左右に振る。

 

「内容によるわ」

 

俺はリズの真剣な表情を見て、小さく首を縦に振ると意を消して声を絞り出す。

 

「あの時、展望台で突然黒ずくめのコートと仮面を被った男に襲われた。俺はそのお時に見覚えはなかったけど、向こうは俺を知っているみたいだった」

 

俺はさらに続ける。

 

「俺には実は半年前から以前の記憶がすっぽりと抜け落ちているところがあるんだ。思い出したくても思い出せない。空白の記憶……。そこにあの男が関係しているとしか思えないんだ。」

 

そこまで言うと俺は紅茶らしき飲み物を口に含む。

少し薄いが紅茶の味は再現できているようだ。

 

「だからその男を探して会いに行く気なのね?それでエギルさんを頼って武具とアイテムの準備をしていたと……」

 

リズの言葉に俺は小さく頷いた。

 

「ふぅ……まぁ、そんなところだろうと思ったわ。水臭いわねー。」

 

彼女は椅子にもたれ掛り、小さくため息を吐くとどこか納得したようにそう言葉を返してきた。

 

「決めた。あたしも手伝ってあげる」

 

リズはぽんと手を叩くと立ち上がってそう言う。その表情はどこか遠足にでかける子供のようにきらきらとしていた。

 

「お前、俺が最初に言ったこと忘れたんか?」

 

俺は思わず声を荒げていた。

でもリズは怯む様子はない。

 

「もう乗りかかった船よ。あなたに協力する。もう十分巻き込まれてるんだから」

 

巻き込まれたんじゃなくて飛び込んできたんだろうと突っ込みたくなったが、さらに火に油を注ぎそうでやめた。俺はエギルに助けを求めるべく、彼の顔を見た。彼も困ったように両手の平を上に向けて苦笑いを浮かべている。

 

お手上げという事らしい。

 

「観念しなさい。私なら大丈夫よ。これでもマスターメイスなんだから」

 

そういって、手にメイスを持つとぶんぶんと振り回している。

もう何を言っても無駄なのは明白だった。

あとは俺がどれだけ彼女を守れるかなのだろうか。

 

「俺は次のフロアの攻略に呼ばれているから参戦できんが、リズやはり無茶はするな。相手は殺人ギルドなのかもしれないんだぞ」

 

エギルもリズを殺人ギルドかもしれない輩との戦いに巻き込むことは気が引けたのだろう。俺も彼と同じ思いだった。

 

「だったら、エギルから依頼してもらった武器は全部持って帰るわ。他を当たりなさい。ついでにエギルが阿漕な商売をしていること、町中に触れ回ってあげる」

 

その言葉にエギルが少し狼狽する。

エギルはそれ以上リズを引き留めようとせず、リズは既に俺をパーティを組む気でいる。

 

この女…強い。

 

「絶対に無茶はするな。何かあっても俺を置いて逃げろ。それが条件だ」

 

そういうとリズは「分かった」と真剣な表情で首を縦に振った。一方でそう言ったところで、そんな場面に出くわしたら素直に聞く性分でないことは明確である。

 

だが、もうこれ以上リズと話をしても無駄なこと、最悪の事態が起こった時は彼女だけでも生き残らせる覚悟を俺が持てばよいという事で自分を納得させ、リズの同行を承諾した。

 

「それじゃ、フレンド登録しよ」

 

リズの言葉に俺ははっとした。フレンド登録すると居場所を把握できる。それが狙いなのだろう。

 

「分かった」

 

俺はフレンド検索からリズの名前を見つけるとフレンド申請のボタンをクリックした。

 

 

————————-

 

 

ーーアインクラッド48層 リンダース

 

フレンド位置でラズエルの居場所を確認する。まだエギルの家にいるようだ。

 

あたしはとりあえずエギルからの依頼の品を揃えるため、一旦リンダースの自宅に戻り、鍛冶場に籠っていた。もちろん店前には臨時休業の看板を掲げている。

 

『絶対に無茶するな。何かあったら俺を置いて逃げろ。それが条件だ』

 

自己犠牲の精神なのか、あたしのことを信頼していないのか。全くのお荷物扱いである。あたしだってキリトとの一件があってからはそれなりにレベルも上げた。前よりは強くなっているはず……

 

でもやはり殺人ギルドと聞くと怖い……

自分の身を守るために倒していいモンスターとは違う。

 

そう相手も人間なのだ。

 

でもやっぱりあたしはラズエルを助けたい。

あの人にはアスナがいる。でも彼には誰もいない。

彼をキリトくんの代わりにしてないのか?と聞かれると否定できない自分がいる。

 

でも今はもう彼の仲間、知り合いとして彼を助けたいということにしたいし、実際にそう思っている。

 

その心に気持ちは正直なあたしの気持ちだ。

 

「ふぅ……」

 

私は最後の短剣を打ち終えると大きくため息を吐いた。

 

ふと目の端があるものを捉える。

彼を守るため、もう一つあたしにできること………。

 

あたしはもう一度金づちを手に取ると武器を打ちはじめた。

 

―第6話『空白の時間』 完

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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