ソードアート・オンライン - トワイライトブレイズ - 作:弥勒雷電
ーーアインクラッド50層 アルゲード
リズは残りの武具、道具、自分の装備の支度に一旦自分の店に戻った。
俺もエギルの部屋を使わせてもらい、シャワーと身支度を整える。
ふと鏡に映った自分を見た。
現実世界でもそうであろうこの顔の記憶は既に遠い彼方にあるかのうような錯覚に陥る。もうこの世界に2年もいるのだ。。。
俺がこうやってこの世界で生きている事が向こうの世界でも俺がまだ生きていることの証拠でもある。だが、家族は・・・?友人や先輩、後輩は・・・?彼らはどうしているだろう。自分のことをまだ気にかけてくれているだろうか
そんな事が頭をよぎり、俺はかぶりを左右に振った。
そして今まで考えないようにしていた疑問をふと心の中で俺じゃない俺がつぶやく。
俺は一体何のためにこの世界で生きているのかーー
正直考えないようにしていた。だから自分のここでの過去も今の出来事もどこか遠い世界の話であくまでも仮想世界だと思っている。
その瞬間、この世界のすべてが色あせていくような感傷の波が心の中をわしづかみにする。俺はシャワーの蛇口を止めるとふぅと小さくため息を吐いた。
本当にここはただの仮想世界なのか?ここで生きている俺は偽りの自分なのか?
思考をゼロにしたい俺の思惑とは裏腹に俺の心の奥底にいる誰かが俺の脳裏に疑問を投げかけてくる。
ふとリズの顔が浮かんだ。どうして彼女はあそこまで俺に構いたがるのだろう。今まで俺が出会ったこの世界の住人はあくまでも自分と距離を置いていた。おそらく自分がそれほど他人と群れる事が好きではないとの態度を取っていたからかもしれない。
そのあたりの感覚はあの黒衣の騎士のキリトという剣士に同感である。
だが俺にはどうして俺がこう思うようになったかがわからない。
記憶の中の現実世界の俺はもっと社交的で、仲間を大事にしていた。所属していた弓道部ではキャプテンも務め、全国大会にも出場した。
そんな俺と今の俺は全く違う。この世界に来た俺がこうなってしまった理由。他人と関われなくなった理由はこの抜け落ちている記憶に関係あるのだろう。
それだけは明白だった。
「こーらー!いつまでシャワー入ってるのよ」
その俺の思考を遮るようにシャワー室の扉の外からリズの声が聞こえた。
「あぁ、悪い。すぐ行く」
俺はそうリズに答えるとバスタオルで体についた水滴をバスタオルで拭く。この世界では風呂に入る必要はない。だが、現実世界での習性か、風呂やシャワーに入らないと精神衛生的のよくないと思っているプレーヤーも実は少なくない。俺もその一人だった。
俺はいつもの黒色のロングシャツに黄緑色のズボンを履くとに同じく黄緑色の軽鎧をオブジェト化する。そして部屋の外に出た。そこにはピンク色のワンピースに同じく淡いピンク色の胸当てを装備したリズベットの姿があった。
「遅い!あたしを待たせるなんて100年早いんだから」
なぜかリズの機嫌がすこぶる悪い。
たが、少しふてくされているリズベットの様子が可笑しくて俺は思わず笑い声をあげた。
その様子を不服そうに見る彼女の表情がまたおかしい。
「一応の武防具と道具は仕入れといたわ。」
エギルの店のカウンターに出るとそこには矢筒に入った矢の束や短剣、長剣といった品物がずらりと並んでいる。俺はエギルに依頼した品物を手に取るとアイテム欄に転送する。
「お代は俺が払うよ」
その言葉にリズは首を左右に振った。
「今は結構よ。今回の旅から帰ってきたら払ってもらうわよ」
俺はその言葉の意味を瞬時に理解する。そのリズの言葉に俺は心の底の冷え切っていた部分が溶け始め、閉ざされていた回廊の扉が開くのを感じた。こみ上げる何かを我慢しながらリズに背を向けると頭を掻く。
「ありがとう」
こんな安っぽい言葉しか出てこなかった。
でも素直な俺の気持ちだ。正直、俺は今回死んでも良いと思っていた。でもそういう考えではだめなのかもしれない。リズベットやエギルは確実に俺が死んだらそれを悲しんでくれる人種の人間だ。こいつらのそんな顔は正直見たくない
俺はパンパンと頬を叩くとリズとエギルに向き直った。
「じゃ、エギル行ってくるよ。世話になったな」
エギルはその太い眉をへの字に曲げながら心配そうな顔つきで俺たちに向かって言う
「あぁ、存分にケリをつけてこい。そしてまたここに戻って来いよ。部屋は空けといてやる」
エギルの言葉にも熱いものを感じ、俺はこれほど自分の感情器官が敏感に反応することに驚いた。
「あぁ、ありがとう」
俺とエギルは右拳をコツンとぶつける。そして俺は踵を返してエギルの店を後にした。そこにリズも続いてくる。
ばたんと扉が閉まると途端に街の喧騒が、人々のにぎわう声が怒涛のように俺たちの耳に入ってきた。
アルゲードの街は既に夕暮れに包まれようとしていた。
とりあえず転移門まで向かうことにし、夕暮れの喧騒に満ちたアルゲートの街を歩く。
1日の狩りを終えて帰ってきたもの。
これから夜の狩りに出ていくもの。
店じまいをはじめようとするもの。
これから酒場や夜市を開こうとするもの。
そしてそんな沢山のプレーヤーに交じってこの世界で生活している沢山のNPCが行き交い賑わうこの街を縫うように俺たちは歩いた。
その時、俺は街道から少し離れた露店を見つける。
自然と足が向いていた。
よく考えれば今日は昼飯も何も食べていない。
俺はフランクフルトに似た食べ物を購入する。
そして退屈そうに時間を持て余しているリズを一瞥するとタコ焼きに似た食べ物を購入した。
———————————-
あたしは前を歩くラズエルの黄緑色を基調としたその姿を歩きながら眺めていた。
こうやって男性プレーヤーと2人でパーティーを組むのは2度目だ。
そう、これまで唯一無二だったのはあの人からの依頼で片手剣の素材入手クエストに行った時。その時、あたしは彼に、黒衣の剣士キリトくんから人の温もりをもらった。
そしてあたしは恋をした。彼に。。。キリトくんに。
でも彼にはアスナがいる。間に入っていく術はない。
この恋を貫くべきか正直迷ってないといえば嘘になる。
でも、だからと言ってラズエルをその代わりにしようとしている訳ではない。あたしは生まれてきた意味、この世界に来た意味をキリト君から教わった。
彼は今、それを見失っていたかつてのあたしと同じだ。
記憶を失い、感情が焼き切れ、感傷と代り映えのしない毎日の生計を立てるだけの生活。この世界での本当に意味での人との繋がりは不要と思っているところ。
そんな彼にあたしは教えてあげたい。この世界はそんなに悪いものじゃない。きちんと心で向き合えばそれこそこんなに暖かい世界はないのだということを。
そんなことを考えているとラズエルは露店で何かを見つけたのかすすっと駆け寄っていく。その光景はあの時ホットドックに似た食べ物を買いに行ったキリトの後ろ姿とダブる。
「ありがと」
無言で手渡されたボール状の生地の上にソースらしきものと鰹節らしきものが散りばめられている現実世界のタコ焼きに似た食べ物を楊枝を使って口に運ぶ。
「熱っ」
「あ、中は熱いから気をつけな」
「こら!遅いわ!ほんとにあんたは・・・」
あたしは舌をやけどしたことの恨み節をつらつらと並べる。ラズエルはそれを横目で見ると「はぃはぃ」と相槌を打った。その態度、正直気に入らない。
「こら!真剣に聞きなさい!もうパーティ組んであげないわよ」
その言葉にラズエルははっと目を見開いた。
そして悪戯な笑みをその顔に浮かべる
「俺は別にかまわへんで。リズが嫌なら強制はしないよ」
その言葉に私は呆れたようにため息を吐いた。
この構図・・・やられた…
今回はあたしが半分押しかけでパーティを組んだ経緯がある以上、この手の会話では不利は百も承知だ。
あたしはそれ以上悪態をつくのをやめ、少し熱の冷めたタコ焼きに似た食べ物を再度口へと頬張った。生地はカリカリに焼き上げられているが中はふわとろ・・・
「おいしい」
それは神秘の味でしかなかった。
私の反応にラズエルは満足そうに微笑む。
そういえば彼の話し方に関西弁が時々混じる。現実世界では関西の住人なのだろうか、もし現実世界に帰れたらまた私たちは会えるのだろうか。
いや、必ず会いたい。友人として・・・だけど
とりあえず男性プレーヤーではキリトの次に現実世界で会いたい人物にノミネートしておいてやろう。
などと考えると自然と口元が緩んだ。
しばらく歩き、視界に転移門を捉え始めた時、あたしは一気にタコ焼きを平らげた。軽食にしては十分な満腹感を感じる中、あたしたちはアルゲードの転移門に到着した。
「それでどこに行くの?」
尋ねるとラズエルはあたしの方を向いた。
視線と視線がぶつかり、少し視線を逸らす。
彼を意識している訳じゃない。
そうあたしが好きなのはキリトだけ。
ただ彼がその心の奥底にキリト君に似た寂しさを感じたから。
そう心に言い聞かせる。胸がチクリと痛む理由が正直わからない。
「まずはヘルブレッタさんのところに行こうかと思う。」
その提案にはあたしも賛成した。
今の彼の冒険はそのヘルブレッタという薬師に拾われたところから鮮明な色彩で彩られている。それ以前の記憶はないか、もしくは朧げな記憶でしかないらしい。
「分かった。向こうに着いたら宿屋を探して、泊まって明日の朝から行きましょう?」
私の返答にラズエルは首を縦に振る。そして転移門の中に入った。私も続く。
「転移、ハーバルト」
ラズエルがそう唱えると青白い光が強くなる。
私を包み込んだ青白い世界は視界を、五感を次々と私から奪っていく。最後に意識が遠のくと私たちのオブジェェクトがアルゲートの街から消滅した。
—第7話『表と裏』 完
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