ソードアート・オンライン - トワイライトブレイズ -   作:弥勒雷電

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第8話『黒炎の業』

 

ーーアインクラッド第42層 ハーバルト

 

42層の主街区ハーバルトは港湾都市を模した港町である。故に街の市場には新鮮な魚が多く並び、この街を主場にして商売をしている商人プレーヤーも少なくはない。

 

転移門から出た俺は物珍しそうに周囲を見まわすリズを見て小さくため息を吐いた。

 

「お前この前もここに来たんじゃないのか?」

 

その問いにリズはへへへっと舌を出して笑う。

 

「前はあんたの家に行くことだけ考えてたし、夜遅くに着いたからゆっくり見る理由なんてなかったのよ。ねぇ、ちょっと寄り道していこう」

 

リズはそういうと俺の手を取り、走り出した。とくんと心臓が波打つのを感じる。

 

「うわぁ、綺麗」

 

とあると露店に並べられた貝殻や水晶などを使ったアクセサリーを見てリズは感嘆の声をあげる。赤いの青いの、尖ったものや丸みを帯びたもの。リズは手にとっては陽光にかざし、そして露天商の絨毯の上に戻す。

 

「ねぇ、ラズエルどっちがいい?」

 

そう言って振り返るリズの横顔が夕光に照らされる。

 

ドクン

 

まただ。心臓が脈打ち、そして体温が少しだけ上がる。

 

遠く彼方へと忘れ去った感情。

湧き上がる感情の波に俺は言葉を失う。

 

しかし、不快ではない

 

「ちょっと何惚けてるのよ?」

 

その声で俺ははっと我に返った。長い夢を見ていたかのように意識がすぅーっと戻ってくる。眼前にはピンク色の髪にエプロンドレス、その腰にはスミス・ハンマーがぶら下がっている。

 

そしてその両手には白地に青色の縞々模様の貝殻と、純白のクリスタルのような水晶の入ったペンダントが握られている。

 

「え?なんだっけ?」

 

我ながら芸のない返答だと思う。だが、今の俺の語彙力の中ではこれが限界だ。

 

「だーかーらー。このアクセサリーどっちがいい?」

 

そう言って頬を膨らませる彼女の様子が実に微笑ましく口元が自然と綻ぶ。

 

ーーねぇ、・・・くん。どっちが似合うと思う?

 

ドクン。ふと脳裏によみがえる声。

この仮り初めの現実ではない。俺が生まれ生きた・・・いや生きている現実世界での記憶。

 

白のチェニックに黄緑色のフリルスカートを着ていた少女の顔は見えない。

 

ーー君は誰?

 

ふと彼女の前に置かれたものに目を移し、俺は目を見開いた。彼女の前にはスカートと同じ黄緑色のプレートアーマーと同じく黄緑色の法衣が置かれている。

 

ーーこの記憶は・・・この記憶は・・・

 

この記憶は現実世界のそれじゃない

 

「ねぇ、ラズエル?どうしたの?ねぇってば?」

 

遠くから聞こえるリズの声。それに反応するのも煩わしい。肩を掴まれ、ぐらぐらと体を揺らされる。

 

「ちょっと!!」

 

まるでスミスハンマーで殴られたような彼女の強い声が俺を仮想世界へと引き戻す。

狭まっていた視界が拡がっていく。

 

目の前には今にも泣きそうな顔で俺を覗き込んでいるリズの顔が目に入る。

 

その時、初めて俺は自分が地に膝をついていることに気が付く。

そして俺の両の瞳から流れる水滴・・・

 

これはなんだ・・・涙?

 

 

———————————

 

 

ちょっと悪戯心に火が付いただけだった。これからもしかしたら死よりもつらい現実を受け入れなければならないラズエルに少しでもこの世界を楽しんでもらいたくて。あたしでも人のぬくもりを伝えたいと思っただけだ。

 

「ちょっと?ラズエル?」

 

あたしが貝殻と水晶のアクセサリーを見せた途端。

彼は地に膝を付き、そして天を見上げた。

まるで何かに導かれるように。

 

「・・・あぁ、すまない」

 

あたしの呼びかけに反応した彼の瞳には涙が流れている。

だが、彼の反応から無意識の涙だといいうことがわかる。

 

「何か思い出したの?」

 

その問いに少し考えを巡らせたあと、小さく被りを振るラズエル。彼の瞳は色を失い、そして顔面蒼白だった。

 

「顔色がよくないわ。とりあえず場所を変えよ?」

 

あたしはラズエルに肩を貸して立ち上がらせると、露天商にまた後で来るからとだけ伝えると主街区へと向かう。とりあえず1番近くにあった宿屋の中に入る。

 

幸いにも1部屋だけ空きがあったので急いでコルを払うとラズエルを抱えて二階へとあがった。

「どう?落ち着いた?」

 

部屋に備え付けてあったティーカップに紅茶を注ぎ、彼に手渡す。「すまない」と言って受け取った彼の指は少しだけ震えている。

 

「すまない。あの時、一瞬何かがフラッシュバックしたんだ。でも今はもう思い出せない」

 

ラズエルは項垂れるように俯くと紅茶を一口含む。あたしはふと窓の外に目をやるとため息まじりにラズエルに視線を戻した。

 

「今日はもうここに泊まろうよ?今からだと暗闇の中を町まで歩かないといけないし」

 

あたしの提案にラズエルは一瞬顔を上げたが、何も言うことなくコクリと頷いた。

 

この街に泊まると決まれば夜ご飯を食べに宿屋から出ることにした。宿の部屋に料理を運ばせる事も考えたが、外の空気を吸いたいし、運良くこの街で過ごす事もできる。

 

あたし達は『ブルーレイ』と言う名の洋食屋に入った。

この港町の雰囲気にあったイタリア風の店構えに内装で、料理にも期待が持てる。

 

「あのさ……」

 

目の前で何かを逡巡しているのか、瞳が焦点を捉えていないラズエルは注文こそ自分で頼んだが、それ以降ずっと宙を見つめている。

 

「あのさ?」

 

もう一度強く言葉を投げかけてみる。ビクッと肩を震わせた彼の瞳があたしを捉える。

「ちょっとか弱き乙女とこんなオシャレなお店でオシャレなご飯食べてるんだからもうちょっと嬉しそうにしなさいよ」

 

いつもの元気の押し売りだと分かっていてもあたしには気丈に振る舞う事しかできない。どんな励ましの言葉も今のラズエルには届かないって知っているから。

 

「でさ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど?弓スキルってどうしたら手に入るの?」

 

それでも何も答えないラズエルにあたしはいつも気になっていた質問をすることにした。彼からの返答は期待半分ではあったが……

 

「あー弓スキルなんてものは存在せんよ。あれは投擲スキルの応用してるんよ。基本はこの目と腕で奴らを撃ち抜く。それだけやで」

 

それがラズエルの回答だった。

彼との出会いを思い出す。彼はあの時確かにソードスキルに似たエフェクトを発動させていた。

 

「じゃ、じゃああのエクストラスキルは何なの」

 

言いかけて周りにも客がいることに気がつき、声のトーンを落とす。

 

「あぁ、あれな。攻撃用のソードスキルじゃないんだ。筋力、集中力、俊敏さ、視力、物質硬度を爆発的に強化する支援効果持ちのスキルさ。矢の相対速度が上がれば貫通力が増す。矢の耐久力が上がれば硬いものでも貫通する。間接支援スキルって訳」

 

私はその説明に妙に納得してしまった。だが、同時に彼はシステムアシストに頼らず、あの芸当をやっていることになる。こんな事ができるのはおそらく現在のアインクラッドではまさに彼1人だけだろう。

 

「俺な、現実世界では弓道やってるんよ。これでも高校国体で優勝した高校で主将やってたんやで」

 

その説明に更にあたしは驚愕し、そして彼のあの芸当にも納得する。それがこの剣や斧や槍といった自分の手で敵と渡り合うソードアートオンラインの世界で弓という特異な武器で生き抜ける理由なのだろう。

 

「はぁ、それだけだけの腕を持ってて、どうして攻略組に参加しないのか不思議だわ。貴方なら十分やっていけるのに」

 

その言葉にラズエルは横を向くと口を噤んでしまう。その様子を見てまた地雷を踏んじゃったのかと逡巡した。得意の苦笑いがあたしの顔には張り付いているだろう。

 

「ごめん。変なこと言っちゃったね」

 

リアルの話をしたラズエルにも驚きだが、あたしも不躾な事を言ったと反省する。2人の間には微妙な空気が流れたが絶妙のタイミングでNPCが料理を運んでくる。

 

助かったとほっと胸を撫で下ろした。

「うわぁ!美味しそう」

 

いつもの空元気のつもりが、少し声が上ずる。

ふとラズエルの様子を伺う。彼は出て来た料理を一点に見つめ、何かを考えているようだ。その瞳からは彼の心情を推し量ることもできない。

 

「いただきます」

 

あたしはいまは食事に集中することにした。

正直、今のラズエルにかける言葉なんて見つからない。

 

「攻略組か……」

 

ふと彼がボソリと呟く。

彼には彼の事情があって今の立ち位置にいるはずである。記憶を失っているとは言え、他人が土足で入り込んではいけない領域だ。

 

「もちろん俺たちもその戦場へ参加することを目指していた。俺たちのギルドもね」

 

あたしはラズエルが何気なく、あくまで自然に語った内容に息を呑む。一瞬、2人の間の時間が止まった気がした。

 

————————

 

 

「攻略組か……」

 

この仮想世界でどこまでな理不尽なこのデスゲームを終わらそうと最前線の戦場でボス攻略に挑むトッププレーヤーの集団だ。

 

ふとリズの顔を見るとまずいことを言ったと思ったのか、NPCのウェイターが運んで来た料理を無口にほうばっている。

 

「もちろん俺たちもその戦場へ参加することを目指していた。俺たちのギルドもね」

 

何気なく口にした言葉にハッとする。

 

今、俺は何て言った?

 

俺たちのギルド?攻略組を目指していた?

 

目の前のリズも目を丸くして俺を見ている。

 

その瞬間、今まで色あせていた心の奥底の映像が徐々に色を取り戻していく。黒髪長髪の青年、水色の髪にアバターを変えた少女、黒髪短髪メガネのギルドマスター。

 

気がついた時、俺の頬にはさっきまでと違った暖かい水滴がぽつりぽつりと滴っていた。

 

「俺は…俺は…」

 

どうして忘れていたんだろう。

こんな大事なことを…。

 

共にこの仮想世界で戦った…

いや、現実世界でも大切な友達の存在…

 

そして彼らの最後を…

 

忘れないと誓ったはずなのに…

 

溢れ出して止まらない涙とは裏腹に俺の心はまるで全てを焼きつくすような黒き灼熱の炎に覆い尽くされようとしていた。

 

果てしなく消えることがないだろう。

彼らへの罪悪感と共に…

 

 

【第8話 『黒炎の業』完】

 

ALO編オリ主の種族は?

  • シルフ
  • ウンディーネ
  • サラマンダー
  • スプリンガン
  • インプ

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