鬼滅の刃ー彼岸の剣士— 作:キモ傘
山
呼吸が、乱れる。
恐怖のせいだ。
今正に突きつけられている『死』という現実が俺を恐怖させ、呼吸を乱れさせているんだ。
死にたくない。その為には呼吸をしなければならない。
でも、死にたくないから、死が怖いから、呼吸が乱れてしまう。
仲間が死んだ。
俺と同じ新人の仲間が、二人死んだ。残るは俺一人だ。全員最終選抜を生き抜いた筈なのに、まるでゴミのように、殺された。
体の震えから生じる衣擦れの音すらも隠したい。ただただ、怖い。
死ぬ覚悟はできていると思っていた。母と父の仇、そして姉の生活の為なら、死ぬ事はできる。そう、考えていた。
なのに、この体は、心は、震え、怯え、逃げてしまう。
父さん、母さん、姉さん、ごめん。
必死になって目を瞑り、音を立てないよう必死に隠れる。どうせすぐに見つかると分かっていても、岩陰に隠れてしまう。
いざという時の為に呼吸はしておきたいのだが、それもできない。
その時、背筋に冷や汗が伝った。
音が、聞こえる。落ち葉を踏み、枯れ木をどかせる音が。
刀を固く握る。生きる為ではない、戦う為でもない。これは、お守りのように、心を安心させる為に、だ。
どうか、どうか気づかないで欲しい。
そう神に祈るが、それも無駄だ。どうせ助けてくれない。どうせ見捨てる。
だが、足跡は遠のいていき……安心感からかついため息が溢れ
「見つけた」
情けない叫び声が、あたり一帯に響き渡った。
冷や汗が、今度は背中だけでなく全身から溢れてくる。
俺は全力で岩陰から飛び退いた。そして横目で鬼を確認し、逃亡した。
全力で、鬼から逃げた。
背中を向けて。刀は、持っていたが。
走る。
走る。
走る。
顔にぶつかる木の枝を無視して、坂から滑り落ちてもすぐに立ち上がって、逃げる。
鬼がついてきているのか、それすら分からない。
ただただ、走る。
「おい、待てよ」
ああ、もうダメだ。
それが、俺の率直な感想だった。
だが、死が突きつけられるだけでなく確定したものになった途端に、何故だかわからないが落ち着いてきた。
日輪刀を構える。腕はまだ震えているせいで刀も震え、小さな音を出しているが、呼吸はできていた。
どうせ死ぬのなら、抵抗して死んでやる。
仇を討つ、や生き延びる、という選択肢は俺の頭の中にはなかった。もしあったら、ここまで冷静にはなれなかっただろう。
「っ! ……こ、来い! バケモノ!」
俺を見て、鬼はよだれを垂らした。
きっとあいつには、俺がただの餌に見えているのだ。
もうどうにでもなれ、と捨て鉢に刀を振りかぶった時
ザッザッ
俺の正面。つまりは鬼の後方から足跡が聞こえた。
鬼は、俺の事など何も気にせずに振り向いた。脅威だとは、これっぽっちも思っていないのだろう。
だがそれは正しくて、俺は振り上げた刀を振り下ろす事も、ただ下ろすことも出来なかった。
そして、足跡の方向から男がヌッと現れる。
男は、珍しい格好をしていた。外套に身を包み、白い洋服をその下に着て、下半身には見たことのない素材でできたズボンを履いていた。
そして背は高く、顔には……目を引くような切り傷がついていた。
その風貌は歴戦の戦士そのもの、と言っても良いだろう。
だが、いかに強そうな見た目とは言え鬼殺隊でないのなら、鬼相手だと危険だ。逃げろ、と叫びたかったが体が動いてくれない。
俺は、あの男が喰われるのを見ることしかできない。
彼がもし日輪刀を持っていればなんとかなったかもしれないが、仲間の日輪刀は全ておられたし、俺のは今この手の中にある。
それに、もし刀があったとしても勝てるかどうか……
それに加えて、彼の呼吸は山を歩いてきたのか荒くなっていた。
ハァハァ
全集中 明の呼吸 壱ノ形 『ザンッ』