早乙女研究所が襲撃を受けてから一夜明け、研究所の職員達は封鎖していた区画の解放や廃墟になった地上施設の後始末に取り掛かっていた。
メイン動力炉が収まっていた縦坑は高濃度のゲッター線が残留したため埋められることになったが、その他の地下施設は無事に復旧が進んでいる。
ゲッターゼロを失ったことで防衛戦力について懸念がされたものの、ゲッター斬と水樹くんたちが引き続き残ってくれたことで解消されていた。
全体の状況を見ても、まずは順調と言っていいだろう。
「もう兄さん、報告書は後にしてちゃんと食べてよね。この頃、だんだんとお父様に似てきたわよ?」
「ごめんごめん。でも、父さんほど不精じゃないつもりなんだけどなあ」
ため息をついて呆れた様子のミチルに謝りながら、僕は仮設されたプレハブに置かれたベッドの上で、用意された昼食と向かい合う。
動力炉のエネルギー放射から間一髪で生き延びた僕は、全身に大小の火傷と幾つかの怪我を負っていて、目が覚めた時には点滴の世話になっていた。
幸い後遺症が残るとか全治何ヶ月と言う類の物ではなかったのだが、医師からは怪我に加えて過労気味と診断され数日の安静が命じられてしまう。
それでも報告書くらいは、と読んでいたらミチルに叱られた訳だが病床に研究機材を持ち込みかねない父さんよりはマシだと思うのだ。
「同じよ、お・な・じ。きっと、その内に靴下を履く時間が惜しいとか言って下駄履きになるわね」
などと口に出したらこの言いよう。断じて言うが、僕は大臣やら長官との会談に着古した白衣羽織って下駄履いて行ったりはしない。
いやまあ正装が窮屈だと言う父さんの弁も分からなくはないのだが、それでもTPOくらいは弁えているとは思う。
「だけど仕事以外のお洒落は最低限じゃない。兄さん顔はそこそこいいんだから、髪型とか眼鏡とかに気を付けたらモテるんじゃないかしら」
僕としては、それでモテてもなあと言う話しで、一応は要人枠なのでハニートラップも警戒しなくてはならず面倒くさいのだ。
なによりも戦いが続くこの状況が一段落してくれないと、恋愛だとか結婚だとかを考える余裕も生まれてこない。
そして"この状況"がいつまで続くかなんてものは、神様仏様どころかゲッター様でもないと分からないだろう。
「で、僕のことはいいとして、ミチルは最近どうなんだ?」
「私? 私はまだそういうのはいいかな。最近は、そうね茜たちとは久しぶりにゆっくり話したわ」
こうして自分のことはサラっと受け流しつつも、こちらの興味を引きそうな話題を振ってくるあたり、我が妹ながら中々したたかである。
それで前にも少し聞いていたが、ミチルと水樹くんたち斬チームは高校の先輩後輩だったらしい。
恐竜帝国との戦いの時には二言三言を交わしただけで別れてしまったが、昨日今日と旧交を温める機会に恵まれたようだ。
僕は、せっかくなのでミチルに彼女たちについて聞いてみることにした。
「そうね。茜は、とても真面目で一本気な子よ。剣道が上手で、北海道でも翔とライバルだったみたいね。私は、翔が剣を習っていることに驚いたけど」
通信越しに会話をする機会も多かったので、水樹くんの印象は僕の抱いていたものをおおよそ一致していた。
付け加えるなら責任感も強い様子だったので、その辺りが斬チームのリーダーをしている理由でもあるのだろう。
「次は椿ね。あの子は、口数は少なめだけど頭の回転はピカイチよ。それに古武術の達人で、機械にも詳しいって聞いたわ」
秋山くんに関しては、あまり進んで話をするような雰囲気でもなかったことから知らない部分が多かった。
それでも何度かやり取りした感じでは、自分の実力に対してプライドの高い部分を持っているらしいことは印象に残っている。
機械関係に詳しいことは初めて知ったので、今度それをきっかけに話を聞いてみるのもいいだろう。
「最後は楓ね。あの子は見たまま、のんびり屋さん。それと私も初めて知ったんだけど、爆弾の扱いは一番らしいわ」
「意外な特技よね」と続けるミチルに、僕も同意してうなずいて見せた。
のほほんとした雰囲気の柴崎くんが爆発物のプロフェッショナルとは、普段の様子からは連想できないだろう。
ちなみに食べるのが大好きで、特に甘いものには目がないという点はまったく予想通りだった。
「女竜馬、女隼人、女武蔵って訳じゃないんだよな。当たり前だけど」
「ふふふ。でもちょっと似てるところはあるかもね?」
クスクスと笑うミチルに、僕も笑みを返す。
半分は冗談だったが、もう半分は口に出せない"原作"の話。アニメ版の竜馬たちを女性にしたら、水樹くんたちになるのではないかと言う感想だった。
参考程度に利用している"原作"の知識からの発想だが、意外とそんなに間違ってはいないんじゃないかという感覚もあった。
まあ、それで彼女たちとの接し方を考えるとか言ったことではなくて、単に僕の受けた印象の一つと言うだけなのだが。
「ふう、ごちそうさま。美味しかったよ」
「はい、おそまつさま。そうそう、後でお母様と元気が顔を出すって言っていたわ」
「了解。この年になってまでお説教を受けたくないし、ゆっくりしておくよ」
そう言うと、ミチルは笑いながら空になった食器の乗ったトレイをもって病室から去っていった。
ふと外を見ると、さきほど話していた水樹くんたちの乗るゲッター金剛が、その両腕で瓦礫を排除している姿が見えた。
そんな光景を見ていると、ゲッターロボの元型が宇宙開発用の作業ロボットだと言うことに立ち返らされるようだ。
僕は、窓越しに差し込む陽光に眠気を誘われ目を閉じる。
最後にチラリと見えた青空には、三本の飛行機雲が流れていた。
ゲッターロボ大決戦! 早乙女達人編
第十二話:ファーストコンタクト
それから数日が経過して、しばしの休養を兼ねた療養生活から解放された僕は久々の白衣に袖を通していた。
竜馬たち三人も戻り……防衛戦に間に合わなかったことで文句は言われたが、今は研究所復旧のため手伝いに回ってくれている。
新しい早乙女研究所は、"原作"でも馴染み深い花弁型の構造を有する設計で、その基礎工事も既に始まっていた。
「だけど電力不足が解消してよかったよ。大型の機材も使えているようだし、これなら思ったより早く完成しそうだ」
「量産型ゲッターの炉心は、もともと発電機でしたもんね。ついついゲッターロボに乗せることばかり考えていましたけど」
隣を歩く南風くんと会話を交わしながら、僕は研究所の敷地内に並ぶ複数の大型トレーラーに視線を向ける。
その荷台には金属製の箱が乗せられていて、そこから延びる太いケーブルが地上のプレハブ施設や地下に向かってつながっていた。
南風くんの言葉を聞けば分かる通り、この箱には量産型ゲッターの予備パーツだった炉心が収まっていて、今は研究所の電力をまかなってくれている。
「戦い続きだったからね。どうにもみんな頭が固くなっていたのかもしれないな」
「元気ちゃんには感謝ですよね」
「あー、あまり褒めると調子に乗るから、ほどほどに頼むよ」
僕がそう言うと、南風くんは小さく笑って「はい」と頷いて見せた。
そう実はこの電力供給方式を思い付くきっかけになったのは、我が家の末っ子である元気なのだった。
母さんと一緒に僕の見舞いに来ていた時に停電が起きて、「ゲッターにコンセントをさせばいいのに」と何の気なしに言ったのがそれだ。
そうして量産型も同系のゲッターゼロも失っていた予備の炉心にお呼びがかかり、無事に発電機として稼動して現在に至る。
なお電力不足の救世主となった当の元気は、褒められた後で父さんに小遣いをねだって上機嫌のまま帰っていった。
我が子を褒めたら文字通りの現金な対応をされた父さんの顔を見て、居合わせた竜馬がゲラゲラと笑っていたと言うのは余談。
「たしか元になったゲッタービームキャリアと一緒に、政府からも問い合わせが来てるんでしたよね」
南風くんが言うように、発電トレーラーの原型は恐竜帝国との戦いで使用したゲッタービームキャリアだ。違いは砲身が付いていないだけである。
元々の設計がシンプルで有り合せの資材と機材でも組み立てがしやすかったことと、工事中で移動式の方が取り回しやすいことからの採用だ。
それで少し前に視察に来た政府の人、と言うよりかは自衛隊の人たちが、それを見て興味を示し問い合わせが幾つか届いていた。
「移動式の発電所で、いざって時にはゲッタービームを撃てるようにできる辺りが受けたみたいだね。扱いも車両そのままだし」
割と真面目に正式採用があるかもしれないとのことで急造品のまま投げるわけにもいかず、今は敷島博士が再設計を行っているところだ。
ここ最近の侵略者による戦災をさておいても自然災害の多い日本なので、なるほど案外と需要のある装備だったのだろう。
もっとも武装以外の部分を大きく評価されたことで、開発者本人はブチブチと文句を垂れていたが。
「それ大丈夫なんですか? 博士のことだから、勝手に変な武器を載せたりしないかしら……」
「なに、いざって時のために竜二くんを助手に付けておいたからね。"もう"大丈夫さ」
僕がそう言って乾いた笑いをもらすと、南風くんも察したように遠い目をしてそれ以上は何も言わなかった。
まあ、なんだ。今の時点では前科一般とだけ言っておこう。隠し武器とか付けちゃダメです。
それでおも、もとい監督役をまかせた竜二くんには気の毒かもしれないが、是非とも仕様書通りに完成するよう誘導していただきたいところ。
「私のBTも大丈夫かなあ? 直った時に変な改造がされてないといいんだけど」
「あ、そうそう、BTなんだけど……」
修理中の愛機を思い出して切実な表情の南風くんに、僕は丁度いい機会だったので『とある事柄』を話そうと口を開いた。
しかしその時。
『緊急警報! 緊急警報! 大気圏外より高速で接近する物体有り! 全職員は地下へ退避、繰り返す全職員は地下へ退避せよ!』
プレハブの屋根に据えつけられたスピーカーから、甲高い警報とともに緊急事態を告げる放送が鳴り響く。
大気圏外と言う単語に加えて放送担当の職員の声色からも、尋常ではない事態であることを察せられ、外で働いていた職員も慌てて避難を始めていた。
「達人さん、あれを!」
地下への入り口に向けて走っていた南風くんが、並走する僕に声をかけ空の一角を指し示す。
彼女の指先には、風を散らし大気摩擦で赤く燃えながら早乙女研究所の上空を通り過ぎていく巨大な何かの姿があった。
やがてそれは、轟音とともに浅間山の山麓へと沈んでいく。
僕は予想される衝撃に備えて南風くんをかばうように身を低くしながら、自分の背筋が何かの予感に冷たく震えるのを感じていた。
……。
「父さん!」
「博士!」
「おお達人、渓くんも、無事のようじゃな」
謎の物体が落ちるのを見送った僕たちは地下に設置された仮設指揮所へと駆け込むと、既にそこに居た父さんに声をかけた。
指揮所のモニターには、出撃したコマンドマシンから送られてくる映像が投影されており、そこには白煙を上げるクレーターが映し出されている。
レーダー表示を確認すると、ゲッターGとゲッター斬も出撃していて六機のゲットマシンが周囲を警戒するように飛行していた。
「隕石、ではないですよね?」
南風くんが、モニターに映るクレーターに視線を向けながら言う。
その映像だけならば、なるほど隕石が落ちたようにも見えるだろうが、実際に落ちてくる姿を見ていれば単なる隕石とは思えなかった。
それに一見して分かる程度には巨大な質量体が落着したにしては、衝撃も音もごくごく小さく留まったことにも違和感がある。
結果を見ればちょっとした強風程度で、とっさに押し倒すようにしてしまった南風くんにはすまないことをしたと思うが。
「これを見るといい」
さておき、南風くんの疑問に対して父さんは一つのデータをモニターに表示して見せた。
それは衛星軌道上でキャッチされた反応が、どのような軌道で浅間山のふもとまで落ちてきたかを表すものだ。
動画化された落下軌道は、自然の隕石ではありえない人工的な軌跡を描いている。
「見て分かる通り、対象は明らかに意図を持って軌道と速度を制御されておる。目的地は……」
「早乙女研究所」
僕が継いだ言葉に、父さんは深く頷いて別のモニターに視線を移した。
そちらの映像では、コマンドマシンから望遠レンズで撮影されたクレーター中心部が映し出されていて、何か黒い塊が存在していることが分かる。
半ば地面に埋もれたその物体は、人工物と言い切ることこそできないが天然の隕石と言うには余りに違和感が勝ち過ぎていた。
接近することであらわになった形状が、およそ綺麗な球状であったこともそれを助長してくる。
「あっ! レーダーに反応が! これは……百鬼帝国です!!」
そうして観測を続ける中に南風くんの慌てた声が響くのと、画面の向こう側で高高度から百鬼メカが降下してくるのはほとんど同時だった。
敵の構成は空戦型の半月鬼が大半だが、一機だけ指揮官と思われる角と一体化した頭部と腰に生えた多数のトゲが特徴的な機体が混ざっていた。
「ゲッターロボ! ブライ大帝の命により、その物体はこの一本鬼がいただいていく!」
「鬼どもが雁首そろえてお出ましか! いいぜ、相手になってやらあ! 隼人、弁慶、合わせろ! チェンジ、ゲッタードラゴン!!」
一本鬼と名乗る指揮官機からの口上に、竜馬はニヤリと笑って返すとゲットマシンを加速させてゲッタードラゴンへと合体させた。
ドラゴンはゲッター斬と同型の炉心に換装したことでシャインスパークこそ使えなくはなったが、それは性能の低下を意味するものではない。
爆発的な出力を出せないだけで、むしろ未調整だった旧炉心よりも安定した高出力を発揮できるようになっているほどだ。
「スピンカッター!!」
それを示すかのように、敵中に突入したドラゴンの腕部に装備された回転刃が、さっそく半月鬼を首を切り落として粉砕している。
当然のように包囲を受ける形にはなるものの、竜馬はむしろ都合がいいとばかりに徒手格闘で次々にスクラップを量産していく。
「さすがゲッタードラゴン、でも私たちだって負けてないわ! 行くわよ椿、楓! チェンジゲッター、烈火ッ!」
ゲッタードラゴンが乱戦を始めると間もなく、コマンドマシンの退避を援護していた水樹くんたち斬チームも戦線に加わった。
合体したゲッター烈火は手近な敵を蹴りぬいて地面に叩き落すと、軽やかな動きで敵を翻弄しつつ一本鬼へと接近していく。
雑魚の相手は竜馬に任せ、指揮官を叩くつもりだろう。
「あ、こら茜っ! そいつは俺の獲物だぞ!!」
「あら、そんな取り決めをした覚えはないわね。早い者勝ちってやつよ! 火斬刀!!」
小物を押し付けられる形になった竜馬が叫ぶも、水樹くんはそんなことはお構いなしに二本の火斬刀を引き抜き機体を加速させた。
そして護衛の半月鬼を瞬く間に両断したゲッター烈火は、一本鬼へむけて剣を振るう。
「ぬうぅ、猪口才な女のゲッターロボ!」
だが一本鬼も指揮官を任されるだけはあり、ただ斬られるようなことはなかった。
腰周りに生えたトゲを両手で引き抜くと、刺突剣型のサーベルとして形成し火斬刀を受け止めたのだ。
空中で火花が散り、奇しくも二刀流同士の戦いとなったゲッター烈火と一本鬼の間で激しい剣撃戦が繰り広げられる。
「ぐぬぅ!」
「いい腕をしてたわよ。鬼の割りにはねっ!」
そしてその戦いを制したのはゲッター烈火の方だった。
火斬刀がひるがえり、一本鬼のサーベルは巻き上げて弾き飛ばされてしまう。
水樹くんは無手になった相手に対し、すかさずトドメの一閃が振るう。
「十方剣ッッ!!」
「っ!?」
だが勝負あったかに思われた状況は、一本鬼の声に反応してサーベルが舞い戻ったことで仕切り直しとなってしまう。
どうやら一本鬼のサーベルは単なる近接武器ではなく、リモートコントロールが可能な飛び道具としても機能するらしい。
飛来した剣を危うくも回避して距離を取ったゲッター烈火に、一本鬼は腰周りのトゲをさらに射出していく。
「合わせ風車!!」
十方剣の名の通り十本の飛剣に襲われたゲッター烈火は、柄頭で連結させた火斬刀『合わせ風車』を回転させてそれを防いでいく。
しかし、切り払われたサーベル群は一本鬼の制御を受けると再び勢いを取り戻して襲い掛かってくる。
十方剣は、一つ一つを細やかに操作することは出来ない様子だが、それでも数をもって攻めるその攻撃は十分に脅威と言えるだろう。
「ケエェェェイ!」
そうして足を止めたゲッター烈火を見て好機と思ったか、一本鬼は十方剣の内の二本を再び手にして強襲に出た。
俯瞰した映像で見れば、飛剣もまたゲッター烈火に向かって飛翔しており、時間差攻撃を仕掛けるつもりだと言うことが分かる。
迫る凶刃に、しかし水樹くんは退くことなくむしろ機体を高速で突進させて見せた。
「馬鹿が! 自分から死にに来たか!」
嘲弄する一本鬼は両手のサーベルを刺突の形に構え、飛剣を集中してゲッター烈火を串刺しにせんと動いた。
だが降りそそいだ剣の切っ先も、一本鬼が直接に振るった剣撃も、その全ては空中を切り裂いただけに終わる。
ゲッター烈火は、敵と交錯するその直前、フワリと羽毛のように浮かび上がる軌道で十方剣の攻撃範囲から一瞬で離脱して見せたのである。
コマンドマシンからの映像で見ていた僕たちにはそれが分かったが、実際に相対していた一本鬼にはゲッターが消えたようにも見えただろう。
「な、にぃ?!」
「おぼろの術、あなたには見切れなかったようね!」
そのことを表すように動揺の声を上げる一本鬼に、背後に回っていたゲッター烈火が連結させたままの火斬刀を縦一文字に振るった。
頭部から股座までを両断され、断末魔の叫びを上げる間もなく一本鬼の命が爆発のなかに消えていく。
ゲッター烈火は、爆風を背部のウイングで防ぎ残心を解くと、連結させていた火斬刀を分離して格納した。
「ゲッタービームッ!」
一方で多数の半月鬼を相手にしていた竜馬は、ゲッタービームを照射したまま頭部を動かすことで敵をまとめて焼き落としていた。
最大出力での発射ではないものの、元より高出力であるドラゴンのゲッタービームを受け装甲の薄い半月鬼はひとたまりもなく落ちていく。
やがて破壊を免れたわずかな敵も掃討され、その場に出現した百鬼メカは全てが破壊された。
「梅雨払いお疲れ様ね、流くん?」
「けっ!」
通信を通して、水樹くんのからかうような声に竜馬がふてくされた様子で応じている。
映像越しには散々暴れたように見えるが、大将首を取られたことも含め竜馬当人としては消化不良であったらしい。
とまれ、状況が落ち着いたのであれば当初の目的に立ち返るべきだろう。
一本鬼の言葉が正しければ、大気圏外から飛来した件の物体と百鬼帝国とは無関係のようだが……。
「ミチル、例の物体の様子はどうなっている?」
「はい、お父様、いま映像を……あっ」
コマンドマシンの映像が再びクレーターに向けられると、ミチルの声に驚きの感情が混じりこんだ。
その感情は、指揮所でモニターを見ていた僕たちにも伝染していく。
映像の中では、巨大な黒い球体の表面にピシリピシリとひび割れが走りだしていたのだ。
《Giiiii!!!》
そして表面にくまなくヒビを生じさせた黒い球体は、金属が軋むような音とともに内側から食い破られた。
その『殻』を割って現れた三つの影は、ゲッターロボにこそ及ばないまでも、10mを超えるサイズだ。
「む、む、む、虫ぃ!??」
球体の中から現れた影の姿があらわになると、通信機からは柴崎くんの裏返った声が飛び込んでくる。
そう、出現した巨大な影は昆虫に酷似した姿をしていたのだ。しかし巨大な顎と金属質の輝きを持った甲殻は、尋常の生物とは思えない。
そんな巨虫たちは、ギチギチと甲殻を軋ませて警戒音を鳴らしながら何かを探すように触角を動かしていた。
「宇宙から落ちてきて、何かと思えばアリの巣とはな」
「ただのアリとも思えんぜ。……こいつら、ゲッター線に反応してるのか?」
どこかあきれたような竜馬をたしなめながらも、隼人は巨虫たちの様子に何かを感じ取ってそんな言葉を口に出した。
映像を見ると、なるほど虫たちは撃墜された半月鬼……ゲッタービームで破壊された残骸を特に気にしているように見えた。
そしてそうなると当然のように、その場に存在するゲッター線の源へとたどり着かない訳がない。
やがて虫たちは、空中に浮かぶ二機のゲッターロボに向かって明確な敵意を示し始めた。
「まさか、虫がゲッター線を浴びて進化したってことはないですよね?」
「動力炉の件は、云わば特大のゲッタービームだ。それで急激な変化が起きるなら、シャインスパークの影響で今ごろ太平洋は巨大生物の天国さ」
「それに弁慶、宇宙にアリはいねえだろうがよ」
恐る恐ると口に出した弁慶の言葉を隼人が否定し、竜馬がさらにそれを混ぜ返す。
あるいは超超高濃度ゲッター線の直接照射であれば急激な進化の可能性も無いではないが、ただエネルギーを放出した程度では起こりえないことだ。
メイン動力炉の爆発で生じたゲッター線の量も既知の範囲でしかなく、それも既に正常値に戻り大きな影響はないと判断されている。
だが。
「放出されたゲッターエネルギーが、何かの呼び水になった可能性はある」
ゲッター線による影響ではないにせよ、宇宙に向けて放出したエネルギーそのものの量は莫大な数値であった。
もちろんあの時の選択を後悔している訳ではないが、それでも新たな"敵"を呼び込む結果になったとすれば……。
もっと上手くやれたのではないか、そんな気持ちが心の中にあふれ出しそうになった僕の肩に、父さんの手がそっと触れる。
「父さん……」
「全てを完璧にこなすことなど、誰にだってできやしない。焦るなよ、達人。わしら科学者は、物事を急ぎ過ぎても恐れすぎてもいかんのだ」
穏やかに語る父さんの声が、僕の冷ややかに固まり始めていた自分の心を溶かしていくのを感じた。
それと同時に、抱え込んでいる"原作"の知識に引かれて頑なになっていた部分を自覚する。
だけどそれは僕が一人で立ち向かうことではなく、多くの力と知恵を集めて行うべきものだ。
なにしろ、ゲッターロボとは三つの力を一つに合わせて動かすものなのだから。
「ありがとう、父さん。気が楽になったよ」
「うむ」
父さんは、うなずくとそれ以上何も言わずにモニターへと視線を戻した。
僕もそれに倣って目を向ければ、現地では既にゲッターロボと巨虫たちが戦闘に突入していた。
「ゲッタートマホーク!」
《Giaaa!!》
戦斧を手にして降下するゲッタードラゴンに、威嚇音とともに巨アリの口顎から何かの液体が放出される。
竜馬は、その液体を警戒して攻撃を中断するとドラゴンを急上昇させて回避運動を取った。
重力に引かれた液体は、ゲッターの装甲を捉えることなく樹木や百鬼メカの残骸に飛び散って白煙を上げる。
「うげっ、酸かよ!?」
虫の口から吐き出されると言う見た目も相まってか、竜馬の声からはどこかげんなりとした雰囲気を感じる。
溶解液を相手にすると、装甲を溶かされ戦闘後の処理が大変だと言うことも知っているのでなおさら受けたくはないのだろう。
「ひいいぃぃっ!??」
「ああ、もう、楓! 落ち着きなさいってば!」
そしてゲッター烈火、と言うよりも金剛号の柴崎くんは悲鳴を上げて混乱の極みにあった。
どうにも彼女、虫が苦手と見えて先程からほとんど絶え間なくあんな調子だ。
もちろんそれで水樹くんが操縦ミスをすると言う訳ではないが、士気の方には多少の影響が見られるような気もした。
「近づいて溶かされるのも面白くねえな。ゲッタービームで一気にカタをつけるか」
そうやら飛行能力をもたない巨アリを相手に、空中へ距離を取りながら竜馬が言う。
酸の噴射も大して射程は長くないことを考えれば、判断としては適切だろう。
「竜馬、出来れば敵のサンプルがほしい。一匹で構わんからゲッタービーム以外で倒してくれ」
とは言え敵の正体を分析すると言う点では、こんがりと焼かれてしまうと困るので父さんからの注文が入る。
水樹くんではなく竜馬に言ったのは付き合いの長さもあるが、たぶん柴崎くんの声を聞いて虫に近づけさせるのは忍びないと思ったからだろう。
「へいへい、了解ですよっと。茜、ゲッタービームの後は俺がやるから、そこで見て……いや、ミチルさんの護衛を頼むぜ」
「うん、悪いけどお願いするわね」
竜馬と水樹くんは、そんなやり取りを交わした後にゲッタービームと斬魔光をそれぞれ一匹ずつに撃ち込んでいく。
収束されたゲッターエネルギーは、巨アリの甲殻をあっさりと貫いてその肉体を爆散させる。
「ゲッタートマホーク!」
そしてすかさず降下したゲッタードラゴンは、右手に持った戦斧を振りかぶりその刃を巨アリの首に向かって叩き込んだ。
唸りを上げるトマホークは、甲殻の継ぎ目を寸断して断頭台のようにストンと首を落としてしまう。
それでも巨アリはしばらく足や触覚を痙攣させていたのだが、ゲッタードラゴンの足に蹴り転がされる頃には完全に動かなくなっていた。
「一丁上がりと。デカイだけで、アリはアリだったな。大した相手じゃなかったぜ」
付着した体液をトマホークを振ることで排除しながら、竜馬が言う。
数が少なかったのもあるが、事実、巨アリの戦闘能力は高が知れていると見てよいだろう。
もちろん、油断をしていいと言う訳ではないにせよだ。
「お疲れ。残骸の回収はこっちで行うから、戻って休んでくれ。……柴崎くんは、大丈夫かい?」
「ひいぃん、な、なんとかぁ」
相変わらずの泣きそうな声音ではあったが、どうやら柴崎くんも落ち着きを取り戻した様子で返事をしてくれた。
モニターの中には、分離した六機のゲットマシンが研究所に向かって帰還していく様子が見える。
「ゲッター線、ゲッターロボ、その力が人類の手に余るとしても、『それでも』と言い続けねばならん。今を切り開き、未来に進むためには……」
避難指示の解除と作業の再開、敵の残骸の回収のため慌しくなる指揮所で父さんが呟くように口にした独白は、不思議と僕の耳に残るのだった。
NEXT ゲッターチーム、海を渡る